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丹波古刹の「もみじめぐり」から香住へ~~香住カニ旅行1

毎年カニ解禁になると日本海方面に旅行することにしているのだが、今年は3年前と同じ香住の宿にして、途中に通る場所でこの季節に訪れたい名所・旧跡を巡る計画を立てて先週(9-10日)に行ってきた。

大阪では紅葉はまだまだだが、山間部に行けばそろそろ色づいているであろうことを期待して、初日は丹波市のいくつかの古刹の中から紅葉で有名な場所を選んで旅程に組み込んだ。旅程を組む際に、ネットで見つけた「丹波市のもみじめぐり」のチラシが結構役に立った。

丹波紅葉めぐり

最初に訪れたのは白毫寺(びゃくごうじ)という天台宗の寺院である。
寺伝によると、慶雲2年(705)法道仙人の開基とされ、奈良時代には七堂伽藍が立ち並び、南北朝時代には93坊を擁する丹波屈指の名刹として隆盛をきわめたそうなのだが、天正年間の織田信長による丹波攻略に伴い明智光秀の率いる兵火で焼失したとされ、その後再建され、寛文12年(1672)の記録によると、総門のほかに48もの坊・院が立ち並んでいたそうだが、今は薬師堂と本堂と熊野権現社が境内に残されているだけだ。

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この寺は5月初旬に咲く藤の花が有名で、境内にある120mもの九尺藤の藤棚が満開を迎えるとテレビでよく報道され、ネットでも多くの人が画像などで紹介しておられる。紅葉でも有名な寺院だとは知らなかったのだが、「丹波市のもみじめぐり」の9社寺に選ばれており、ネットで「見頃」と書かれていたので、急に行きたくなった。

楓の木は比較的最近に植えられたらしくあまり大きくはないが、色はかなり鮮やかであった。

白毫寺1

心字池にかかる太鼓橋は元禄年間に建てられたもので、その近く植えられた楓の紅葉は特に美しい。

白毫寺2

また石門に入る近くにある慰霊碑の紅葉も美しかったが、今週末には薬師堂の紅葉も見ごろを迎えることになるのだろうか。

次に向かったのが真言宗の古刹・石龕寺(せきがんじ)。
『石龕寺縁起』には用明天皇の丁未年(587)に聖徳太子が毘沙門天を本尊として祀ったのが始まりで、平安時代の村上天皇が小野道風に命じて寺号の勅願を賜り、諸堂宇を建立したと言われている。
『太平記巻二九』には、南北朝の時代に足利尊氏とその弟直義の争いである「観応の擾乱(かんのうのじょうらん)」に尊氏が敗れ京都から播磨に逃れる際に、足利尊氏・の嫡子・義詮(よしあきら)がここに身を寄せたとの記録があるという。
そしてこの石龕寺も織田信長の丹波攻略の時に仁王門を残して焼失してしまい、江戸時代以降に復興されたのだという。

石龕寺仁王門

これが仁王門で、左右の木造金剛力士像は鎌倉時代の仏師・定慶(じょうけい)作でそれぞれ国の重要文化財に指定されている。

石龕寺毘沙門堂

これが毘沙門堂でこの中に平安時代後期の作と伝えられる不動明王が祀られているそうだ。境内や参道には数多くの楓が植えられているが、ようやく色づき始めたばかりのようだ。

石龕寺紅葉

毎年11月の第3週日曜日(今年は18日)に「もみじ祭り」が行われて、護摩供養や武者行列などが行われるという。

次に訪れたのは達身寺(たっしんじ)という曹洞宗の寺院である。

達身寺

この寺は行基によって開かれたという言い伝えがあるようだが、詳しいことは記録が残っていないのでわかっていない。
寺伝では、この寺の前身となる寺院は信長の丹波攻めの際に明智光秀によって焼かれたと伝えられているが、それまでは僧兵を抱え山岳仏教の教権を張るような大寺院であったらしいのだ。
明智光秀の軍に寺が焼かれる前に仏像を守ろうと僧侶たちが運び下ろしたのだが、長い間置き去りとなってしまって、多くの仏像が傷んでしまった。
元禄八年(1695)にこの村に疫病が流行り、多くの村人が亡くなった際に、これらの仏像を永年放置してきたことの祟りだと考えて、これらの仏像を集めていた達身堂(たるみどう)をこの地に下ろして修復して建てられたのが、現在の達身寺なのだそうだ。

