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播磨の国宝寺院の神仏習合の景観を楽しんで~~朝光寺・浄土寺

毎年紅葉の時期に古社寺を訪ねて日本海方面で一泊する旅行を企画するのだが、今年は兵庫県の国宝や紅葉名所をいくつか織り込んだ計画を立てて、先週行ってきた。

中国自動車道のひょうご東条ICから社(やしろ)方面に北上していくと、加東市に朝光寺(ちょうこうじ)という古い寺がある。この寺の本堂が国宝に指定されている。

寺伝によると白雉(はくち)2年(651)に法道上人によって開基され、当初は裏山の権現山に建立されたそうだが、治承8年(1184)に源義経が平資盛(たいらのすけもり)を夜半に襲撃した「三草山の合戦」で焼失してしまい、その後の文治5年(1189)に後鳥羽上皇の命により現在地に再建されたという。
天明7年(1787)の記録では、学侶3ヶ院・坊21・末寺5ヶ寺とかなり大規模な寺であったのだが、今では吉祥院・総持院の2つの塔頭が残るのみとなっている。今では朝光寺は無人の寺になっているが、車で行かれる方は塔頭の吉祥院の電話番号(0795-44-0733)をカーナビに登録されればよいだろう。

つくばねの滝

吉祥院から道なりに200mほど進むと、山を切り開いた駐車場があり、そこから山門につながる参道がある。小さな川に沿って歩き進むとせせらぎの音が聞こえ始めて、「つくばねの滝」という滝が参拝者を迎えてくれる。

地元のボランティアの方の話によると、滝の名前にある「つくばね」というのは、スギなどの根に半寄生する植物の名で、昔は滝の付近に多く自生していたのだが随分少なくなってしまったという。

つくばね

上の画像が「つくばね」で、秋の季節には羽子板の羽根のような形をした実ができる。
この植物の成育地は乾燥する急斜面や尾根に限られ、他の環境では育つことはないのだそうだ。持ち帰る人がいるために少なくなっているようだが、加東市の天然記念物にも指定されているこの植物を是非大切にしてほしいものである。

朝光寺本堂

山門をくぐると、寄棟造り・本瓦葺の堂々とした風格の国宝の本堂がある。
本堂内の羽目板に墨書があり、応永20年(1413)に仏壇を建立し本尊を移転し、屋根葺きが正長元年(1428)に終わったことが記載されているのだそうだ。

朝光寺本堂内陣

ボランティアの方に案内いただき、中に入ると格子戸と菱格子欄間により内陣と外陣が区切られていた。連子窓から柔らかい光が堂内に差し込んで、こういう場所にいると正座して瞑想したい気持ちになってくる。

b99d2352.jpg

内陣には須弥壇が置かれていて、御本尊である2体の木造千手観音像は、60年に一度の御開帳の時しか見ることが出来ないのは残念なことだが、平安期と鎌倉期のかなり古い仏像で、2年前に本堂の大屋根の改修工事が完了し落慶法要時に特別開帳されたばかりのようだ。ネットで検索すると当時の新聞記事を拾う事が出来る。

朝光寺多宝塔

多宝塔(県文化)は文治年間(1185~1190)の建立と伝えられ、慶長6年(1601)に池田輝政の発願で再建された、美しい建物である。

朝光寺鐘楼

鐘楼(国重文)は、永正年間(1504~21)に赤松義村の再建と伝えられている。屋根の曲線や袴腰の曲線が美しくバランスがよくとれている。そしてその隣には護法社と鎮守社がある。
このような神仏習合の景観が残された背景には、明治初期に地元の人々の多くの苦労があったと思うのだが、詳しいことはよく分からない。

