HOME   »  地方の歴史と文化を訪ねて   »  三重県  »  遷御の儀を終えた伊勢神宮の外宮から内宮を訪ねて

遷御の儀を終えた伊勢神宮の外宮から内宮を訪ねて

毎年桜の咲く季節になると、どこか桜の名所やその近辺の社寺仏閣の歴史を調べてブログの記事を書いているのだが、先日、昨年の10月に式年遷宮の遷御(せんぎょ)の儀を済ませた伊勢神宮の外宮・内宮や、近辺の重要文化財や桜の風景などを訪ねてきたので、そのレポートをさせていただく。

伊勢神宮については、2つの正宮である外宮(げぐう)と内宮(ないぐう)しか知らなかったのだが、他に14の別宮(べつぐう)があり、さらに43の摂社、24の末社、42の所管社があって、この合計125社の総称を「伊勢神宮」と呼ぶのだそうだ。

これだけ多くの場所を巡ることはとても無理なので、どこを参拝しようかと旅程を組んでいた時に、そもそも伊勢神宮の外宮と内宮とはどちらを先に参拝すべきなのかが気になったので調べていくと、「外宮先祭(げぐうせんさい)」という言葉があることを知った。

「外宮先祭」とは、伊勢の神宮の諸祭事はまず豊受大神宮(外宮)を先に行い、続いて皇大神宮(内宮)を行いなさいという意味なのだが、参拝もその順序でするべきだという説がネットでは多数ヒットする。
しかし、次のURLの記事などを読むと、祭事によっては「内宮先祭」であることもあり、参拝順についてはとくに取り決めはなく、絶対に外宮から内宮の順に参拝をしないといけないというものではなさそうだ。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20131005

また平成25年1月28日の「神社新報」にはもっと具体的に書かれていて、日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)の神饌奉奠や祝詞、神宮最大の神事である式年遷宮の諸祭は内宮が先に斎行され、恒例祭典で一番重要な神嘗祭は古くから外宮が先に奉仕されるので、どちらの優先順位が高いというものではないのだが、慣例的に皇族方の御参拝をはじめ、多くの公式な参拝は外宮、内宮の順で行われるのだという。

伊勢街道

しかし、これは伊勢湾沿いに伊勢街道を進み、津、松阪などを経て伊勢神宮方面へと進むと、外宮が先になるのは自然の成り行きでもあるので、特に深い意味があるとは思えない。
http://itakiso.ikora.tv/e866532.html

そもそも外宮の参拝が優先すべきものであるならば、外宮の参拝者が内宮より多くなければ理屈に合わないことになる。
「伊勢市の観光統計」で調べると、太平洋戦争の頃は、内宮の参拝客が年間約350万人、外宮は約400万人だったのだが、昭和40年代以降外宮の参拝客が大きく落ち込んだ一方で内宮の参拝者が増加し、平成24年の参拝者の数は内宮が551万人、外宮は252万人で、内宮の参拝者が外宮の倍以上多いことが分かる。
http://www.city.ise.mie.jp/secure/12124/24kankotoukei.pdf

このことは、近くに賑やかな「おはらい町」や「おかげ横丁」があって、食事や買い物で楽しめる内宮だけを参拝して、外宮には足を伸ばしていない観光客が半分以上であることを物語るのだが、昨年秋に遷御の儀を終えたばかりの真新しい社殿を参拝して、わが国の古き伝統文化の重みと静寂なる神域の厳かな雰囲気を感じたいので、今回は内宮・外宮はもちろんのこと、別宮もいくつかを訪ねてみたいと考えていた。

どちらから先に行っても良いのだが、昔の参拝者と同様に、伊勢街道の道順に宮川から外宮に進むことにし、外宮参拝の前に宮川堤の桜を楽しむことにした。

宮川堤の桜1

宮川堤は古くから桜の名所で、明治時代に橋が出来るまでは渡し船が活躍し、現在の宮川橋あたりにあった渡船場を往復する船を「桜の渡し」と呼んだという。
この桜は『日本さくら100選』に選ばれていて、土手には千本近い桜が、南北1キロにわたってほぼ満開状態だった。

