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関東大震災のあと日本支援に立ち上がった米国黒人たち~~米国排日6

レジナルド・カーニー氏の『20世紀の日本人』によると、米国黒人たちが自分たちと日本人を同一視する見方が一般的になったのは1920年代らしい。その当時西海岸において行われた調査で『フィラデルフィア・トリビューン』はこのように書いていた。
「黒人たちは、日本人を心から尊敬している。同じ『抑圧された民族』であるにもかかわらず、『自分たちのために、一生懸命努力する』日本人の態度は、見習うべきものである、と」(『20世紀の日本人』p.82)

アメリカ西海岸では白人と日本人と黒人が混在して居住していたのだが、概して黒人と日本人との関係は良好であったようだ。カーニー氏はこう記している。
「…白人のマジョリティーのなかにこれらふたつの人種が入り込み、そのうち徐々に、『白人と日本人、白人と黒人の意見の対立』が表面化していった。白人のなかには、日本人よりも黒人を好む者もいたし、またその逆もいた。しかし、白人たちの関心は、あくまで豪華できれいな家に住むことだった。つまり、彼らが気にしていたのは、黒人や日本人が近所に来ることによって、不動産の価値が下がることだった。かと思えば、黒人や日本人の流入を抵抗なく見守る、リベラルな白人もいた。
当時の日本人移民へのインタビューによると、白人は日本人を避ける傾向があったのに対し、黒人たちの反応は暖かいものだった。ある移民は、移り住む際に、あえて黒人の近所を選んだと語った。『黒人は白人に比べて、日本人への偏見が少ない。親切だし、一緒に住めることを喜んでくれさえもする』というのがその理由だった。」(同上書p.83)

黒人もまた日本人を暖かい存在だと感じていた。その理由をカーニー氏はこう書いている。
「…日本人は黒人の権利と尊厳を認め、平等に扱ってくれる。彼らはそう考えていたのだ。その証拠に、ロサンゼルスの日系病院の医師のうち、ふたりは黒人だった。そのことに触れて、『カリフォルニア・イーグル』紙は、次のように述べている。『ほとんどの病院が黒人に固く戸を閉ざしている昨今、日本の病院がどの人種にも、門戸を開放していることは本当に喜ばしい限りである。同じ人種の医者に診てもらうことの出来る安心を、患者は得ることが出来るのだから』。黒人を差別しない日本人というイメージは、黒人のメディアを通じて、またたく間に西海岸中にひろまった。そこには、黒人と結婚する日本人が取り上げられていた。白人がひどく嫌う黒人との人種混交を、日本人は受け入れている。このことは、日本人が人種平等を心から目指していることを示す、何よりの証拠だと黒人たちは考えた。」(同上書p.88-89)

関東大震災人形町

このように米西海岸では日本人移民と米国黒人との関係は良好であったようなのだが、その頃わが国に関東大震災が起こった。
大正12年(1923)9月1日に発生した相模湾の北部を震源地とするマグニチュード7.9の大地震は、東京、神奈川を中心に約10万5千人の死亡・行方不明者が出たことを以前このブログで2回に分けて書いたが、死者の9割近くは火災によるもので、東京、横浜の中心部がまるで大空襲でもあったかのように焼失し、津波による被害も大きかった。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-23.html
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-24.html

この大地震のニュースは12時間後にはアメリカに伝わり、シカゴの白人政治家たちがわが国を救援するキャンペーンを始める記事が、黒人向けメディアの『シカゴ・ディフェンダー』紙の紙面を飾ったのだが、この記事に対する米国黒人の反応が非常に興味深いので、再びカーニー氏の文章をしばらく引用させていただく。

「…この記事を読んだある黒人の読者は、『アメリカの有色人種、つまりわれわれ黒人こそが、同じ有色人種の日本人を救えるのではないか』と主張した。それを受けて、同紙は即座に、黒人による日本人救済のキャンペーンを始めた。真っ先に100ドルの寄付を行なったのは、ジェシー・ビンガというビンガ州立銀行の頭取だった。ビンガは1921年に銀行の経営を始めた実業家であるが、以前から多くの不動産を持っていた。大震災の10か月ほど前、彼はアメリカの社会事情を学んでいた何人かの日本人留学生に会い、日本人がいかに一生懸命、人種平等のために努力を重ねているかを知り『痛く感激した』という経緯があった。このことが、逸早く多額な寄付につながったのは言うまでもなかった。『シカゴ・ディェンダー』紙は『黒人として何が出来るかを考えよう』と呼びかけた。『確かに、我々は貧しい。しかし、今、お金を出さなくていつ出すというのか』。同紙の熱心な呼びかけは、しだいに多くの黒人のあいだに浸透し、日本救済への機運は徐々に高まっていった。」(同上書p.83-84)

関東大震災 日本救済運動

海外から最終的に関東大震災の義捐金がどれだけ集まったかについては良くわからないのだが、全世界からかなりの義捐金が集まったようである。
当時の新聞記事を神戸大学付属図書館の新聞記事文庫から探すと、9月10日の大阪毎日新聞の記事が見つかった。ここには世界からの支援があったことに加えて、とりわけ排日活動が過激なサンフランシスコも日本支援に動いたことが書かれている。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?LANG=JA&METAID=10070408&POS=1&TYPE=IMAGE_FILE

