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後鳥羽上皇が愛した水無瀬の地を歩く~~水無瀬から大山崎歴史散歩2

櫻井の駅跡から西国街道を東に進み、途中で右折して水無瀬(みなせ)神宮に立ち寄る。

水無瀬神宮鳥居

水無瀬川と桂川が合流するあたりを「水無瀬」と呼ぶが、この地域は古くから山水の景勝に富む狩猟地として、多くの都人が来遊し、別荘を構えた場所である。
そして水無瀬神宮の境内にはかつて後鳥羽上皇が造営した「水無瀬離宮」があったと伝えられている。

『増鏡』は後鳥羽天皇の即位以降15代の150年の事績が記述されている歴史物語だが、その第1巻に後鳥羽天皇が造営された頃の水無瀬離宮が出てくる。
「…水無瀬といふ所に、えもいはずおもしろき院づくりして、しばしば通ひおはしましつゝ、春秋の花紅葉につけても、御心ゆくかぎり世をひゞかして、遊びをのみぞし給ふ。所がらも、はるばると川にのぞめる眺望、いとおもしろくなむ。元久の比、詩に歌を合はせられしにも、とりわきてこそは、
見渡せば 山もとかすむ水無瀬川 夕べは秋と 何(なに)思ひけむ

先ほど水無瀬という地域は水無瀬川と桂川が合流する地域と書いたが、桂川と宇治川と木津川もこの近くで合流し、それぞれの川の温度差からこのあたりは、寒くなると霧が発生しやすい地域であるらしい。「山もとかすむ」というのは川霧が発生している情景を詠っているものと思われる。

後鳥羽天皇

鎌倉幕府と対立した後鳥羽上皇は承久3年(1221)、3代将軍源実朝の死を機に倒幕の兵を挙げたのだが幕府軍に敗れ、上皇は隠岐島に流されてその地に没している。上皇に仕えた水無瀬信成(のぶなり)・親成(ちかなり)親子は、後鳥羽上皇が愛した離宮の跡地に御影堂を建てて菩提を弔い、それが現在の水無瀬神宮の起源だと言われている。

水無瀬神宮神門

参道の入口の鳥居を過ぎ、木々の茂った参道をしばらく歩くと、桃山時代に建てられた神門(大阪府指定文化財)がある。
神門の入口にある『御由緒』の看板を読むまでは知らなかったのだが、この神社は明治初期の廃仏毀釈で仏教的なものが排除されて神社になったようだ。『御由緒』にはこう書かれている。

世に『水無瀬御影堂』と称し、明治初年まで仏式混淆の行事が行われていたが、明治6年改めて三上皇を合祀。官幣中社に列せられ、昭和14年官幣大社に昇格、神宮号を賜った。

「御影堂」というのは仏教寺院で開山・宗祖などの御影を祭るお堂のことを言うが、要するに、明治6年まではこの場所はお寺であったということだ。
また「三上皇」というのは、後鳥羽上皇、順徳上皇、土御門上皇で、それぞれ隠岐、佐渡、土佐(後に阿波)に流され、都に戻らないまま、それぞれの地で崩御されたという共通点がある。

水無瀬神宮境内

正面が水無瀬神宮の拝殿で、左が国の重要文化財に指定されている客殿で、豊臣秀吉の寄進と伝えられている。

普段は公開されていないが、ここには後鳥羽上皇の遺品などが残されていて、藤原信実(のぶざね)筆と伝えられる「後鳥羽天皇像」は国宝に指定されているし、ほかにも「後鳥羽天皇宸翰御手印置文」が国宝に指定されていて、重要文化財も何点かあるようだ。

また、神社境内の中に環境庁の全国名水百選に大阪府で唯一選ばれた「離宮の水」が湧き出ているのだが、大きなPET容器をいくつもかかえた人が、すでに何人も並んでいたので飲むのをあきらめた。

後鳥羽上皇水無瀬宮址

水無瀬神宮の観光を終えて西に進み、JRの東海道線を超えると、「後鳥羽上皇水無瀬宮址」と書かれた小さな石碑がある。アスファルトの駐車場の隅にひっそりと置かれて、何の風情も感じられないのが残念だ。

水無瀬神宮の案内板には水無瀬神宮が水無瀬離宮の跡だと書かれていたが、この場所は水無瀬神宮から500メートル以上離れている。
周囲にどこにも説明板がないので水無瀬神宮との関連がよく分からなかったのだが、次のサイトによると水無瀬神宮の近くにあった離宮が建保4年(1216)の洪水で流されてしまったために、翌年に源通光によって旧地の北西方、百山の麓に新しい水無瀬殿の造営が始まったとある。要するに水無瀬離宮は、水無瀬神宮の場所からこの場所に移転したのである。
http://japanknowledge.com/articles/blogjournal/howtoread/entry.html?entryid=56

後鳥羽上皇はこの水無瀬の地をことのほか愛されたらしく、何度も行幸された記録が残っているという。
しかし延応元年(1239)に後鳥羽上皇が隠岐で亡くなられたのちは、贅を尽くして建てられた新しい水無瀬離宮も、弘安8年(1285)には荒れ放題となっていたようで、『中務内侍日記』の同年九月条には、「これなんむかし御所にていみしかりしも、いまかくなりぬる。あはれに侍ると」と記され、さらに「あさからぬ昔のゆへを思ふにもみなせの川に袖そぬれぬる」と詠まれている。