宮川堤から2kmも走れば、外宮に到着する。
外宮は豊受大神宮(とようけだいじんぐう)とも言い、御祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の食事を司る神である豊受大神(とようけのおおみかみ)である。

以前このブログで天橋立の近くにある元伊勢籠神社*(もといせこのじんじゃ)のことを書いたが、平安時代に書かれた『止由気宮儀式帳(とゆけじんぐうぎしきちょう)』によると、第二十一代雄略天皇22年7月に、豊受大神は元伊勢籠神社からこの場所に遷座したのだそうだ。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-216.html

外宮北御門鳥居

上の画像は外宮の駐車場の近くの北御門の鳥居だが、建て替えられたばかりの真新しい鳥居をくぐると随分清々しい気持ちになれる。

外宮正宮

参道を歩いて正宮(しょうぐう)に至る。昨年の10月5日に遷御がなされたばかりで、屋根も柱もまだまだ美しい。
外宮の社殿の中心である正殿(しょうでん)の周りには4重の御垣がめぐらされていて、参拝客は外玉垣南御門の前で参拝をするのだが、そこからは正殿を見ることが出来ず、外玉垣南御門から右ないし左に行っても、わずかに正殿の屋根の一部が見えるだけだ。

正宮は参拝者が神に感謝の意を伝える場所で個人的なお願い事をする場所ではないという。従って外宮にせよ内宮にせよ正宮には賽銭箱が存在しない。
個人的なお願い事は、第一の別宮(外宮:多賀宮、内宮:荒祭宮)でするのだそうだ。

内宮も外宮も正殿は「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」と呼ばれ、掘立柱・切妻造・平入の極めてシンプルな構造だが、内宮と外宮の違いは鰹木(かつおぎ)の本数と千木(ちぎ)の形にある。

内宮と外宮の違い

鰹木というのは屋根の上に棟に直角になるように何本か平行して並べた部材を呼ぶが、外宮の正殿は9本、内宮の正殿では10本になっている。正殿以外の建物についても、また別宮も摂社においても、外宮の鰹木の本数は奇数で内宮は偶数になっているという。
千木というのは屋根の両端で交叉させた部材だが、外宮では千木の先は垂直に切られていて、これを外削(そとそぎ)といい、内宮では水平に切られていて、これを内削(うちそぎ)と言うのだそうだ。
鰹木や千木は他の神社の社殿にもあるのだが、祭神が男神の社は鰹木の本数が奇数で千木は外削ぎ、祭神が女神の社は鰹木の本数は偶数で千木は内削ぎとするのが原則のようだ。しかしながら、伊勢神宮・外宮の祭神である豊受大神は女神でありながら、正殿の鰹木の本数は9本で千木は外削ぎとなっていて、その例外になっている。

外宮古殿地

正宮の東隣は古殿地で、昨年まで正宮であった建物が残っている。いずれ撤去されて、19年後には今の場所から正宮が移されることになる。
20年も経てば、こんなに屋根が苔むしてしまうのだ。

外宮多賀宮

正宮の南側の神域内には、豊受大神の荒御魂(あらみたま)を祀る多賀宮(たかのみや)、山田原の土地と伊勢市内を流れる宮川の洪水から堤防を守る大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)を祀る土宮(つちのみや)、風雨を司る級長津彦(しなつひこ)命と級長戸辺(しなとべ)命を祀る風宮(かぜのみや)の3つの別宮がある。土宮と風宮はまだ遷御が終わっていなかったが、多賀宮は昨年10月13日に遷御がとり行なわれたばかりで、真新しい社殿で参拝すると随分清々しい気持ちになる。
今後の別宮の遷御の日程がWikipediaに出ているが、今年の10月から12月にかけて執り行われるようだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%AE%AE%E5%BC%8F%E5%B9%B4%E9%81%B7%E5%AE%AE

外宮せんぐう館

外宮の勾玉池池畔に「せんぐう館」という施設が一昨年にオープンしたので、立ち寄ったが、外宮正殿の東側の4分の1部分を原寸大で再現した模型や外宮殿舎配置模型のほか、式年遷宮が伝えてきた技術や文化が分かりやすく展示されている。式年遷宮によって伝えられているのは建築技法だけではなく、御装束神宝の加工・調整にかかわる匠たちの伝統技法も含まれることは初めて知った。展示品も豪華だが、景観もなかなか素晴らしい。

