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米英が仕掛けた中国の排日運動はそれからどうなったのか~~中国排日その2

前回の記事で西尾幹二氏の『GHQ焚書図書開封7』に解説されている、長野朗氏の『支那三十年』という本の一部を紹介した。
この当時長野氏は北京の中国人の家に下宿しておられて、中国の排日運動をつぶさに見てこられたのだが、この著書の中で、中国の排日運動は、当初アメリカやイギリスが、対中貿易拡大のために日本企業が築き上げた中国市場における商圏を奪い取る目的で、中国人を煽動しはじめたということを、かなり具体的に書いておられる。

教科書などをいくら読んでも、この時期になぜ突然に中国で排日運動が起こったのかが長い間腑に落ちなかったのだが、長野氏の文章を読んでようやく納得した。
排日運動を仕掛けたことによって、アメリカの対中国貿易が、日本、イギリスを追い抜いて一気に首位に踊り出たと書いてあったので、当時の新聞記事を探してみた。こういう時は「神戸大学付属図書館デジタルアーカイブ」の「新聞記事文庫簡易検索」を使えば、経済関連の古い記事が自宅のPCで検索できる。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sinbun/index.html
例えば「対支貿易 アメリカが首位」と入力して検索すれば、昭和7年8月2日付の中外商業新報の記事がヒットする。

1932アメリカが1位になる

そこには、アメリカが首位に躍り出た理由がこう書かれている。
「米国が対支輸出国の首位を占めたるに至ったのは、支那の日貨排斥運動によりわが対支輸出が大打撃を蒙ったのに対し、米国が原料品は銀安にも拘らず商品価格の世界的低落の波に乗って銀竪*としても値段はなお出会う程度に低落し米国小麦、綿花、薬煙草、木材等が大量に支那に流入したことによる…」
ここにはアメリカが排日運動を主導したとまでは書かれていないが、最大の受益者がどの国であるかを考えればおおよそ見当のつく話だ。
*当時の米中貿易は決済を銀で行っていた

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この「神戸大学付属図書館デジタルアーカイブ」を使えば中国やアメリカ以外でも排日運動が起こっていた事が容易にわかる。例えば昭和10年5月25日付の大阪朝日新聞には、中南米の排日貨で斎藤駐米大使が米政府に「注意喚起」している記事が出ている。わが国の政府も、裏でアメリカが中南米の排日で動いていたことの裏付けなしで、このような会談を米国務省に公式に申し入れることはあり得ない話であろう。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?LANG=JA&METAID=10002662&POS=1&TYPE=IMAGE_FILE
戦後GHQは、このような戦勝国にとって都合の悪い真実を日本人に忘れさせるために、そのような記録のある書籍を徹底的に洗い出して焚書処分させ、さらに「戦勝国にとって都合の良い歴史」を日本人に押し付けてしまったので、ほとんどの日本人にとってはこのような史実を知る機会が失われてしまったのである。

再び長野朗氏の著作に戻ろう。
長野氏は中国の排日活動を4段階に分けて書いておられる。
第1段階では、排日と親英米の空気を造るために、中国の隅々に宣教師を送り込み、教会や学校や病院を創る一方で、中国人に「排日思想」を植え付け、日貨(日本製品)のボイコットを始めた。
第2段階では、日貨のボイコット期間が長くなり、日本品に代って欧米品が中国に入ってきた。前回はここまでの経緯について書いたのだが、その後、英米資本と中国の民族主義とが結びついていく。それが第三段階である。しばらく長野氏の文章を引用する。
(原文は旧字・旧仮名遣いだが、新字・新仮名遣いに変更している。[  ]内は西尾氏の補足部分。以下も同様。)

蒋介石

「第三期になってくると、国民政府[蒋介石の国民党政府]が自ら主宰し、政府の機関を動かし、商工部で立案し、支那は不自由せずに、日本だけが困る方法を考え、全国のボイコットを統一した。しかし表面は国民党によって組織された反日会が本部を上海に設け支部を全国に置き、国民党の支部員がこれ[日貨排斥]にあたった。この時期になると、ボイコットは政府の任務であり、政策として行われた対日経済戦であった。…
英米資本の東亜独占と、支那の民族主義とがからみつき、大正八年から排日が起こったが、その方向は二つの進路をとった。
一つは支那の民族運動として、満州の漢人化となり[清朝が倒れたので、清朝の故地である満州にどんどんシナ人が入っていった]、満州からすべての日本の勢力を駆逐しようとする企ては、遂に張学良をして満州事変を起こさせるに至った。
一つは経済的の現われで、上海を中心として興りかかった支那の新興財閥と英米資本との合作によるボイコットで、これは当然浙江財閥の傀儡たる蒋介石と、英米の合作にまで進んできたのである。」(西尾幹二『GHQ焚書図書開封7』p.181~183)

