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東大寺二月堂に向け毎年「お水送り」神事を行う若狭神宮寺を訪ねて~~若狭カニ旅行1

東大寺の有名な「お水取り」は修二会(しゅにえ)と呼ばれ、天平勝宝4年(752)東大寺開山良弁(ろうべん)僧上の高弟、実忠和尚によってはじめられた春を迎える法会で、本尊の十一面観音の前で、11人の僧侶(練行衆)たちが、全ての人の罪を背負って懺悔をし、全ての人に代わって祈る法会である。

お水取り

この行事は過去一度も途絶えることなく続けられて今年は1260回目の「お水取り」が行われたことになる。

この「お水取り」という行事の前に「お水送り」という神事があり、それが福井県小浜市にある古刹で、毎年行われていることに興味を覚えて、「お水送り」の舞台となる若狭神宮寺や鵜の瀬(うのせ)を訪ねてきた。

お水送り

上の画像はネットで検索した毎年3月2日に行われる「お水送り」の画像だが、白い装束で身を包んだ僧侶や神人が松明を掲げて鵜の瀬に進み、若狭神宮寺の住職が東大寺の「若狭井」に向かって送水文を読み上げ、邪気払いをしたのち後御香水が遠敷川へ注がれ、同時に一斉にほら貝が鳴り響くのだそうだ。そして流された御香水は、10日かけて東大寺二月堂の若狭井へ届くと言われている。
このような神仏混淆の行事がいつから始まったかは定かでないようだが、若狭神宮寺の境内からは平城宮第二次朝堂院跡から出土したものと同系類の瓦が出土しており、また平安時代の嘉承元年(1106)に編纂された『東大寺要録』に、この神事の由来が記されているといことで、相当古い時代からずっと続けられてきたことはまちがいがなさそうだ。

なぜ、東大寺から遠く離れたこの場所で「お水送り」をすることになったのだろうか。次のURLに由来がまとめられている。
http://www.weblio.jp/content/%E9%B5%9C%E3%81%AE%E7%80%AC

「若狭神宮寺に渡ってきたインド僧実忠は、その後東大寺に二月堂を建立し、大仏開眼の2ヶ月前から祈りの行法(修二会)を行った。初日に「新名帳」を読み上げて日本国中の神々を勧進したが若狭の遠敷明神だけが漁に夢中になって遅れ、あと2日で終わるという日に現れた。そのお詫びとして、二月堂のご本尊にお供えする「閼伽(あか)水」(清浄聖水)を献じる約束をして地面を割ると白と黒の2羽の鵜が飛び出して穴から清水が湧き出した。若狭の「鵜の瀬」より地下を潜って水を導かせたのである。この湧き水を「若狭井」と名づけ、1250年の長きに渡って守り続けられているその井戸より「閼伽水」を汲み上げ本尊にお供えする儀式が、大和路に春を告げる神事「東大寺二月堂のお水取り」である。若狭小浜の神宮寺では、奈良に先立つこと10日、3月2日にお水送りの神事が執り行われる。」
若狭の遠敷明神が「鵜の瀬」より地下を潜って東大寺に閼伽水を導かせたという話は、先ほど紹介した平安時代編纂の『東大寺要録』に記されているという。

二月堂と良弁杉

上の画像は「お水取り」が行われる東大寺の二月堂でその真ん中に聳え立つ杉の木が「良弁(ろうべん)杉」と呼ばれる杉である。かつては樹齢600年の杉があったそうだが、昭和36年の第2室戸台風で倒されてしまったため、今の杉は、その古い杉の枝を挿し木にしたものだそうだ。そして下の画像は、二月堂のすぐ近くにある「閼伽井屋(若狭井屋)」で、ここの水と鵜の瀬の水とがつながっていて、10日間で「鵜の瀬」の水が東大寺の「閼伽井屋」に届くという考えなのである。
あかい屋

