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なぜわが国は安重根を犯人とすることで幕引きをはかったのか~~伊藤博文暗殺3

前回まで2回に分けて伊藤博文暗殺事件について書いてきた。
通説では犯人は安重根という事になっているが、安重根が拳銃を撃ったことは間違いないものの、伊藤の最も近い位置にいた室田義文の証言によれば、安重根の用いた銃の弾丸と、伊藤の体に残された銃の弾丸とは異なり、また伊藤の体に残された弾丸は、右肩を砕き右乳下に止まった一弾と、右肩関節を貫通して臍下に止まった一弾であったという。室田の証言が正しければ、安重根が撃った5発の弾はいずれも伊藤には当たらず、伊藤は別の人物によって上方から狙撃され命中したものが致命傷になったことを意味する。

室田義文は詳細な証言を残したのだが公式書類から抜き取られて、前回紹介した若狭和朋氏の論文(「伊藤博文暗殺■安重根は犯人ではない」)の表現を借りると、わが国政府はこの事件を「安重根の凶行として幕にした」、ということになる。

他にも同様な証言があったようなのだが、ではなぜわが国政府は室田らの証言を隠蔽したのだろうか。本当の犯人は誰だったかを考える前に、何のために伊藤博文がハルビンを訪問したのかを先に考えることにしたい。

rusia-ryodokakutyo.jpg

前回の記事で紹介した若狭氏は、伊藤博文のハルビン訪問の目的は朝鮮問題ではなく満州問題であったと述べている。

満州とは現在の中国東北部を指すが、当時の満州はどんな状況であったのか。Wikipediaの解説が解りやすい。

ChinaRussiaB.jpg

「ロシアは日清戦争直後の三国干渉による見返りとして李鴻章より満洲北部の鉄道敷設権を得ることに成功し(露清密約)、1897年のロシア艦隊の旅順強行入港を契機として1898年3月には旅順大連租借条約を締結、ハルピンから大連、旅順に至る東清鉄道南満洲支線の敷設権も獲得して満洲支配を進めた。
20世紀初期の日本では、すでに外満州(沿海州など)を領有し、残る満洲全体を影響下に置くことを企図するロシアの南下政策が、日本の国家安全保障上の最大の脅威とみなされていた。1900年(明治33年)、ロシアは義和団の乱に乗じて満洲を占領、権益の独占を画策した。これに対抗して日本はアメリカなどとともに満洲の各国への開放を主張し、さらにイギリスと同盟を結んだ(日英同盟)。
日露両国は1904年(明治37年)から翌年にかけて日露戦争を満洲の地で戦い、日本は苦戦しながらも優位に展開を進めて戦勝国となる。これにより南樺太は日本に割譲され、ポーツマス条約で朝鮮半島における自国の優位の確保や、遼東半島の租借権と東清鉄道南部の経営権を獲得した。その後日本は当初の主張とは逆にロシアと共同して満洲の権益の確保に乗り出すようになり、中国大陸における権益獲得に出遅れていたアメリカの反発を招くことになった」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E5%B7%9E%E5%9B%BD

韓国については各国ともわが国の自由裁量権を認めていたのだが、満州についてはアメリカも清国もロシアも狙っていた地域であった。そして伊藤博文が暗殺されたハルビンは、清国の領土(満州)ではあったが、ハルビン駅はロシア東清鉄道付属地内であった。
Wikipediaによると、ハルビンには19世紀末から白系ロシア人が急激に増加し、ロシアは1907年には中東鉄道管理局による『ハルビン自治公議会章程』を発布し、埠頭区(現在の道里区)、新市街(現在の南崗区)の7,000平方キロメートルの地域を市区と定めロシアの公議会の管轄として清朝と対抗したとある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%93%E3%83%B3%E5%B8%82
ロシアはこのように、日露戦争で敗戦後も着々と満州の権益拡大をはかっていたのだ。

