HOME   »  大正時代~第二次世界大戦~連合国占領期   »  戦争と共産主義  »  GHQ情報部長が、日米は戦うべきではなかったと述べた理由

GHQ情報部長が、日米は戦うべきではなかったと述べた理由

以前このブログで、三田村武夫氏の『大東亜戦争とスターリンの謀略』という書物が英訳されて、当時GHQ(連合国総司令部)の情報部長であったウィロビーの眼に止まったことが、米国で「ゾルゲ捜査」を始めるきっかけとなったことを書いた。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-209.html

マッカーサーはこのウィロビー将軍のことを、「在任中に出会った最も優れた知性派の将校であり、陸軍広しといえども将軍に続く人物を探し出すのが全く困難なほどずば抜けた人物であった」と言っていたようだが、このウィロビーが40年以上前に回想録を残しており邦訳もされている。
この回想録は1973年に『知られざる日本占領 ウィロビー回顧録』という書名で番町書房から刊行されたのだが長い間絶版となっていて、一昨年に山川出版社から『GHQ 知られざる諜報戦 新版ウィロビー回顧録』という書名で、再刊されていることを知った。
この回顧録を取り寄せて読むと、我々日本人がマスコミなどで知らされてきた歴史とは全く異なる見方が描かれおり興味深い。今回は、冒頭の部分を紹介したい。

知られざる日本占領 ウィロビー回顧録

「この回想録をまとめるにあたって、私がまず第一に言いたいことは、太平洋戦争はやるべきではなかったということである。米日は戦うべきではなかったのだ。日本は米国にとって本当の敵ではなかったし、米国は日本にとっての本当の敵ではなかったはずである。歴史の歯車がほんの少し狂ったせいで、本来、戦うべきではなかった米日が凄惨な戦争に突入したのだから。
 私が書いたもののすべての基調となるのは、日本との戦争、あるいはドイツとの戦争は西側の自殺行為であったということである。たとえ日本がどんな誤りを犯すとしても、どんな野望を持つとしても、米国が日本を叩きのめすなら、それは日本という米国にとっての最良の防壁を自ら崩してしまうことになるのである。ところが、あの不幸な戦争の結果、ロシア、中国を牽制してあまりあったはずの日本およびドイツの敗戦のゆえに、現在(編注:1971年現在)では、共産主義国家とされているソ連、かつてのツァーリ支配下のロシアそのままの圧政をしくソ連の指揮による破壊転覆の異常な発達が、今日われわれにとっての頭痛のタネとなっているのである
 共産主義国家のいわゆる『革命の輸出』と呼ばれる破壊工作は、もし、わが国が日本を東洋の管理者、ドイツを西洋の管理者にしていたなら、けっして現在のような脅威の対象にはならなかったはずである。わが国はこれら二国と協働戦線を組むかわりに、破壊してしまった。…」(『GHQ 知られざる諜報戦』p.16)

ソ連という国家が崩壊してしまったので、若い世代の方には分りにくいかもしれないが、ウィロビーの主張を一言でいうと、米国にとっても日本にとっても、本当の敵はソ連であり共産主義であったということなのだ。

アメリカは日本との戦いに勝利したが、5年後の1950年には朝鮮半島の38度線を挟んで共産主義勢力と対峙し戦うこととなってしまった。
その朝鮮戦争終戦後もソ連との冷戦が長く続くことになったのだが、冷静に歴史を振り返ってみると、ウィロビーの述べていることが正しいように思えるのである。

このブログでも以前書いたことがあるが、1928年コミンテルン第6回大会議でこのような決議文が採択されている。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-209.html

帝国主義相互間の戦争に際しては、その国のプロレタリアートは各々自国政府の失敗と、この戦争を反ブルジョワ的内乱戦たらしめることを主要目的としなければならない。…

帝国主義戦争が勃発した場合における共産主義者の政治綱領は、
(1) 自国政府の敗北を助成すること
(2) 帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること

(3) 民主的な方法による正義の平和は到底不可能であるが故に、戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること

帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめることは、大衆の革命的前進を意味するものなるが故に、この革命的前進を阻止する所謂「戦争防止」運動は之を拒否しなければならない。」

このような考え方はレーニンが最初に主張した「敗戦革命論」と呼ばれるものだが、要するに、列強国同士が戦うことになれば、共産主義者は戦争に反対するのではなく、戦争によって自国政府が敗北し崩壊に向かわせて、共産主義革命を導けと言っているのだ。

さらに昭和10年(1935)の第7回コミンテルン大会で、スターリンがこのように述べている。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-210.html

スターリン

ドイツと日本を暴走させよ。しかしその矛先を祖国ロシアに向けさせてはならない。ドイツの矛先はフランスとイギリスへ、日本の矛先は蒋介石の中国に向けさせよ。そして戦力を消耗したドイツと日本の前には米国を参戦させて立ちはだからせよ。日・独の敗北は必至である。そこでドイツと日本が荒らし回った地域、つまり日独砕氷船が割って歩いた跡と、疲弊した日独両国をそっくり共産陣営に頂くのだ。」

