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丹波に秋の味覚を求めて~~丹波栗の歴史と生産農家の危機

17日の日曜日は朝から秋らしい爽やかな天気で、秋の味覚を求めにちょっと車を走らせた。 摂丹街道(R423)を北に走ると、大阪府と京都府の境界線あたりから地元の農産物などが安く買えるところがいくつかある。

途中で朝市もあれば、農家が獲れたばかりの農産物を庭先で売っていたり、飲食店を経営しているところが野菜や果物を店先に並べていたりする。私が良くいくところはそういう場所だ。

この近辺までくれば、店によって若干の価格差があるとは思うが、どこで買ってもそれなりに安く野菜や果物を買うことが出来る。
それぞれの店の在庫の状況次第で、ちょっと古いものを安く売ったりしている。この日は丹波栗と丹波松茸一本とトマトや枝豆等をいろんな店を回って買い回りした。

丹波栗
丹波松茸

店の名前をメモしなかったので申し訳ないが、亀岡市西別院あたりで買った丹波栗が約1kgの袋で個数限定で600円はお買い得だった。松茸は1本780gで1900円。地元でしか買えない価格だと思う。そのお店は、栗はほとんど同じサイズの品が1000円で並べられていた。おそらく仕入れた日が何日か早いので安かったのだろう。
ネットで買えば倍近くするものが、現地に行くと自分で商品を見ながら買うことが出来るのが醍醐味である。

また、栗はサイズ次第で価格が随分違う。前回亀岡に来た時は小ぶりのものを300円で別の場所(亀岡市犬甘野)で買った。皮を剝くのが少し面倒なだけで、焼き栗なら小さいものの方が香ばしくて良いかもしれない。

栗というと、縄文時代の三内丸山遺跡(青森市・約5500年前)で大規模な栗の柱と大粒の栗の実が出土し、遺跡の周辺の森は栗林だったことがわかっている。

三内丸山遺跡

自然の栗の木が林になることはないらしく、縄文時代から栗が日本人の食生活に欠かせない存在であり、食糧生産のために植林したものであることは確実だ。
また自然の栗の木で大粒の栗が出来ることはないそうで、ここに住んでいた縄文時代の人々は、大粒の栗を作るための接木の技術を持っていた可能性もあるとも言われている。
栗の木は心材の耐朽性が高く建築資材として今でも良く使われるのだが、縄文時代から住居の柱に使われていたことも非常に興味深い。

三内丸山遺跡は栗とともに栄えた、定住型都市型社会と考えられているのだが、どういうわけか、今の青森県はほとんど栗が栽培されていないという。しかし当時の気候は今よりも2度程度高く、栗を栽培するには適切な気温だったらしいのだ。

「日本三代実録」という書物に、貞観8年(866)、常陸国(茨城県)の鹿島神宮ではスギ4万本、栗5千7百本を植えたという記録があるそうだが、それが栗を植林した最古の記録なのだそうだ。おそらく、将来神社を再建する時のために植林されたものであろう。

丹波栗のことを書いているサイトを読んでいると、「古事記」や「日本書紀」にも丹波栗が書かれているとか、仏教伝来とともに大陸から栗栽培の技術が伝えられ、大粒の栗が栽培されるようになったと書かれているものがある。
最近は日本の古典もパソコンで原文にアクセスが出来るようになったので、「古事記」や「日本書紀」をざっと文字検索してみたが、丹波栗の話がどこに書いてあるかは残念ながら確認できなかった。
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/kojiki/kojiki_top.htm
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/syoki/syokitop.htm

しかし「栗」に関して調べると、「日本書紀」には栗が朝廷に献上されたような話が何か所かに出てくる。
また巻第三十の持統天皇の七年(693年)3月17日に天皇が「全国に桑、紵(からむし)、梨、栗、蕪青(あおな)などの草木を勧め植えさせられた」。という記述もあるが、丹波の国に限定した記事は見当たらなかった。

