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素晴らしい紅葉の国宝寺院・一乗寺から日本海へ

次に向かったのは西国三十三所巡礼観音霊場第26番札所の一乗寺(0790-48-4000)だ。浄土寺からは車で30分もかからない。

一乗寺歓喜院の紅葉

駐車場に車を停めて、入口に向かうと塔頭寺院である歓喜院の山門あたりの紅葉が、ちょうど見頃を迎えていたので、思わずシャッターを押した。

兵庫県の紅葉スポットを案内するサイトで、一乗寺を紹介しているところはほとんどないのだが、この寺は知る人ぞ知る紅葉の名所である。ただ紅葉の木が多いのではなく、うまく配置されていて、それが美しい空間を醸しだしていて絵になるのである。

一乗寺登り口

上の画像は受付から三重塔に向かう石の階段の登り口を撮影したものであるが、紅葉の色が木によって微妙に異なり、見ていて飽きることがない。

寺伝では、白雉(はくち)元年(650)に法道仙人が開山し、孝徳天皇の勅願により金堂が建立されたことになっているのだが、前回の記事で紹介した朝光寺(ちょうこうじ)の開創も法道上人であった。
法道仙人が実在した人物であるかどうかはよくわからないが、播磨地区にはこの人物が開いたとの言い伝えがある寺が60近くもあるのだそうだ。

一乗寺のある兵庫県加西市は古文化財の宝庫で、150基を超える古墳があり、石棺仏や石仏が多数見られるほか、繁昌廃寺・殿原廃寺・吸谷廃寺など白鳳時代[大化元年(645)~和銅3年(710)]の仏教寺院の遺跡が残されていて、奈良時代以前から仏教文化が栄えていた地域であることがわかっている。にもかかわらず、ほとんどの歴史書ではこの地域のことが無視されているのである。
繁昌廃寺は寺岡洋氏の論文によると寺域は「東西85m(推定)×南北125m。金堂・西塔・講堂・北門・南門・築垣などの遺構が検出」され、「金堂基壇は、東西16m×南北13m」、「西塔は…一辺13~14m」、「講堂基壇は東西24m×南北15m」なのだそうだが、かなりの大寺院である。
http://www.ksyc.jp/mukuge/262/teraoka.pdf

一乗寺三重塔と本堂

一乗寺の急な石段を登っていくと、明治時代に再建された常行堂がある。さらに石段を上ると気品のある三重塔(国宝)と、入母屋造の本堂(大悲閣、国重文)が見えてくる。

一乗寺本堂

上画像は三重塔あたりから本堂を撮影したものだが、このあたりの紅葉は特に鮮やかだった。

一乗寺本堂内部

本堂は寛永5年(1628)に再建されたもので、現在の建物は4代目になるのだそうだ。中には古い絵馬が掲げられていて、長押(なげし)には何やら字が書かれているように見える。

一乗寺三重塔

三重塔は山腹に建てられているので、下からでも上からでも眺めることができる。上の画像は本堂から三重塔を撮ったものである。
この塔は伏鉢や瓦の銘から平安時代末期の承安元年(1171)に建立されたことがわかっており、建築年代が判明している塔としては、この塔がわが国で最古のものだという。

330px-最澄像_一乗寺蔵_平安時代

一乗寺は仏教建築物が素晴らしいだけではない。平安時代に制作された10幅の天台高僧像がすべて国宝に指定されている。上の画像はそのうちの最澄(伝教大師)像で良く見る画像なのだが、この像が兵庫県加東市の一乗寺にあるということは、今回調べて初めて知った。
他にも仏像5体が国の重要文化財に指定されており、文化財の宝庫と言って良い寺院なのである。

一乗寺護法社、妙見社

さらに本堂の奥には護法社、妙見社、弁財天社があり、いずれも国の重要文化財に指定されている。上の画像は右が護法社で左が妙見社だ。前回の記事で紹介した朝光寺も浄土寺もそうであったが、播磨地区の寺院では神仏習合の景観が結構残されている。

一乗寺の紅葉

あまり紅葉が美しいので予定の時間をオーバーしてしまった。太子堂の近くの紅葉も素晴らしかった。

なぜ播磨地区の寺院は明治政府の神仏分離施策に抵抗できたのだろうかと不思議に思って、ネットでどんな記述があるか探してみたところ、『エピソード日本史』というホームページに、こんな解説を見つけることが出来た。

