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占領軍の検閲は原爆を批判した新聞社の処分から始まった

昭和20年(1945)8月6日、米国は人類史上初の原子爆弾広島に投下し、20万人以上の罪のない市民が虐殺された。

原爆ドーム

8月8日にソ連は日ソ中立条約を一方的に破って対日宣戦を布告し、満州・北朝鮮・南樺太・千島列島の侵略を開始した。
翌8月9日には米国は長崎に2発目の原爆を投下し、ここでも7万人以上の命が奪われ、この日に御前会議が開かれて、昭和天皇の聖断によって戦争終結が決まり、8月14日にわが国はポツダム宣言を受諾し、翌8月15日に昭和天皇による「終戦の詔書」が発表されて、戦闘行為を停止させた。

学生時代、太平洋戦争の終戦前後の歴史を学んだ時に、我が国に原爆が投下されたことは、早く戦争を終結させるためにやむを得なかったと説明されたのだが、釈然としなかった記憶がある。

原爆死没者慰霊碑

また、広島市の平和記念公園にある「原爆死没者慰霊碑」には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれているのだが、この言葉にも強い違和感を禁じ得なかった。
その違和感は、「原爆を落とした側に罪はないのか」という漠とした思いから生じたものだったのだが、最近になって原爆を道徳的に批判することが、占領期におけるGHQ検閲により排除されていたことを知った。

このブログで何度か紹介した勝岡寛次氏の『抹殺された大東亜戦争』によると、そもそも占領軍の検閲は、原爆投下を批判した新聞社を処分することからはじまっているという。

「占領軍の検閲第一号となつたのは、広島長崎のかうした悲劇に対する、日本人の抗議の声であつた。九月十四日、同盟通信社は二日間の業務停止処分を命じられたが、その理由の一つになつたのが、『この爆弾は…野蛮人でなければとても使えなかった兵器である』といふ報道だつた。続いて九月十八日、朝日新聞も二日間の発行停止を命じられたが、その理由となつたのも鳩山一郎の次のやうな談話であつた。
『「正義は力なり」を標榜する米國である以上、原子爆弾の使用や無辜(むこ)の國民殺傷が病院船攻撃や毒ガス使用以上の國際法違反、戦争犯罪であることを否むことは出来ぬであろう。(九月十五日付『朝日新聞』)』」(『抹殺された大東亜戦争』p.409-410)

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このような、原爆投下を批判する論調は我が国だけでなされたのではなかった。当事者である米国でも時を同じくして現れ始めた。勝岡氏の著書p.410-411から、いくつか引用してみる。

「アメリカ合衆国は本日、野蛮、悪名、残虐の新しい主役となった。バターンの死の行進、ブーヘンバルトやダッハウの強制収容所…はどれも、われわれアメリカ合衆国の国民が原子爆弾を投下して世界中を陥れた恐怖に比較すれば、ティー・パーティのようにささやかなものに過ぎない」(原爆投下当日『タイム』誌に寄せられた投書)

「我々はこの罪を認めなければならない。10万人以上の老若男女に向けて恐ろしい武器を使い、あたかも致死量を超えたガス室に送り込むかのように窒息させ焼き尽くしたのだから。」(1945年11月23日付『ユナイテッド・ステーツ・ニュース』誌社説)

広島長崎への原爆投下は倫理的に弁護の余地はない…我々は神の法においても、そして日本国民に対しても取り返しのつかない罪を犯した。」(1946年3月6日付キリスト教会連邦協議会報告書)

このようなアメリカ国内の自責と贖罪の声は占領軍の検閲により遮断され、日本人の耳に届くことはなかったようだが、日本国内においても、わが国民が原爆を批判することは厳しく検閲されたようなのである。

ICU.png

三鷹にある国際基督教大学(ICU)はアメリカのキリスト教徒が、我が国に原爆を落としたことの「反省と懺悔の念の現われ」として戦後設立されたのだそうだが、その設立の経緯すら日本国民には知らされなかった。このICUの初代学長に就任した湯浅八郎氏の講演の下線部分は、占領軍により削除されてしまった。
「私は、アメリカにおりました時、幾多の人々から、アメリカが日本の廣島、長崎に對して原子爆弾を投下したことについての、自責と謙虚から出た誠實のこもる告白を聞いたのであります、あるいは…アメリカのキリスト教會では、今度の戰爭に對する責任から、たゞ一つ日本に捧げようとする特別なる贈りものとして、キリスト教綜合大學の設立が話題にのぼっておりますのも、これはアメリカのキリスト教徒の良心的な反省と懺悔の念の現われであるのであります。」(『 同盟講演時報』第19・720号)

