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英国船が沈没して白人が助かり、日本人乗客は全員溺死したノルマントン号事件

前回の記事で、わが国で「条約改正」の世論が盛り上がった背景に、わが国に阿片を持ち込んだ英商人が無罪とされたことや、コレラが流行していた清国からわが国へ直航してきたドイツ船・ヘスペリア号がわが国の検疫要請を無視し、横浜入港を強行した事件があったことを書いたが、もうひとつ国内世論を沸騰させた有名な事件があるので書き記しておきたい。

明治19年(1886)10月24日の夜、横浜港から神戸に向かっていたイギリス船籍の貨物船ノルマントン号が、暴風雨に遭い紀州沖で座礁沈没し、ドレーク船長以下イギリス人水夫ほか乗組員26人は4隻の救命ボートに乗り移って全員脱出し、2隻は串本に漂着。漂流していた2隻は、須江浦(和歌山県串本町)の人々が9隻の鰹船を出して救出したという。
ところがその後、沈没したノルマントン号には25名の日本人乗客がいて、全員が行方不明であることが判明した。「行方不明」という表現が使われるのは水死体がひとつも上がらなかったからなのだが、おそらく彼等は全員が船中に取り残され、そのまま溺死したと考えられる。
白人が生き延びたにもかかわらず、なぜ日本人全員が犠牲となったのか。この結果に、何も疑問を持たない日本人はいないであろう。

ノルマントン号沈没事件
【ノルマントン号沈没事件 歌川国政(四代)画:早稲田大学図書館蔵】

Wikipediaにはこう解説されている。
「国内世論は、ドレーク船長以下船員の日本人乗客にとった非人道的行為とその行為に根ざす人種差別に沸騰した。たとえば、『東京日日新聞』(1872年創刊)は、「船長以下20人以上の水夫も助かったのだから、1人や2人の日本人乗客とても助からないはずがない」との憤懣を記し、『西洋人乗客なら助けたのに日本人なるがゆえに助けなかったのではないか」と論じている。また、事実検証についても不平等条約の壁に阻まれ満足な解決が得られなかったといわれる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6#.E7.94.B0.E4.B8.AD

領事裁判権に基づき11月1日に神戸のイギリス領事官で海難審判がなされ、11月5日に在日英国領事のツループは、ドレーク船長の「船員は日本人に早くボートに乗り移るようすすめたが、日本人は英語がわからず、そのすすめに応じずに船内に籠もって出ようとしなかったのでしかたなく日本人を置いてボートに移った」という陳述を認めて、船長以下全員に無罪判決を下している。そこでわが国の世論が沸騰する。

当時の空気のわかるような記録を探していたが、そういう時は『近代デジタルライブラリー』の検索が便利である。このURLで明治以降刊行された図書・雑誌の一部がデジタル化されていてPC上で読むことが可能だ。
http://kindai.ndl.go.jp/

例えば、検索キーワードを「ノルマントン」とすると17冊の書物が引っかかる。
福地桜痴

例えば『ノルマントン号事件日本大勝利』という書物には文筆家で後に政治家となった福地源一郎(桜痴)が、神戸のイギリス領事官で海難審判がなされた直後の11月14日に、横浜の聴衆を相手に演説した記録が出ている。この本が出版されたのも同じ明治19年の12月だ。
読みやすいように新字新仮名に直して、ポイントとなる部分を意訳して紹介する。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/785644

「…かのノルマントン号の船長士官乗組員のうちで、26人は欧州人種のキリスト教徒、日本人乗客25人、インド人火夫12人、支那ボーイ1人計38人はアジア人種の異教徒である。この26人の欧州人では、ベルナルドという1人の水夫が、ボートを下ろすとき誤って海中に陥り死んだのを除く外は、25人悉(ことごと)く3隻のボートに乗って助かっている。然るに、38人のアジア人は、支那人のボーイを除くのほかは悉く沈没の難に遭い、非業の最期を遂げたのである。
 もし、この1人ずつの除外例なかりせば、アジア人は悉く死し、欧州人は残らず救われた結末となる。これ果たして偶然のことであろうか。」(『ノルマントン号事件日本大勝利』p.13)
ノルマントン号事件