「…播磨の中心が姫路です。江戸時代最後の大老が姫路藩の酒井忠績だったこともあって、薩長新政府によって、厳しい状況に追いやられます。姫路城の内堀や中堀が破壊され、そこに、軍隊を派遣されました。
 こうした仕打ちを知ってか、播磨では、薩長新政府の政策には、非協力でした
。例えば、廃仏毀釈についても、『灘の喧嘩祭り』で有名な松原神社の隣が、八正寺というお寺です。『継ぎ毛獅子』で有名な大塩天満宮の隣が、明泉寺です。『提灯割神事』で有名な魚吹神社の隣が、円勝寺です。
 政治が、人間の心に介入しました。仏教のルーツは、なるほどインドです。しかし、中国・朝鮮を経て、日本に来たときには、東アジアの仏教に変質しており、日本に土着したときには、日本の民間信仰と混交して、日本人の仏教になっています。…
 歴史のある根強い信仰が、新政府の政策を跳ね除けたといえます。」
http://chushingura.biz/p_nihonsi/episodo/151_200/178_03.htm

もともと明治新政府に非協力的であった播磨地区においては、地域の祭礼などで神仏習合的な考え方が庶民レベルで深く浸透していたために、明治政府も神仏分離を徹底させることができなかったということは充分ありうることだと思うが、具体的に民衆が抵抗した記録が残されているなら是非読んでみたいと思う。

前回の記事で、播磨地区の文化財が教科書に載っていないことに触れたのだが、その理由の一つは、明治政府としては、いくら価値ある文化財を残していたとしても、政府に抵抗して神仏習合の世界を残した文化財を教科書に載せるわけにはいかなかったという事情があったのだろう。
しかしそれだけでは、今もなお教科書に載らないことの説明にはならない。
この地域の文化財を学べば学ぶほど、奈良時代のかなり前からこの地域が仏教の先進地域であったことが見えてくるのだが、そのことは4世紀の中ごろには天皇家を中心とする大和朝廷がわが国を統一したという通説を守りたい勢力にとっては都合の悪い真実なのだろう。通説を正しいとする勢力が教科書の編纂に関与する限りは、歴史を書き替えられることはあまり期待できないのかもしれない。

一乗寺を楽しんだ後食事をするつもりだったが、適当な店が道沿いに見つからなかったため、次の目的地の播磨屋本店生野総本店(079-679-4565)で食事をすることにした。下の画像の通り、なかなか素晴らしい建物である。

播磨屋本店全景

ここでのレストラン営業は土日祝日だけなのでそれほど混んでいないと予想していたのだが、当てが外れてずいぶん遅い昼食になってしまった。

播磨屋本店は、幕末の文久年間(1860年頃)に初代播磨屋助次郎が兵庫県生野町で始めた灯明油の販売がルーツで、昭和23年にクロバー製菓㈱として菓子製造に事業転換し、昭和46年頃から、おかき・せんべいの専業メーカーになったという。

播磨屋本店

この建物も庭もなかなか素晴らしいのだが、現在播磨屋本店では同社の豊の岡工園内に、伝統的工法で三重塔を建築中なのだそうだ。なぜ生野町の年商60億円の菓子メーカーがそこまでできるのだろうか。

以前、長野に旅行した際に『かんてんぱぱ』の伊那食品工業のことを書いた。伊那食品工業は、「自分で考えたものは自分で創り、自分で売る」という主義で、大手スーパーには商品を一切卸していない。販売は、直営店とネット・通販が中心で大成功し、48年連続して増収増益を果たしてきたのだが、この播磨屋本店も同様で、現社長(5代目播磨屋助次郎)が、「卸売り販売を全面的に改めて、通信販売と直売店による消費者直接販売に切りかえ」たことで飛躍的に発展した会社である。

地方の多くの食品メーカーが目先の売上高増加の為に大手流通業者に商品を卸して価格主導権を奪われ、次第に厳しい仕入れ価格を要求されて品質を落とし、独自の商品開発をすることを忘れて成長力を失ってしまったのだが、伊那食品工業も播磨屋本店も地方の製造業がこれから進むべきモデルを示しているように思えてならない。