丹波地方が栗の名産地であったことが文献上で確認できるのは、平安時代に禁中の儀式や制度を記した「延喜式」だそうで、そのことから、栗の栽培地として一番歴史が古いのが丹波地方であることは定説となっているようだ。

長い間朝廷や幕府に献納されてきた全国トップブランドの丹波栗ではあるが、今の生産量は驚くほど少ない。
2年前のデータでは、全国の栗生産量は18300tで、トップは茨城県の5030tで次いで熊本の3220t、愛媛の1990tの順だそうで、この3県で日本の栗生産の56%にもなる。丹波栗を作っている京都や兵庫は全国のベスト8にも顔が出て来ないのだ。 いつのまにか日本の市場に出回る栗は75%が輸入品になっており、2年前の輸入品の総量は14,445tだそうだ。

栗

丹波栗の生産は京都府では昭和53年には1500tもあったそうだが、今は200tまで減ってしまっていることを今回調べて初めて知った。
理由はいろいろあるが、最大の理由は安価な輸入商品が流入し、大手流通業者に安値で買い叩かれ、生産者の生活が成り立たなくなったことが大きいのだろう。

しかし、ここ数年、消費者は大手流通の野菜や果物よりも、生産地に近い場所で買う方が安くておいしいことに気がついてきたのではないだろうかと思う。都心に近い産直売場はどこも人が増えてきている。これからは車で野菜や果物を買いながら、田舎の名所巡りやグルメを楽しむ人がもっと増えそうな気がする。

こういう場所で野菜や果物が安く買えるのは、農家から直接仕入れていて流通コストがゼロで、売り切れ御免の商売だから廃棄がなく無駄がないことは誰でもわかる。

私の子供の頃は近所の八百屋で野菜などを買っていたが、そういう八百屋が大手流通に潰されていき、初めてスーパーで母親が買ったトマトが不味かったのを今も忘れない。 スーパーのトマトが不味いのは当然で、大手流通は農家に対して熟さないうちにもぎ取るように指導し形の整ったものだけを出荷させるのだが、これは消費者のためにしているのではなく、流通業者の都合で、販売過程で廃棄を減らして効率よく稼ぐために、農家に要求しているだけのことだ。
資本力にものを言わせて、安いところから商品を買い漁り続けるうちに、若い世代は農業に見切りをつけて故郷を去り、日本の農業は老齢化が進み同時に地方が疲弊したが、流通業者は拡大し続けた。

しかし、大手流通が中国などから大量に野菜を入れるような行動を取りだしてから、消費者の行動が少しずつ変わってきたように思う。私が休みの日に田舎をドライブして現地の野菜を買うようになったのはこの頃からだが、最近では都心に近い産直売場には、よほど朝早く行かないと、商品がほとんど売り切れていることが最近ではよくある。

いくら大手流通業者が安い商品を売り場に並べても、生産者の価格に勝てるはずがなく、昨日今日収穫したような野菜が並べられるはずがない。味の違いがわかる消費者は、新鮮なものが買えるなら10kmでも20kmでも平気で走る時代になってきた。生産者も、消費者の顔の見える仕事に、力を入れるようになってきたことは非常に良いことだ。

平安時代からの名産品である丹波栗に限らず、地方の名産品を次の世代に残すためには、都会に住む人が、年に一回でもいいから買うことが一番である。買うということは生産者の商品の価値を認めてお金を払って応援することである。消費者が直接買うことで地方の生産者が潤い生活の基盤が出来、そうすることで地方の伝統や文化も守られ、美しい自然も水源も守られていくのだ。消費者がネットで地方の産物を買うことが簡単にできるようになったが、このことは流通業者に流れていた富を地方で循環させ、地方を潤わせることにつながっていく可能性を感じている。これから地方がやり方次第で豊かになる道が開かれつつあるのではないかと思う。