月夜見宮

外宮の境内を出て駐車場から800mほど北に歩くと、外宮の別宮の1つである月夜見宮がある。
祭神は月夜見尊(つきよみのみこと)と、その魂の月夜見尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)の2神で、外宮の境外別宮は月夜見宮1社のみである。
外宮から離れた場所にあるため、ここまで足を運ぶ観光客はかなり少なく、自然に囲まれて静かな伝統的社殿で、祈りの空間を独占できるのも良い。

てんこもり海鮮丼

月夜見宮の参拝を済ませた後、昼食に向かう。
ネットで見つけた「てんこもり海鮮丼」が食べたかったので「花」という店に入ったが、新鮮な魚介類がふんだんに盛られていて、期待通りに旨かった。

続いて、内宮に向かう。内宮の入口に近い駐車場が満車で順番を待つ車の列が長かったので、途中で引き返して猿田彦神社の近くの駐車場に車を停めたが、もともと内宮参拝の後でおはらい町を歩く予定だったので、その方が正解だった。次のURLに駐車場の地図があるので、車で内宮に行かれる方は印刷して持参されることをお勧めしたい。
http://www.city.ise.mie.jp/parking/

内宮宇治橋

内宮は皇大神宮(こうたいじんぐう)ともいい、祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)である。
言うまでもなく、天照大神は皇祖神であり、第10代崇神天皇の時代までは皇居内に祀られていたそうなのだが、その状態を畏怖した同天皇が理想的な鎮座地を求めて各地を転々とし、第11代垂仁天皇の第四皇女・倭姫命がこれを引き継ぎ、垂仁天皇25年に現在地に遷座した旨が『日本書紀』巻第六に記されているし、詳しくは『皇太神宮儀式帳』および『倭姫命世記』に記されているという。
内宮のご神体は「三種の神器」の1つである八咫鏡(やたのかがみ)で、正殿に安置されているのだそうだ。

内宮神苑桜

雨が止んだばかりのタイミングということもあったが、内宮は外宮よりもはるかに参拝客が多かった。
五十鈴川に架かる、全長約108mの宇治橋を渡るとすぐに神苑があって、桜が見ごろを迎えていた。

五十鈴川

一の鳥居をくぐり手水舎でお清めをしたのち、五十鈴川の流れに手を浸して、清らかな気持ちで正宮の参拝に向かう。
内宮正宮

ここが内宮の正宮である。昨年の10月2日に遷御の儀を終えたばかりで、社殿はいずれも真新しくて清々しい。
社殿の中心である正殿は五重の垣根に囲まれていて、外宮の正宮と同様に、正面からは正殿を見ることが出来ない。

宮域内には、皇大神宮の荒御魂を祀る荒祭宮(あらまつりのみや)、風雨を司る級長津彦命と級長戸辺命をまつる風日祈宮(かざひのみのみや)が別宮として鎮座している。

内宮荒祭宮

荒祭宮は昨年10月10日に遷御の儀を終えた、真新しい社殿である。参拝客が順番待ちだった。

風日祈宮は、内宮神楽殿前から南方へ向かう参道にある風日祈宮橋(かざひのみのみやばし)で五十鈴川支流の島路川を渡った先にある。この風日祈宮は、古くは末社格の風神社であったが、弘安4年(1281)の元寇の時に、神風を起こし日本を守ったとして別宮に昇格したのだそうだ。

おはらい町

内宮の参拝を済ませて、「おはらい町」に入る。五十鈴川に沿って続く、およそ800mの石畳の通りに江戸時代の町並みが再現されてレトロな雰囲気が楽しい。
おはらい町の中ほどには、江戸期から明治期にかけての伊勢路の代表的な建築物が移築・再現された「おかげ横丁」もある。赤福の本店など多くの店舗が立ち並び、いつ来てもよく賑わっている。

旧慶光院客殿

「おかげ横丁」で少し遊んでから、「おはらい町」を北に進むと、非公開ではあるが国の重要文化財に指定されている建物がある。華やかな桃山時代の様式を伝えている貴重な建物なのだそうだが、以前はこの建物は尼寺であったという。