伊藤博文

前回紹介した若狭氏の論文では伊藤のハルビン訪問の目的についてこう書いている。
「満州はアメリカ、清国、ロシアがそれぞれ食指を動かしているのだから、最悪の場合、日本はこれら三国と敵対することになりかねないとの不安が伊藤の頭を支配していた。後に満州事変に始まる日本の悲劇は伊藤の不安が的中したものともいえる。
…こうした不安を抱いて、伊藤博文は満州に『最後の御奉公』に出かけていったのである。満州問題の根本的な解決の下準備の方途を探るべく伊藤は満州に出向いたのだ。…
伊藤とコ蔵相の会見には、何か重要な目的があるものと推測するのは不自然ではない。清国政府はそのように考え、盛んに情報の収集・解析に努めていた。清国側には日露の接近により、将来、満州問題について清国にとって非常な不利益が生じるとの観測が支配的であった。
そして、伊藤は凶弾に倒れるのである。安重根の『義挙』を愛国至誠の行動とすますのは安易に過ぎると言わざるを得ない。」(『歴史通(2010/7号)』p.84)

安重根が使用したブローニング拳銃はベルギーのFN社製のもので、拳銃の製造番号(262336)から、1906年9月8日に「クンフト社」に販売されたものであることが解っているのだそうだが、この拳銃に関して若狭氏は興味深いことを書いておられる。

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「大野芳*氏は次のような事実を指摘している。つまり第一次世界大戦の契機となったオーストリア皇太子夫妻暗殺に使われた拳銃が、同型の次のタイプだというのだ。次からは私の推測である。

クンフト社ならば販売先はロシア陸軍である。皇太子夫妻を暗殺した犯人は『セルビアの民族主義の青年』だと、高校教科書は書く。
だが、これは間違いである。犯人たちはセルビア陸軍の青年将校たちであり、レーニンの同志であった。世界大戦を共産主義革命の起点と考えたレーニンはセルビアの国王や閣僚たちをクーデターで殺し、セルビアを制圧していたのである。クーデターを起こした将校たちはレーニンから支給された武器で武装していたのである。」(同上書 p.82)
*大野芳:ノンフィクションライター。『伊藤博文暗殺事件』の中にその記述がある。

要するに若狭氏は、安重根は伊藤博文の真の暗殺者を隠すための存在にすぎず、真犯人はロシア側にいるという考え方であるが、クンフト社によってロシア陸軍に販売された拳銃が、どういう経緯でレーニンに渡ったかについては、この叙述ではよく解らない。

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確かにロシアには不審な点がいくつかある。
事件の日、伊藤をプラットフォームに連れ出したのはロシア蔵相ココーフツォフで、銃撃の時に伊藤のすぐそばにいながら、かすり傷ひとつ負っていない。
また、前述したとおり、事件の起きたハルビン駅はロシア東清鉄道付属地内であり、不審な人物をVIPに近づかせない義務はロシアにあったはずだが、ロシア軍や警察が多数いた中で、ロシア兵の間から(股の下からという説もある)、拳銃を持った韓国人を伊藤らのすぐ近くにまで接近させて拳銃を発射させてしまった。そしてロシア軍や警察にも負傷者はいなかった。
さらに、ロシア国境裁判所は、安重根らは韓国人であるから、ロシアには裁判管轄権がないと決定した…。

直感的にはロシア関与の可能性はかなり高そうなのだが、もしそうだとすると、ロシアが伊藤を暗殺する動機は何処にあったのか。若狭氏によると、ロシア皇帝にとって伊藤は許しがたい存在であったという。
若狭氏の論文のポイントを引用する。
「日露開戦の前には伊藤は日露協商を唱えて、日英同盟に反対の先頭に立っていた。日英同盟を主導したのは山縣有朋や桂太郎であり、日露協商を主導したのが伊藤や井上馨たちである。…
しかし、…満州のロシア軍の態勢は整うばかりである。日本参謀本部の戦略は、ロシア軍の態勢が整う以前に決戦を臨むことであり、ロシア軍の態勢が整った後には日本には勝ち目はないという判断であった。…明治35年(1902)1月30日、日英同盟は条約として署名され…た。これはロシアにとっては完全な不意打ちであった。
ロシア皇帝の戦略では、あと2年後に日露は開戦すべきであった。ロシアにしてみれば態勢の整う前に戦いを日本から強いられたものであり、その『策略』の中心部にいたのが伊藤博文にほかならなかった――ロシアはそう見たのである。」(同上書 p.88)