この朝光寺で、毎年5月5日に「鬼追儺(おについな)」が行なわれる。翁1人と鬼方4人が五穀豊穣・無病息災を祈り、松明や太刀を持ち勇壮に舞い踊るのだそうだが、この翁は法道仙人が朝光寺を開基した時に出会ったという住吉明神の化身なのだそうだ。
このように、寺の開基が神仏習合の世界で描かれていて、伝統行事の鬼追儺はその物語につながることから、地元の人々は明治政府の神仏分離令に抵抗したのではないだろうか。
神々の信仰は、本来土着の素朴な信仰であり、地域共同体の安寧を祈願するものだと思うのだが、この鬼追儺は室町時代から続く伝統行事で、兵庫県の重要無形民俗文化財に指定されているという。
普段はほとんど観光客が来ないこの朝光寺も、次のYoutubeの動画を見ると、この日は随分多くの観光客で賑わうようだ。次回来るときは、この日に合わせて訪れてみたいと思う。


朝光寺から、次の目的地である小野市の浄土寺(0794-62-4318)に向かう。

その昔、小野市の中心部は「大部庄(おおべのしょう)」といい奈良の東大寺の荘園だったのだそうだ。建久9年(1192)、東大寺再建の勧進聖であった重源(ちょうげん)が後白河法皇の命により、弟子をこの地に派遣して荘園の経営にあたらせ、その拠点として建立されたのがこの浄土寺である。

浄土寺浄土堂

上の画像は国宝の浄土堂だが、創建された建久9年(1192)から昭和32年(1957)まで、一度も解体されず、765年間持ちこたえた建物だというからすごい。
昭和32年から始められた解体修理で、創建当初の姿のままに復元されたというが、中に入ると、とてもそんなに古い時代の建物だとは思えない。

小野浄土寺三尊

内部は撮影禁止だったのでパンフレットの画像を紹介するが、中に入ると内陣も外陣もなければ天井もない。化粧屋根裏で垂木など屋根裏が見える構造になっていて、木は丹塗で壁は白く塗られている。まるでモダンな博物館の中にいるような気分になる。
他にも特徴がいくつかあるのだが、この様な建築様式を「大仏様(天竺様)」と呼び、東大寺南大門とともに全国に2つしか残されていない貴重な建物だという。
中央には阿弥陀如来(国宝)、左右に観音菩薩、勢至菩薩(いずれも国宝)が安置されている。
この仏像も創建以来のもので、いずれも鎌倉時代の仏師・快慶の作である。
この日は午前中に訪れたのだが、夕方になると雲形の台座の上に立つ3つの仏像が西日に浮かび上がって、阿弥陀来迎の世界が現出するのだという。

s_saigokuK5_00.jpg

中に入ることができるのは浄土堂だけで、他の堂宇は外から観るだけだ。
浄土堂の本堂あたる薬師堂(国重文)は、浄土堂の反対側に建てられている。この建物も当初は「大仏様(天竺様)」だったのだそうだが室町時代中期に焼失し、永正14年(1517)に和様、唐様、大仏様の折衷様式で再建されたものだという。

浄土寺開山堂

そして、薬師堂の右隣には、開山堂(県文化)があり、当寺を開山した重源上人坐像(国重文)が安置されているようだ。

また浄土堂の北側には、寛永9年(1632)に建立されたとされる鐘楼(県文化)がある。

浄土寺八幡神社

興味深いことに、境内の中央に石の鳥居があり、鎮守社の八幡神社がある。
本殿(国重文)は三間社流(ながれ)造・檜皮葺の入母屋造りで、室町時代の中期に建てられたもので、拝殿も国重文に指定されている。
神仏習合の考え方だと八幡神は阿弥陀仏の化身なので、阿弥陀如来を本尊とする浄土寺の境内に八幡神社がある事は理に適っているのだが、明治初期に出された神仏分離令でこのような景観が全国各地で徹底的に破壊されてしまった。

昨年このブログで加古川市の鶴林寺を紹介したが、播磨地方には国宝に指定されている寺院や仏像が少なくないのに、教科書に記述されている事例はまず見当たらない。
鶴林寺にせよ朝光寺にせよ浄土寺にせよ、いずれも素晴らしいお寺なのだが、教科書に載っていないために知る人は少なく、週末の土曜日だというのに観光客は僅かであるのは勿体ないことだと思う。