勝岡氏は続けて、アメリカがどういう方法をとってアメリカが非道な行為を行った事実を日本人に忘れさせたかを書いている。これは重要な指摘である。

「…次には占領軍は、南京やマニラで日本人の『虐殺』行為を捏造・強調することで、自らの贖罪意識を相殺せんとする挙に出たのである。
その典型的な事例が、有名な永井隆の『長崎の鐘』である。この書物は、カトリック教徒でもあった医師の永井が、長崎における自らの被爆体験を綴ったものであるが、長崎の原爆とは何の関係もない『マニラの悲劇』といふ百三十頁にも及ぶ連合軍総司令官諜報課提供の『特別付録』との抱き合わせで出版することを余儀なくされた。
占領軍の手になつた同付録序文はかう述べてゐる。
『…マニラ市民に加えられたこのような残虐非道な行為は、…野蛮人にもまさる蛮行だといえよう。(中略)或る一人の男が突然暴れだして、路上に行き會う誰彼を見境なしに殺して廻ったとしたら、警官は彼を摑 (つかま) えなくてはならない。これが、日本がアメリカと全世界に課した宿題であり、この無差別な殺傷行為を止め、戰爭を終結させるために、アメリカと全世界とが原子爆弾を使用せざるを得なかった所以(ゆえん)である。(中略) 日本が一九三七年盧溝橋において、また一九四一年真珠湾の謀略的奇襲において開始した戦いは、ついに日本自身にかえって、廣島、長崎両市の完全破壊をもつて終わったのである』」(『抹殺された大東亜戦争』p.411-412)

長崎の鐘

永井隆の『長崎の鐘』は当時のベストセラーになった書物で、今では「青空文庫」で誰でも読むことができる。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000924/files/50659_42787.html

この作品の中でアメリカを倫理的に批判するような文章はどこにもなく、長崎医科大での被爆体験、救護活動や長崎市内の被害状況などが科学者の目で淡々と書き綴られ、最後にキリスト教徒である永井は「ねがわくばこの浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ」と世界の平和を祈るのだが、この作品に連合軍の諜報課がよけいな『特別付録』をつけた意図は明らかであろう。

この『特別付録』で書かれている「マニラ大虐殺事件」とは、1944年に日本軍がマニラで米軍と戦った際に山下奉文将軍はマニラを非武装地域としルソン島北部に撤退しようとしたが、海軍はマニラ死守を主張しマニラに立てこもり、その為マニラは市民を巻き添えとした戦場なって、市街戦で死んだ現地人が10万人いたと非難された事件である。この際に日本軍は玉砕しているので事実の確認の仕様がないが、日本人が虐殺したとする証言は日本人の殺し方とは考えられない方法で殺しており、またアメリカ軍も共産ゲリラと戦った際に多数のゲリラを殺戮したことは間違いがなく、アメリカが日本軍に罪を擦り付けた可能性もあり真相は闇の中だ。今はほとんど話題にあがらないことからしても、真実性はかなり薄いと思われる。

この付録に限らず、その後何度も繰り返しマスコミなどで日本軍の「悪行」があったことが伝えられ、教科書にも載せられて、一部の事件は日本人の常識となってしまっている。
占領軍が日本人に押し付けようとした歴史は、戦勝国が正しく日本人が一方的に悪いという類のものだが、実際はそんな単純なものでなかったことはこのブログで何度か書いてきたのでここでは繰り返さない。

日本人による「虐殺」行為を捏造・強調することで、自らの贖罪意識を相殺するとの考えについては、占領軍にこんな発言が残されている。占領軍の検閲を担当していたPPB(出版・演芸・放送)課長のスポールディングは、1949年2月10日付でこのように述べたという。
「ナガサキ・ヒロシマはマニラや南京で行った日本人の残虐行為と、たとえそれ以上でないにせよ、ちょうど同じくらい悪く、彼らの罪と相殺されるものである」(モニカ・ブラウ『検閲1945-1949―禁じられた原爆報道』)
この発言は、日本に『自虐史観』を拡げることがアメリカの国益にかなう事であると言っているのと同じようなものなのだが、これが彼らの本音なのであろう。 彼らのとんでもない罪を薄めるために日本はもっと悪かったという歴史を広めようとし、今は中国や韓国を使ってわが国にさらに圧力をかけて、『自虐史観』を日本国民に定着させようとしているのではないのか。

占領軍による検閲は、昭和20年9月からはじまり、占領軍にとって不都合な記述は、たとえ真実であっても、徹底的に排除された。次のURLに新聞雑誌などに適用された「プレスコード」の全項目が書かれているが、アメリカ・ロシア・イギリス・朝鮮・中国など戦勝国への批判は許されず、占領軍が日本国憲法を起草したことに言及することも許されなかったのだ。
http://www.tanken.com/kenetu.html

占領軍による検閲は昭和24年10月に終わっていることになっているのだが、いまだにテレビや新聞では「プレスコード」が生きているかのようで、原爆を批判するような主張をテレビや新聞で遭遇することはほとんどないと言って良いくらいだ。
そのことは日本だけの問題ではなく、原爆を落とした国であるアメリカにおいても、自由な言論が許されている訳ではないようだ。

スミソニアン国立宇宙博物館

1995年にスミソニアン国立宇宙博物館が終戦50周年を記念して広島に原爆を展示した「エノラ・ゲイ展」を計画したが、博物館が用意した展示台本や写真などが、政治的圧力によって展示を禁止されてしまった。