この尼寺と伊勢神宮との関係について書きだすとまた長くなるので、次回に記すことにしたい。

**************************************************************
ブログパーツ

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よろしければ、この応援ボタンをクリックしていただくと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をかけて申し訳ありません。
    ↓ ↓         

  

にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ






関連記事
Comment
行ってみたい。
しばやんさんへ

伊勢神宮…行ってみたいです。式年遷宮に行きたかったのですが、スケジュールが合わなくて無理でした。次は20年後、60代半ばだ。…まあ、遷宮のときでなく、行ければいいのですが…。

今の場所に伊勢神宮ができたのは、持統天皇の時代であると何か本で読みましたが、しばやんさんは、どうお考えでしょうか。

それにしても、この伝統や遷宮ための様々な技術を守ってきたことがすごいことですね。
Re: 行ってみたい。
持統天皇は第1回の式年遷宮を行ったとして記録されています。

天武天皇14年(685年)、式年遷宮の制を制定。
持統天皇4年(690年)、第1回内宮式年遷宮。
持統天皇6年(692年)、第1回外宮式年遷宮。

まだ、今年の秋に、別宮の遷御の儀がいくつかありますから、まだまだチャンスがありますよ。

ところで今回の式年遷宮は第62回にあたりますが、単純に20年をかけると
690年+20年×(62-1)=1910となり、2013とは大きく数字が異なります。かなり空白の時代があったのですが、そのことについては、次回に書きたいと思います。
ユキヤナギ
宮川堤の桜、見事ですね。ユキヤナギの白も綺麗です。

我が家は教会の洗礼台帳に「弘化」や「元治」「慶応」生まれの先祖の名がある数代続くキリスト教徒の家系なのですが、仏壇も神棚も廃していない、珍しい家でもあります。檀那寺は坂本の西教寺です。しばやんさんはご存知だと思いますが、天台の念仏道場です。また、表の家紋は菱餅ですが、裏の家紋が陰花菱ですので、どうも伊勢の神宮との関係が多少あるようなことが言い伝えられています。別に社家でも貴華族でもない、ただの仕舞タ家なのですけどね(笑。

遷宮直後だということで、今年は内外宮へお参りしたいものだと思っています。
Re: ユキヤナギ
お久しぶりです。コメント感謝します。

宮川堤の桜は、実は桜の木の下に屋台のテントが並んでいたので、それを隠そうとしてアングルを考えてシャッターを押しました。ユキヤナギがなければ、おそらくテントが丸見えになったと思います。(笑)

キリスト教のことはまだまだ不勉強ですが、江戸時代からのキリスト教徒は珍しくないのでしょうか。
いわゆる「隠れ切支丹」の時代を先祖の方は経験されたのでしょうか。仏壇も神棚もあるところが、ひょっとすると、切支丹であることを隠すためだったのかもしれませんね。

古文書のようなものがあって、伊勢神宮との関係がわかると面白いですね。

先祖
クッキングホイルです。説明不足でした。申し訳ございません。

幕末生まれの先祖の洗礼記録が残っているのですが、洗礼を受けたのは明治中頃のことです。弘化年間生まれの人は、おそらく5-60歳ごろ、慶応年間生まれの人は2-30歳ごろのことだったと思います。

京都は戦争で焼けなかったので、そういう古い記録が残っているのだそうです。
Re: 先祖
了解です。

クッキングホイルさんも京都の出身なのですね。

子供の頃に、クリスマスのプレゼントがあるという誘いに乗って、友人と教会に行って牧師の話を聞いたことがあります。帰ってから親から怒られた記憶がありますが、実家がお寺なので仕方がありませんね。
ご無沙汰しております
ブログが遷座されていたことに気付くのが遅すぎました。大変失礼しました。
私もFC2ブログに少し毛色の違う、もっと深くナニワを詰め込んだブログを準備しています。その計画からもう2年くらい経ちますが、なかなか出発できていませんでした。
しばやんさんに良い契機をいただいたような気がします。7月から始めようと思いますのでその際には、今後ともよろしくお願い致します。