日本を追い詰めた排日運動は二つのコースをたどり、満州では張学良が盛んに日貨排斥を行ない、それが満州事変の引き金となった。もう一つは浙江財閥の蒋介石が英米資本と手を組んで日本を追い詰めたというのである。

「排日の内容も時には変化があった。排外運動が排日の形で出たのは当然であるが、その後ソ連の指導する中国共産党が現われるにしたがい、大正十二年から少し雲行きが変わってきた。…
学生会のリーダーは、英米系の基督教青年会の幹事から、いつの間にか共産主義青年団の幹部となり、排日から反帝国主義運動になったが、英米人は巧く游(およ)ぎ廻って、その鉾先をたえず日本側に向けたのと、支那人の外国崇拝と日本軽視とは、日本人には[排斥運動を]やるが外人には手を着け得なかった。」(同上書 P.183~184)

img20120909162418716.gif

と、排日の主役が英米系のキリスト教会からコミンテルン勢力に移っていくとともに、運動のターゲットが「排日」から「反帝国主義」に変わっていく。コミンテルンにとっては英米の資本主義は敵であり英米資本も一時は狙い撃ちにされたのだが、英米はうまく立ち回ってわが国に鉾先を向けさても、英米人には手を着けられることがなかったとある。
すなわち、英米は反日を優先しソ連を抱き込んで、中国人の「反帝国主義」の圧力をかわすことになるのだが、西尾幹二氏は「日本がなぜ日独伊三国同盟に走り、英米を敵に回さざるをえなかったという背景かが浮かび上がってくるように思います。すなわち、英米がシナ大陸をめぐってソ連に近づく、英米金融資本がコミンテルンと結託し、日本に攻撃を仕掛けてきたことが第二次世界大戦の主たる原因であった」と、巧く纏めておられる。

長野氏が英国の立ち回りの凄さを、具体的に記述しておられる部分を引用しよう。
「大正十五年の北伐[蒋介石の国民党軍が北方軍閥を倒してシナを統一しようとした内戦]には、国共合作[北伐で国民党軍と共産党軍が手を結んだ]であったため、ソ連と英国との仲の悪い時ではあり、反帝国主義運動の鉾先をまず英国に向け…

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武漢に飛び出してきた国民革命軍は口々に『打倒英国』を叫び、武漢政府[汪兆銘率いる国民党政府]は漢口の英租界を武力で占領した。すると機を見るに敏なる英国は、あっさりと漢口、九江の英租界を支那に返して反英の気を抜き…
今まで北方軍閥派の討赤連合軍[共産党潰しを狙っていた北方軍閥]」を助けていたのを、鮮やかに百八十度転回して、…
当時江西まで下っていた蒋介石と手を握り、蒋介石に国共分袂(こっきょうぶんべい:共産党とたもとをわかつこと)の芝居を打たせ、蒋介石の共産党弾圧[それまでイギリスを敵視していた共産党を弾圧させるように仕向けた]となり、ソ連は英国に背負い投げを食わさるるとともに、反英は又排日となり、国民革命軍が南京まで下ってくると、南京の日本領事館の襲撃が行われた。この蒋と英国との連合は今日[昭和16年時点]まで続いている。同時に排日も抗日から抗戦へと予定のコースをとってきた。」(同上書 P.186~188)

コミンテルンの息のかかった国共合作軍は、最初は「反帝国主義」でイギリスを狙って、漢口の英租界を武力占領するのだが、英国はすぐさま漢口と九江の英租界を返還して反英の気勢を削ぎ、さらに国共合作軍の蒋介石に接近して、日本に鉾先を向けさせたというのだ。このような巧妙なやり口は、農耕民族の日本人にはとても真似ができないところだ。
かくして、日本は再び狙われることとなるのだが、この時期となると、英米が中国に種をまいた「排日思想」の影響がとても無視できない状況になる。

長野氏はこう書いている。

「排日で日本は経済的打撃を受けたことも少なくなかったが、それにもまして大きな問題は、支那民衆の間に排日の感情を深く浸潤させたことである。ある支那の要人は『支那人は生まれながらにして排日だ』といった。四つか五つの何も知らない子供が、自分の好きな玩具(おもちゃ)で遊んでいるのに『それは日本品だ』と一言いうと、どんなに大事にしていた玩具でも投げ捨てるということである。支那人が日本人からの電話口に出ようとすると、女房と子供が反対して出さないということである。」(同上書 P.189~190)

