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二見ヶ浦観光のあと、明治時代の名建築である賓日館を楽しむ

庫蔵寺を観光したあと、二見ヶ浦に向かう。

私の小学校の修学旅行はこの近くの旅館で宿泊して、翌日は早朝に起床し、クラスの仲間と一緒に、二見ヶ浦夫婦岩(めおといわ)から昇る日の出を見た時の感動を今も忘れない。
そしてこの岩をバックに集合写真を撮ったのだが、当時は初日に伊勢神宮に行って二見ヶ浦の旅館に宿泊し、翌日は二見ヶ浦で日の出を見てから御木本真珠村に行くというのが京都の小学校の修学旅行の定番だった。

二見ヶ浦

夫婦岩の大きい方の岩が男岩で小さいほうの岩が女岩だと教えられたのだが、古来、男岩は立石(たていし)、女岩は根尻岩と呼ばれていたのが、いつからか夫婦岩と呼ばれるようになったという。
小学校の修学旅行は確か4月の下旬頃で、二見ヶ浦で男岩と女岩の間から日が昇ったと記憶しているのだが、Wikipediaによると夏至の前後約4か月の間は、2つの岩の間から御来光が拝めるのだそうだ。

800px-Sunrise_of_the_Wedded_Rocks03.jpg

特に夏至の前後2週間ほどは富士山頂付近からのご来光になり、それを「ダイヤモンド富士」という愛称で呼んでいるらしい。Wikipediaには富士山の向こうから日が昇る貴重な画像が掲載されている。ちょうど梅雨の最中なので、こんな画像が撮れるチャンスはめったにないだろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E8%A6%8B%E8%88%88%E7%8E%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE

さらにWikipediaにはこんなことも記述されている。
根尻岩は1918年(大正7年)の台風によって根本より折れ、1921年(大正10年)に菅組が修理をしている。その際、設置角度が変わったため、現在は片理の方向が立石とは異なっている。」

大正時代に女岩が折れた話は初めて知ったので、ネットで古い夫婦岩の絵を捜してみると、昔の女岩は随分大きく描かれている。

二見ヶ浦 伊勢参宮名所図会

上の図は、寛政9年(1797)に出版された『伊勢参宮名所図会』に描かれた二見ヶ浦だが、
男岩も女岩も随分高く見える。干潮の時の絵なのか海面が随分低く描かれて、あちこちで岩礁が露出している。

安藤広重 伊勢名所二見ヶ浦の図

また浮世絵師・歌川広重が弘化4年(1847)頃に描いた『伊勢名所 二見ヶ浦の図』という絵では男岩も女岩もかなり細長く描かれている。

女岩が折れた以前の岩の高さを調べてみた。いつものように国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で検索すると、大正4年出版の久保民生著『美文百篇』という本にこう書かれている。
「音にきく二見が浦の夫婦岩を只今見物いたし候、此地山田の東北二里の海岸にして奇石大小二個有之候、其間三間、大なるは高さ二十九尺、小なるは十二尺、其の間に七五三(しめ)を張り申し候、…」
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/904829/38

1尺は30.3cmであるから、岩の高さは男岩が8.8m、女岩が3.6mということになる。
ところが二見興玉神社のホームページの記述によると、現在の「男岩は高さ9m、女岩は高さ4mで、長さ35mの大注連縄が5本張られております」と、女岩の高さが変わっていないことに違和感を覚えた。普通に考えれば、岩が折れて、しかも向きを変えて置いたのであれば、岩の高さは低くなってしかるべきである。
http://www.amigo2.ne.jp/~oki-tama/meotoiwa.html

26.jpg

ネットで夫婦岩の古写真をしらべて探していると、いつの撮影かは定かではないが、台風で女岩が折れる前の写真が見つかった。
この写真をよく見ると、女岩の根元部分が浸食されて細くなっており、この形状なら、何度も強い波が来れば折れてしまう事はやむを得なかっただろう。
http://meiji.sakanouenokumo.jp/photo/archives/2010/02/futamiura.html