見出しには、「排日巨頭連も一様に日本支援の演説」とかかれ、こう解説されている。
「全米国各地は日本救済のため大運動中である。…ゴムバース、ジョンソン氏等の平素排日的論調を有する人々も皆一様に日本救助を演説している、全米各新聞は日毎に救助論を書いている、桑港(サンフランシスコ)赤十字社は五十万弗を送る筈で、その他の団体も送金の運動中である、ただ船腹がなくて品物の発送に困っている、桑港市長ロルフ氏は自分の船四隻を直ぐ出すことを発表した、米人側から子供や婦人が続々寄附に来て涙がこぼれる程である」

関東大震災 シカゴ市の日本救済運動

また次のサイトでは、アメリカ赤十字社に「日本救済事務所本部」が設置され、日本救済募金が2500万ドル(約5000万円:現在価値で600億円相当)が集まったと書かれ、シカゴ市で日本救済金を募集している人々の写真が紹介されている。このように人種に関係なく、わが国を助けようとする善良な人々が多かったこともまた事実なのだ。
http://www.blog.crn.or.jp/lab/06/21.html

しかしながら、この大震災における日本支援運動が米国の排日の流れを止めるきっかけにはならなかった。
地震からわずか3か月後に、帰化できない外国人のアメリカ入国を禁止する法案がアメリカの上下院に提出されている。この法案の内容は各国からの移民の上限を1890年の国勢調査時にアメリカに住んでいた各国出身者の2%以下にすることを目的とするもので、特にアジア出身者については全面的に移民を禁止する条項が設けられていた。
日本人のアメリカへの移民が増えだすのは以前にも書いた通り明治20年(1887)以降のことであり、この法律は実質的には日本人にターゲットを絞ってその移民を禁止するものであり、わが国では「排日移民法」と訳されている。
この法案は翌1924年4月に下院で、5月には上院で可決され、7月1日に施行されている。

何の自由平等ぞ

次に紹介するのはこの法案が下院を通過した直後の大阪毎日新聞の記事だ。
「…若し米国上院議員等が人種的僻見や一片の感情に囚はれていないとすれば、そして国家間の交渉に当り、これが埴原大使の所謂『常に公明正大という高遠なる原則の上に立脚せねばならぬもの』とすれば如何なる排日議員も、あの排日条項そのままに置く訳には行くまい。…
要は締盟国の或る国に差別的待遇を与えるか、与えないか、我等が今次の移民法案に反対するのは移民そのものの制限よりも何等移民と関係のない帰化不能の理由を以て特に日本移民を禁止する点にある。」
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?LANG=JA&METAID=10026392&POS=1&TYPE=IMAGE_FILE

少しわかりにくいので補足すると、関東大震災の1年前の1922年の11月にアメリカの大審院が「黄色人種は帰化不能外国人であり帰化権はない」という人種差別丸出しの判例を出している。それだけでも問題であるのだが、過去に帰化した日本人の権利まで剥奪ができるとし、第一次世界大戦にアメリカ軍の兵士として兵役に服し、復員後、帰化権を得てアメリカ市民になった500人以上の日本人も、その帰化権を剥奪されたのだ。
この「排日移民法」は、日本人は帰化が禁止されているので移民もできないという理屈なのだが、この法律は明らかに日本人を差別する法律であり、わが国が激怒したのも当然だと思う。

170px-Marcus_Garvey_1924-08-05.jpg

万国黒人地位改善協会を設立したマーカス・ガーベイは、アジアがアジア人でまとまることによってアフリカ人が本来のアフリカを取り戻すことが出来ると考えていた。関東大震災で大損害を受けたわが国に対して深く同情し、ガーベイと万国黒人地位改善協会で日本に対し500ドルの寄付を行なったのだが、関東大震災後に排日移民法が可決されて、ガーベイは日本とアメリカとの戦争を予期したという。

黒人の間でも日米開戦がささやかれはじめ、アメリカの黒人はもし開戦ともなれば、日本を無視すべきか、加勢すべきか、中立を守るべきかで議論がまき起こったことをカーニー氏が著書で書いている。
「『シカゴ・ディフェンダー』紙は、この黒人たちの迷いに、ある方向性を示した。同紙は、黒人の中には、日本の勝利を前提とした日米開戦を心待ちにしている者がいることに触れて、それは『堕落した夢』であると警告した。『たとえ日本に同情を寄せたとしても、身と心はアメリカに捧げなければならないのだ』。同紙はまた、現状を次のように見ていた。『白人のためなら…水の中にも潜らなければならない。たとえ溺れても、どこまでもついていかねばならないのだ』。最後に、同紙は次のように締めくくっている。アメリカの黒人たちはつねにこう答えるよう期待されている。『白人様がやれとおっしゃるのなら…』」。(同上書 p.86)

1863年のリンカーンの奴隷解放宣言でアメリカの黒人は白人と平等になったわけではなく、その後も人種差別が続いて貧困から解放されたわけでもなかった。
黒人たちは生活のために白人に仕え、兵士として戦場の最前線に送り込まれ、アメリカの白人社会を支える役割を担わされてきたのだが、貧困である限りアメリカ黒人たちは白人に逆らっては生きていけない悲しい存在であったのだ。
その貧しい黒人たちが、なぜわが国を愛したのか。なぜ、関東大震災の後にわが国を支援しようとしたのか。そしてわが国が関東大震災直後でまだまだ苦しんでいる時期に、なぜアメリカ議会で「排日移民法」提出され可決されたのか。
これらの史実は『人種問題』を抜きに理解することは困難である。黒人が自発的・献身的に日本を支援する動きは、白人にとっては脅威ではなかったのか。アメリカは、有色人種が白人社会を支える仕組みを崩壊させる可能性を秘めた動きを排除して、白人優位の社会を守ることを優先させたのではないのか。
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平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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