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関東大震災の教訓は活かされているのか。~~その2(山崩れ・津波)

前回は関東大震災時における火災のことを書いたが、被害は火災ばかりではなかった。

震源に近い三浦半島から伊豆半島にいたる相模湾沿岸では、地震そのものによる家屋の被害のみならず、山崩れや土石流及び津波の大きな被害も記録されている。

まず、山崩れや土石流による被害はどうであったか。

関東大震災根府川集落

神奈川県足柄下郡片浦村(現在の小田原市)の根府川集落で、白糸川上流で発生した土石流により64戸の家屋が埋没し、406人が死亡したそうだ。上は、土石流により倒壊した根府川集落の写真である。
また、近くの熱海軽便鉄道の根府川駅では背後の山が崩れて、停車中の列車を海中に押し流して死者が300人出たそうだ。
他にも足柄下郡米神で土石流による民家埋没で死者62人、横須賀でがけ崩れによる民家埋没で100人を超えるなどの記録があるが、伊豆半島では伊豆山は山崩れでその七分を失い、多賀村、網代村の被害は激しかったとする記録だけで死者についてはよくわかっていないようだ。実際は、関東大震災による山崩れ・土石流に起因する死者が1000人近くいたと考えられている。

大震災殃死者供養塔

現在のJR根府川駅近くの岩泉寺というお寺に『大震災殃死者供養塔』が大正14年に建立されそこには
「大正十二年九月一日午前十一時五十八分俄然大震災アリ同時ニ山津波起リ老若男女二百餘人殃死セリ甚タ悲惨ノ至リニ堪ヘス茲ニ遺族一同共ニ丹梱ヲ協セ殃死者菩提ノ為大供養塔ヲ建立シ以テ永ク精霊ヲ祭ル者也」
と彫られているそうだが、死亡者数が「二百餘人」というのは、他の記録と比べれば少なく見える。また、なぜ伊豆半島の被害については記録らしいものが残されていないのが意外である。この問題はあとで考察することにして、次に津波のことを書こう。

この時の津波の高さは沿岸部一帯で低い所で2~4m、神奈川県の逗子で6~7m、静岡県の伊東で5~7m、熱海で12mとの記録があり、東京湾の津波は0.3~0.8m程度だったそうだ。

東京では津波襲来の流言が想像以上の早さで流布してパニック状態になった話を昔読んだことがあるが、結果として東京湾の津波は小規模で良かった。
津波の被害が大きかったのは東京都よりも神奈川県や静岡県である。

以前このブログで紹介した山下文男氏の著書『津波てんでんこ』に、『神奈川県震災誌』という本が紹介されている。

「津波は地震後約二十分後に鎌倉町、腰越津村、川口村の海岸を襲い、鎌倉町乱橋材木座に於いて家屋三十戸、長谷稲瀬川川尻に於いて二十四戸、同坂ノ下に於いて二十六戸流出し、以上の各所を通じて溺死三十名を出せり。なお当時は由比が浜海岸に於いて海水浴をなしいたる者百名内外ありしが、その生死は明らかならず。腰越津村には、七里ガ浜県道護岸十町が震災により大破し、更に海嘯の襲来を受けて壊滅し、これがために民家の倒壊せるもの少なからず。川口村には片瀬の山本橋及び江ノ島橋の流出あり。江ノ島及び片瀬に於いて溺死七名の外、当該桟橋を通行中なりし約五十名は橋梁とともに流されて行方不明となれり」(『神奈川県震災誌』)

これによると津波の被害者がかなり出たことは確実で、地元の鎌倉市がまとめた『鎌倉震災誌』という本には、「理学博士・中村左衛門太郎」氏の「発表」として、由比が浜の海水浴客についてはこう書いている。

「この日天候不良のため海水浴をする者ほとんどなく、また海岸にいたものも地震に脅え、引き続く海嘯の襲来を予知することができたので、何れも速やかに避難し、行方不明になった者は全くなかった。」(『鎌倉震災誌』)

同じ場所で起こったことを書いているはずなのだが、なぜ『神奈川県震災誌』と『鎌倉震災誌』の記述内容が異なるのか。

別に『大正震災誌』という本には「折から海水浴に出かけていた老若男女三百名は波にのまれて行方不明になった」と書かれており、『藤沢市史』でも、「…大つなみの襲来は、湘南海岸各村に深刻な被害をもたらした。鎌倉、腰越とともに川口村もその対象となり、江ノ島桟橋の通行者約五〇名と、片瀬海岸での遊泳者七名が犠牲になった。」と書いてあり、『鎌倉震災誌』のこの部分はどう考えても不自然だ。

『鎌倉震災誌』には、鎌倉町の被害は全壊1455戸、半壊1549戸、埋没8戸、津波流失113戸、全焼443戸、半焼2戸、死者412名、重傷者341名なのだが、震災前の鎌倉町の全戸数は4183戸というから大変な被害だ。

