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軍部や官僚に共産主義者が多数いることに気が付いた近衛文麿

前回の記事で、日本軍には左翼分子が少なからずいて、軍部の「暴走」のいくつかはコミンテルンの工作指示に従ったものではないかということを書いた。当時、そのことに気が付いた人の記録が残っていることも書いたが、今回は昭和20年2月に近衛文麿が天皇陛下に対して戦争の早期終結を唱えた『近衛上奏文』を紹介したい。
この上奏文の中で近衛はわが国の左翼分子が我が国を第二次世界大戦に突入させたことを明確に書いているのだが、どういうわけかこの『近衛上奏文』は、わが国の「昭和史」の通説ではほとんど無視されているように見える。

近衛文麿

近衛文麿は3度にわたり内閣総理大臣に指名され、第一次近衛内閣(昭和12年6月~14年1月)では盧溝橋事件が引き金となって支那事変が泥沼化し、第二次近衛内閣(昭和15年7月~昭和16年7月)では八紘一宇による大東亜共栄圏の建設を宣言し、日独伊三国同盟や日ソ中立条約を締結させて世界大戦に突入させたイメージが強かったのだが、近衛文麿は学生時代から社会主義思想に深く共鳴し、当時著名であった河上肇の経済学を学ぶために東京帝国大学から京都帝国大学に転学しているほどのマルクス信奉者で、軍国主義的思想とは無縁の人物であった。

近衛は昭和8年(1933)に「昭和研究会」という政治・経済・社会に関する研究会を発足させ、その中心メンバーが後に近衛のブレーンとして彼の内閣を支えることになるのだが、その中に、のちにゾルゲ事件*の首謀者として昭和19年に絞首刑となった尾崎秀実がいた。
*ゾルゲ事件: リヒャルト・ゾルゲを頂点とするソ連のスパイ組織が日本国内で諜報活動および謀略活動を行っていたとして、昭和16年9月から17年4月にかけてその構成員が逮捕された事件。

ゾルゲ

また昭和14年(1939)から16年(1941)にかけて、多数の企画院職員・調査官らが左翼活動の嫌疑により治安維持法違反で検挙起訴された「企画院事件」があった。「企画院」とは首相直属の政府機関で統制経済を推進する部署であるが、この事件で「昭和研究会」のメンバーが多数逮捕されていることから見ても、このメンバーの中にコミンテルンにつながる人物がかなり存在したことは間違いがない。そもそも近衛が総理になった際の書記官長(官房長官)に、戦後はソ連のフロント組織「世界平和評議会」の評議委員で日ソ協会副会長となった共産主義者の風早章を選んでいる。これでは近衛内閣で決定されたことはソ連に筒抜けではなかったか。

近衛上奏文』はこれらの出来事を振り返りながら、戦争の早期終結を天皇陛下に奏上する文章なのだが、文面からはかつての社会主義者の面影はない。文章がやや長いので、「上奏文」のなかで近衛が、わが国にどの程度マルクス・レーニンの思想が広がっていて、高級官僚や軍部がどう動いたかについて述べている部分を中心に紹介することとする。
全文が読みたい人用に、掲載されているURLを紹介しておく。

原文     http://royallibrary.sakura.ne.jp/ww2/text/konoejousou.html
読み下し   http://www.geocities.jp/since7903/zibiki/ko.htm#konoezyousyoubun

まず、近衛は「敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存候」と述べ、これからもっとも憂うべきことは「敗戦よりも敗戦に伴うて起こることあるべき共産革命に御座候」と書き、世界の情勢について、ソ連が世界の共産国化のために露骨な策動を行っていることが明瞭となってきたと分析して、さらにそのソ連の工作が世界で大部分成功しつつあることを述べている。

続いて、国内の分析に入る。
「翻つて国内を見るに、共産革命達成のあらゆる条件日々具備せられ行く観有之候。即ち生活の窮乏、労働者発言権の増大、英米に対する敵愾心昂揚の反面たる親ソ気分、軍部内一味の革新運動、之に便乗する所謂新官僚の運動及び之を背後から操る左翼分子の暗躍等々に御座候。
 右の内特に憂慮すべきは、軍部内一味の革新運動に有之候。少壮軍人の多数は、我国体と共産主義は両立するものなりと信じ居るものの如く、軍部内革新論の基調も亦ここにありと存候
。…」
と、わが国においても軍部内の革新運動とそれに便乗する新官僚の運動を背後から操る左翼分子が暗躍し、わが国で共産革命が成就する条件が揃いつつあると書いている。

「職業軍人の大部分は、中以下の家庭出身者にして、其多くは共産的主張を受け入れ易き境遇にあり、只彼等は軍隊教育に於て、国体観念丈は徹底的に叩き込まれ居るを以て、共産分子は国体と共産主義の両立論を以て彼等を引きずらんとしつつあるものに御座候。