勝岡氏の前掲書に、オリジナルの展示台本『葬られた原爆展』を出版にこぎつけたフィリップ・ノビーレ氏が、その顛末を暴露した文章が引用されている。
「米国国立スミソニアン協会は、検閲行為に加担している。(中略)協会の基金引き上げをにおわせる威嚇が再三にわたって米国議会からあったため、スミソニアン協会会長I・マイケル・ヘイマンは…厄介な展示台本の発行を停止し、悲惨な映像と被爆品を展示から撤去するよう命令した。(中略)ビル・クリントン大統領は、4月に行われた記者会見の席上、トルーマンの原爆投下決定を是認する表明を行った。(中略)米国政府からの批判にさらされて3ヵ月、5月にハーウィット館長は辞任した。」(『抹殺された大東亜戦争』p.414-415)

その展示台本にはこのような日本人の手記もあったのだが、これらの文章は今我々が読んでも結構ショッキングな内容だ。しかし、世界で歴史上唯一原爆の被害を体験したわが国は、決してこのような真実を風化させてはならないのだと思う。

「私は道路で馬車を引いている人の死骸を見ましたが、その人は依然として立っていて、髪は針金のように逆立っていました。 (長崎・黒川ひで)

たくさんの生徒の目玉が飛び出ていた。彼女たちの口は爆風で引き裂かれたままで、顔は焼け爛れ、…来ているものは体から焼け落ち、…その光景はまさに地獄だった。(広島第一高女校長・宮川造六)

人々の皮膚はくろこげであった。髪も焼かれてなくなり、前から見ているのか後ろから見ているのかも分からない状態だった。腕を前に出して垂らし、皮膚は、腕だけでなく顔からも体からも垂れ下がっていた。…まるで歩く幽霊のようだった。(広島・八百屋店主)」

戦後50年もたった時点のアメリカにおいてすら、広島や長崎の真実を伝えようとすると、とんでもない圧力がかかってきて、展示が出来なかったという真実は忘れるべきではないが、わが国における言論弾圧はもっとひどかったと言わざるを得ない。占領期の検閲や焚書で、原爆問題ばかりではなく戦勝国批判につながる史実や論調の多くが封印され、占領期が終了してからも内外の圧力を出版社やマスコミなどにかける手法で、実質的に「プレスコード」が維持され、今もマスコミから戦勝国の犯罪行為を追及する姿勢は皆無に近い。

マスコミや出版社からすれば、内外の圧力のために番組をカットさせられたり、出版停止を余儀なくされるリスクを小さくしたいと考えることは経営として当然のことである。
だから、占領期の「プレスコード」に抵触する史実や思想は、マスコミ・出版社の「自主規制」により、戦後の長きにわたり排除されてきたのだろう。

そのために戦争の真実が風化してしまって、わが国には戦勝国にとって都合の良い歴史ばかりが広まり、原爆に関しては「戦争を終結させるためにやむを得なかった」という話しか聞こえてこなくなってしまった事は誠に残念なことである。この考え方では、原爆などの大量破壊兵器が廃絶されることはありえないのだ。

一瞬にして数十万人の無辜の民の生命を奪う兵器の使用は国際法違反であり、こんな兵器を使って自国の国益を追求しようとする国は「野蛮な国である」と、声を大にして叫び続けるべきではないのか。そのことを世界に発信し続けてこそ、国益実現のために原爆などの大量殺戮兵器を使うことを全世界で禁止することにつながっていくのだと思うし、そうすることが、世界で唯一原爆の被害者となったわが国の使命であると思うのだ。
日本人にとっては原子爆弾の記憶はつらい思い出を伴うものだが、過去の犠牲者の為にも、また未来の子孫のためにも、決して風化させることがあってはならない。
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Comment
こんにちは。
「焚書」の件、良く考えもせず質問して、すみませんでした。「ねずさん」ブログの、仁徳天皇陵の記事のコメントにあったものなので、知られている事実ではなかったのだと思います。
最近になって、受けて来た歴史教育が「自虐史観」だったことを知りました。「歴史は勝者によって作られる」ものだと実感しました。
こちらには非常にたくさんの記事があり、勉強になります。少しずつ読ませていただきたいと思います。
Re: タイトルなし
私も若かりし頃は、学校教育とマスコミが垂れ流す歴史観に洗脳されていましたから、あまりえらそうなことは言えません。今はネットで様々な情報が入りますが、昔は本やマスコミの情報をほとんどの人が鵜呑みにしていたと思います。

いつの時代もどこの国でも「勝者にとって都合の良い歴史」が広められて、「勝者にとって都合の悪い真実」が伏せられて、人々の記憶から消えていき、次第に人々は「キレイごとの歴史」に洗脳されて「勝者にとって都合の良い国民」が作られるのだと思います。

戦後、戦勝国がわが国に押し付けた歴史観も全く同じですね。
GHQ検閲官の名簿は、下記のサイトにあります。
ご参考までに。
http://www.waseda.jp/prj-Kennetsu/explain.html
Re: タイトルなし
年金生活者さん、貴重な情報ありがとうございます。こんなサイトがあることは知りませんでした。

しかしながら、横山陽子さん、甲斐弦氏といった、自ら名乗り出た人物の名前を検索しても出てこないので、このリストは恐らく全員ではなさそうですね。
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Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

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