しかし、なぜ播磨地域の寺院が教科書に載らないのだろうか。
私は、播磨地域の文化財の価値が低いからではなく、別の理由があって載せたくないのではないかと勘繰っている。

鶴林寺にも確か鳥居が残されていた。播磨地域では明治政府の神仏分離令に反発した歴史があったのかもしれないのだが、その点についてはよく分からない。

もうひとつ、教科書に載らない理由として思いつくのは、播磨地域の仏教文化のレベルの高さが、古代史の通説に矛盾するという点がある。
以前このブログで、『日本書紀』巻二十敏達天皇十三年(西暦584年)の記録に、蘇我馬子が播磨の国にいた高麗人の恵便(えべん)を師として仏法を学び修行をしたことから仏教が広まったことが書かれていることを記したが、『日本書紀』のこの記述を素直に読めば、584年まではわが国に仏教は拡がっていなかったことになる。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-4.html

鶴林寺

そして加古川市の鶴林寺の創建は伝承では崇峻天皇2年(589)で、日本史の通説で最も古い寺とされる飛鳥寺(法興寺)が完成したのは推古天皇4年(596)11月であることが『日本書紀』に記されているのだが、仏教の歴史は播磨の方が飛鳥よりも古いということは、播磨が仏教の先進国であったということだろう。

蘇我馬子の仏教の師となり、わが国に仏教を広めた播磨国の恵便も渡来人であったが、弥生時代以降、数多くの渡来人が日本列島に移り住んでいた。また、『隋書倭国伝』には、筑紫国と倭国とは別の国であり、倭国は筑紫国の東にあって中国系の人々が住む地域があったことなどが記されている。普通に読めば、7世紀の初めにはわが国がまだ統一国家でなかったと理解するしかない。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-286.html

しかしながら学界の多数派は、4世紀に大和朝廷がわが国を統一したという通説を守ろうとして、『日本書紀』や中国の正史に明確に書かれていても、通説にとって都合の悪い部分には目を塞ぎ続けているのが現実である。
このような人々にとっては播磨地区の国宝文化財を教科書に掲載することは、通説の説得力が損なわれることに繋がるとでも考えているのではないだろうか。
<つづく>
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【ご参考】
このブログでこんな記事を書いてきました。良かったら覗いてみてください。


聖徳太子の時代にわが国は統一国家であったのか~~大和朝廷の統一1
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-7.html

唐の時代の正史では倭国と日本国とは別の国である~~大和朝廷の統一2
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-8.html

『日本書紀』は、わが国が統一国家でなかった時代を記述している~~大和朝廷の統一3
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-9.html

仏教伝来についての教科書の記述が書きかえられるのはいつか~~大和朝廷4
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-4.html

聖徳太子の時代に建てられた寺院がなぜ兵庫県にあるのか
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-286.html

播磨の古刹を訪ねて~~~聖徳太子ゆかりの斑鳩寺と随願寺
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-287.html



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Comment
いいお寺ですね
こんばんは。
ご紹介の場所を巡りたくなりました。宝塚ICの渋滞が苦手で西向きは躊躇しております。
太子町の斑鳩寺でここになぜ太子と斑鳩?と不思議でしたが、荘園があったことだけ知って満足してしまいました。
なるほど、様々な理由があるのですね。

朝光寺のつくばね、本当に羽根つきの羽根のようです。かわいいですね。
ご紹介のお寺、また行きたい所が増えました。ありがとうございました。
Re: いいお寺ですね
つねまるさん、こんばんは。

播磨地区には古いお寺が数多くあるので、カニを食べに行くときに立ち寄る場所は結構あります。国宝ではないですが、圓教寺や清水寺は近いうち行きたいと思っています。

確かに宝塚ICまでの渋滞はひどいですね。私は、早く出発するか、時間帯によっては池田・箕面線(府道9号線)で西に進んで池田ICから入るか、宝塚ICまで地道を走りますが、遠回りながら少しは時間短縮になっているような気がします。
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平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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