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関東大震災の教訓は活かされているのか。火災旋風と津波被害など~~その1

大正12年(1923)9月1日の午前11時58分ごろ、相模湾の北部を震源地とするマグニチュード7.9の地震は「関東大震災」と命名され、東京、神奈川を中心に約10万5千人の死亡・行方不明者が出た大災害であった。

関東大震災1

多くの犠牲者が出たが、火災による死者が最も多く9万1千人を数え、東京本所被服廠跡では4万4千人が無残の焼死を遂げたそうだ。次のURLには、東京本所被服廠跡の写真が掲載されているが、大空襲でもあったかのような悲惨さで、とても正視できるものではない。
http://ktoh-n.blog.so-net.ne.jp/2007-08-16-1

なぜそんなに火災による死者が多かったのかというと、お昼頃であったために多くの家庭で主婦が炊事のために竈(かまど)で火を使っているところに多くの木造家屋が倒壊したこと。さらに具合が悪いことに、この日は能登半島近くの台風の影響もあり、関東地方の風がかなり強かったという。

多くの焼死者が出た東京本所被服廠跡とは今の横網町公園のことだが、地震のあった前年に被服廠は赤羽に移転し、跡地を東京市が買い取って公園として整備したそうだ。

近くの人々がこの場所を絶好の避難場と考えて家財道具を背負って集まってきたのだが、午後4時ごろにこの公園に地震の火災が「火災旋風」となってこの公園を襲い、人々が持ちこんだ家財道具にも飛び火して、人々は逃げ場を失って焼死してしまった。

火災旋風」とは、激しい炎が空気(酸素)を消費し、火災の発生していない場所から空気を取り込むことで局地的に生じる上昇気流のことで、Wikipediaによると、

「地震や空襲などによる都市部での広範囲の火災や、山火事などによって、炎をともなう旋風が発生し、さらに大きな被害をもたらす現象。鉄の沸点をも超える超々高温の炎の竜巻である。」とある。

また「個々に発生した火災が空気(酸素)を消費し、火災の発生していない周囲から空気を取り込むことで、局地的な上昇気流が生じる。これによって、燃焼している中心部分から熱された空気が上層へ吐き出され、それが炎をともなった旋風になる。さらに、これが空気のあるほうへ動いていき、 被害が拡大していく。火災旋風の内部は秒速百メートル以上に達する炎の旋風であり、高温のガスや炎を吸い込み呼吸器を損傷したことによる窒息死が多く見られる。 火災旋風は、都市中心部では、ビル風によって発生する可能性が指摘されている。」のだそうだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E7%81%BD%E6%97%8B%E9%A2%A8

2008英国バンガーの農園の火災旋風

上の画像はネットで見つけたイギリスの火災旋風の画像だが、関東大震災の時の火災旋風の大きさは100m~200mとも言われており、その風速によって直径30cm以上の木がねじ折られたことから秒速80m前後と推測されている。またこの風により、何百人もの人々が空中に巻き上げられ、石垣に顔と歯が叩きつけられたりしていたという証言もがあるようで、この現象は想像を絶するエネルギーを伴うものであり、「旋風」というよりも「竜巻」と表現した方が適切のような気がする。
http://www.fdma.go.jp/ugoki/h2108/2108_24.pdf

関東大震災焼失地域

上の図は関東大震災の翌日の午前九時の段階で焼失した場所を赤く塗りつぶしたものである。焼失地域はこの日のうちに更に拡大したのだが、黒い○で囲った場所は焼けなかった。 この場所は神田和泉町と佐久町なのだが、この町内の人々は避難することよりも共同で消火活動に当たることで、町を火炎から守ったのだ。

『被害の激しかった下町地区の中で、ぽっかりと島のように白く浮かび上がる地域がある。一日午後四時ごろ、南風に煽られて神田方面から燃えてきた火は神田川南岸に及び、佐久間町一帯にも盛んに火の粉を振りまいた。この時町内の人々は結束して、避難よりも延焼を防ぐ努力を優先した。続いて夜八時ごろ、秋葉 原駅方面から襲ってくる火に対してもひるむことなく消火活動を続け、二日午前一時ごろには火をくい止めた。更に二日午前朝八時には蔵前方面から猛火で延焼 の恐れが出てきたが、長時間にわたる必死の消火活動の末、午後六時ごろまでに完全に消し止めた。実に丸一日以上に及ぶ町内の人々の努力が実り、この町を火災から守ったのであった。』(「新編 千代田区史」)

