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3度目の高山と円空仏を訪ねて丹生川から平湯温泉へ ~~ 岐阜・長野方面旅行一日目

毎年真夏の暑い時期は、大阪を抜け出して涼しいところに旅行している。今年は、平湯温泉と濁河温泉に宿をとって、7月30日から二泊三日で高山から上高地などを車で巡ってきた。今回は旅行の初日のことを書こう。

高山は8年前と4年前に訪れたことがあるので、高山陣屋や高山屋台会館、櫻山八幡宮、日下部民芸館、吉島家住宅など誰でも行くようなコースはすでに訪問済みだ。今回は、高山でまだ見ていない所を訪問する旅程を組んだ。
大阪から名神高速、中部縦貫道を走って「松本家住宅」に着き、その隣の「ヒラノグラーノ」という店でピザを食べてから東山寺町(ひがしやまてらまち)の寺院を巡った後、円空仏で名高い千光寺や平湯大滝等をみる計画だった。

松本家住宅

高山市の中心部は明治八年の大火で焼失し、日下部民芸館も吉島家住宅もその後再建されたものであるが、「松本家住宅」は高山市郊外にあったので焼失を免れた貴重な町屋の建物で、国の重要文化財に指定されている。開館しているのは土日のみのため、残念ながら中には入れなかったが、見るからに立派な建物である。

日枝神社

歩いてすぐ近くに日枝神社があるので立ち寄ったが、この神社の例祭が有名な「高山祭」の春の例祭(山王祭)で、秋の祭りは櫻山八幡宮の例祭である。

ヒラノグラーノ

「ヒラノグラーノ」は「松本家住宅」と高山祭の「大国台」という屋台が収納されている建物に挟まれたイタリアンレストランで、築200年以上の町屋を改修したものだそうだ。 ピザが有名な店だけあって、パリッと焼き上げられたピザは確かに旨かった。

昼食を終えて、東山寺町のお寺を散策した。遊歩道が整備されているが、1.5km程度の遊歩道に13ものお寺と4つの神社が点在している。江戸時代初期に高山城主であった金森長近が、京都の東山に見立ててこの場所に寺院を移したということだそうだ。

宗猷寺

上の画像は、一番大きな宗猷寺というお寺だが、威風堂々とした本堂の建物が気に入った。特に有名なお寺や神社があるわけではないが、高山の古刹を歩いて巡るのは楽しい。

東山寺町を1時間程度散策後、車で千光寺に向かう。

千光寺本堂

千光寺の歴史はかなり古く、伝承によれば仁徳天皇65年 (377年)頃に飛騨の豪族・両面宿儺(すくな)が山を開き、仏教の寺院としては、嘉祥3年 (850年)頃、真如親王(嵯峨天皇の皇子)によって建立され、最盛期には山上に19の伽藍や院坊が立ち並んでいたそうだが、永禄7年(1564)の武田軍の飛騨攻めの際に一山炎上してしまい、天正16年(1588)に高山城主金森長近により再建されたのが今の堂宇だそうだ。
江戸時代初期の僧、円空上人は12万体の造仏を誓願して鉈一本を手に全国行脚し、膨大な数の「円空仏」を残しているが、この千光寺に相当な期間逗留したと言われ、境内にある円空仏寺宝館には63体の円空仏が収蔵されている。
円空仁王像

写真は寺宝館の入口にある立木仁王像で、以前は寺の参道の途中の立木に直接刻まれていたが、傷みがひどいために150年前に当時の住職が仁王門の裏に保存していたものだそうだ。寺宝館内は写真撮影禁止だが、この像だけは撮影可だった。
千光寺五本杉

千光寺に来たら、円空仏だけでなく「五本杉」も是非立ち寄りたいスポットだ。上の画像が五本杉だが、一つの幹から五本の杉が空に向かって伸びている。

案内の立札によると、高さが50m、幹の周りが12m、樹齢1200~1500年だそうで、国指定の天然記念物に指定されている。存在すること自体が奇跡としか思えず、神々しさを感じて思わず手を合わせてしまった。