播磨屋水車

地方のメーカーが良いものを作ることにこだわり続け、良い商品を求める消費者と直接つながる売り方に徹していれば、大手流通業者から買いたたかれることもないので無理してコストを下げて品質を落とすこともなく、着実に適正水準の利益を自社に蓄積することができる。
地元に利益を蓄積できてこそ、地元の人の多くを採用することができ、地元の人々に地元で幸せに暮らせる環境を提供できる。伊那食品工業も播磨屋本店もそのことを実践して、地元の経済発展に貢献しているのである。

農業においても同様のことができるはずだ。生産者が都会の消費者とネットや産直で繋がっていけば、消費者はスーパーで買うよりはるかに新鮮な野菜や果物を、安価で求めることができるようになる。

今までは、都会資本の大手流通業が地方の産物を買い叩いて利幅を取りすぎてきたことが、地方の生産者を疲弊させ、地方の職場を奪って、地方の衰退を招いてきた。
これからは、地方の生産者が品質にこだわり、本物を求める消費者とネットなどで直接繋がっていく動きが加速していくことは間違いないだろう。地方の創生は、大手流通に奪われていた価格主導権を、地方の生産者が取り戻すことから始まる
のだと思う。

播磨屋本店から、2時間近く走って日本海方面に向かう。この方面に来るときは、いつもは香住の民宿で宿泊するのだが、連休は一杯だったので今回は柴山の民宿を選んだ。

数年前に越前にカニを食べに行った際に、ある旅館で出てきたカニがオホーツク産と聞いてがっかりして、それ以来地元の人が経営する施設で、地元の食材にこだわっている旅館や民宿を選んで宿泊することにしている。
旅行者が旅行地で支払うお金の多くが、地元の人々の中で経済循環して潤う事がなければ、いずれ若い世代が地元を離れていき、情緒ある観光地の景観や賑わいが失われていくことになる。だから、どうせ泊まるなら、地元の方が運営している宿にこだわりたい。

かに三昧

柴山はカニの漁港として有名で、柴山カニはこの辺りの旅館や料亭で食べることができる。
上の画像は「こえもん」の夕食だが、緑色のタグのある茹でガニは香住漁港産。ピンク色のタグのあるカニは柴山漁港で獲れたもので、そのまま刺身にしても良いし、もちろんカニ鍋にしても良く、身がしっかり詰まっている。
新鮮なカニは天然のままで戴くのが最高に旨く、三杯酢もポン酢も途中から使うのをやめてしまった。

ちょっと残念だったのは、昼食が遅かったために途中で胃袋の限界に達してしまったこと。カニは完食したが、最後の雑炊はとても食べきれなかった。一乗寺に行く前に、簡単に昼食を済ませておけば良かった。<つづく>
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【ご参考】
「かんてんぱぱガーデン」は3万坪の敷地に、レストランや美術館やホールや健康パビリオンやショップなどがあり、駐車場は200台以上のスペースがあり、大変賑わっていました。

「御柱祭の木落し坂から名所を訪ねて昼神温泉へ~~諏訪から南信州方面旅行2日目」
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-40.html

「かんてんぱぱ」を訪れた日は昼神温泉で宿泊しましたが、ここの朝市は地元農家と観光業界とが共存共栄しています。観光地に近い農村の村おこしに繋がるモデルになると思います。

「昼神温泉から平成の宮大工が建てた寺などを訪ねて~~諏訪から南信州方面旅行3日目」
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-41.html


古代史でこんな記事も書いています。良かったら覗いてみてください。

「法隆寺再建論争を追う」
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-10.html

「聖徳太子についての過去の常識はどこまで覆されるのか」
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-121.html

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Comment
本当に地方の疲弊については心が痛みます。自分の故郷でも集落の祭が維持できなくなっています。しばやんさんの仰る産業構造への具体的な提言は大きな指針となると思います。
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Re: タイトルなし
ならばさん、ありがとうございます。
私の大好きな地方の社寺を支えてきた人々が高齢化し、疲弊が進んでいます。このままでは、地方の文化や文化財は守れない日がいずれ来ることになるでしょう。
そうさせないためには、地方の人々から生産物を普通の値段で買うことしかありません。都会の消費者が、少なくとも農産物や水産加工品を、極力田舎の生産者から買うことで地方は変わるはずです。
少しずつその方向で進んでいくような気がします。
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平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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