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祇園祭山鉾巡行と神幸祭を見に行く

学生時代に家庭教師をしていた生徒の親御さんから祇園祭山鉾巡行の特設席の切符を頂いたことがある。私が教えていた生徒の家は、祇園祭の頃は近くに山鉾が立ち並ぶ場所にあった。

特設席は御池通りの北側の京都市役所の近くで、その時に総ての山と鉾の巡行を鑑賞できたので、祇園祭のすべてを観終わったつもりになっていて、それから随分長い間山鉾巡行を観て来なかった。

5年前にたまたま17日が週末だったので家内と四条通と御池通りで山鉾巡行を見た後、実家に立ち寄ったのだが、その時に兄から新町通りに山鉾が地元に帰っていく場所での見学を勧められていた。

今年は山鉾巡行が土曜日だし、兄の話もあるし、神幸祭も観たいので、やや遅めに自宅を出て、新町御池をめざしていく。

もう一度山鉾巡行のルート図を載せておくが、山鉾は四条通を東進した後、河原町四条で左折し河原町通りを北上し、河原町御池(市役所前)で左折して御池通りを西進した後、新町御池で左折し新町通りを南に進んで地元に戻っていく。

祇園祭山鉾巡行コース

京都の人ならよく知っていると思うが、四条通りや河原町通り、御池通りと違い、新町通りは道幅5m~6m程度の狭い通りである。左右に電柱があり電線が張ってあって、大きな鉾がこの間を通れるかどうかと不安になるくらいの広さしかない。

新町御池に着いたのは10時40分ごろだったが、さすがにこの場所は早くから人が場所をとっていた。やむなくもう少し南の姉小路通りと三条通りの中間あたりで待つこととした。

それからもどんどん北に向かって人が歩いていく。警察の人が何度も「これ以上北に行っても、観るスペースがありません。下がってください。」と何度も連呼するのだが、「下がる」ということは京都では「南に行く」という意味なのだが、観光客には通用せずに苦労されていた。

長刀鉾

予定より10分以上遅れて、先頭の長刀鉾が見えてきた。
長刀鉾の屋根の幅は3.5mだそうだが、左右の電柱は道路の内側に建てられており、左右の電線は4mと少しばかり離れているだけである。その間をうまく車輪を滑らせて調整しながら鉾は道路のほぼ中央を進んでいく。鉾の高さは25mと言われ、ビルの5階くらいの高さがあるだろうか。車輪の高さが2m。そんな大きな鉾が目の前50~70cmくらいまで接近して通り過ぎていく。すごい迫力だ。

屋根の上にいる人は屋根方というが、前回紹介した江戸時代の「都名所図会」には屋根の上に人はいない。屋根方の仕事は、鉾の屋根の上で電線や電柱などの障害を調整することで、今では室町通りから始まると言って過言ではない。

32年前までは四条通りや河原町通りには市電が走っていたが、その頃は屋根方の仕事が楽なのは市電の路線がない御池通りくらいだったろう。
市電については面白い話がある。明治44年に市電を四条通りや河原町通りにも走らせようとした当時の京都市長が、京都の発展の妨げになるので山鉾巡行の廃止を命令したことがあったらしい。当然のことながら地元の大反対にあって、市長が命令を撤回したそうだが、そのような経緯もあって、四条通や河原町通り市電の架線は山鉾が巡行できるように空間を残して張られていたことを思い出した。

屋根方は命綱を握りながら、屋根が電線や電柱で破損しないように、時には電柱や電線に手をかけたり足を使って鉾を守る危険な仕事だ。昭和53年(1978)に市電が廃業した後は屋根方の仕事は随分楽になったとは思うが、新町通りに入ってからは今も緊張の連続だと思う。

菊水鉾

上の写真は菊水鉾だが、右の屋根方が電柱に手をかけて屋根を守っているのがわかっていただけるだろうか。狭い通りゆえ電線にも注意が必要で、電線と屋根との距離がわずかしかないのも注目していただきたい。