 抑も満洲事変、支那事変を起し、之を拡大して遂に大東亜戦争にまで導き来れるは、是等軍部一味の意識的計画なりし事今や明瞭なりと存候。満洲事変当時、彼等が事変の目的は国内革新にありと公言せるは、有名なる事実に御座候。支那事変当時も、「事変は永引くがよろし、事変解決せば国内革新はできなくなる」と公言せしは、此の一味の中心人物に御座候。是等軍部内一味の者の革新論の狙ひは、必ずしも共産革命に非ずとするも、これを取巻く一部官僚及び民間有志(之を右翼と云ふも可、左翼と云ふも可なり。所謂右翼は国体の衣を着けたる共産主義なり)は、意識的に共産革命に迄引きずらんとする意図を包蔵し居り、無知単純なる軍人、之に躍らされたりと見て大過なしと存候
此の事は過去十年間、軍部、官僚、左翼の多方面に亙り交友を有せし不肖が、最近静かに反省して到達したる結論にして、此の結論の鏡にかけて過去十年間の動きを照し見るとき、そこに思ひ当る節々頗る多きを感ずる次第に御座候。」
軍部内の革新論に立つメンバーが、共産革命に引きずり込もうとする官僚などに踊らされて、満州事変、支那事変を起こし、事変を拡大させて大東亜戦争に導いたのは、計画的なものであったことは今や明らかであると述べて、以上のことがわが国の政治の最高責任者として、静かに反省して到達した結論であるとし、さらに、昭和天皇にこのように謝罪している。

「不肖は此の間二度まで組閣の大命を拝したるが、国内の相剋摩擦を避けんが為、出来るだけ是等革新論者の主張を採り入れて、挙国一体の実を挙げんと焦慮したる結果、彼等の主張の背後に潜める意図を十分看取する能はざりしは、全く不明の致す所にして、何とも申訳無之、深く責任を感ずる次第に御座候。」
挙国一致の実を上げるために革新論者の主張を取り入れたが、その主張の背後に潜む意図が看破できなかったことに深く責任を感じているというのだ。更に、次のようにも述べている。

アッツ島の仇を討て

「昨今戦局の危急を告ぐると共に、一億玉砕を叫ぶ声次第に勢を加へつつありと存候。かかる主張をなす者はいわゆる右翼者流なるも、背後より之を煽動しつつあるは、之によりて国内を混乱に陥れ、遂に革命の目的を達せんとする共産分子なりと睨み居り候
一方に於て徹底的英米撃滅を唱ふる反面、親ソ的気分は次第に濃厚になりつつある様に御座候。軍部の一部には、いかなる犠牲を払ひてもソ連と手を握るべしとさへ論ずる者あり、又延安との提携を考へ居る者もありとの事に御座候
以上の如く國の内外を通じ共産革命に進むべきあらゆる好条件が、日一日と成長致しつつあり、今後戦局益々不利ともならば、此の形勢は急速に進展可致と存候。」

「一億玉砕」などのスローガンは典型的な軍国主義のスローガンだとばかり思ってきたが、近衛は、このようなスローガンで国内を混乱させて共産革命を成就させようとする共産分子が煽動していると睨んでいたのだ。
また軍部の一部にはソ連や延安の共産勢力と手を結ぶことを論じるものがいたとも書いている。

こう述べた後で、近衛は勝利の見込みのない戦いを継続することは共産主義者の思うつぼとなり、一日も早く戦争を終結させるべきであるが、その為には軍部の革新派の一味を一掃する必要があることを縷々述べているのだが、この部分については省略しておく。

この上奏文には様々な評価があり、近衛は共産主義の脅威を過大視しすぎているとか、近衛自身が対米英戦に追いやった最高責任者でありながら、マルクス主義者ではなくなったとのイメージを作る自己弁護の文書であるとか、この文章を素直に読もうとしない研究者が多いようなのだが、この文章を読んで近衛が嘘を言っているようには私には思えない。

確かに、近衛が心配していたようなわが国の共産革命にはならなかったのだが、それは米軍による広島・長崎の原爆投下とソ連の対日参戦の直後に、昭和天皇のご聖断で終戦に導いたことが大きいのだと思う。あの時の天皇陛下のご聖断がなければ、近衛が危惧したとおりになっていた可能性が高いのではないだろうか。

終戦の詔勅

そういえば「終戦の詔勅」を天皇陛下が吹き込まれた玉音放送のレコード盤を奪い取って終戦を阻止しようとした陸軍の将校らのメンバーが近衛第一師団長森赳中将を殺害し、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠した事件があった。(宮城事件)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E4%BA%8B%E4%BB%B6
この事件については上記URLに詳しく書かれているが、そもそもわが国の軍人でありながら、最高主権者たる天皇陛下のご聖断にも従おうとしないメンバーが右翼であるとは思えない。このようなメンバーは、近衛の言う「革命の目的を達せんとする共産分子」であったと考えたほうがずっとスッキリするのだ。