干潮時

次のURLに干潮時の夫婦岩の写真があるが、女岩の下にあるテーブル状の岩がはじめからあった岩なのだろうか。岩の周りに大きな岩がいくつか置かれているようにも見えるし、少なくとも女岩が一つの岩の塊には見えない。
http://www.genbu.net/data/ise/futami_title.htm

女岩の高さが折れる以前の高さと変わらないのは、大正10年の工事で、女岩の安定性を高めるためにテーブル状の岩礁を作り、その上に女岩を載せて固定したことで、結果として女岩の海面からの高さが以前と変わらなくなったという事だと理解すればよいのだろうか。

二見興玉神社の参拝を済ませて近隣を散策する。
小学校の修学旅行の時に宿泊した旅館も営業していたが、修学旅行でこの地を訪れる生徒数が激減しているので客数を確保するのが大変だと思う。
昔はこのあたりの土産物屋にもっと活気があったのだが、滅多に客が入らないためなのか、店舗の内部照明まで落としていた。
最近の旅行客の多くは土産物を旅館やホテルやドライブインなどで買うために、ここに限らず多くの観光地の土産物屋は閑古鳥で、観光地の情緒までもが失われてしまっているのは寂しい限りである。
週末なのだが、観光客の多くは二見ヶ浦と駐車場を往復するばかりで、近くを散策する観光客は思いのほか少なかった。

二見ヶ浦から歩いてすぐのところに賓日館(ひんじつかん)という建物がある。今度の伊勢旅行では、絶対に行きたいと思っていた場所のひとつである。

賓日館1

この賓日館は、明治20年(1887)に伊勢神宮に参拝する賓客の休憩・宿泊施設として、神宮の崇敬団体・神苑会によって建設され、歴代皇族や各界要人が宿泊された歴史を持つ格調高い建物である。
明治44年(1911)に隣接する二見館に払い下げられて、二見館の別館として貴人の宿泊施設として長い間使われてきたが、平成11年(1999)に二見館が休業となったのち、平成15年(2003)に二見町に寄贈され、その後一般に公開されるようになった。
平成16年に三重県の有形文化財に指定され、平成22年(2010)には国の重要文化財に指定されている。

賓日館3

入館してすぐに木の階段があり、階段の親柱になっている楠に、彫刻家・板倉白龍の「二見蛙」が彫られている。柱の上に載っている2匹のかえるだけならあまり感心しなかっただろうが、角柱からはみ出して柱を登ろうとしている3匹目のかえるが彫られているところが面白い。

賓日館翁の間

ゆるりと左に折れる階段を上2階に上ると、すぐに翁の間がある。

賓日館4

このあたりは明治から大正にかけて改装された部分なのか、昭和5年から昭和11年にかけて大増築改装がなされた部分なのかはよく分からなかったが、どの部屋を見ても、洗練された品格あるデザインで、どの部分も、細部に至るまで手を抜かずに造り込まれていることに何度も感動した。もちろん釘は1本も使われていない。

賓日館大広間

桃山式の大広間には舞台が設けられていて120畳敷のすごい空間だ。天井にはシャンデリアがあり、天井板一枚一枚に装飾が施されている。欄間の透かし彫りもまた素晴らしい。

賓日館皇室

過去宿泊された皇族方の名前が記された木札が多数掲示されていた。
一番古いのは明治20年3月7日に英照皇太后*が宿泊されたことが記された木札だが、この賓日館は、この皇太后の宿泊日に日に間に合うように建築されたのだそうだ。工事の着工が明治19年12月、竣工が2月19日と記録があり、これほどの格調高い建物がこんなに短期間で完成したというのは、驚きである。
*英照皇太后:孝明天皇の女御にして明治天皇の嫡母(実母ではない)。