しかし、何故「お水取り」「お水送り」という行事がはじめられたのであろうか。
奈良の大仏建造の際に多くの作業者に原因不明の病気が流行して死者が出たとの記録があるそうだ。Wikipediaによると「当時の金メッキが、水銀と金のアマルガム合金を塗布した後に加熱して水銀を蒸散させる工法であったため、作業者が水銀蒸気を吸引したことによる水銀中毒と考えられる。」とある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%8A%80%E4%B8%AD%E6%AF%92
岡野玲子さんは『陰陽師』の中で、大仏鋳造により水銀で汚染されてしまった東大寺の土地を、水の豊かな鵜の瀬の時空をまるごと勧請することにより浄化しようとしたのではないかと述べているそうだが、私はこの説がかなり的を得ているような気がしている。

鵜の瀬

ここが「鵜の瀬」と呼ばれるところだが、この遠敷川(おにゅうがわ)の水は実によく澄んでいる。「お水送り」の儀式がなされる場所はこのあたりなのだろうか。

良弁生誕地

ところで「鵜の瀬」の水は「名水百選」にも選ばれており、近くに水汲み所があって誰でも飲むことができる。その近くに良弁(ろうべん)生誕の地の碑があった。
良弁僧正は東大寺の創建に尽力し、東大寺の初代別当となった人物だが、東大寺の公式HPでは「相模国(さがみのくに:神奈川県)の漆部(ぬりべ)氏の子として生まれ、義淵(ぎえん)僧正に師事されたといいますが、別伝では近江百済氏の出身で幼時に鷲にさらわれ、義淵僧正に育てられたともいわれています。」と書かれており、若狭に生まれたという説はあまり有力な説でないからなのか、紹介すらされていない。
http://www.todaiji.or.jp/index/haikan2001/1216/roben.htm

鵜の瀬から約2kmの若狭神宮寺に車を進める。

若狭神宮寺は元正天皇の勅願により、奈良時代の和銅7年(714)に開創され、鎌倉時代初期に寺号を若狭彦神社別当寺神宮寺と改められたという。現在の本堂は、室町時代に朝倉義景の寄進により再建され重要文化財に指定されている。
七堂伽藍二十五坊を有していた時代もあったが、豊臣秀吉の時代に寺領没収に遭い、さらに明治時代初頭の廃仏毀釈により衰退したとされる。

神宮寺山門

上の画像は若狭神宮寺の仁王門(国指定重要文化財)だ。鎌倉時代末期に再建されたもので、左右の金剛力士像は室町時代初期のものだそうだ。
しめ縄が懸っているところが他の寺院とは違うところで、このしめ縄があることで独特な雰囲気が醸し出されている。
中央の参道の両側には、以前は室町幕府、朝倉氏、細川氏の加護を受けて7堂25坊が存在したのだが、今は何もない。

神宮寺本堂

この参道を進むと、若狭神宮寺の本堂(国指定重要文化財)が目に飛び込んでくる。朝に入って気温が上昇したからか、檜皮葺の屋根から湯気が立っていたのが印象的だった。この本堂にもしめ縄が懸けられている。

「神宮寺」という名のお寺は、神仏混淆の時代であった明治維新までは全国の有名神社に存在した。それが明治の廃仏毀釈でほとんどの神宮寺が破壊されてしまったが、この若狭神宮寺は、境内の中にあった若狭彦神社の奥宮が破壊されて神宮寺本堂が残された稀有な例である。残されたのは、古い時代から連綿として続けられてきた「お水送り」行事と無関係ではあるまい。

本堂の中に入ると、たまたま住職が講話をしておられた。話は途中からだったが、お水送りの歴史や神宮寺の由来などを独特の語り口で、時折ユーモア交えながら話されてなかなか面白かった。