余談だが、この「上奏文」を書き上げた近衛は吉田茂邸を訪れ、吉田も共感し牧野伸顕にも見せるために写しをとったが、吉田邸の女中とその親類を名乗る書生はスパイであり、写しが憲兵側に漏れたのだそうだ。この時期はそこまで「共産分子」が情報網を張り巡らせていたことに驚きを禁じ得ない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%A1%9B%E4%B8%8A%E5%A5%8F%E6%96%87

数年前に初めてこの『近衛上奏文』を読んだ時に、今まで学んできた歴史観とほとんど正反対のことが書かれていることに非常に驚いた。

いろいろ調べると、この時期にここで近衛が指摘したようなことを書いた人物は、探せば他にも何人か見つけることができる。近衛が妄想を書いているという指摘はあたらないのだ。

しかし、このような一次資料が「昭和史」の中で紹介されないのは、なぜなのだろうか。
今までこのブログで何度か書いてきたように、わが国の歴史叙述は、戦勝国にとって都合の良いことは書いても、都合の悪いことは書かれていないと考えて良い。
戦後のGHQによる検閲や焚書によって、多くの日本人は正しい史実にアプローチする術を失ってしまい、そしてわが国のマスコミは、戦勝国にとって都合の良い歴史観を、バイアスがかかったままで固定化する役割を未だに担っているかのようだ。

氷雪の門

以前このブログで、「終戦の詔勅」後にソ連軍によって南樺太が侵略され10万人余の日本人犠牲者が出た史実を映画化した「氷雪の門」が完成し、昭和49年に封切直前でソ連の圧力で葬り去られたことを書いた。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-138.html
しかし、ソ連が崩壊したのちも長い間この映画が公開されることなく、ようやく2010年に一部の地域で小規模に上映されはしたが、テレビでは放映されることがない。未だに戦勝国に都合の悪いことを放送することが自主規制されているかのごとくである。

ところで、この時期に工作活動を繰り返した旧ソ連の全貌が海外で少しずつ明らかになりつつある。

img20120509000218303.jpg

冷戦末期に旧ソ連のKGB対外文書課長であったミトローヒンがイギリスに亡命し、その時に大量の機密文書(「ミトローヒン文書」)を持ち出したそうだ。そこにはアジアへのKGBの工作活動が書かれているそうで、多くの日本の政治家や官僚、マスメディアが国益に反する行動をとっていたことが、実名やコードネームで紹介され、日本の暗号システムまでソ連に渡した外交官がいたことなどが書かれているという。この文書の一部を分析した書物が、今から7年前に英国で出版されている。
このような本は是非邦訳を出版してほしいものである。こういう書物がわが国で多くの人に読まれれば、日本人の昭和史の見方が一変することだろう。

img20120509000209037.jpg

またアメリカ陸軍省の特殊情報部が1943年以降極秘裏に解読してきたソ連情報部暗号の解読内容を1995年から公開した「ヴェノナ文書」がある。この文書によると、この時代のルーズベルト政権では、常勤スタッフだけで2百数十名、正規職員以外で300人近くのソ連の工作員、あるいはスパイやエージェントがいたのだそうだ。

この文書を一部ではあるが分析した書物が2年前に邦訳されているが、残念ながらほとんどがアメリカに関する記述である。
しかし、第二次世界大戦中にアメリカで500人以上ソ連につながる人物がいたというなら、日本にも相当程度いたはずである。独ソ戦開始後、ソ連に近い満州まで進んでいた関東軍が北進してソ連を攻めることがないようにすることがソ連にとっては最大の関心事であったはずで、アメリカと変わらないレベルか、あるいはそれ以上の工作員やスパイやエージェントがいてもおかしくはないと思う。

こう見ていくとわが国は、太平洋戦争の頃から、情報戦や工作には弱い国であったことが見て取れる。そして、今は、この時期以上に謀略に弱い国に成り下がってしまった。
日本人の「和」を重視する伝統的な考え方は世界では多くの国で通用せず、深く考えずにまず謝罪し相手を刺戟しないとする姿勢がつけこまれて、問題をますます複雑にしてはいないだろうか。
先進国ならどこの国でもある「スパイ活動防止法」がないわが国は、他国から見ればスパイ天国であり、世論誘導や政治家やマスコミ・官僚に対する工作で、今や、わが国の富ばかりではなく国土まで奪われかねない状況にあるではないか。

この様な状況を生み出している要因の一つとして歴史観の問題があると思うのだが、「太平洋戦争は日本だけが悪かった」という歴史は、いずれソ連の機密文書が明らかになっていけば、確実にひっくり返されることだろう。
残念ながら、それにはまだまだ時間がかかるだろうが、「近衛上奏文」のような「通説」と異なるような史料は、探せばいくつも見つけることができる。
少しでも多くの日本人がこのような従来とは異なる歴史の見方を学ぶことで、自国に対する誇りを是非取り戻してほしいものだと思う。
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