このような経緯で、達身寺には現在79体の木造物と134片の破片が残されており、そのうち12体が国の重要文化財に指定され34体が兵庫県の文化財に指定されている。
また、それらの製作年代は平安初期から鎌倉時代とかなり古いものであるという。

達身寺パンフ

撮影は禁止されているので、パンフレットの画像を紹介しておくが、この様な貴重な仏像をじっくり目の前で拝観できるのが嬉しい。

一方、この地には仏師の工房があったという説もある。確かに未完成の仏もあり、同名の仏像がいくつもあることなどから、この地に仏像の工房があったという説は確かに説得力がある。また東大寺の古文書の中に快慶が丹波の出身であるという事が書かれているらしいのだが、そのことから鎌倉時代の仏師快慶は達身寺から出た仏師かそのつながりのある仏師という説もあるというのだ。しかしながら達身寺には古文書が乏しく、詳しいことはよく判らないのだそうだ。

達身寺紅葉

達身寺の楓の木はまだ樹齢が浅いが、紅の色がとても鮮やかだ。山腹の楓の樹々が伸びれば素晴らしい紅葉の名所になるだろうと思う。

次は近くにある、真言宗大覚寺派の別格本山の高山寺(こうさんじ)。

高山寺山門

天平宝字5年(761) に法道仙人により弘浪山頂に開かれたというが、その後仁平3年(1153)の兵火で焼失し、その後、源頼朝の命を受け重源により復興されたそうだ。当時は山麓に11の末寺をかまえ、後鳥羽天皇の勅願所ともなったが、南北朝時代以降は相次ぐ戦乱によって荒廃した。慶長5年(1600)に再興されたが、明治時代の神仏分離・廃仏毀釈による末寺の荒廃や台風災害で山上での護持が困難となり、昭和33年に現在地に本堂、山門等を山上から移築したという。

高山寺参道

参道の紅葉がかなり色づいてきていて、これからもっと美しくなるだろう。

次は曹洞宗の名刹・円通寺。

円通寺1

この寺は、永徳二年(1382)に将軍足利義満が後円融天皇の勅命により創建し、室町時代から江戸末期まで二百余の末寺があり、一千石を超える寺領を有する大寺院であったという。
近辺の有力寺院は織田信長の配下の明智光秀の丹波攻めで悉く焼き払われたのだが、この寺にも軍勢が迫ってきたときに、豪氏荻野嘉右衛門が光秀の本陣に赴いて必死の説得をした結果兵火を免れたと寺伝に書かれていて、寺には光秀が兵に対して円通寺に対して乱暴狼藉を許さない旨の直筆の書状が残っているそうだ。
江戸時代には一度火災に遭い天保年間に再建されたが、明治に入って廃仏毀釈で収入源が断たれてこの寺も荒廃してしまう。そこで当時の第40世「日置黙仙禅師」は東奔西走、「円通寺営繕永続講会」の設立を成し遂げ、その結果16年の歳月をかけ、円通寺は見事に復興を果たしたという。この「日置黙仙禅師」は、後に大本山永平寺にて曹洞宗管長として活躍した人物なのだそうだ。

円通寺2

上の碑は「躍然遠挙の碑」といわれ、明治時代の思想家・山岡鉄舟が禅師の功績を称えて筆をとったものだそうだ。

円通寺3

またこの寺は二番目に行った石龕寺、次に行く高源寺とともに「丹波紅葉三山」と呼ばれており、境内の各所に植わっている楓の枝ぶりも良く、緑、黄金、橙、赤など様々な色が重なって美しい。

最後の寺は臨済宗の中峰派の本山である高源寺。
この寺は正中二年(1325) 遠谿祖雄(えんけいそゆう)禅師の開山によって創建されたと伝えられている。また境内にある楓は天目楓(てんもかえで)といい、遠谿祖雄禅師が中国の天目山から持ち帰ったものだと伝えられている。
建立の翌年に後醍醐天皇から「高源寺」という寺号を頂き、後に後柏原天皇の代に勅願寺(天皇命による祈願のための寺)となって隆盛したのだが、織田信長の丹波攻めで焼き討ちにあい、すべて消滅してしまう。
その後江戸時代中期になり、享保年代に一部再建され、寛政年代に柏原藩主の援助を得て現在の建物を建立したのだそうだ。