どこの国のものでも、ただ安ければいいという消費者や流通業者の考え方は、地方を荒廃させ空洞化させてきた元凶ではなかったか。そのために地方の農地や水源などが外国資本に売られているようなとんでもない事例が各地で起こっているようだが、こういうことを放置しては国が守れないし、いずれ国民が高い付けを払わされる日が来るだろう。

しかし今は、消費者は安くて、新鮮で、安心できるものを求めて、生産者の近くで商品を買ったり、ネットで直接商品を買ったりする選択肢をもっている。
これからは地方の生産者との共存共栄を考えない流通業者は、多くの消費者から見放されて、いずれは過大な設備を持て余すことになりはしないだろうか。
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丹波篠山の重要文化財・天然記念物を訪ねて~~磯宮八幡宮と大国寺

24日の日曜日も天気が良かったのでまた田舎道をドライブしたくなった。
先週は亀岡だったが今度は丹波篠山を目指すこととして、事前に丹波篠山の国指定の重要文化財がどこにあるかを調べてみたところ全部で16あり、その内の6つは大国寺という天台宗の寺院にあることがわかったので、まずはその寺を目指すことにした。

吹田から一般道を走り池田から川西、猪名川につながる川西篠山線(県道12)を北上していく。

途中で磯宮八幡神社という神社に立ち寄った。

磯山八幡宮全景

この神社は観光案内書には記載されていない小さな神社だが歴史は古く、承平3年(933)に石清水八幡宮よりご分霊を勧請したという古社で、昔は末社が50社もあって曽地・後川荘など四ヶ荘におよぶ広い地域の総社だったそうだ。
歴史が古いだけあってこの神社は2つの国指定重要文化財を持っているのだが、その文化財がなんと2つとも「仏像」なのだ。

磯山八幡宮重要文化財

明治の廃仏毀釈によりここにあった神宮寺が潰されてしまったが、もともとこの神社は神仏習合でお寺と神社が渾然一体としていたようだ。潰された神宮寺に安置されていた四天王のうち木造持国天立像と多聞天立像が今はこの神社の収蔵庫に保管されているそうだが、残念ながら普段は公開されていない。この二つの仏像は、次のURLで見ることが出来る。
http://edu.city.sasayama.hyogo.jp/tiikibunka/bunkazai/bunkazaiichiran/0039.pdf
http://edu.city.sasayama.hyogo.jp/tiikibunka/bunkazai/bunkazaiichiran/0040.pdf

この神社は古くから領主、武将らの信仰が厚く、建武3年(1336)2月、足利尊氏が九州への途中に参拝し、願書や鏑矢等を奉納し、田畑も寄進したと伝えられ、八上城主波多野秀治も城内武運長久の守り神として崇敬し、各種の寄付をするなど保護をしたが、天正7年(1579) 明智光秀の丹波攻略の折に兵火によって焼失。翌8年には再建されたという。

磯山八幡宮本殿

その後、承応3年(1654)、篠山城主松平康信が境内並びに田地二反余を黒印除地とし、寛文12年(1672)に社殿を建立。弘化5年(1848)に造営されたという記録があるそうだが、これだけ由緒のある神社とは思えないくらい、現在の建物は相当に傷んでいる。

磯山八幡宮天然記念物

この神社の境内に、ハダカガヤという高さ約10m樹齢600年以上の大木があり、国の天然記念物に指定されている。普通のカヤの実には堅い殻があるのだが、この木にできる実には不思議な事に堅い殻がないそうだ。突然変異で出来たものだそうだが、このようなカヤの木は世界でここしかないそうである。

次に向かったのは大国寺。

先程も書いたように、この寺には国の重要文化財が6つも存在するのだが、1つはこの寺の本堂である。

篠山大国寺本堂

このお寺は大化年間(645~650)空鉢仙人(くうはちせんにん)が国家安泰を祈願されて、自作の薬師如来を安置し開創されたと伝えられているが、その後平安時代の天暦年間(947~956)に戦火のため焼失。鎌倉時代正和年間(1312~1317)に花園天皇の御帰依により再建され、「安泰山大國寺」の称号を賜ったとされる。

