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赤穂浪士の処刑をどうするかで、当時の幕府で大論争があった~~忠臣蔵2

前回の記事で赤穂浪士の吉良邸討ち入りも、吉良上野介が大悪人でなければただの殺人行為となってしまって物語が成り立たないことを書いた。
この討ち入りについて「主君の仇討ち」という言葉がよく使われるのだが、松の廊下では浅野内匠頭の方が吉良上野介を殺そうとして斬りつけたのであって、吉良が浅野を殺そうとしたのではない。普通に考えれば、浅野の家臣である赤穂四十七士が吉良邸に討ち入りすることを「仇討」というのはどこかおかしい。

江戸城松の廊下

そもそも浅野内匠頭吉良上野介を斬りつけた理由がよくわからない。『忠臣蔵』の物語には吉良がひどく浅野を苛めたことがいろいろ創作されて書かれているのだが、当時の記録からはそれらしき理由が見えてこないのだ。そして肝心の赤穂浪士もその理由がよくわかっていなかったとしか思えない。

刃傷事件の当日の浅野内匠頭に関する記事は、現場にいて後ろから浅野を羽交い絞めにして取り押さえた梶川与惣兵衛頼照の記した『梶川氏筆記』に詳しい。
該当部分の現代語訳は前回の記事で紹介したので繰り返さないが、この記録によると浅野内匠頭は吉良を「この間の遺恨覚えたるか」と声をかけて切り付け、取押えられてから大勢の前で「上野介の事については、この間からずーっと意趣があったので、殿中と申し、今日の事(勅使・院使の接待)のことに付き、恐れ入るとはいえ、是非に及ばず、討ち果たしたい理由があり」と何度も繰り返し口にしたという記述があるのみで、過去にどのようなことがあって吉良に恨みを持つに至ったかについては、浅野は何も語らなかった。

その後浅野内匠頭に対し老中の取調べがあり、取り調べにあたった目付の一人が記述した『多門伝八郎筆記』によると、こう書いてある。
http://www.eonet.ne.jp/~chushingura/siryo/siryo02c.htm

「私が内匠頭さんに『どうして場所を考えずに上野介さんに切りつけたか』と聞きました。内匠頭さんは一言の弁解もせず、『お上に対しては少しも恨みはありません。上野介には個人的な恨みがあり、前後も忘れて殺そうと切りつけました。この上はどのような処分でもお受けいたします』と答えました。
なおも内匠頭さんは『しかしながら、上野介を打ち損じたのはいかにも残念である』と悔しがっていました。」

というのだが、この『多門伝八郎筆記』は自己宣伝の臭いが強く、史料としてはあまり評価されていないようなのだが、この文書にも浅野が吉良に恨みを持った具体的な理由が書かれていないのは、浅野が何も語らなかったので書けなかったのだろう。

浅野内匠頭は即日切腹が命ぜられて田村右京太夫の屋敷に預けられる身となり、そこに訪ねてきた家来の片岡源五右衛門に遺言を残している。その遺言には

「兼ねては知らせ置く可く存ぜしも、その遑(いとま)なく、今日のことは已むを得ざるに出でたる儀に候。定めて不審に存ず可き乎。(かねてから知らせておこうと思ったが、その時間がなく今日やむを得ずやってしまった。さだめし不審に思うだろう。)」

と書かれているだけなのだが、この言葉を赤穂に持ち帰って大石内蔵助に伝えても、主君が吉良を斬りつけた理由は、誰もさっぱり判らなかっただろう。

このとおり死ぬ間際まで浅野内匠頭は吉良を斬りつけた理由を語らないまま処刑されてしまったのである。

しかし元禄15年12月14日に吉良邸への討ち入りは実行された。
浅野の家臣たちは主君が刃傷事件を起こすに至った理由が少しでもつかめたので討ち入りを決心したのかというと、そうでもなさそうだ。

浅野内匠頭家来口上

前回に紹介したが志士たちが討ち入りを決行した際に吉良邸の門前に突き立てられたとされる『浅野内匠頭家来口上書』という書状が残っている。
ここには内匠頭が「吉良上野介殿へ意趣を含み罷りあり候処(何か到底我慢ができないことでもあったでしょうか)」と述べているだけで、主君が吉良に刃傷に及んだ理由については、討ち入りを実行した時点でも何も分かっていなかったようなのである。

口上書はさらに「右喧嘩の節、御同席に御差留の御方これあり、上野介殿討留め申さず候。内匠頭末期残念の心底、家来共忍び難き仕合にご座候。…」と続き、討ち入りの理由は要するに、主君が吉良を恨んで殺そうとしたのだが、梶川与惣兵衛に止められて思いを成就することができなかった。なき主君が生前に果たそうとしたことを主君に代わって成し遂げたい、と言っているだけなのだ。
単刀直入に言えば、主君が殺そうとして殺せなかった吉良を殺して、主君の無念を晴らしたいということだが、これは仇討というよりも、恨みを残して死んだ主君の霊を鎮めるための行動と理解した方が適切であるような気がする。