インド人の火夫が12人いて、日本人同様に全員死亡したことはこの文章を読んで初めて知ったが、これは偶然ではありえないことであり、『東京日日新聞』が「人種差別」ではないかと評したことも理解できる。
ノルマントン号事件海難審判

また海難審判で、ドレーク船長が「船員は日本人に早くボートに乗り移るようすすめたが、日本人は英語がわからず、そのすすめに応じずに船内に籠もって出ようとしなかった」と述べたが、これは明らかな嘘である。日本人乗客には英語のわかる者もいたし、ボートに乗り移る程度の内容は言葉が通じなくとも誰でも理解可能であろう。

「…目前危急に迫って、生死の境に臨んでは、互いに言語は通ぜずとも、手を引き袖を引いてなりともボートに乗り移れと勧めれば、どうしてその意を解しないことがあろう
ましてやこの乗客中には神戸の中村某という人があった。この人は神戸周旋屋の手代で、十数年外国船に日本人乗客を乗せては賄方となって沿海を往来することを業とし、従って英語を良くしたと聞いている。…既に三等運転手申し立てに、移乗を勧めた時、一人の日本人乗客は、何の事変でこんなに急に騒動するのかと問うたとあるから、日本人乗客25人の中には、英語を解する者のあったことは明白である。…
 いやしくも船長が申し立ての通り、十分の力を盡して親切にボートへの移乗を勧めていたならば、日本人乗客といえども命の惜しいのは勿論である。どうしてこれを肯じないことがあろうか。…」(同上p.16-18)

百歩譲って、日本人とは言葉が通じず全く意思疎通ができなかったとしても、12人のインド人とは言葉が通じたはずだ。では12人のインド人はなぜ助からなかったのか。
船長の言い分はこうなのだが、この言葉をそのまま信用するようなおめでたい日本人はいないだろう。

「三人は辛くもボートに乗り込んだが、疲労の為に相果てた。他の3人は精神錯乱して、本船中で自殺した。6人は日本人乗客と同じく、ボートに乗り移ることを肯んぜずして止まった…。」(同上 p.12-13)

生存者が皆無なので、真相の解明が出来なかったのはやむを得ないところだが、まだ寒くもないわが日本の10月の秋の一夜に、インド人ばかりが3人も疲労で死ぬというのはあり得ない話だし、別のインド人3人も自殺したという説明も口から出まかせででたらめを述べただけのことであろう。

読み進んでいくと、この船長は、救命ボートを下ろす作業を、3人の日本人に手伝わせたことを語っている。しかし、船長らは乗客である日本人に働かせるだけ働かせておいて、その命を救おうともしなかったことになる。

次いで福地はドレーク船長の責任問題に触れる。
蓋し文明国普通の例によれば、かかる危難に遭うに臨み、船長の心得はまず第一に乗客を助け、次に乗組員を助け、最後に船長自己の安全を図るをもって通義とする。殊に英国海員が天下にその名声を轟かす所以のものは、万一に当たって義侠の勇に富むと伝えられるからである。然るに今やノルマントン号船長の所為は全くこれに反し、船長がまず助かり、乗組員がこれに続き、乗客はついに悉く溺死したのであるから、世上では種々の疑を惹起して遂に今日の事態を導いたのである。

この事件は…日本人と外国人との関係というべき問題ではなく、全く船長・乗組員と乗客との関係であって、すなわち船長が乗客を救助し得なかったという問題である。…同船して溺れんとするにあたり、他を救うの遑(いとま)なきは乗客のことであり、船長ともなれば、職責上それでは許されない。船長は身を捨てても、同船者の溺れるのを救助すべき重責がある。」(同上p.20-26)