ちなみに、私はお伊勢さん式年遷宮の前年に参拝しました。その日はたいへん暑く、赤福の氷入りのものを食べました。
ただ神宮の森の内宮は、涼やかで厳かなE感じでした。
Re: ご無沙汰しております
nao道さん、コメントありがとうございます。

私がブログを始めたばかりの頃に、nao道さんから熱烈な応援メールをいただいたことを今も忘れません。
始めた頃はネタがいずれ尽きてしまって、1年も続かないのではないかと思っていましたが、いろんな方から励まされたり応援を頂いているとやめられなくなってしまって、いろんな本を読んだりして情報を集めるなどして続けている内に4年半の月日が過ぎました。
自分一人でただ勉強するだけなら、こんなにたくさん本を読んだり文章を書くようなことはなかったと思いますが、このブログがきっかけで、学ぶことが楽しいものであることを実感した次第です。

nao道さんも、7月から新しいブログを始められるのですね。私もときどき覗きにいきますよ。
No title
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
Re: No title
コメントありがとうございます。
とても励みになります。
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
FC2カウンター
最近の記事プルダウン
全記事表示リンク
ブログ内検索
『しばやんの日々』のブログ内の記事をキーワードで検索できます。検索された全てのブログ記事と、記事の最初の文章が表示されます。
プロフィール

しばやん

Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
従来のメインのブログでは読者の皆様から、数多くの有益なコメントを頂きましたが、コメントまでは移しきれなかったことをご容赦願います。

またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

***********************
Facebook、twitterなどで記事を拡散していただいたり、リンクしていただくことは大歓迎ですが、このブログ記事のURLとブログ名は明記していただくようよろしくお願い致します。

コメント、トラックバック共に歓迎しますが、記事内容とあまり関係ない内容を論拠を示さないまま一方的に自説を唱えたり、どこかの掲示板などの文章をまるまる引用しているだけのコメントは削除させていただくことがあります。

匿名のコメントや質問にはできるかぎり対応させていただきますが、回答する場合はこのブログのコメント欄でさせていただきます。

また、お叱りや反論もお受けしますが、論拠を示さないで一方的に批難するだけのものや、汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメントなど、不適切と思われるものぱ管理人の権限で削除させて頂く場合がありますので、予めご了承ください。
***********************

リンク
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
新しいカテゴリに移すなど、カテゴリを時々見直すことがありますので、記事をリンクされる方は、個別記事のURL(末尾が"/blog-entry-***.html")をご利用ください。
年別アーカイブ一覧
RSS登録er
タグクラウド

RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
日本語→英語自動翻訳【星条旗】
このページを英訳したい人は この下のEnglishの部分をクリックすれば ある程度の英語の文章になるようです。
ブログランキング
下の応援ボタンをクリックして頂くと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をおかけしますが、よろしくお願い致します。
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

おきてがみ blogram
ブログランキングならblogram
文字を大きく・小さく
    月間人気記事ランキング
    個別記事への直接アクセス数の今月1日からの合計値です。毎月末にリセットされます。このブログのアクセスのうち6割以上は検索サイト経由、約2割は何らかのリンクを辿って、過去の記事のURLに直接アクセス頂いています。
    51位以降のランキングは、リンク集の「『しばやんの日々』今月の人気ページランキング (全)」をクリックしてください。
    人気ブログランキング 日本史
    「人気ブログランキング」に参加しているブログの1週間の応援ボタンのクリック件数を集計し、日本史部門でランキングを表示したもの。
    ブログ村ランキング 日本史
    にほんブログ村に参加しているブログの、1週間の応援ボタンのクリック件数を集計し、日本史部門でランキングを表示したもの。
    ブログサークル
    ブログサークル
    ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!
    ツイッタータイムラン
    逆アクセスランキング
    24時間の逆アクセスランキングです。表題の「アクセス解析研究所」をクリックすると、詳細な解析結果が分かります。
    PINGOO! メモリーボード
    「しばやんの日々」記事を新しい順にタイル状に表示させ、目次のように一覧表示させるページです。各記事の出だしの文章・約80文字が読めます。 表示された記事をクリックすると直接対象のページにアクセスできます。
    おすすめ商品
    旅館・ホテル