吉良邸討ち入り

忠臣蔵』の物語がテレビや映画などで毎年のように放映されて、四十七士の討ち入りが義挙であると考えることが日本人の常識のようになっているのだが、忠義を奨励していた将軍綱吉や側用人柳沢吉保をはじめとする幕閣は、当時の民衆は四十七士に対する同情と讃嘆が白熱し、志士たちを預けていた細川、松平、毛利、水野各家から助命嘆願書が提出されていた中で、四十七士を死罪とするか切腹させるか助命するかで随分対応に苦慮した記録が残っている。

Wikipediaによると
「幕閣の中にも『夜中に秘かに吉良を襲撃するは夜盗と変わる事なし』と唱え、磔獄門を主張した者もいた(『柳沢家秘蔵実記』)。その一方で、主君仇討ち事件に大いに感激した幕閣もいて、その内部でも意見の違いがあった。」

「学者間でも議論がかわされ、林信篤や室鳩巣は義挙として助命を主張し、荻生徂徠は『四十六士の行為は、義ではあるが、私の論である。長矩が殿中もはばからないで罪に処されたのを、吉良を仇として、公儀の許しもないのに騒動をおこしたことは、法をまぬがれることはできない』と主張した。この荻生の主張が採用され、浪士には切腹が命じられた。『浅野は殿中抜刀の犯罪で死罪なのに、吉良を仇と言うのはおかしい。幕府の旗本屋敷に乗り込み多数を殺害する騒動には死罪が当然』というのが江戸幕府の見解ということになる。」とまとめられている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E7%A6%84%E8%B5%A4%E7%A9%82%E4%BA%8B%E4%BB%B6

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荻生徂徠の意見書は、理路整然としたもので非常にわかりやすい。この意見が将軍を動かして赤穂浪士に対し「切腹申付」を決心させたものである。福島四郎著『正史忠臣蔵』という本に現代語訳がでている。この本は今は絶版となっているが、次のURLの「林大学頭と荻生祖裸の対立意見」のところで誰でも読むことができる。
http://books.salterrae.net/amizako/html2/seishichuushinngura.txt

「大石ら四十余人は、亡君の仇を復したといわれ、一般世間に同情されているようであるが、元来、まず上野介を殺さんとしたのであって、上野介が内匠頭を殺さんとしたのではない。だから内匠頭の家臣らが上野介を主君の仇と狙ったのは筋違いだ。内匠頭はどんな恨みがあったのかは知らんが、一朝の怒りに乗じて、祖先を忘れ、家国を忘れ、上野介を殺さんとして果たさなんだのである。心得ちがいといわねばならぬ。四十余人の家臣ら、その君の心得違いを受け継いで上野介を殺した、これを忠と呼ぶことができるであろうか。しかし士たる者、生きてその主君を不義から救うことができなんだから、むしろ死を覚悟して亡君の不義の志を達成せしめたのだとすれば、その志や悲しく、情に於いては同情すべきも、天下の大法を犯した罪は断じて宥 (ゆる) すべきではない。」

「…内匠頭は殿中を憚らずして刃傷に及び処刑せられたのであるから、厳格に言えば内匠頭の仇は幕府である。しかるに彼らは吉良氏を仇として猥りに騒動を企て、禁を犯して徒党を組み、武装して飛道具まで使用したる段、公儀を憚らざる不逞の所為である。当然厳罰に処せられるべきであるが、しかし一途に主君のためと思って、私利私栄を忘れて尽したるは、情に於て憐むべきであるから、士の礼を以て切腹申しつけらるるが至当であろう。…」

「…もし私論を以て公論を害し、情のために法をニ、三にすれば、天下の大法は権威を失う。法が権威を失えば、民は拠るところがなくなる。何を以て治安を維持することができよう。」

荻生徂徠はこのように赤穂浪士同情論を排して法を犯した罪を問うべきであり、情のために法を曲げれば、法が権威を失って治安を維持できないと述べており、法治国家として極めて当然のことを述べている。

荻生徂徠よりももっと厳しく、儒学者の佐藤直方は「…仙石の屋敷まで自訴して出て、上の命を待った。これは死をのがれ、あわよくば賞誉してもらおうとの魂胆に外ならない。流浪困窮して腹立ちまぎれに吉良を討ったもので、忠義心や惻怛(そくだつ:いたみ悲しむ)の情から出た行動ではない」と、もっと厳しい評価をしているのだ。

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荻生徂徠佐藤直方も現代でも通用するような正論を堂々と述べているのだが、幕府も自らの命を捨てて亡き主君の思いを成し遂げた四十七士を義士と認め、義士の行動を賞賛する世論に迎合した『忠臣蔵』が書かれ、それが舞台で演じられ映画やテレビ番組でも何度も放映されて、史実とかなり違う物語が日本人の常識になってしまった。

しかし、一旦日本人の常識となってしまうと多くの人の思考が停止してしまい、異論が耳に入らなくなることは決して好ましい事ではない。大激論となった四十七士の処分に関する議論を少しでも知ることで、元禄時代がもっと身近に感じられて、この時代の歴史を学ぶことが楽しくなってくる。
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義士かどうかは真実をしらないと・・
四十七士の仇討ちは、世間に義挙と賞賛されているが、よく考えると、理由はどうあれ斬りつけた殺人未遂の浅野の殿様が悪い。吉良は被害者。
Re: 義士かどうかは真実をしらないと・・
その通りなんです。この物語は吉良を極悪人に描かなければなりたちません。そんな物語が作られてしまって、いつのまにか日本人の常識になってしまいました。
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平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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