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飛騨地方を舞台にした悪代官と義民の物語

江戸時代に飛騨地方で、「大原騒動」という大きな百姓一揆があったということを知った。

Wikipediaによると「大原騒動」とは、江戸時代に飛騨国の代官(のちに郡代に昇進)であった大原紹正(つぎまさ)・正純父子のもとで、明和8年(1771)から天明8年(1788)までの18年間、断続的に続いた百姓一揆とある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%8E%9F%E9%A8%92%E5%8B%95

普通に考えれば、たとえ貧しい生活であったとしてもなんとか生きていけるのであれば、集団で代官に立ち向かうようなことは考えにくい。農民が集団で立ち上がるという事は、それなりの理由があるはずだ。
百姓一揆」は権力者の側からすれば「騒動」にすぎないが、生活に困窮する農民からすれば、生きるために「最後の手段」を行使したものであり、メンバーを導いて勇気を出して訴え出て厳しい処分を受けた仲間を見殺しにすることは出来なかったのであろう。この「大原騒動」で犠牲になった農民たちを「義民」と呼び顕彰する碑がいくつか飛騨の地に建立されている。

大原騒動」は大きく分けて明和8年(1771)の「明和騒動」安永2年(1773)の「安永騒動」天明8年(1788)の「天明騒動」に分かれるが、その最大規模の「安永騒動」を率いたのは、本郷村善九郎というわずか17歳の少年であった。
この「大原騒動」が起こるまでの歴史を、Wikipediaや高山市のHPの記述などを参考に私なりにまとめてみたい。
http://www.city.takayama.lg.jp/bunkazai/documents/000.pdf

戦国時代に高山一帯を治めていたのは姉光路氏(三木氏)であったが、越中国の佐々成政に味方した三木頼綱が金森長近ら秀吉方に敗れ、天正14年(1586)に金森長近が国主として入府している。
金森長近は高山城を築城し、関ヶ原の戦いの後に飛騨高山藩の初代藩主となり、その後6代に107年間にわたり金森氏による飛騨国統治が続く。
しかし元禄5年(1692)に第6代藩主・金森頼時が突然出羽国上ノ山藩に移封されてしまい、それ以降、飛騨国は江戸幕府の直轄領となっている。通説では、その背景には、飛騨国には金山があり、貴重な木材資源があったことに江戸幕府が目をつけたとされているようだ。

その後江戸幕府は、元禄8年(1695)に高山城の破却を決め、以前金森氏の下屋敷であった高山陣屋で政務を行なわせることとしたのち、明和2年(1765)に大原紹正が代官に着任し、安永6年(1777)には飛騨一国の検地を成功させた功績を高く評価されて飛騨国郡代に任命されたという。
大原紹正は江戸幕府の命令を忠実に履行し、税収を25.7%も増やしたことが評価されて昇進したのだが、このことが農民を怒らせ、騒動が起こる原因となったようだ。

では、順を追って「大原騒動」を見て行こう。

明和8年(1771)に起こった「明和騒動」の原因は何だったのか。
この年に代官の大原紹正は、幕府勘定奉行の命により御用木元伐休山命令を山方衆に出している。解りやすく言うと、幕府の命令により飛騨の木材の買い入れを休止するということなのだが、山方衆たちは材木の切り出しを行う事で毎年の生計を立てていたので、この決定は死活問題であった。そして代官は材木代として農民たちに支払われる予定であった三千石の米を突如幕府に返納すると言い出したという。
Wikipediaでは、大原代官は高山の米商人と結託して、他地域の米を高山産米と偽って江戸に送り、農民から集めた三千石の米は米の高騰を待って利ざやを抜こうとしていたことが発覚し、それに激怒した農民たちは代官に協力した町人宅や土蔵の打ちこわしをしたのだそうだ。
大原代官は直ちに農民の鎮圧を行ない、54名を投獄し、1人が死罪となっている。

二度目の「安永騒動」は安永2年(1773)から始まっている。
この年に大原代官は、幕府への年貢米を嵩上げするために検地を強行しようとした。 飛騨の農民たちの生活は厳しく、検地に反対して高山御役所に陳情したが埒が明かないとみるや、江戸の老中や勘定奉行などへ代表を送り込み駕籠訴を決行したが、捕えられて打ち首などで多くの仲間の命を失うこととなる。
幕府からの連絡を受けた大原代官は各村々の名主を集めて、検地を認めて不服を申し立てない旨の文書に署名させようとした。このような事態に対して、「仲間の死を無駄にするな」と立ち上がったのが、17歳の本郷村善九郎という人物である。