この防火活動の感動的な物語が、「伝えたいふるさとの100話」というサイトに出ている。
http://www.chiiki-dukuri-hyakka.or.jp/1_all/jirei/100furusato/html/furusato027.htm

町の大人たちが頭から水を浴び、ガソリンポンプ車を使って徹夜で火を食い止めた物語は多くの人に読んで欲しいと思う。こんな大規模な火事になれば電気はもちろんのこと、水道も断水して使えない。消防車も使えなくなる条件下で、住民がこのように団結して火と格闘して町を守ったことは、教科書に載せるなどして後世に伝えられるべきではないかと思う。

防火守護地

神田和泉町にある和泉小学校の脇には、この時の町の人々の消火活動を讃えた「防火守護地」と書いた石碑が建てられているそうだ。

関東大震災時に「火災旋風」により東京だけでなく横浜でも同様に多くの焼死者が出たのだが、詳しい事は良くわからなかった。

横浜火災地図

この時の横浜の火災区域の地図が見つかったが、横浜の市街地の大半が焼けていることがわかる。
次のURLでは東京と横浜の火災旋風の発生起点とその移動を示した図面が紹介されているが、「発表禁止」という赤い文字が横浜の図面にあるそうだ。おそらく長い間公表されてこなかったのではないだろうか。真実を一般に公表しないのは、昔も今も良く似ている。
http://www.ailab7.com/senpuu.html

以上かけ足で関東大震災における火災を振り返ってみたが、今のわが国の都心部でこの大震災の教訓がどれほど活かされているかと考えると不安な気持ちになってしまう。
日本人の悪い癖で、嫌な思い出はなるべく早く忘れてしまおうとして、大きな被害が出た原因が充分に追及されないまま何世代かが入れ替わってしまって、今では、ほとんどの人は普段から何の準備も対策もしていないのが現実ではないか。

大正期よりかは家屋が燃えにくくなっているという人もいるかもしれないが、阪神大震災の時にも神戸市長田区で小規模ながら火災旋風が見られたらしい。
もし関東大震災のような地震が風の強い日に発生し、古くて木造の家屋が密集している地域の家屋を多数倒壊させたとしたら非常に怖い事が起こる。消防車は全国平均で人口10万人当たりに4.7台、東京では2.5台なのだそうだが、この台数では大規模火災の鎮火は難しいのではないか。

昔はいざという時に使える貯水池や貯水槽などがあったし、井戸のある家も少なくなかった。地域の消火用具も持っていたし、なによりも地域共同体が健全に機能して住民の団結があり、地域での防火訓練も実施されていた。それらがいざという時には、火災の延焼を食い止めるために機能することが期待できたが、それらのほとんどを喪失してしまった今は、住んでいる街をどうやって火災から守ることができようか。

大火災が発生すれば停電や断水が起こる可能性が高いし、消防署は一部を消火する能力しかない。水道が使えたとしても、あちこちで火災が起これば大量の水が消火のために必要となり、水量不足となって蛇口からちょろちょろと出るだけでは使いものにならないだろう。
そのような悪条件下でも、住民が団結して、自主的に消火活動ができる地域が都心部にどれだけ存在するのだろうか。

先程のWikipediaには、最後に非常にいやなことを指摘している。

「東京湾を震源とする南関東直下地震が、 夕方6時ごろに発生した場合、都内数千箇所で火災が起こると試算されている。風速15mの風が吹いていた場合、東京の住宅街・オフィスビル周辺などに巨大な火災旋風が発生するおそれがある。ただし、1923年の関東大震災は、夏場の昼に地震が起き、火災旋風も発生している。火災が密集すれば季節に関係なく 発生する可能性がある。」

今回の東日本大震災で東北地方の人々は何度も津波を経験し、同じ過ちを繰り返してきていると思った人がいたとしても、それは東京も横浜も同じなのである。また、関東大震災の被災経験から学ぼうとしない他の大都市も同じである。

東日本大震災を機に、都市の防災対策はどうあるべきか、あまりにもわが国の重要機能が集中している首都圏の脆弱さをどう改善させていくか、首都圏の機能分散化も含めて考えるべきだと思う。

次回は、関東大震災と津波などについて書いてみたい。

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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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