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Wikipediaによると、伊藤は日露開戦までは日露協商の立場から満韓交換論を提唱してロシアとの交渉にあたっていたが、山縣や桂は、仮に日露協商が成立しても長続きせず、ロシア側がこれを破棄することは確実で、戦争は避けられないのなら相手の準備が整わない内に早く手を打った方が良いと考えていた。
1902年の日英同盟で、わが国はイギリスを後ろ盾としてロシアに対抗する方針に転じ、1903年8月にわが国はロシアに満韓交換論を提示したがロシアはこれを拒否し、逆に朝鮮半島を南北に分け、南側を日本の勢力下に、北側を中立地帯として軍事目的での利用を禁ずるという提案を突きつけてきた。これは事実上ロシアの支配下に朝鮮半島が入ることを意味し、当時の日本としてはのめる提案ではなく、翌1904年日本はロシアと国交を断絶。満韓交換論は完全に消滅し、日露戦争へと向かうことになる流れだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E9%9F%93%E4%BA%A4%E6%8F%9B%E8%AB%96

ロシア海軍軍令部編纂『一九〇四・五年露日海戦史』という本には、当時のロシアの戦略が書かれていて、その内容はロシアは朝鮮を全面征服し、馬山浦を完全に根拠地にして、対馬、壱岐を基地化し、日本を完全に無力化する計画であったという。
もし朝鮮半島と対馬・壱岐がロシアに占領され、そこからバルチック艦隊が日本海を最短距離で進んでわが国に攻撃をしかけてきたとすれば、日本連合艦隊が日露戦争に勝つことは厳しかったことは間違いなく、もしわが国が敗れていたら、明治時代に多くの領土がロシアに奪われたとしてもおかしくなかったと思う。

だからロシアにとっては伊藤博文は日露協商・満韓交換論路線の裏切者であり、それにもかかわらず伊藤博文が、復讐心に燃えるロシアに出向いたことが結果として自らの寿命を縮める原因となってしまったことになる。

とは言いながら、若狭氏はロシア政府や皇帝の意志が伊藤暗殺にあったと考えている訳ではなく、ロシアの暗殺史は日本人の発想の外にあるとも言っている。
「日露戦争にロシアの敗色が兆しはじめた時期に、ロシア各地にストライキや暴動が頻発した。明石元二郎やレーニンの同志たちの姿が見える。
バクー油田、プチーロフ工場のストライキ、血の日曜日事件、戦艦ポチョムキンの反乱、怪僧ラスプーチンの暗殺、ゼネストの広がりとロシア国内は政治危機の様相を呈してきた。この混乱を背景にポーツマス条約は成立した。」(同上書p.89)

若狭氏の論文は、殺人犯の黒幕がロシアの「特務機関」なのか、レーニンに近いグループなのか、どちらとも読めるような書き方になっている。ひょっとするとレーニンは「特務機関」の中に、工作員を送り込んでいたのだろうか。
また若狭氏は、わが国とロシアとの間に水面下でどのような交渉があったかについては何も触れていない。ただ、最後に「日本は事件を糾明するよりは、朝鮮青年を『犯人』として処刑することにロシアと『外交的に』同意した」とまとめているのだが、ロシア側の資料など確かな資料が出てこない限りは真の犯人グループを特定することは難しいということなのだろう。

