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柴山漁港の競りを見学のあと出石神社、宗鏡寺の紅葉を楽しむ

柴山で宿泊した民宿から15分ほど歩いたところに柴山漁港がある。7時ごろからカニの競りがあると聞いたので、朝食前に散歩をかねて見に行くことにした。

柴山漁港の朝

ちょっと早い目に着くと、ちょうどカニをランク順に並べておられる最中だった。
柴山漁港で水揚げされるズワイガニの活カニは「柴山がに」と呼ばれて高級ブランドになっているが、「柴山がに」のランクは大きさ、重さ、姿などで50種類近くあるようだ。
柴山漁港のカニのランクは次のURLに出ている。
http://www.jftajima.com/shibayama_shop/kani/page02.html

柴山漁港かに

最高級品を「番ガニ」と呼ぶことは知っていたが、「番ガニ」にも大きさによって等級が7つに分かれ、少し身の入りが少ないものは別に大・中・小で分けられる。
また、サイズは大きくても、甲らが少し柔らかくて身の入りが少ないカニは「ボタガニ」と言い、それにも大・中・小に分けられるという具合だ。
ある程度大きなカニは一匹ごと競りにかかり、標準的なサイズのカニは、それも大・中・小に分類されて箱ごと競りにかけられる。

柴山漁港せり

競りが始まった。私には競り人が早口で何を言っているかさっぱりわからなかったが、業者が札を入れていって小気味よく買い手が決まっていく。競りを実際に見たのは初めてだが、なかなかいい勉強になった。Youtubeでも多くの方が柴山漁港の競りを紹介しておられるが、こんなに早いテンポで実際の競りが進んでいくことに多くの方が驚かれると思う。


宿に戻って朝食を済ませて、次の目的地である出石(いずし)神社(0796-52-2440)に向かう。

出石神社

『日本書紀』巻第六に、垂仁天皇3年春3月、新羅王子の天日槍(アメノヒボコ)が羽太の玉、足高の玉、赤石、刀、矛、鏡、熊の神籬の7種を持参し、これを但馬国に納めて神宝としたことが記されている。
天日槍は播磨国、近江国、若狭国を経て但馬国の出石に至り、そこに定住して現地の娘・麻多烏(またお)と結婚したとあるのだが、驚くことにこの新羅王子の天日槍が、出石神社の主祭神になっているのである。なぜ但馬国の一の宮で異国の皇子を祀るのだろうか。

出石神社社殿

しかも案内立札に記された出石神社の由緒には、日本語と韓国語が併記されている。神社の由緒でハングル文字を見たのは初めての経験だが、そこにはこう書かれていた。
天日槍命のご子孫には、田道間守命(タジマモリノミコト)や神功 (じんぐう) 皇后があります。
 神社の創立年代はあきらかではありません
が、社伝の一宮縁起には、谿羽道主命(タニハノミチヌシノミコト)と多遅麻比那良岐(タジマヒナラキ)と相謀り、天日槍命を祀ったと伝え、諸書によりますと、およそ千三百年前にはこの地で祭祀がおこなわれていたことがうかがわれます。」
千三百年前とは奈良時代の初めのことである。

田道間守が天日槍の玄孫であることは『日本書紀』巻第六に明記されているが、神功皇后については田道間守の次の代の多遅摩比多詞(タヂマヒタカ)の娘が葛城高額比売命(カツラギタカヌカヒメノミコト)で、神功皇后の母になるのだそうだ。第14代仲哀天皇と神功皇后の子が第15代の応神天皇でその子が第16代の仁徳天皇になる。
要するに、この頃のわが国の歴史は朝鮮半島と密接な関係にあったということなのだが、近代デジタルライブラリーなどで検索すると戦前の歴史書には天日槍が新羅の王子であり神功皇后がその後裔であることが多くの書物に書かれていることが確認できる。しかしながら、戦後になってこの時代のことは「神話」の領域にされてしまっていて、学ぶ機会が失われてしまっていることがわかる。
http://kindai.ndl.go.jp/search/searchResult?searchWord=%E5%A4%A9%E6%97%A5%E6%A7%8D

出石神社から次の目的地の宗鏡寺(すきょうじ:0796-52-2333)に向かう。距離にして3km程度なので数分で到着する。

宗鏡寺

宗鏡寺は明徳3年(1392)頃に山名氏の菩提寺として建てられ、一時は山陰随一の伽藍を誇っていたというが、織田信長の第2回但馬征伐で山名氏が滅亡したあと寺は荒廃してしまう。
その後、出石城主・小出吉英のすすめを受けた沢庵(たくあん)により、元和2年(1616)にこの寺は再興され、沢庵は通算30年間この宗鏡寺で過ごしたという。
その後小出家が断絶となり、その後は出石城主となった仙石氏の支援により隆盛したという歴史がある。

宗鏡寺 鐘楼

山門をくぐると右側に鐘楼が見え、モミジとドウダンツツジの紅葉が美しい。

宗鏡寺庭園

本堂庭園の紅葉がちょうど見ごろを迎えていた。
緑色の厚い苔の上に毎日大量の紅葉が落ちているはずなのだが、落葉が庭の奥の方に集められていた。苔の緑色を鮮やかさを維持しようとすれば、毎日落葉を掃除することが不可欠である。おそらく、落葉用の掃除機を使っておられるのだろうが、庭の美しさを引き立たせるために、この時期は定期的な手入れがなされているのだろう。