次に立ち寄ったのが「荒川家住宅」。荒川家は大谷村の旧家で、元禄期(1688~1703)から明治時代になるまでは、代々この地域の6か村の名主を兼ねていたそうだ。

荒川家住宅

写真の母屋は寛政8年(1796)、奥にある土蔵は延享4年(1747)の建築でいずれも重要文化財に指定されている。スタッフの方から一階の各部屋だけでなく、屋根裏部屋にも案内いただき、養蚕で使った農具や古文書についても説明を受けて勉強になった。

次は、「匠の館」に向かう。匠の館は明治時代に飛騨の名工・川尻治助が12年の年月をかけて建てた豪農の屋敷である。
匠の館

川尻治助は高山市内の日下部民芸館を手掛けたことでも有名であるが、その腕の良さは日下部民芸館が明治期の建築物としては日本で最初に重要文化財に指定された建物であることで証明されている。そしてこの匠の館も平成19年に高山市の有形文化財に指定されている。

匠の館内部

良質の材をふんだんに使い、重厚感たっぷりの梁組みや、名工川尻治助の大工道具類の展示なども非常に興味深かった。

次に、一日目の宿泊予定地である平湯温泉に向かう。温泉に入る前に絶対行くべき場所は落差64mの「平湯大滝」。この滝は日本の滝百選にも選ばれている。

平湯大滝

前日の雨の影響もあったのかもしれないが圧倒的な水量で飛沫が凄く、滝に向かって立つと滝から300mは離れているのに眼鏡が水滴で曇ってくる。暑い時期に涼をとるには最高の場所だ。

平湯温泉でこの日に泊まった旅館は「愛宝館」。こじんまりとしたふつうの旅館で、風呂はも決して大きくはないが、内湯、露天風呂とも24時間のかけ流しの天然温泉で結構楽しめた。<続く>
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濁河温泉から寝覚ノ床、妻籠宿・馬籠宿へ~~岐阜・長野方面旅行三日目

早朝目が覚めて朝風呂に入り、食事までまだ時間があったので夫婦で散歩に出かける。ホテルのすぐ近くに「濁河三滝」と言われる3つの滝があるらしいのでそれを目指して歩く。
天気は良いのだが肝心の御岳山は頂上あたりが雲で隠れて見えないのが残念だ。

宿から5分ばかり歩くと落差20mの「緋の滝」という滝が見えてくる。御覧のようになかなか綺麗な滝だ。

緋の滝

そこからさらに5分程度歩くと道路わきから落差15mの「白糸の滝」が見えてくる。

白糸の滝

更に進んで御嶽神社の参道あたりまで歩いて、時間の余裕があまりなかったので3つ目の滝を観ずに引き返したが、自宅に帰ってから調べると3つめの滝である「仙人の滝」が落差30mと一番大きく、御嶽神社まで歩けば「仙人の滝」はもうすぐだったらしく、少し惜しいことをした。

「旅館御岳」の朝食もまた良かった。特に源泉で味付けをしたお粥があっさりとして美味しく頂けたが、このお粥は「御岳源泉粥」というこの宿の名物料理で、売店でも売っていたので思わずいくつか買ってしまった。

チェックアウトを済ませ、次の行き先は「寝覚ノ床」だ。
「寝覚ノ床」は中学時代に教科書で学んだことがあるし、信州方面の旅行の時にJRの中央本線の車窓から何度か見ているが、いつも「あっ」という間に通り過ぎてしまうので、随分前から一度ゆっくり見てみたいと思っていた。

「寝覚ノ床」近辺には大きな土産物屋があり、その展望台から景色を眺めることもできるが、ちょっと距離がありすぎて小さくしか見れないのと、JR中央本線の架線が邪魔でどうしても気になってしまう。
折角来たのだから、川の近くまで行こうと思って進むと、「臨川寺」というお寺にぶつかる。名勝「寝覚ノ床」は、臨川寺の境内の中にあるのだ。

臨川寺

拝観料を払ってJRの線路の下を通って木曽川の川べりに出ると、なかなか見事な眺めであった。木曽川のような水量の多い川で、良くこんなに狭い流路がここだけに残ったものだと感心してしまう。

寝覚ノ床

「寝覚ノ床」には浦嶋太郎の伝説があるのだが、以前天橋立方面に旅行した時に伊根町に浦嶋神社という神社があり、浦嶋太郎を祀っていた。浦嶋太郎の話は日本書紀や万葉集にも出てくる話で丹後の国(京都府)の話だと思っていたし、木曾川のような急流の川に大きな亀や龍宮城が出てくるとすれば誰が考えても変だと思う。