また二枚目の木札は明治24年には、のちに大正天皇となられた明宮嘉仁親王が3週間滞在されたことを示している。

賓日館御殿の間

この部屋は御殿の間だ。この部屋は明治20年の創建当時の構造のままなのだそうだ。
天井は二重格天井で床框は輪島塗に螺鈿の細工が施され、調度品もまた素晴らしくて、荘厳な雰囲気が伝わってくる。

1階には資料室があり、二見ヶ浦のまちの歴史紹介のパネルや、賓日館で使われてきた調度品や、古文書・看板類などが展示されているほか、二見町が生んだ日本画家・中村左洲の作品などが公開されている。

賓日館客室

ここは1階の客室だが、どの部屋も趣があって良い。この1階客室と翁の間は会議などで利用することが可能なのだそうだが、一日利用してもかなり安い料金に驚いてしまう。
http://hinjitsukan.com/price.html

賓日館庭

庭園では桜がちょうど満開だった。背景の音羽山も桜の名所で、天気が良ければもっと良い写真が撮れただろう。

和風の建築美や調度品の素晴らしさを楽しんでいるうちに、随分長い時間ここに滞在してしまっていたのだが、もっと時間をかけたら別の魅力をいくつも発見できたかもしれない。
こんなに素晴らしい施設でありながら、週末にもかかわらず、観光客は数組ぐらいだった。
観光客が少ないから、建物だけの写真を自由な角度で撮ることができることは有難いことなのだが、あんまり観光客が少なすぎては、この建物の維持管理が充分にできるのだろうかと心配になってくる。
この賓日館にはもっと多くの人が訪れてもおかしくないし、それだけの価値は間違いなくあると思う。二見ヶ浦に来ることがあれば是非立ち寄っていただきたいスポットである。

旅行の最後にお土産を買いに行くことにした。
旅行のお土産は「赤福」が有名すぎて、今では大阪でも簡単に手に入るので、別のお菓子で、伊勢でしか買えないものを買おうと考えていた。

旅行の前に地元の方から、「へんば餅」という有名なお菓子があることを教えてもらったので調べてみると、製造元のへんばや商店は創業が安永4年(1775)というから239年もの歴史がある。ホームページの写真を見るといかにも旨そうだったので、「へんば餅」をお土産として買うために旅行の最後に行くことにしていた。
http://www.henbaya.jp/index.html

へんば餅」はおはらい町にも、西豊浜町にも店舗があるが、どうせ買うなら、昔ながらの店の構えの本店で買って、写真も撮りたかった。

へんば餅

本店のある伊勢市小俣町は伊勢参宮街道の最終宿場町で、かつては伊勢神宮参拝客で随分賑わった場所なのだそうだ。
へんば餅」の消費期限はわずかに2日間なのだが、防腐剤などは一切使わずに昔ながらの原料を使っていて、創業以来の伝統の味を守り続けていることが素晴らしいと思う。

お土産を買って、2日間の伊勢の旅行を終えて帰途についた。天気が心配だったがなんとか桜が楽しめて、また予定していた場所をすべて巡り、おいしい食事が出来て大満足だった。
もちろん、帰宅して味わった「へんば餅」も旨かった。
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Comment
No title
こんばんは。つねまると申します。

二見浦は小さい頃毎年親戚一同で海水浴に行っておりました。
木造の風情ある旅館が建ち並んでいて、堤防の上を夫婦岩までお散歩した懐かしい思い出がよみがえります。

しかし、岩が再生されていたとは存じませんでした。

神社の奉納絵馬で、夫婦岩に行きました!という絵をよく見ます。次からは岩の形に注意して拝見してみます。

ありがとうございました。
Re: No title
つねまるさん、コメントありがとうございます。

小学校の時にクラスの友人が、「あの岩、上に置いたように見える」と発言して、私もその時、少し不自然に思えたのですが、そのまま忘却していました。
しかし、今回いろいろ調べて、女岩は折れた後を復元されたということを初めて知りました。
こんなことがネットで調べたらわかるという、ずいぶん便利な時代になったものですね。
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