宗鏡寺庭園2

上の画像は本堂の庭園は沢庵和尚が作庭したと伝えられている「鶴亀の庭」。木を鶴に見立てて池の中の島が亀を表しているのだそうだが、そんな説明はどうでもよい。とにかくこの庭の紅葉が素晴らしい。

投淵軒

紅葉の季節だけかもしれないが、庭園の中に「投淵軒」という茶室があり、そこで抹茶を頂いた。本物の茶室の4畳半の空間で点てていただいた抹茶を味わったのは初めての経験で、とても贅沢なひとときを過ごすことが出来た。

「投淵軒」というのは、元和6年(1620)に沢庵和尚が宗鏡寺の後山に建てた小庵の名前と同じだが、沢庵は世塵を避けてその場所で和歌を楽しみ、多くの著書を表したという。
また沢庵和尚がこの投淵軒時代に考案したという「沢庵漬け」は、今も日本人の食膳に親しまれている。

takuan001.jpg

ところが、この沢庵和尚が朝廷と江戸幕府との対立事件に巻き込まれてしまう。
紫色の法衣や袈裟は、昔から宗派を問わず高徳の僧・尼が朝廷から賜ったのだが、後水尾天皇が沢庵に紫衣を授けたことを寛永4年(1627)に徳川3代将軍家光が問題にし、朝廷に対し、これまで授与した紫衣着用の勅許を無効にすることを要求した。(紫衣事件)
幕府の要求の根拠は、慶長18年(1613)に定めた「勅許紫衣竝に山城大徳寺妙心寺等諸寺入院の法度」および、その2年後に定めた「禁中並公家諸法度」に違反するというものである。
朝廷は幕府に強く反対し、沢庵や妙心寺の東源慧等ら大寺の高僧も、朝廷に同調して幕府に抗弁書を提出したのだが、寛永6年(1629年)に幕府は、沢庵ら幕府に反抗した高僧を出羽国や陸奥国への流罪に処したという。
江戸幕府はこういう形で「幕府の法度は天皇の勅許にも優先する」という事を明示したわけだが、このことは、元は朝廷の官職のひとつに過ぎなかった征夷大将軍とその幕府が、天皇よりも上位に立ったという事を意味しているという説があるが、そのとおりだろう。

寛永9年(1632)に紫衣事件に連座された者たちは許されたのだが、沢庵和尚は徳川家光の帰依を受けたことで家光に近侍することとなった。以前このブログで何回かに分けて南光坊天海のことを書いたが、処罰は自分だけにしてほしいとのべた沢庵に感銘した天海が沢庵を賞賛し、刑の軽減を主張したのだそうだ。

宗鏡寺 野菜

宗鏡寺の本堂で地元の野菜を並べておられた。宗鏡寺の方が地元の農家を応援するために、地元の無農薬野菜を販売しておられると聞いて、小野芋、ビタミン大根、紅芯大根を買って帰った。
小野芋はサトイモとよく似ているが、戦前には京都祇園の料亭にも出荷され京芋として親しまれたという。ビタミン大根は先が白く胴の部分は中まで緑色のダイコンだ。サラダにするとパリッとした食感で歯ごたえがあった。紅芯大根もサラダにたが普通のダイコンと比べ水分が少なく、コリコリした食感が楽しめる。

宗鏡寺の山門を出てすぐ近くに、願成寺(がんじょうじ)という寺がある。この寺は山名氏創建だと伝えられているが詳しいことはよく分からない。

願成寺 山門

この山門は江戸時代のもので豊岡市の文化財に指定されているそうだが、この門前にユニークな達磨大師の像がある。京丹後市の正徳院という寺の住職が数十年前に制作されたものだそうだが、じっと見ていると、逆に自分が達磨に見られているような気になってくる。観る角度によって表情が変わるので写真ではうまく伝わらないのだが、宗鏡寺に来られた際にはぜひ願成寺に立ち寄って見て頂きたいと思う。

昼食は出石蕎麦に決めていたので、出石の中心部に移動する。
時刻は11時を過ぎていたが、さすがに紅葉時期は出石蕎麦と紅葉を求めて大阪方面からくる車が多く、大手前駐車場は既に満車で出石支所南駐車場になんとか入れることが出来たのはラッキーだった。他には西の丸駐車場や鉄砲駐車場もあるのだが、出石に来るときは11時を大きく過ぎると、駐車場待ちの車の列に並んで待たねばならなくなるリスクがある。

出石蕎麦

出石蕎麦の店は数えきないほどあるので、どこがいいのか正直よく分からないが、前回出石に来た時に食事をした湖月堂に今回も入ることにした。
2回に上って、出石のシンボルである辰鼓楼を眺めながら食べる、出石名物の皿そばは旨かった。
<つづく>
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【ご参考】
このブログで南光坊天海について、こんな記事を書いています。
良かったら覗いてみてください。

慈眼堂、滋賀院門跡から明智光秀の墓のある西教寺を訪ねて考えたこと
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-345.html

光秀は山崎の合戦で死んでいないのではないか…「光秀=天海説」を考える その1
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-346.html

南光坊天海は明智光秀と同一人物なのか…「光秀=天海説」を考える その2
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-347.html

家康の死後の主導権争いと日光東照宮
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-349.html



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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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