本堂には藤原時代に制作された本尊薬師如来座像をはじめ、日光月光菩薩立像、鎌倉初期の十二神将像などが安置されている。これらの仏像を参拝する際には柏手を打って下さいとの説明があり、生まれて初めて寺院の本堂内で二拍一礼で仏像に向かってお参りをした。住職によるとこのような祈りの作法を行うお寺は、わが国でここだけとのことだ。神仏混淆時代はどこのお寺や神社も二拍一礼でお参りしたのだろうか。
実はこの寺には仏像のほかに、重要文化財に指定されている鎌倉時代の男神座像、女神座像があるのだが、明治4年の神仏分離令により絶対秘仏とされ奥の院に秘蔵されているという。

住職の講話を聴いて初めて知ったのだが、小浜と平安京と平城京と飛鳥と熊野本宮はほぼ一直線上にあるのだそうだ。自宅に戻ってから調べてみると、次のURLにこのような図が掲載されていた。
http://www.ley-line.net/gobou/gobou01.html

若狭レイライン

このブログの作者は、このライン上にどれだけの施設が存在するかを、もっと詳しく地図上にプロットした図も次のURLで作っておられる。
http://www.ley-line.net/wakasa/wakasa04.html
古代の聖地というべき施設がこれだけきれいに並ぶのは、とても偶然であるとは思えない。
聖地を直線状に並べることで、祈りのパワーを高めることができるとでも考えたのであろうか。風水や陰陽道などと関係があるのであろうか。
もしそのような意図があって南北の直線状に並べたものだとしても、正確な地図も時計もない時代に、どうしてそれが可能であったのだろうか。イギリスでジョン・ハリソンが高精度の懐中時計を完成させて経度の測定法を確立させたのは18世紀後半のことなのである。

神宮寺椎の木

神宮寺の境内には歴史を感じさせる樹木が何本もある。上の画像は小浜市指定の天然記念物である椎(スダジイ)の巨木。樹齢500年と推定されているが、幹の太さとその存在感に圧倒されてしまう。

神宮寺井戸

この巨木の前にある建物が閼伽井戸で、ここで3月2日の「お水送り」の御香水が竹筒に汲み取られ、2千人以上の松明行列に送られて約2km上流の「鵜の瀬」に、この御香水が注ぎ込まれるのだ。この神秘的な行事の一部始終を是非一度見たいものだと思った。

この若狭神宮寺の下流に若狭国の一の宮である若狭彦神社・若狭姫神社がある。
廃仏毀釈が起こるまでは、若狭神宮寺がこの2つの神社の別当寺であったのだ。

若狭彦神社

上の画像は若狭彦神社で、和銅7年(714)に創建されたというから、若狭神宮寺と同じ年に作られたことになる。この本殿および神門ともに福井県指定文化財となっている。
境内の杉の木がいずれも大木で、枝が空間を支配して日光を遮り、暗く感じるほどだった。

若狭姫神社

上の画像は若狭姫神社で、養老5年(721)に若狭彦神社から分祀されて建てられたという。
この本殿および神門および随神門はいずれも福井県指定文化財となっている。また本殿の横の杉の木は幹周は6m、高さは30mで樹齢は推定500年の巨木で「千年杉」と名付けられ、福井県の指定天然記念物になっている。近くで見るとすごい迫力だ。

鵜の瀬から神宮寺、若狭彦神社、若狭姫神社は古い建物や文化や自然までが昔のままで残されているようで、何百年もタイムスリップしたような気分を味わえる不思議な場所だ。 小浜には千数百年の歴史のある古刹がまだまだあるが、これらの文化財が歴史の教科書に載るようなことはなかったし、テレビなどで取り上げられることも少ないので、私もあまり知らなかった。
実際に訪れてみると、もっと観光客が来てもおかしくない場所だと思うのだが、週末なのに訪れる人は少なかった。

このシーズンは日本海のカニを目当てに小浜方面に来る観光客は多いはずなのだが、もっと多くの人が小浜の古い寺社を訪れてもいいと思うし、その歴史的価値は充分あると思う。

<つづく>
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