わが国政府もロシアに疑いの目を向けたと思うのだが、なぜ真犯人をつきとめることなしに、安重根を犯人とすることでロシアと『外交的に』同意したのだろうか。

わが国が『外交的に』ロシアと同意できるケースとして考えられるのは、犯人を追及しないことで手を打った方がわが国にとってプラスである場合に限られると思うのだが、そのようなケースは、
①ロシアの犯行と分かっていながら、裏交渉でわが国に有利な条件を引き出すことに成功した場合
②犯人をあまり追及するとわが国の立場が悪くなることがわかっている場合(真犯人がわが国側の権力に近い人物に繋がるなど)
のいずれかに限られてくるだろう。

①のケースとしては、
たとえば日韓併合推進派にとっては、伊藤がいなくなったことはチャンスととらえた可能性がある。また、ロシア側に非がある場合は、わが国が事件の追及を緩めることで、水面下で満州権益の確保などの条件闘争を有利に進めたことも考えられる。
あるいは将来的に「韓民会」勢力を温存したほうが、ロシアの弱体化につながるという判断があったのかもしれない。

また②は、わが国の方に伊藤暗殺の黒幕がいたケースである。
ネットなどで検索していくと、伊藤のライバルであった山縣有朋や、政界の黒幕的存在であった杉山茂丸、レーニンに接近し機密工作により日露戦争を勝利に導いた明石元二郎の名前がでてくるようだ。

この事件に関しては多くの史料が伏せられたままなので、さまざまな説がありうるのだが、いずれの説も、新たな資料でも発掘されない限りは、立証困難だと思う。

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話を安重根に戻そう。
安重根が伊藤博文を暗殺しようとして拳銃の引き金を引いたことは間違いがない。
彼が撃った弾丸は伊藤博文には当たっていなかったようだし、当たっていようがいまいが彼の行為は結果として日韓併合を早めたことになるのだが、どういうわけかお隣の国では、この人物を今も「義士」と呼び、国民的英雄扱いにしているようだ。

しかし、普通に考えれば安重根は単なるテロリストか、あるいはロシアからの指令で動いただけの人物なのだが、このような人物を「偉人」として教育しているようでは、お隣の国に世界から尊敬されるような人材が育つとは思えない。
竹島を不法占拠していることだけでなく、対馬市観音寺の仏像盗難まで正当化するのも同根だと思うのだが、このような不法行為を是とする教育をこれからも続けているようでは、隣の国はいずれ国際的信用を失い活力を失っていくことになると思う。

伊藤博文の暗殺事件が起きる18年前の明治24年(1891)5月に、来日中のロシア帝国皇太子ニコライの通る沿道警備の現場において、巡査の津田三蔵が、ニコライをサーベルで斬りつけ負傷させた事件があった(大津事件)。

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若狭氏はわが国とお隣の国の教育スタンスの違いを的確に述べておられるので、最後に引用させていただくことにする。
「わが国ではロシアの皇太子ニコライに斬りつけた大津事件の津田三蔵巡査は教室の偉人ではない。むしろ、本件に腰を抜かした政府の圧力に屈することなく『罪刑法定主義』を貫いた大審院長の児島惟謙の姿勢を学べと教えてきたのである。」(同上書 p.89)
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安重根が収容された旅順の監獄見学しました。
中国における、安重根は中韓で烈士と称されていますが、安重根の墓の所在が分からない等。時の政権によって評価がコロコロ変わったからではないかと思います。でも本当か嘘かわかりませんが、彼の房は立派で他の拘置者と異なっていました。同行の方々によると政治犯だから別待遇など、軽く解ったような口を効いていましたが。単なるテロリストを烈士などと称し英雄にしてしまうと、2015年3月5日の駐韓大使切り付け事件みたいなことが発生する、テロの温床となり国家の存亡に関わる大事件を起こしかねない、困り者が出てくる。愛国無罪はダメ愛国でも犯罪は犯罪・厳罰を国民の共通価値として共有せねばならない。烈士=亡国を目指すならず者は要らん。安っぽいヒロイズムも要らん。旅順の監獄寒かったです。次は教戒師で来ようと同行の僧侶たちは話していました。現場を見てくるのも大切ですね。
Re: 安重根が収容された旅順の監獄見学しました。
旅順に安重根が収容された監獄がある事は初めて知りました。墓の所在が分からないという事も知りせんでした。貴重な情報ありがとうございます。
Wikipediaの記事を読むと、ロシアは安重根の記念碑を2002年に撤去したようです。中国も2006年に記念碑が建てられてすぐに撤去されたと思いきや、昨年にハルピン駅に記念館を造ったようですね。ロシアは安重根とは関係がないことをアピールし、中国は安重根を英雄視する歴史を共有する姿勢を見せることで、韓国を取り込もうとしているのでしょうか。