ソ連は反ファシスト人民戦線の形成を各国共産党に指令しておきながら、ドイツとは1939年に独ソ不可侵条約を締結し、日本とは1941年に日ソ中立条約を締結している。
そして日本を支那とアメリカ・イギリス、ドイツをイギリス・フランスと戦わせて、最後に漁夫の利を占める戦略を立てて、ドイツ・日本の敗戦が近いと分かった時点で、条約を破棄してそれぞれ宣戦布告している。
これは「砕氷船のテーゼ」のシナリオ通りで、最初から強国同志を争わせて疲弊させ、日・独が荒らしまわった地域と日独両国を共産主義陣営に取り込もうと考えていたのではないか。
ソ連は、わが国のみならず欧米諸国に多数の工作員を潜り込ませ、さまざまな工作活動を行っていたことが次第に判明しつつある。その目的は、世界の多くの国で共産主義革命を実現させるためということになるのだが、ソ連側の資料が公開されなければその立証が難しいことは誰でもわかる。

ヴェノナ

以前にも書いたが、アメリカが傍受していた大量のソ連の暗号文書 (「ヴェノナ文書」) が戦後になって解読されて、当時のルーズベルト政権では常勤スタッフだけで2百数十名、正規職員以外で300人近くのソ連の工作員、あるいはスパイやエージェントがいて暗躍していたことが判っているという。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-212.html

そもそも、わが国に日米開戦を決断させたとされる「ハル・ノート」を書いた米国財務省次官のハリー・ホワイトが、ソ連のスパイであったことが今ではわかっているのだ。

アメリカの政権中枢部にそれだけソ連の工作員、スパイやエージェントが暗躍していたなら、わが国はアメリカと同等かそれ以上にいてもおかしくないのだが、その証拠となる史料が乏しかった。
史料が乏しいという事は、そのような人物か余程少数であったということも考えられるが、そのようなメンバーが多数派を握っていて証拠を握りつぶすのが容易な状況であったこともあり得るのである。

尾崎秀実

独ソ戦勃発後、わが国はドイツを援けるために北進してソ連を挟撃する北進論と、欧米の援蒋ルートを絶ち、資源確保のために仏印に進駐する南進論との選択を迫られ、わが国は南進論を選択したのだが、そのことは日独伊軍事同盟を無視して、日ソ不可侵条約を優先したことを意味する。この決定については近衛首相の側近でありコミンテルンのスパイで、ゾルゲ事件で逮捕されて死刑に処せられた尾崎秀実の影響が大きかったとされるのだが、死んだ人物にすべての責任を被せることは歴史上よくある話で、実際にはもっと大がかりのものであった可能性が高い。

konoefumimaro.jpg

以前このブログで、近衛文麿が昭和20年2月に天皇陛下に対して戦争の早期終結を唱えた『近衛上奏文』について記事を書いたが、この上奏文で近衛は、わが国の軍部や官僚などに左翼分子がかなりいて、彼らが主導して我が国を第二次世界大戦に突入させたことを明確に書いている。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-208.html

残念ながらこの上奏文には実名はなく、わが国の政権や軍部の中枢部にまでソ連の工作が浸透していたことの状況証拠にはなっても、そのことを裏付けるような史料が今までなかった。

ところが最近になって、重要な史料が出てきたのである。
8月11日の産経新聞に、わが国の政権や軍部の中枢部にまでソ連の工作が浸透していたことを裏付ける史料が出たことを伝える記事が掲載されていて、次のURLで読むことが出来る。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130812/chn13081209400000-n1.htm

この記事にはこうかかれている。
「終戦間際の昭和20(1945)6月、スイスのベルン駐在の中国国民政府の陸軍武官が米国からの最高機密情報として『日本政府が共産主義者達に降伏している』と重慶に機密電報で報告していたことがロンドンの英国立公文書館所蔵の最高機密文書ULTRAで明らかになった。戦局が厳しい状況に追いこまれる中、日本がソ連に接近して和平仲介を進めたのは、ソ連およびコミンテルン国際共産主義が日本中枢に浸透していたためとの説を補強するものとして論議を呼びそうだ。」

当時英国は交戦国であったドイツ、日本だけでなく、中国など同盟国を含め三十数カ国の電報を傍受、解読していたのだそうだ。

産経0811

さらに記事はこう解説している。
「電報の内容は『米国から得た最高機密情報』として、『国家を救うため、日本政府の重要メンバーの多くが日本の共産主義者たちに完全に降伏(魂を明け渡)している』と政権中枢がコミンテルンに汚染されていることを指摘。そのうえで、『あらゆる分野で行動することを認められている彼ら(共産主義者たち)は、全ての他国の共産党と連携しながら、モスクワ(ソ連)に助けを求めている』とした。
そして『日本人は、皇室の維持だけを条件に、完全に共産主義者たちに取り仕切られた日本政府をソ連が助けてくれるはずだと(米英との和平工作を)提案している』と解説している。

 敗色が色濃くなった日本では同年5月のドイツ降伏を契機に、ソ連を仲介とする和平案が検討され、電報が打たれた6月には、鈴木貫太郎内閣による最高戦争指導会議で国策として正式に決まった