篠山大国寺本堂横

今の本堂は鎌倉時代に再建されたものとされるが、腐朽破損が甚だしかったために、昭和40年に解体修理に着手し、翌年に再建当時の姿に復旧竣工したものである。

この本堂の中に、藤原時代の仏像5体が安置されており、いずれも国の重要文化財に指定されている。住職の御許しを得て、ノーフラッシュで仏像の写真を撮ることが出来た。

篠山大国寺仏像

左から増長天立像、阿弥陀如来座像、薬師如来坐像、大日如来坐像、持国天立像で、薬師如来坐像は藤原時代中期の作、他の仏像は藤原時代後期の作とされている。

またこの寺の境内各所に天満宮をはじめ、大日堂、水掛け不動尊、厄除け地蔵尊、大黒天、弁財天、出雲社、稲荷社が祀られているのは珍しい。

篠山大国寺天満宮

下の画像は本堂のすぐ左にある天満宮であるが、廃仏毀釈以前はこのように境内の中に神様を祀るお寺が普通だったのかもしれない。

どこの地方でも、有名な観光寺院や神社は観光収入で潤っているが、文化財があってもあまり名前が知られず観光客がほとんど来ない寺社は文化財を守るのに相当な苦労をしておられる。
地域の人口が減り高齢化が進んで、地域の信仰の場を支える人々からの収入が少なくなっては、寺社の文化財を後世に残すことは容易ではない。
重要文化財の指定があっても、国の支援は一部に過ぎず、3割以上は寺社と信者で工面しなければならないが、木造建築の修理費用は今では半端な額ではない。

文化財の指定がなければ、木造での修理をあきらめて、鉄筋コンクリートで建て替えるところもあれば、住職や宮司の生活が出来ないために無人となるところも出てきている。

地方の人々が豊かにならない経済政策を続ける限り、地方の文化財の危機はもっと深刻になっていくだろう。地方の振興のためには企業誘致だけでは限界があり、つまるところ農業や林業・漁業を今後どうするか、国全体が食糧問題にどう対峙するかが問われているのだと思うが、今の政治家は、食糧問題は票にならないと考えているのか、真剣に議論されているとは思えない。

地方の文化財を次の世代に引き継ぎ、末永く守っていくために自分ができることは、田舎に行って、あまり有名でないお寺や神社を拝観して拝観料や御賽銭を払うことぐらいだが、歴史の好きな人は是非、年にいくつかそういう寺社を拝観してブログなどで紹介すれば、参拝者が少しずつ増えて、わずかでも寺社を援けることができるのだと思う。

篠山大国寺本堂より

大国寺では、ご住職自らが寺院や仏像の来歴から丹波篠山の歴史までを詳しく説明して下さった。有名な観光地を見て廻るのもいいが、重要文化財をすぐ近くに観賞させていただきながらご住職の熱い説明を聞かせていただき、仏像の素晴らしさを体感できたことは貴重な体験だった。

帰路はいつものように地元の特産物の買い込み。道路沿いにいくらでも丹波栗や丹波黒豆の販売所があり、道の駅などよりはるかに安く買うことが出来る。丹波牛ならデカンショ街道(R372)沿いに西村牧場直営の「篠山ビーフ」という店もある。この日も随分いろんなものを買い込んでしまった。

この季節の丹波巡りは、いろいろ美味しいものが都心のスーパーよりもはるかに安く買えるので、拝観料やガソリン代が浮いたような気分になる。
帰宅してから丹波栗を焼いて食べ、夕食は丹波黒豆の枝豆と丹波牛の焼き肉だが、もちろんどれを食べても旨かった。
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龍野公園と龍野城の桜を楽しむ

しばらく地震の記事ばかり書いていたら、ブログ仲間から桜の写真を催促されてしまった。

桜の時期になると毎年どこかへ桜を見に行くのだが、ブログを書き始めてからどこに行くか随分迷うようになったし、どこの写真を撮るにしてもアングルなどに随分こだわるようになった。