ところで、この碑の建っているあたりから水無瀬川の対岸に至る広い地域は、「大阪府三島郡島本町東大寺」という地名にもあるように、天平・勝宝年間(749-757)に聖武天皇の勅によって、東大寺の荘園となっていた場所なのだそうだ。

摂津国水無瀬絵図

東大寺の正倉院御物のなかに当時のこのあたりの荘園を描いた「摂津国水無瀬絵図」という地図がある。
わが国最古の絵図のひとつと言われているが、よく見ると「天平勝宝八年」(756)と書かれているのと、絵の中央に水無瀬川らしき川が描かれているのがわかる。

東大寺水無瀬荘跡

島本町東大寺3丁目には「東大寺水無瀬荘跡」と書かれた碑が建てられているのだが、このあたりは古代からの道と、新しい道が交錯していて道が非常に分りにくいところである。
ここから先は、島本町が作成した地図を参考にして、「水無瀬の滝」を目指して歩く。
http://www.shimamotocho.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/11/hiking_course_minasenotaki.pdf

天王山断層露頭

指手橋を渡って水無瀬川の流れる方向に歩いて、名神高速道路の真下を通り過ぎようかという場所に、天王山に登る坂道がある。しばらく名神高速に沿って歩くと、「天王山断層露頭」の案内板があったが、樹木が生い茂っていて、どこに断層があるのかよく分からなかった。
そこから少し歩くと、目的地の水無瀬の滝がある。すぐ近くに名神高速道路が走っているが、地図で確認すると上りの右ルートの天王山トンネル入口の近くにある。

水無瀬の滝

これが水無瀬の滝だが、落差は約20mあるという。
島本町のホームページによると、藤原定家の日記である『明月記』に、建仁2年(1202)7月18日に「水無瀬、河上の滝に御幸し 訖(おわ)んぬ」とあり、後鳥羽上皇が水無瀬離宮から行幸されてこの滝を鑑賞された記録があるのだそうだ。
http://www.shimamotocho.jp/gyousei/kakuka/kyouikukodomobu/shougaigakushuuka/sizenkeisyou/1239863685453.html

滝のすぐ近くの案内標に、藤原家隆が、隠岐に流された後鳥羽上皇を偲んで詠ったとされる和歌が紹介されていた。
「水無瀬山 せきいれし滝の秋の月 おもひ出ずるも涙なりけり」

今は天王山トンネルが掘られて、昔と比べてこの滝の水量が減ったのではないかと想像するが、住宅密集地から歩いてすぐのところに、このような滝が楽しめるというのは羨ましい限りである。

東大寺春日神社

瀧の近くに「東大寺春日神社」という小さな神社があったので立ち寄った。
案内板にはこう書かれていた。
「詳細、勧請年代は不詳であるが、伝説によれば、もともとこの東大寺の地は、奈良東大寺の寺領であったことから春日大神を迎え奉斉し、以来、大字東大寺村の五穀を守護する産土神として創祀されたと伝えられる。」

また社殿が随分新しい理由については、
昭和38年に水無瀬滝の近くに遷しお祀されてきたが、平成4年に近くを通る名神高速道路の拡張工事に抵触し再度の移転となって現在の地に遷宮することになり、新しく春日造り社殿を造営又寄進による春日灯篭、鳥居、手水舎等を再建した」
と記されていた。

昭和38年という年は、名神高速道路の栗東ICから尼崎ICが、日本初の都市間高速道路として区間開通した年である。その年に遷宮したということは、名神高速道路の開通のために環境が激変したことと無関係であるとは思えない。しかしせっかく移転したにもかかわらず、名神高速道路の左ルートの新設工事にかかって、再び遷宮を余儀なくされたということのようだ。

千年を超える歴史を持っいてもおかしくないこの神社も、今は気の毒なくらいに、コンクリートブロックとアスファルトに囲まれたこんなに狭い敷地に追いやられてしまった。
今の三島郡島本町東大寺地区の住民のほとんどは産土神とは無縁の生活をしているので、地域の景観や伝統や文化を守ることにほとんど関心がなかったと思うのだが、先祖代々の土地を守ってきた人々にとっては断腸の思いがあったのではないだろうか。

高速道路の拡張工事はやむを得なかったにせよ、移転前の境内がこのようにコンクリートに囲まれた環境ではなかったはずだ。NEXCO西日本は、古い歴史をもつ神社の境内として相応しい、もっと緑の多い場所を提供できなかったのだろうかと思う。
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【ご参考】
このブログで、こんな記事を書いています。
良かったら覗いて見てください。

明治期に潰れてもおかしくなかった清水寺
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-167.html

明治初期、廃絶の危機にあった東本願寺
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-81.html

一度神社になった国宝吉野蔵王堂
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-85.html

淡路島の東山寺に残された石清水八幡宮護国寺の仏像を訪ねて~~淡路島文化探訪の旅1
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-50.html
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Comment
No title
こんにちは。
水無瀬って、いつも電車の窓から見るだけで、下りたことのない所でした。少しだけ、ふれることが出来たように思います。
Re: No title
別府さん、コメント頂きありがとうございます。

私のブログに何度かアクセス頂き、それから私も別府さんのブログを時々覗くようになり、アップされているYoutubeを楽しませてもらっています。いつもすばらしい歌唱力に魅せられて、いずれコンサートにも行かせていただきます。

私も長い間、水無瀬という駅は通り過ぎるだけでした。こんな歴史ブログを書いていなければ、ずっと降りることとはなかったかもしれません。水無瀬駅から大山崎までを歩きましたが、結構楽しかったですよ。


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平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

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