また、鉾町に近づくと囃子方などもだんだん調子に乗ってくるように感じられる。自分の家族や親族が近くにいると思えば気合いが入るのは当然だろう。
たまに知り合いがいて声がかかったり手を振ったりして微笑ましい光景が何度もある。

放下鉾

上の写真は昼食後に別の場所で撮影した放下鉾の写真だが、近くの家の二階から声を掛けられて囃子方の一人が手を振っている写真である。

祇園祭に限らずほとんどの祭りの原点は観光客を喜ばせるためではなく、地域社会が平和で繁栄することを願うところにあると思う。山鉾とそれにまつわる文化・伝統が地域の人に伝承され、地域が祭りを通してひとつになっている姿を見ることができるのは、巡行が終わって山や鉾が地元に戻る時だという5年前に兄が言っていたとおりだった。

山も鉾も元の場所に戻るとすぐに解体が始まる。写真は解体中の長刀鉾だ。

鉾解体

解体の現場ももう少し見たかったのだが、神幸祭の場所取りのために八坂神社に向かった。

喫茶店で休憩してから八坂神社に着いたのは3時くらいだったが、もうすでに多くの人が集まっていた。

三基の神輿

このように舞殿に三基の神輿が並べられていた。かなり大きな神輿である。
神幸祭を見るのは初めてなので、どこで観ようかと随分迷ったが、結局八坂神社の舞殿の近くで観ることとした。三基の神輿の差し上げが行われる西楼門の石段下にも早くから人が陣取りしていたが、どちらで見るかは悩ましいところである。

三基の神輿はすでに宵々山の15日に八坂神社でスサノオノミコト、クシイナダヒメ、ヤハシラノミコガミの御神霊を移す「遷霊祭」がとりおこなわれているそうだ。三つの神輿はよく似ているようで形が違う。
中央の神輿は「中御座」(なかござ)とよばれる六角形の神輿でスサノオノミコトの御神霊をうつしている。
右側の神輿は「東御座」(ひがしござ)呼ばれる四角形の神輿でクシイナダヒメ、左側の神輿は「西御座」(にしござ)と呼ばれる八角形の神輿でヤハシラノミコガミの御神霊をうつしているそうだ。

神事は4時頃から始まり、一般の参拝客は本殿の参拝が禁じられる。
遠くの方で雅楽の音色が聞こえてくるのだが、本殿の中の行事は観光客には見えないのでよくわからない。
神事なので観光客も全員立つように注意されてそれからずっと動かずに立っているのはかなり辛かった。

久世駒形稚児

その間久世駒形稚児と呼ばれる神幸祭の主役が白馬に乗って来る。久世駒形稚児は八坂神社と同じくスサノオノミコトを祀る綾戸國中(あやとくなか)神社の氏子から毎年選ばれているそうだ。この稚児さんが神輿の先導役となるそうだ。
また中御座、東御座、西御座と呼ばれる三基神輿のかき手がどんどん境内に集まってきて参拝をする。

神事が終了すると、いよいよ中御座神輿が舞殿から運び出される。かなり重たそうだ。
そして「ホイサ、ホイサ」という勇壮な掛け声とともに舞殿を一周すると南楼門から出ていく。

神輿渡御1

次いで東御座、最後に西御座が同様に南楼門から出ていく。途中で南楼門に場所を移動したのは正解で、境内全体と神輿の動きがよくわかった。

神輿渡御2

神輿がすぐ近くで見ることができるという点では、八坂神社の境内で神幸祭を見たことは良かった。

神輿渡御3

しかし、八坂神社西楼門の石段下で三つの神輿が揃う「神輿渡御出発式」も捨てがたい。
八坂神社境内の神輿がすべて出発した後に祇園石段下に向かおうとしたが、祇園の交差点近辺は南北方向西方向とも祭りを見る人で埋め尽くされていて全く身動きが取れなかった。

北門から随分遠まわりをして八坂神社の境内を出たが、石段下の神輿が遠くに小さく見えるだけだった。
今度観にいくとしたら祇園の西楼門の石段で場所取りをして「神輿渡御出発式」を見たいと思うのだが、何年後のことになるだろうか。
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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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