飛騨一宮水無神社

この騒動で、数千人とも1万人とも言われる飛騨の百姓たちが、検地に反対して飛騨一宮水無神社に結集し抵抗姿勢をみせたが、大原代官は郡上藩などの鉄砲隊の力を借りて、武器を所持していなかった集会参加者に銃火を浴びせたのだそうだ。
農民たちの犠牲者数には諸説があり、次のURLでは即死者が3名、負傷者が300名、縛り付け125名とあり、集会の指導者は本郷村善九郎ら13名が死刑となり、14名が流罪になるなど厳しい処罰を受けたという。
http://tsumugu.shiga-saku.net/e204688.html

そうして新検地が強行され、大原代官は年貢米を大幅に増加させたことが評価されて、安政6年(1777)に郡代に昇格している。
この「安永騒動」の物語は映画化され、Youtubeでいつでも見ることが可能だ。46分程度の短いものなので、時間があればぜひ見て頂きたい作品である。
http://www.youtube.com/watch?v=aZL45DI-pw8

無題

この作品の中で本郷村善九郎が処刑される4日前に妻に書き残した遺書と辞世の句が朗読される。この映画の題名は、善九郎の辞世の句にちなんだものである。
「寒紅(かんべに)は無常の風にさそはれて莟(つぼ)みし花の今ぞ散りゆく(寒中に咲く紅桜がつぼみのまま風に吹かれて散ってゆくように私も今はかなく散っていく)」

3-117.jpg

善九郎の遺書は岐阜県の重要文化財に指定され、高山陣屋資料館に展示されているようだが、次のURLで画像を見ることが出来る。
http://www.pref.gifu.lg.jp/kyoiku-bunka-sports/bunka-geijutsu/bunkazai-zuroku/bunkazai-zuroku/syoseki/takayamasi/honngoumura.html

「悪代官と義民の物語」というものは、ある程度の誇張や創作が付き物だとは思うのだが、高山市のHPでは大原紹正の昇進について次のように記していることに注目したい。
「幕府の方針を忠実に履行すれば、たとえそれが良民にとっては苛政であっても地位は上がっていくのであった。大原代官の昇格は幕府による幕領行政の一端をうかがわせるものであった。
なお、大原代官の妻は夫の悪政を諌めて自殺した。」
http://www.city.takayama.lg.jp/bunkazai/documents/000.pdf
高山市のHPを素直に読むと、当時の幕領行政は悪政であり、大原紹正は悪代官であったと書いているのと同じだ。

この大原紹正は郡代に昇進した年の7月に妻が自害し、翌安政7年(1778)には眼疾により失明し、更に翌年には急病により死去したのだそうだ。

その後の飛騨郡代に就任したのが、大原紹正の子である大原正純であったが、その男はさらにひどい男であったようなのだ。
Wikipediaによると、
大原正純は、私利私欲に走り、過納金(米一俵につき30~50文を過納し、納め終わると、百姓に返す金)を返さず、また村々から618両を借り、さらに幕府が天明の大飢饉対策としての農民に対する年貢の免除分を取り上げ、自分のものとしてしまった。更に、大原正純は飛騨の町村から6000両もの一条金を借りたという。

この私利私欲に対しては農民のみならず、役人や名主たちも不信を募らせことになる。1787年(天明7年)頃から、解雇された役人や失職した名主たちは、度々江戸に代表を送り、老中松平定信らに密訴状の投入や老中宅の門への訴状の添付を繰り返した。」
と書かれている。

「天明の大飢饉」は、天明2年(1782)から8年(1788)の7年間にわたって凶作が続いて東北地方の農村を中心に全国で餓死者が出た。のだが、そんな時期に私利私欲を追及するような政治をされてはたまらない。

松平定信

天明6年(1786)に第10代将軍徳川家治が死去すると田沼意次が失脚し、天明7年(1787)松平定信が第11代将軍徳川家斉のもとで老中首座となる。
天明8年には農民たちは飛騨に来た巡見史に対し訴状を出し、さらには江戸で老中松平定信に駕籠訴を行ったという。
江戸幕府もようやく問題視して実情の調査にあたり、大原正純は八丈島に流罪となり、大原正純に加担した役人も処罰されている。

最後は裁かれるべき者が裁かれることで18年にも及ぶこの騒動が終わるのだが、この間に刑死した者26人、遠島17人、追放14人、過料を受けたものはおよそ1万人にも達したと伝えられている。
理不尽なことに対して命懸けで、組織的にかつ粘り強く戦った飛騨の農民たちの歴史には、ただただ感心するばかりである。
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