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伊藤博文を撃ったのは本当は誰なのか~~~伊藤博文暗殺その2

韓国最大の発行部数を誇る「朝鮮日報」という新聞の日本語サイトに、今年の3月24日付で「安重根の公判記録を隠した日本」という記事が出たようだ。この記事は多くの人が注目して、2ちゃんねるやさまざまなブログなどで紹介されている。
今回のテーマに関わる部分なので、記事の肝心な部分を引用しておく。記事の全文は、次のURLで読むことが出来る。
http://asia-news.doorblog.jp/archives/24925872.html

「今月26日に没後103周年を迎える安重根の公判記録のうち、3分の2以上(68%)を日本が隠していたことが分かった。
隠された記録の中には、安重根の遺体の行方を明らかにする手掛かりとなる死刑執行報告書も含まれていた。
 国史編さん委員会の李泰鎮(イ・テジン)委員長は20日『現存する旅順の裁判所(関東都督府地方法院)の安重根に関する公判記録は、計173件のうち55件しか公開されていないことが分かった』と発表した。
安重根は1909年10月26日にハルビン駅で伊藤博文・初代韓国統監を暗殺した後、日本の関東都督府が管轄していた旅順に連行され、裁判を受けて死刑となった。
 日本が隠した記録の中には ▲伊藤博文の秘書官や主治医など暗殺現場にいた伊藤博文の随行員の調書 ▲安重根の背後組織に関する韓国人の調査資料 ▲勾留状・送致書・回答書など公判の進行に関する文献 ▲『安重根伝』など安重根自身に関する資料 ▲死刑執行報告書―などが含まれていた。
安重根による伊藤博文暗殺や公判の進行プロセスを明らかにする重要な記録が消えたわけだ。」

いったい誰が、何のために118件もの文書を隠したのかという重要な点については、この朝鮮日報の記事では国史編纂委員会の李委員長の談話として、
「日本で英雄としてあがめられている伊藤博文の最期に関する証言を隠し、また安重根の背後にあった大韓義軍の存在を消すことで、個人的な暗殺に仕立てようとしたものとみられる」
と書いているのだが、当時のわが国が主治医や暗殺現場の証言記録までも隠した動機の説明としては、説得力が乏しすぎる。

歴史通

若狭和朋氏が『歴史通(2010/7号)』で「伊藤博文暗殺■安重根は犯人ではない」という論文を書いておられる。その論文に、重要な指摘がある。
「…奇妙な事実がある。外務省外交史料館に残された『裁判資料』の目次に、『室田義文の証言』とありながら、『証言』の本文が欠落している。」(『歴史通(2010/7号)』p.83)

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前回の記事で少しだけ触れたが、室田義文(むろたよしあや)という人物は貴族院議員で、この事件で伊藤博文の随行員として現場にいて自らも5発も銃弾を受けたものの一命を取り留めた男である。この人物の証言が外務省外交史料館に残されていたはずなのに、『裁判資料』から何者かによって抜き取られているというのである。ではそこには何が書かれていたのだろうか。

この室田義文の死後に出版された『室田義文翁譚』(昭和13年12月発行)という本があり、この中で室田が伊藤博文の暗殺事件を詳しく述べているのだそうだ。この本は、暗殺事件から29年も経過してから出版されたわけだが、外務省の裁判資料から抜き取られた室田の証言内容に近いものである可能性が高い。
ほとんど出回っていない本なので、その原文を引用している人はネットではよくわからなかったが、若狭氏が上記論文の中で室田の文章を引用しながら、伊藤博文の暗殺当日のできごとを解説しておられる。
若狭氏の論文などを参考に、室田の主張も紹介しながら、伊藤博文が暗殺された日の出来事を振り返ってみたい。

ハルビン駅

明治42年(1909)10月26日の午前9時に伊藤たちを乗せた列車がハルビン駅に到着した。
ロシア蔵相ココーフツォフは列車内のサロンで伊藤らとしばらく歓談したのち、駅頭における歓迎行事に臨むため、ココーフツォフが先導して伊藤らはプラットホームに降り立つ。

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兵列を閲兵し、各国の領事たちと挨拶を交わしながら進んでいくと何発かの銃声がし、伊藤が倒れ、抱えられて貴賓者に運ばれたが、約20分後に落命してしまった。

室田の証言によると、この時に13発が撃たれたという。その内訳は、
伊藤博文  3個(盲管*2、貫通1)  *盲管:体内に弾が止まっていること
室田義文  5個(小指の擦過傷1、衣服貫通痕4)
中村是公  2個(衣服貫通痕2)
森泰二郎  1個(衣服貫通痕1)
川上俊彦  1個(盲管1)
田中清二郎 1個(足首貫通。靴に弾が止まっていた)
である。

300px-Fn1900.jpg

その場でロシア兵に取り押さえられた安重根は7連発式のブローニング拳銃で狙撃し、6発を装弾し1弾を残していた。つまり安重根が撃ったのは5発で、弾頭には殺傷力を高めるために十字の刻み痕をほどこしていたという。上の画像がブローニング拳銃である。