そう述べた上で、この演説を聴いて外国人に憎悪の念を向けることは誤りであるとし、わが国に居住する外国人向けの新聞論調などもノルマントン号事件の対応を厳しく批判していることを紹介している。

「今や外国人がこの事件につき、如何なる所感を招くかとみるに、さすがに挙ってこれを不平なりとし、外国諸新聞の如き、横浜港のヘラルド・ガセット・メールおよび神戸ニウス等の諸紙は、ノルマントン号の所為を痛議して余すところなく、凡そ東京、横浜、神戸その他諸方にある外国人の世論は、悉くノルマントン号の所為を非難して乗客の不幸を哀悼し、もって弔慰の情を尽くし、もって憤激の意を表しているではないか。外国人はかくの如く、正義によってこの事件を観察し、かかる事変のために彼我の交際を妨害せしめざることを望んでいるのであって、我もまた同じく正義によってこれを観察し、併せてその厚意を謝さねばならぬと思うのである。…」(同p.27-28)
と述べて、領事裁判制度の問題点を衝いて明治政府の対応の甘さを暗に批判しているのだ。

当時の外務大臣は井上馨であったが、前回記事で書いた通り、鹿鳴館の舞踏会をはじめとする欧化政策を推進した人物である。明治政府のこの事件に対する対応は、イギリスに対して配慮しているようなところがあり、世論から批判されることは当然であったと思う。

井上馨

井上外相は沸騰する国内世論に押されて、11月13日に内海忠勝兵庫県知事に命じてドレーク船長らの神戸出船を止め、翌14日に兵庫県知事名で横浜英国領事裁判所に殺人罪で告訴させている。さらに11月22日から沈没船を捜査し日本人の遺体を実地検分しようとしたが、水深があり充分な捜索が出来ないままわずか3日間で打ち切り、11月24日には勝浦の狼煙(のろし)山に木標を建てたという。
そもそも事件から1カ月近くたって捜索を始めること自体が異常であり、英国に遠慮して真実の追及を怠ったとしか見えないのだ。
12月8日、横浜領事裁判所判事のニコラス・ハンネンが下した判決も、船長のドレークは職務怠慢罪で禁固刑3か月、他は無罪という軽いもので、死者への賠償金は一切支払われなかったという。

この事件は、当時胎動しつつあった大同団結運動派によってさかんに取り上げられ、井上外交は「媚態外交」「弱腰外交」と批判され、これを契機に外交の刷新、領事裁判権の完全撤廃、条約改正を叫ぶ国民の声が更に高まっていくのである。

ノルマントン号沈没の歌

Wikipediaには「ノルマントン号沈没の歌」の歌詞が出ているが、明治の人々はこんな歌を流行させて英国の非道を訴えたのである。59番まで歌詞があるそうだが、以下はその一部である。「奴隷鬼」というのは、船長の名前であるドレイクをもじったものである。

・岸打つ浪の音高く 夜半の嵐に夢さめて 青海原を眺めつつ わがはらからは何処ぞと

・外国船の情けなや 残忍非道の船長は 名さえ卑怯の奴隷鬼は 人の哀れを外に見て
・己が職務を打忘れ 早や臆病の逃げ支度 その同胞を引きつれて バッテラへと乗り移る
・影を見送る同胞は 無念の涙やるせなく あふるる涙を押し拭い ヤオレにくき奴隷鬼よ
・いかに人種は違うとも いかに情を知らぬとも この場に望みて我々を すてて逃るは卑怯者

こんな明治の歴史を知ると、戦後のわが国は随分軟弱な外交を続けてきていると思わざるを得ないし、現在よりも明治時代の言論界・報道機関の方が、はるかに健全に機能していたと考えるのは私だけではないだろう。
明治時代に、もし尖閣や竹島のようなわが国の国益にかかる問題があれば、政治家だけでなくマスコミももっと過去の史実を世界に発信し、中国や韓国を強く非難しただろう。
もし政府が言論を弾圧して発言を封じようとしても、智恵のあるものが政府の弱腰を批判する演劇や歌でも流行らせて世論を動かし、動かない政府に対して圧力をかけたのではないだろうか。