「しかし何といっても女子供の頭の中に深く刻まれたのには困ったものである。大正八年から排日教育を受けているが、子供の頃に注ぎ込まれたものはなかなか抜けるものではなく、それが国民革命頃[昭和初期の「北伐」の頃]には排日の立派な闘志となっていたし、今度の事変[昭和12年の支那事変]には抗日の指導者となっている。…
街路の正面にも抗日の札があり、門にも壁にも抗日の文句があり、日本品には『仇貨』『敵貨』(敵国の製品)と銘打っているし、紙幣にも排日の文字が捺してあり、時計の中にも(排日と)書いてある。買うものには排日の字があり、町を出れば排日、新聞も書籍も排日、音楽も排日、これで二十年もたてば如何に鈍い支那人でも骨の髄まで排日にならざるを得ないだろう。これが蒋(介石)の長期抗戦の原動力となり、抗日連合戦線の糊付けとなっている。」(同上書 P.192)

中国における「排日の歴史」を見ていくと、ここまで中国人の洗脳が進んでしまったきっかけは英米が作ったものであり、それが日本と中国とを離間させて、最終的に支那事変を生み、日米開戦につながっていった流れなのだが、英米はわが国の勢力を削ぐために、中国人に親英米思想と排日思想を同時に植え付けることから始めたという点は注目して良いだろう。
中国の市場を奪い取ることは、弱小国ならば力で奪い取ることができるが、強国を武力で制圧することは多くの自国兵士の血を流し、さらに全世界からの非難を受けることになってしまう。
だから時間をかけて中国人を親英米・反日に洗脳することから始め、中国人が日本商品を買わなくなるように仕向けたのだ。その手法は今もいろんな国が密かに用いているのではないかと思うのだが、日本人にはそういう発想をする人は少なく、すべてを外交交渉に委ねようとしてしまう。それが誤りなのだと思ってしまう。

相手国が情報戦を仕掛けている段階では、わが国も情報戦で戦う意思が不可欠ではないか。
相手国が我が国について明らかな偽りの歴史を世界に広めようとしているときは、わが国はその主張が誤りである根拠を示し、何が真実であるかを客観的な史料で明らかにして論破し、並行して日本文化の素晴らしさを世界に向けて発信すべきではないのか。
そのことを、戦後のわが国はほとんど何も行わずにすごしてきたし、その場しのぎで安易な謝罪をすることも少なくなかった。

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しかし、わが国がある国から偽りの情報を広められた時に、内容の検証もせずに謝罪してしまうことは、相手国の主張が正しいことを認めたことと同じだ。
また、偽りの情報に対してこれと言った反論をせずにずっと黙っていることは、わが国はその情報を正しいものと暗に認めているという、誤ったメッセージを世界に対して発することになってしまうことにならないか。

占領軍は日本を去る前に、わが国においても「排日思想」の種をばら撒き、そのために「国民の生命と財産を守り領土を守る」という当たり前のことでさえ、国論が割れてしまう国になってしまった。
例えば尖閣の問題では、「中国を刺激するべきでない」と言って中国を増長させる輩がわが国には結構多いのだが、そもそも領土問題というものは、譲歩や妥協でいい結果が残せるものではないだろう。

尖閣

中国も韓国もロシアも、英米が残した「排日思想」を利用し、わが国の「戦争責任」を追及する姿勢を示すだけで、日本との外交交渉は容易に勝利できることを修得済である。
一方、アメリカはわが国が近隣諸国と対立関係にあるという事だけで、わが国の政治に容易に介入できる立ち位置を確保できる。
それぞれの国にとっては、日本が「戦勝国にとって有利な歴史観」に洗脳されたままであることが、最も都合の良い状態にあると考えておいた方が良いのだと思う。

今も中国や韓国では出鱈目な反日教育が行われていることは日本人の多くが知っているのだが、いくら内容が誤っていようが何十年にもわたりそのような教育が続けられ国民が洗脳され続けていることが、将来のわが国にどのような災難をもたらすかは、長野氏の文章を読めばおおよそ見当がつく。
このまま放置しておけば、いずれ災いの鉾先がわが国に向かうことになってしまいかねないのだが、わずか90年程度前の歴史をわが国で、決して再び繰り返すことがないようにしなければならないと思うのだ。

史実に基づかない反日の種は史実で反論して、もっと早いうちから摘み取っておくべきであったと思うのだが、わが国のマスコミは史実を伝えず、正論を言う政治家を失脚させるようなおかしな動きを永年続けてきた。
いくら実力のある政治家でも、マスコミと戦うためには世論の後押しがなければ難しい状況だから、国民の大半が「日本だけが悪かった」とする浅薄な歴史観に洗脳されてしまっている状態を、一日も早く脱する必要がある。

そのためには、これからでも遅くないから、戦後のGHQによる検閲と焚書により長い間封印されていた「戦勝国にとって都合の悪い真実の歴史」を少しずつでも取り戻し、多くの人に広めていくことしかないのだと思う。
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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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