臨川寺のパンフレットには次のように書いてある。
「…浦嶋太郎が龍宮へ行ったという話は、やはり海岸のことで、今の京都の天橋立である。…ところが龍宮から帰ってみると、親兄弟はもちろん、親族隣人誰一人として知っている人はなく、我が家もないので、そこに住む事が出来ず、…、この山の中にさまよいこんできた。…ある日のこと、フッと思いついたように、土産にもらってきた玉手箱を開けてみたならば、いっぺんに三百歳のおじいさんになってしまい、ビックリして目が覚めた。眼を覚ましたのでここを寝覚という。…」
要するに、浦嶋太郎が玉手箱を開けた場所がこの寝覚ノ床という話だ。

いろいろ調べると、この臨川寺に関しては「寝覚浦嶋寺略縁起」という本があり、その中に寝覚ノ床の浦嶋太郎の話が出てくるそうだが、この本の出版は嘉永元年(1848)頃らしく、江戸時代の終わりの頃にはこのような伝説がこの地に広く知られていたようである。

臨川寺は江戸時代初頭から栄えた寺であったが、文久三年(1863)に全焼した記録がある。この寺の宝物館には、浦嶋太郎の釣りざおが展示されているが、一体いつ頃のものなのであろうか。本当に貴重なものなら、無人の建物に存置されることはないであろう。
浦嶋太郎の釣りざお


次は、妻籠宿を目指す。
江戸時代にタイムスリップしたようなこの景色を、どうしてもこの目で見たかった。よくこの宿場の風景をそのまま残してくれたものだ。

妻籠宿

ここへきたら絶対行くべきは、南木曽町博物館。脇本陣奥谷、妻籠宿本陣と歴史資料館の3館がセットになっている博物館だ。

脇本陣奥谷は明治10年(1877)に建て替えられたものだが、江戸時代には木曾の檜を一般の建築に使うことを禁じられており、その禁制が解かれた際に当主の林氏が、当時の粋を集めて総檜造で建てた建物だそうだ。

妻籠本陣内部

明治時期の建築ながら平成13年に国の重要文化財に指定されている。写真はその囲炉裏の間である。ここでは、語り部のわかりやすい説明を聞くことが出来る。

妻籠宿本陣は、島崎藤村の実兄である島崎広助が最後の当主であったが、明治20年代に広助が東京に出た際に建物は取り壊されてしまったそうだ。現在の建物は平成7年に江戸時代後期の間取り図をもとに忠実に復元したものである。
妻籠本陣

写真は妻籠宿本陣を外から写したものだが、荒川家住宅のように屋根の上に石が置かれている。

妻籠宿で立ち寄りたいのが手作り菓子の澤田屋。名物の「老木」と木曾伝承の栗きんとんを買って帰った。

妻籠宿で蕎麦を食べてから、近くの馬籠宿にも立ち寄った。

馬籠宿

明治の文豪の島崎藤村はこの馬籠宿の本陣で明治5年に生まれた。本陣の建物は明治28年の大火でほとんど焼失してしまったのだが、唯一残ったのが藤村の祖父母の隠居所で、この建物の二階で少年時代の藤村は父から四書五経の素読を受けたそうだ。

島崎家隠居所

展示室もいくつかあり、小説の自筆原稿や愛用品など島崎藤村の生涯にわたる作家活動の資料が展示されている。

馬籠宿にはまだまだ見るべきところがあったとは思うのだが、3日間、沢山見て歩いたので充分満足して、ここで旅行を切り上げて帰途についた。
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飛騨古川から禅昌寺を訪ねて下呂温泉へ~~富山・岐阜・愛知方面旅行2

旅行は二日目の朝を迎えたが、前日から降り出した雨が朝も降り続いていた。
雨に打たれながら露店風呂にゆったり浸かりつつ雲行きや周りの山々を見ても、当面天候が回復しそうな様子ではない。
天気がよければ新穂高ロープウェイに乗って山頂から素晴らしい眺めを見て、帰りに北アルプス展望園地や北アルプス大橋をドライブで巡るつもりだったのだが、予定を変更して飛騨古川に向かい、そこでゆっくりすることにした。