高源寺1

惣門から山門に続く紅葉はまだまだこれからだが仏殿の周りはかなり色づいてきていた。

高源寺2

仏殿は以前は檜皮葺であったと思うのだが、今はトタン屋根になっているのは残念なことである。

高源寺3

もう少し進むと方丈があり、さらに三重塔がある。この塔の周りの楓が紅葉すれば素晴らしい景色が撮れると思うのだが、すべてが色づくにはあと1週間はかかりそうだ。

以上6つの丹波の古刹を周ってきたが、観光客が比較的多かったのはこの高源寺くらいだった。とはいいながら、紅葉シーズンのピークには少し早かったとはいえ、京都や奈良の有名観光地とは比較にならない。
「丹波紅葉三山」と呼ばれる三寺院には地元の方が、テントで地元産品などを売っておられたが、「観光バスが沢山の観光客を連れてきても、ほとんど誰も商品を買ってくれない」とこぼしておられたので、少しばかり協力させていただいた。

私も昔は、観光バスに乗るパックツアーによく行ったものだが、そのようなツアーは大きな売店のあるホテルに宿泊させ、休憩は何度も大型の土産物屋や高速道路のサービスエリアにバスが停車するので、バスの旅行客の大半はそういう場所でお土産を買うようになってしまう。地元の人々にとってはいくらパックツアーで観光客が増えても、あまりお金を落とさずに通り過ぎていくだけで、地方の活性化にはあまりつながっていないことが多いのだ。
観光地の周囲の歴史的環境や伝統文化を守るために、地元の人々がいくら奉仕しておられても、その受益者は地元と関係のない大手観光業者やその取引企業となっていることが少なからずある。

このブログで何度も書いているのだが、地域の小さな経済循環を無視して、大手業者がブームに便乗してホテルや大型店舗を作っては、地元の人々の収入源の多くを奪い取ることとなり、それでは地元が以前より豊かになることはない。観光客が地元の生産者や地元資本の店舗からお土産などを買うような仕組みを壊してしまっては、いずれ地方の観光地の周囲の地域が衰退し、地域の特色や文化的風土までも維持できなくなってしまうだろう。それでは観光する側にとっても楽しみが半減してしまう。

今年の夏に、信州旅行にした時にある店主と話したが、その店舗で製造・販売している豆腐をある大手業者からまとまった数量で経常的に仕入れたいとの話が来たそうだ。話を詳しく聞くと、その店舗で販売している価格の半分以下で仕入れたいとの話だったので、その価格では製品の品質が維持できないし利益にならないと断ったとのことだ。
地元の加工品に限らず農産物も同様で、生産者は大手流通業者ルートで販売してもほとんど利益が残らず、販売利益の大半は大手流通業者に奪い取られてしまったのだが、この流れをどこかで断ち切らなければ、わが国の地方は衰退していくばかりではないか。
だから私が旅行やドライブをするときは、出来る限り地元の生産者や地元の店舗で商品を直接買おうと思うし、ネットもこれから活用していきたいと考えている。都心に住む人の中で1割でもネットや産直などで地方の産品を買うようになれば、きっと地方は甦ることになるのだと思う。

1日目の観光を終えて、宿泊先の香住に向かう。
カニのシーズンは毎年試行錯誤しながらいろんな施設に宿泊してきたが、大きなホテルで大枚を払っても、カニが北海道産だったりロシア産だったりしてがっかりしたことが何度かある。これでは地元の漁師も仲介業者も潤わないし観光客も喜べない。残念ながら多くの観光地で、観光施設と地元住民との共存共栄の関係が崩れてしまっている。

現地で獲れたタグ付きのカニを食べるのなら、地元の人の民宿に泊まるのが一番いいと最近では考えるようになって、今年は3年前に宿泊したのと同じ「庄屋」という民宿でお世話になった。

香住カニ

せっかくカニの本場に来たのだから、自宅近辺では買えないような大きなカニを食べたくて、1人に1杯ずつの普通サイズの茹でカニを2人で大きな茹でカニ1杯に変更をお願いしておいたのだが、こういう注文が出来るのも民宿のいいところだ。

今年解禁して獲れたばかりのところを浜茹でした香住ガニはみそも身もしっかり詰まっていて旨かったし、刺身も焼きカニも鍋も美味しく頂けて、久しぶりにカニを堪能して大満足の1日だった。
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京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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