有名なところはどこへ行っても人が多いのでゆっくり景色を楽しめず、余程早くいかないと人や車や電線など余計なものが写ってしまう。マイクを使ってイベントをやっていたり、露店が所狭しと出ているようなところはなるべく避けたいと思うと、行くところはかなり絞られてしまう。昨年も何箇所か行ったのだが、ブログに使ったのは東大寺の桜だけだ。

今年は京都にも行ったが、播磨の小京都とも言われる兵庫県龍野市の桜がなかなかうまく撮れたので、今回は龍野の桜を紹介したい。
とはいっても、龍野のことをあまり詳しく知っているわけではないので今回は写真を中心にして、文章はWikipediaなどを参考にして簡単に場所を案内するにとどめたい。

たつの公園の桜

最初に訪れたのが「龍野公園」。JR姫新線「本龍野」駅から、歩いて35分くらいで辿り着く。この場所は桜だけでなく秋の紅葉も美しいらしい。

あかとんぼ碑

龍野市に生まれた三木露風(明治22年~昭和39年)は、北原白秋とともに日本詩壇に「白露時代」を築き上げた詩人で、有名な童謡「赤とんぼ」の作詞者で知られる(作曲は山田耕筰)。たつの公園の中に「赤とんぼの歌碑」があり歌詞が刻まれている。近くに三木露風の銅像もある。

たつの桜

この赤とんぼ歌碑から、数奇屋風の建築が残る聚遠亭(しゅうえんてい)に通じる桜道は「文学の小径」と呼ばれて、このあたりの桜もなかなか美しい。

聚遠亭茶室

聚遠亭は龍野藩主であった脇坂氏の上屋敷跡に建築されたもので、池の上に建っているこの茶室は江戸時代の末期の建築である。「聚遠亭」という名前は庭園からの眺望をたたえた松平定信が「聚遠の門」と呼んだことから名づけられたそうだ。このあたりは特に桜が多く、鶏籠山(けいろうざん)の眺めもすばらしい。

竜野城隅櫓と桜

ここから東に向かって歩くと龍野城の隅櫓が見えてくる。桜が青い空と白壁に映えて特に美しいスポットだ。

竜野城搦め手門

坂を上ると復元された裏門がある。

竜野城隅櫓と桜2

再建された裏門を抜けて隅櫓に向かう。このあたりの桜は本当に美しい。

龍野城は、明応8年(1499)年に赤松村秀が鶏籠山に築き、江戸時代の万治元年(1658)に破却されたが、寛文12年(1672)脇坂安政によって龍野城が再建され、この時に山頂の郭は放棄され、山麓居館部のみの陣屋形式の城郭となった。

本丸御殿

これは本丸御殿だが、これは昭和54年(1979)に再建されたものである。

竜野城埋門と桜

上の写真は埋門とその近くの桜、下の写真は埋門を正面から写したものである。

竜野城埋門正面

近くに龍野歴史文化資料館がある。当日は展示品の入れ替えのために戦国時代以降の資料があまり展示されていなかったのは残念だった。

白壁土蔵

桜をメインに観光したのであまり見ることができなかったが、龍野市には武家屋敷や白壁土蔵など古いものが古いままに残されており、新しい建物も街並みと調和するように工夫されていて市街地を歩くのは楽しかった。

龍野の有名なお土産は手延べそうめんの「揖保の糸」。それと醤油のもろみを買って帰った。今度来るときは武家屋敷や醤油資料館や寺院などを見て歩きたいと思った。
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しばやん

Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
従来のメインのブログでは読者の皆様から、数多くの有益なコメントを頂きましたが、コメントまでは移しきれなかったことをご容赦願います。

またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了することが決定しています。BLOGariの旧メインブログの「しばやんの日々」はその日以降はアクセスができなくなりますことをご承知おき下さい。

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