飛騨古川は実は10年ほど前に白川郷に行くバス旅行の途中で降りて30分程度滞在したのだが、前回は祭り広場から「瀬戸川」に沿って少し歩いたぐらいの記憶しか残っていない。
昔は旅行会社が企画したバスツアーに良く行ったのだが、旅行というものは自分で企画するかしないかで、記憶の残り方が随分違うものだ。
今回は時間がたっぷりあるので、おもしろそうなところをじっくり見て行くことにした。

福地温泉の宿から車で1時間半程度走って飛騨古川の駐車場に着いた。

古川祭り会館

雨が降っていたので、最初に「飛騨古川まつり会館」に入ることにした。

飛騨古川まつりは毎年4月19日から20日にかけて行われる気多若宮神社の例祭で、国の重要無形文化財にも指定されている伝統神事である。見どころは絢爛豪華な「屋台行列」と、勇壮な「起し太鼓」だ。

まつり会館屋台

会館内には、古川まつりに実際に使用される屋台や神輿が展示されている。上の画像は白虎台という屋台で、人形は牛若丸と弁慶だ。
古川にはこのような屋台が9台あるのだそうだが、この会館には祭りの当日を除いてそのうちの3台が展示され、定期的に入れ替えられるのだそうだ。

いずれの屋台にも釘は一本も使われておらず、またいくつかの屋台にはからくり人形が仕込まれている。

古川まつりからくり人形1
古川まつりからくり人形2

しばらくしてからくり人形をコンピューター制御で動かす実演があったが、白い装束を着た女性がしずしずと前に進み、一瞬のうちに面をかぶり、扇を開いて舞う細かい動きには驚かされた。お祭りの当日には、からくり人形の操作を人間が行うことは言うまでもない。

古川祭案内

館内のハイビジョンホールでは、3D映像で迫力ある祭りの映像が楽しめた。この会館にきてはじめて「起こし太鼓」の映像を見たが、数百人のさらし姿の裸男たちが担ぐ櫓が、大太鼓を乗せて町中を巡行し、大太鼓の上に載った二人の若者が、ばちを振りおろして深い太鼓の音を響かせる映像は勇壮で迫力がある。是非その日の夜にこの地で見てみたくなった。Youtubeでも「起こし太鼓」の画像を見ることはできるが、大きなスクリーンでの立体映像にはとてもかなわない。
http://player.video.search.yahoo.co.jp/video/a8f841b70a6925f85b04417f95ca6c92?p=%E5%8F%A4%E5%B7%9D%E7%A5%AD&b=1&of=&dr=&st=&s=&pd=&ma=&rkf=1&from=srp

しかし、この勇壮な飛騨古川まつりも、今年は東日本大震災の被害が甚大であったことを配慮して中止されたのだそうだ。祭りの原点がどこにあるかという観点から本来考えるべきだと思うのだか、祭りが国家安泰を願い五穀豊穣を願うものであるならば、何も中止することはなかったのではないだろうか。

古川祭り起こし太鼓

この祭り会館の向かいにある「まつり広場」にある「御旅所」にこの「起こし太鼓」が展示されている。

また、まつり広場の北に「飛騨の匠文化館」がある。
このパンフレットによれば、大和朝廷の時代から寺院仏閣の造営に「飛騨の匠」たちが活躍していたのだそうだが、文化館には釘を一本も使わない木工技術がいくつも展示されていた。

飛騨の匠の技

上の画像の左は「千鳥格子」だが、これをどうやって作ったかを納得するのにやや時間がかかった。この組み立て方を知って感激してしまったが、この技術をはじめて考案した人物は本当に凄いと思う。
左の画像の「1」の部材をつまんで上に引くと、隙間が出来て「0」の部材を縦方向に引き抜くことが出来る。そうすると、他のすべての部材はただ置かれているだけなので、外していって並べると画像の右の様になる。画像の通りすべての部材はすべてが同じ形のものであったのだ。
千鳥格子にするためには、その逆を行えば良いということなのだが、皆さん理解できましたか。

このコーナーには「千鳥格子」以外にもパズルのようなものがいくつかあり、木材を釘を使わずに繋ぐ「継手」などの技を確かめることが出来る。分解したり組み立てたりしているとすぐに時間が過ぎてしまう。