しかしながら、テロリストを英雄にしてしまうような国ではダメなことはご指摘の通りです。アメリカの駐韓大使を切りつけた犯人の金基宗は、将来自分は教科書で讃えられるとでも思って実行したのではないでしょうか。
お隣の国では何の努力をしなくとも、注目されるような犯罪を犯すことで、国家の英雄になる道が開かれてしまっています。これではこの国から人材が輩出するとは思えませんね。

私は旅行は好きですが、サラリーマンなので遠いところには滅多に行くことができません。
会社をリタイアしたらいずれ海外にも行きたいですが、中国や韓国はあまり好きではないので、多分行かないと思います。現場を見なければわからない事が多いことは重々承知していますが、高い旅費を払っていくのなら、自分の好きなところに行きたいです。
明治に始まるコリアン汚れ役に使用
いや、伊藤は韓国併合に邪魔だった。朝鮮の貧しさ知ってたから、併合には慎重で、それを煙たがった日本にも、伊藤の始末を願う連中がいたから。
韓国併合後、不良韓国人が要人暗殺を請け負わせるため、韓国併合は必須だった。坂本竜馬暗殺は見回り組幹部。大久保利通暗殺は、西郷信望者の壮士気取りの連中。日本人に荒事させると、口封じ等大変なのでコリアン使いたがる人々が居た。
オウム真理教村井幹部刺殺の韓国人右翼とその上司、世田谷一家殺人容疑の在米韓国人、と汚れ役に韓国人使われている。また社会党や民主党は在日だらけ。野党籠絡して、消費税増税を通す為、野党は体を成してない。
公安は北朝鮮とも攣るんで、拉致ターゲットを北朝鮮に知らせてた。拉致事件を北に言うなら、北他朝鮮に言わせりゃ「お前らが少しの拉致で煩く言うなよ、南の奴使って散々同族日本人暗殺させてるくせに」
直接日本政府がロシア政府に伊藤暗殺を依頼ではないだろう。当時の内務省のロシア革命扇動の特殊部員の少ない人数が、レーニンとのコネを利用して、頼んで暗殺させたのでは?
つまり日本の伊藤を用済みにしたい黒幕と、その手下で内務省もほぼ知られていない特殊部員がレーニンに外注したのでは?ロシア政府も感ずいていても、恨みから黙認した、のが実情ではないか?
Re: 明治に始まるコリアン汚れ役に使用
いろんな見方があるとは思いますが、ロシア側にではなく日本側に黒幕がいたと断言する史料はあるのでしょうか。根拠を明示しなければ、説得力はありません。黒幕が誰で在るかを明確にしたうえで、その人物がレーニンに外注したという裏付をとらなければ、「仮説」にもならないでしょう。想像するのは勝手ですが、このままでは単なる妄想でしかありません。
確かに「汚れ役」ですが、黒幕がロシアか我が国かいずれの場合でも、偽装するためであれぱ朝鮮人を使う可能性が高かったことはその通りで、お隣の国が「反日国家」である限りは、これからもそのように使われる可能性が高いと思います。
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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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