鎌倉由比ヶ浜

ネットで津波被害を受けた由比が浜の写真(鎌倉市中央図書館蔵)が見つかったが、この津波で江の電長谷駅や由比ヶ浜駅以南はほとんど崩壊してしまったという話はこの写真で納得できる。記録によると、鎌倉大仏で有名な高徳院にも津波が押し寄せて庫裏が全壊し、長谷寺も庫裏や大黒堂・阿弥陀堂・念仏堂・書院などが全壊したそうだ。

鎌倉大仏

鎌倉の大仏は今でこそ露座の仏像であるが、当初は文永5年(1268)に完成した大仏殿の中にあった。その後何度か倒壊・再建を繰り返し、明応7年(1498)の大地震と津波で大仏殿が倒壊した後はずっと露座になった状態だったのだが、関東大震災の津波で大仏像が35.8cm前に仏像が移動した記録があるそうだ。津波は何度も鎌倉を襲っているのだ。

鎌倉町の地域別被害の実数と鎌倉大仏の被害の写真を次のURLで見ることができるが、由比ヶ浜地区の住民が74名も亡くなっているのに、由比が浜の観光客が避難して全員無事であったということはありえない。
http://www.kcn-net.org/oldnew/sinsai02.html

もう一度『鎌倉震災誌』を良く読むと「死者・行方不明になった者は全くなかった」と書いているのではなく「…何れも速やかに避難し、行方不明になった者は全くなかった」と表現しており「死者がいないとは書いていない」と言いわけが出来る文章になっている。もし、そう言うつもりで書いたのであれば、「公式記録にバカなトリックは使うな」と言いたいが、被害を小さく見せるために何らかの圧力がかかったのかと勘ぐりたくなる。

鎌倉町の津波の高さは約三〇尺(約10m)であったのだが、この高さでこれだけの被害が出ている。ならばそれよりも津波が高かった熱海(12m)の被害はどうだったのか。

静岡県の被害については『静岡県震災誌』という本が作られたそうなのだが、被災状況については具体的な数字が書かれていないようである。でもかなり死者があったはずだが、記録が残されていないようなのである。たとえば熱海についてはこんな具合である。

「…海浜に避難せる者は、再び山の手方面に逃れんとして、溺死を遂げたるもの少なからず。熱海町新浜、清水、和田の家屋は全部が海上に漂い、あるいはこれに縋り、あるいは樹木に取り付き、救助を求めるもの海陸相応じ、阿鼻叫喚の声に満つ。…また伊豆山は山崩れのために埋没してその七分を失い、多賀村、網代村もまた被害激甚を極めたること、熱海、伊東に異なることなし。」とどこにも数字がない。

以後の災害対策を考える上では、市町村の地域別に被害世帯数、犠牲者数等の正確な記録を残すことは一番大切なことだと思うのだが、なぜこの程度の記録しか残っていないのか。 以前紹介した『津波てんでんこ』で、著者の山下文男氏はこのように書いておられる。

「関東大震災の際の津波による死者数や地すべり被害=山つなみによる死者数の記録は、概して不確かなものばかりであまり明確にはされていない。
 例えばここに『土方梅子自伝』(早川書房)というのがある。これによると、当時の華族・近衛秀磨の鎌倉の自宅で、子息の英俊が「家もろともに津波に呑まれてなくなられた」との知らせがあったと記されている。こうした犠牲者は他にもかなりあったと思うのだが、それらが果たして津波による犠牲者として数えられているのかどうか?いろいろと考えざるを得ない。」

「最近は熱海の海岸などにも「津波注意」のパネルや看板が見られるようになったが、この地域が鎌倉、熱海、伊東という、全国的な温泉地であり、観光海岸であることも、長い間「津波」を語り難くし、風化を早める原因の一つになっていたように思う。1984年のことだが、筆者が「関東大震災と津波」(『暮らしと政治』)という論考を書いた折にも、熱海の観光業者の方から抗議めいた手紙をもらっている。」

あまりに多くの焼死者が出たために、火災ばかりが注目されてしまい津波や土石流の被害者の事実が注目されなかったという面もあるのだろうが、一方で津波の真実を広められては困ると考える人が少なからずいて、そういう調査をすること自体を望まなかったし、津波対策のために移転することも望まなかったのではないか。

しかし、そのために被害の大きかった地域のほとんどが、たいした津波対策がなされないまま危険な地域にびっしり家屋や商業施設などが建てられてしまっている。
直接大きな被害があった地域ですらこんな状況なのだから、他の地域も同様に、大きな津波が来ることは「想定外」で開発がなされてきたのだろう。これでは有効な地震対策をとることは困難であり、結果として数十年単位で同じ誤りを繰り返すことになるのだと思う。

大きな災害を経験した国民はこの国で未来を生きる人々に対する責任があるのだと思うのだが、関東大震災を経験した世代は火炎旋風の怖さや津波の被害の事実をどれだけ我々に伝えてくれたのだろうか。どんな教訓を残し、それが今の町づくりにどれだけ活かされているのかと思うと、今の世代にはほとんど何も伝えられていないのではないかと不安になってくる。
せめて今回の東日本大震災を機に、それぞれの地域で過去の震災被害を学び、どうすれば被害が小さくできるかのか、災害に強い町づくりはどうあるべきかを考えて、できることから実行してほしいものだと思う。
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