200px-Spencer_Carbine.jpg

しかし、伊藤博文の体内に残っていた弾丸は、後の調べで二発のフランス騎馬銃の弾丸であった。騎馬銃とは、けん銃より長く小銃よりは短い、カービン銃のことで、この弾をブローニング拳銃で撃つことはできない。従って、伊藤を撃ったのは安重根ではないということになる。

若狭氏の論文の中で、『室田義文翁譚』のポイントとなる部分を現代仮名遣いにして引用しておられるので紹介したい。
「駅の二階の食堂からフランスの騎馬銃で撃った者がある。…右肩から斜め下に撃つにはいかなる方法によるも二階を除いて不可能である。そこは格子になっていて斜め下に狙うには絶好であった。
(中略)
義文は、ともすれば嗚咽をじっと押さえながら、ココーフツォフに『犯人はどうなりましたか』と尋ねた。
ココーフツォフは『犯人は安重根という朝鮮人です。事件発生と同時にすぐ捕えて護送致しました。昨夜も騎兵銃を持った怪しげな朝鮮人が三人、隣のステーションの付近を徘徊しておりましたので、捕えるようにすぐ返電致しましたが逃してしまったと言うので、ことさら厳重に警戒を加えたのですが、多分その一味であろうと思います』」(『歴史通(2010/7号)p.82』)
このやりとりで室田は、朝鮮人が伊藤を撃ったのではないと考えるに至ったという。

無題

記事のはじめに紹介した「朝鮮日報」が、2009年11月に二回に分けて「伊藤博文を撃ったのは安重根ではない!?」という記事を掲載し、その中で「信憑性が低い」とのコメント付きで室田の主張を紹介し、室田が描いたという「伊藤被撃陳述図」を載せている。
http://blogs.yahoo.co.jp/tncfn946/22172209.html

しかし室田は伊藤博文に最も近い場所にいた人物である。しかも伊藤の遺体から弾丸を摘出すところに立ち会い、弾丸が伊藤の右肩を砕き右乳下に止まった一弾と、右肩関節を貫通して臍下に止まった一弾を現認したという。
室田の記述が正しいとすると、高い位置から伊藤を狙って銃を撃たなければそのような弾痕が残るはずがないのだ。しかし、検事田村光栄の調書にも、安重根を裁いた公判記録にも、どこにも「騎馬銃」という文字が見つからないのだそうだ。

ところが、外務省外交史料館には、安重根以外に銃を撃った者がいることを示す資料が残されているという。
『伊藤公爵満州刺殺一件』というファイルのなかに、問題の『曾禰荒助朝鮮統監が桂首相に宛てた電報』があるという。しばらく若狭氏の文章を引用する。

「核心部分は次の通りである(現代表記に直した)。
『…真の凶行担当者は、安重根の成功とともに逃亡したるものならんか。今、浦塩(うらじお)方面の消息に通じたる者の言うところに照らし凶行主謀者および凶行の任に当たりたる疑いある者を挙げれば左の数人なるべきか』
として二十五名を記している。安重根の名もこのなかにある。浦塩(ウラジオストック)には多数の韓国人が居住していて、「韓民団」という組織はロシアの「特務機関」の影響下にあった。
浦塩方面の消息に通じたる者とは、朝鮮憲兵司令官明石元二郎だろうかと、私(若狭氏)は推測している。
要するに、日本政府は本件を安重根の凶行として幕にしたのである。」(同上書 p.83)

明石元二郎は日露戦争において機密工作によりロシア革命を支援し、日本の勝利に大きく貢献した蔭の立役者といわれる人物だが、この人物のことは別の機会に書くことにして、今回は伊藤博文暗殺のことに話を絞ろう。
この電報の引用部分を読めば、当時の朝鮮統監・曾禰荒助も伊藤博文を撃った犯人は別にいると考えていたことが明らかである。そしてこの電報は、統監という立場で桂首相に宛てた電報である。いい加減な調査に基づくものであるはずがないのだ。

若狭氏の論文によると、この電報に記されていた二十五名はすべて「韓民団」のメンバーだったようだ。事件直後にロシア軍と警察が、事件現場で拳銃を所持していた挙動不審者を安重根以外に3名の韓国人を検束していたが、彼らも全員が「韓民団」のメンバーだったようである。

ロシア側では「一味」とされた三十余名を拘束し事情を調べたが、裁判管轄権が日本側であると決定すると、犯行と関係がないと判断した者たちを釈放し、その他の容疑者は旅順に送られて収監されたという。
明治43年(1910)2月14日、関東都督府地方法院は安重根以下4名の判決を言い渡した。
安重根は死刑とされ、懲役3年が1名、懲役1年6月が2名だった。
伊藤博文が暗殺されてから5か月後の3月26日に安重根の死刑が執行され、それからほぼ5か月後の8月22日に、日韓併合により大韓帝国は消滅した。

伊藤博文

伊藤博文暗殺事件を追っていくと、日本政府が徹底的に犯行グループを追及する姿勢がなかったことがなんとなく見えてくる。
若狭氏が書いているように、日本政府は、安重根の犯行ということにして幕引きを図ろうとして、真の暗殺者につながる資料の全てを隠そうとしたのではないか。
では、なぜわが国政府は、真の犯人を追及することをあきらめたのか。
この点については次回のテーマで書くこととしたい。
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平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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