そもそも国家の利害が対立するような事案では、安易に相手に譲歩しては長期的には国益を阻害することになるのだが、今のわが国の政治家やマスコミは、これまで何度も同じ過ちを繰り返してきたように思うのだ。

わが国は歴史叙述にまで、諸外国の圧力に対して譲歩を繰り返してきたために、いつのまにか「戦勝国にとって都合の良い」叙述が中心になってしまっている。

私の記憶では、ノルマントン号事件は小学校や中学校・高校の歴史の教科書に載っていて、このような出来事があって国内で条約改正を望む世論が高まったと理解したのだが、最近の標準的な高校の教科書である『もういちど読む山川日本史』には、ノルマントン号事件についてはひとことも書かれていないことに違和感を覚えた。
もちろん、前回記事で紹介した阿片密輸事件やコレラ検疫を拒否した事件などの記述もないのだが、このような重要な史実を抜きにして歴史を叙述したのでは、わが国の先人たちが53年もかけて条約改正に取り組んだ苦労や、改正を成し遂げたことの重みや、当時の西洋諸国がわが国にとっていかなる存在であったかを正しく理解できるとは思えない。
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Comment
No title
今回も詳細な資料などで説得力のある史実を読ませて頂きました。
ありがとうございます。
明治初期にはメディアの勃興で今よりは、多少マスコミも公平さが
あったようですね。
僭越なことと思いましたがご参考までに。THINKERさんの
〝新聞・テレビの歴史と今〟
http://www.thinker-japan.com/think_media.html
アドレス記載させて頂きました。
しばやんさんの中立で事実を重ねて分析される視点は
とても参考になります。感謝です。
Re: No title
YouYouさん、とてもうれしいコメントを頂き感謝です。励みになります。

昔の新聞は発行部数も少なくて、読者もそれほど多くなかったから、かえって言いたいことが言えたのかもしれませんね。
新聞に限らず報道機関は、大きくなればなるほど、経営リスクを避けるために、時の権力者や超大国ににおもねったりスポンサーに擦り寄って、それが国益に反しようとも自社を護るためならやむを得ないとでも考えているのでしょうか。しかしマスコミがそのようなスタンスであれば、強者のプロパガンダ機関のようなものになってしまって、いずれ読者の支持を失って凋落していくことになるでしょう。

THINKERさんのサイト、勉強になりました。ご教示いただきありがとうございました。
No title
本当に切ない事案ですね。それにしても明治時代の言論界は肝が据わっている感じがします。
Re: No title
報道機関は大きくなるほど、大口のスポンサーや広告主に配慮して、言いたいことを言わなくなるようですね。
今の時代は、大手マスコミの論調はあまりあてにせずに、ネットなどでいろんな観点からの意見を読み比べた方が良いように思います。
No title
この現代においても似たような事件が起こってしまいましたね。
Re: No title
今回の韓国船の事故は人種問題とは無関係ですが、船長以下が顧客の安全対策を何もしないまま逃げようとしたのは同じですね。あの国の乗り物には乗らない方が良さそうですね。
大東亜戦争
大東亜戦争中(1941~1945)にあった、ぶえのすあいれす丸事件・対馬丸・阿波丸事件も、同じような彷彿させる内容です。 興味がある方は検索してみて下さい。
Re: 大東亜戦争
コメントありがとうございます。

何れも日本人の多くが犠牲になった悲惨な事件ですが、第二次大戦時にわが国の船が爆撃されて沈没した事件と、戦争と関係のない明治期に暴風雨で座礁沈没し船長以下白人だけが助かったノルマントン号事件とは一括りに考えない方が良いのではないでしょうか。
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Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
従来のメインのブログでは読者の皆様から、数多くの有益なコメントを頂きましたが、コメントまでは移しきれなかったことをご容赦願います。

またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

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