さらに記事は
「(鈴木貫太郎の)首相秘書官を務めた松谷誠・陸軍大佐が、(昭和20年)4月に国家再建策として作成した『終戦処理案』」では「『戦後日本の経済形態は表面上不可避的に社会主義的方向を辿り、この点からも対ソ接近は可能。米国の民主主義よりソ連流人民政府組織の方が復興できる』として、戦後はソ連流の共産主義国家を目指すべきだとしている。」
という話や、
同年4月に陸軍参謀本部戦争指導班長、種村佐孝大佐がまとめた終戦工作の原案『今後の対ソ施策に対する意見』でも、(1)米国ではなくソ連主導で戦争終結 (2)領土を可能な限りソ連に与え日本を包囲させる (3)ソ連、中共と同盟結ぶ――と書かれている。」
という話など、軍部の上層部にソ連の工作が浸透していたことを覗わせる史実をいくつか紹介している。

終戦後68年にもなって、このような共産主義の工作がわが国で浸透していたことを裏付ける第一級史料が公開されたことには、何らかの意図があるのだろう。
第二次世界大戦の戦勝国のなかには、これからアメリカと中国が接近して世界の覇権を握ろうとする動きを好まない勢力や、ロシアの勢力拡大を好まない勢力があるのだろう。
その動きを牽制するには武力も外交交渉も必要ではない。ただ古い史料が出てきたと少しずつ公表するだけで中国やロシアに大きなダメージを与えることが出来るし、アメリカの親中派も動けなくなる。
もし、このような第一級史料が今後どんどん公開されていけば、わが国だけが悪かったという歴史観はいずれ破たんすることになるだろう。
中韓が声高に唱える歴史が嘘だらけである事が世界の常識になる日は来るのか。
**************************************************************
ブログパーツ

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よろしければ、この応援ボタンをクリックしていただくと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をかけて申し訳ありません。
    ↓ ↓           


にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ




このエントリーをはてなブックマークに追加


関連記事
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
FC2カウンター
最近の記事プルダウン
全記事表示リンク
ブログ内検索
『しばやんの日々』のブログ内の記事をキーワードで検索できます。検索された全てのブログ記事と、記事の最初の文章が表示されます。
プロフィール

しばやん

Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
従来のメインのブログでは読者の皆様から、数多くの有益なコメントを頂きましたが、コメントまでは移しきれなかったことをご容赦願います。

またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

***********************
Facebook、twitterなどで記事を拡散していただいたり、リンクしていただくことは大歓迎ですが、このブログ記事のURLとブログ名は明記していただくようよろしくお願い致します。

コメント、トラックバック共に歓迎しますが、記事内容とあまり関係ない内容を論拠を示さないまま一方的に自説を唱えたり、どこかの掲示板などの文章をまるまる引用しているだけのコメントは削除させていただくことがあります。

匿名のコメントや質問にはできるかぎり対応させていただきますが、回答する場合はこのブログのコメント欄でさせていただきます。

また、お叱りや反論もお受けしますが、論拠を示さないで一方的に批難するだけのものや、汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメントなど、不適切と思われるものぱ管理人の権限で削除させて頂く場合がありますので、予めご了承ください。
***********************

リンク
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
新しいカテゴリに移すなど、カテゴリを時々見直すことがありますので、記事をリンクされる方は、個別記事のURL(末尾が"/blog-entry-***.html")をご利用ください。
年別アーカイブ一覧
RSS登録er
タグクラウド

RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
日本語→英語自動翻訳【星条旗】
このページを英訳したい人は この下のEnglishの部分をクリックすれば ある程度の英語の文章になるようです。
ブログランキング
下の応援ボタンをクリックして頂くと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をおかけしますが、よろしくお願い致します。
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

おきてがみ blogram
ブログランキングならblogram
文字を大きく・小さく
    月間人気記事ランキング
    個別記事への直接アクセス数の今月1日からの合計値です。毎月末にリセットされます。このブログのアクセスのうち6割以上は検索サイト経由、約2割は何らかのリンクを辿って、過去の記事のURLに直接アクセス頂いています。
    51位以降のランキングは、リンク集の「『しばやんの日々』今月の人気ページランキング (上位500)」をクリックしてください。
    人気ブログランキング 日本史
    「人気ブログランキング」に参加しているブログの1週間の応援ボタンのクリック件数を集計し、日本史部門でランキングを表示したもの。
    ブログ村ランキング 日本史
    にほんブログ村に参加しているブログの、1週間の応援ボタンのクリック件数を集計し、日本史部門でランキングを表示したもの。
    ブログサークル
    ブログサークル
    ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!
    ツイッタータイムラン
    逆アクセスランキング
    24時間の逆アクセスランキングです。表題の「アクセス解析研究所」をクリックすると、詳細な解析結果が分かります。
    PINGOO! メモリーボード
    「しばやんの日々」記事を新しい順にタイル状に表示させ、目次のように一覧表示させるページです。各記事の出だしの文章・約80文字が読めます。 表示された記事をクリックすると直接対象のページにアクセスできます。
    おすすめ商品
    旅館・ホテル