飛騨の匠の技を楽しんでちょうど昼時になったので、すぐ近くの「味処古川」というお店で昼食。写真を撮り忘れたが、飛騨古川ラーメンの定食はなかなか旨かった。

飛騨古川には伝統的な木造建築の町屋が数多く軒を連ね、新しい建物も周囲との調和が良く取れていて街並みがとても美しい。

白真弓

2軒の造り酒屋があって、それぞれが国の登録有形文化財に指定されている。上の画像は「蒲酒造場」だが、軒先に架けられているのは「酒林(さかばやし)」といって、杉の葉を球状に束ねたもので、毎年11月下旬に新酒ができると新しいものに取り換えられるのだそうだ。

三嶋和ろうそく店

古い街並みの中にある明和年間(1764~72)創業の「三嶋和ろうそく店」の作業場。ここではすべてのろうそくが天然の植物原料から手作りで製造されている。全国で和ろうそくを手作りで作っているお店は今では10軒もないそうだ。

飛騨古川の町並み1

歩いているうちに雨も上がった。白壁土蔵の並ぶ瀬戸川沿いの道は本当に美しい。瀬戸川には見事な錦鯉がたくさん泳いでいるのも良い。
この町の伝統を愛し景観を愛する人が多かったからこそ、この街並みが残せたのだろう。こういう道を歩いていると、昔の故郷に戻ったような安らぎを覚えるのだ。

飛騨古川の町並み3

この街には昔ながらの店が軒を連ねて、コンビニもスーパーも、チェーン店のようなものはどこにも見当たらない。昔ながらの景観を残すためには、地域の経済循環を残し、外部資本に頼らずに、古い商店と街の人々との共存共栄関係を維持していくことが重要なのだろう。そのことが観光地としての価値を高めると思うのだが、地域の人々がある程度我欲を捨てなければ、とてもこの街並みを維持できないと思うのだ。

飛騨古川を楽しんで、次の目的地の「禅昌寺」に向かった。
この寺は、平安時代に創建された円通寺という寺院があり、享禄元年(1528)に再建されて禅昌寺に名前が改められたという説や、円通寺と禅昌寺とは無関係だという説など諸説があり、創建年、創建地、円通寺との関係などは確定していないそうだ。

禅昌寺門

天文二十三年(1554)後奈良天皇より十刹(五山に次ぐ寺格)のご綸旨を賜り勅願所(勅命により国家鎮護などを祈願した社寺)とされただけあってなかなか立派なお寺であった。

禅昌寺内部

美術品にも見るべきものがあって、特に雪舟筆の大達磨像はすごい迫力で、しばらくこの絵の前で釘づけになった。
禅昌寺には指定文化財は51もあるのだそうだが多くは宝物館に移されており、以前は宝物館も公開されていたようなのだが、今は見ることが出来ないのは残念だ。

禅昌寺庭

禅昌寺の庭園は「萬歳洞」と呼ばれて岐阜県の指定名勝となっている。庭園の水の流れる音を聴きながら静かに時を過ごせるのはいい。

禅昌寺杉

またこの寺の境内の裏山には推定樹齢1200年の「禅昌寺大杉」がある。周囲は12mもあり国の天然記念物に指定されている。

この寺は下呂温泉に近いのでもっと観光客が多いのかと思ったが、滞在中の観光客は我々だけだった。土曜日だと言うのにこんなに観光客が少なくては、受付にずっと人を置いておくのも大変だろう。せっかく宝物館を作っても、貴重な美術品を観光客に見てもらおうにも、別に受付の人を置かなければならなくなる。人を置くだけの拝観収入がなければ、閉館するしかないであろう。しかし閉館すればこの地を訪れる観光客がさらに少なくなってしまう。

禅昌寺の宝物館には長澤芦雪の大涅槃像などがあるはずなのだが、もっと観光客が集まらないと公開できないのであろうか。せっかくの観光資源をぜひ地域振興のために活かしてほしいと思う。

禅昌寺のあとは宿泊先である下呂温泉に向かう。宿はホテルパストゥールというところだ。
下呂温泉は草津温泉、有馬温泉とともに日本の三名泉に数えられるのだが、無色透明のまろやかなお湯で、入浴すると肌がすべすべになる。
大浴場から南飛騨の豊かな緑が望め、蝉の鳴き声を聴きながらゆったりと風呂に浸かって気分は最高だった。

<つづく>
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Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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