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出石散策の後、紅葉の美しい国宝・太山寺へ

出石蕎麦の昼食を終えて出石城址に向かう。途中で出石のシンボルである辰鼓楼(しんころう)がある。

辰鼓楼

辰鼓楼は明治4年(1871)に建てられたもので、昔は太鼓をたたいて時刻を報じたのだそうだ。

谷山川にかかる橋を渡り城址にのぼる階段のすぐ東隣りに諸杉(もろすぎ)神社がある。この神社の祭神は多遅摩母呂須久(たじまもろすく)で、この人物は、前回の記事で記した出石神社の祭神である新羅の王子・天日槍(あめのひぼこ)の嫡子なのだそうだ。

出石城櫓2

出石城は14世紀ごろに山名時吉が築いた城だが、当初は出石神社の裏にある此隅山に建てられたという。しかし永禄12年(1569)に木下秀吉の出兵で落城したため、織田信長の許しを得て天正2年(1574)に山名祐豊が有子山(ありこやま)山頂に有子山城を築き本拠を移したが、天正8年(1580)羽柴秀吉の第二次但馬征伐で羽柴秀長に敗れてしまい、但馬山名氏は滅亡してしまう。その後、龍野から小出氏が入封し、慶長9年(1604)に小出吉英(こいでよしふさ)が有子山の麓、現在の出石城跡に築城したのだそうだ。

出石城櫓

明治初期の廃城令で出石城は取り壊されてしまったが、その後、隅櫓、登城門・登城橋などが復元され、お堀の周囲一帯は登城橋河川公園として整備され、桜や紅葉の名所になっている。上画像は本丸東隅櫓周囲の紅葉である。

出石城鳥居

城の麓から始まる石段の参道には37基の鳥居が並んでいる。

有子山稲荷神社

石段を上って行くと、石垣最上段の稲荷郭には城の鎮守である稲荷神社が祀られている。この神社は慶長9年(1604)の築城時に建てられて、城郭内にありながら江戸時代から身分を問わず参拝が許されていたのだそうだ。

普通の城なら、一番高いところに天守閣があるだろうと考えてしまうところだが、この城には天守閣は存在しない。
江戸幕府が出石藩に天守閣を建てることを認めなかったのがその理由だと考えるのだが、初代城主の小出吉英は有子山山頂の有子山城の天守は廃したものの郭や館の一部を残す選択をしたという。
いつかは天守閣を建てたかったと思うのだがそのチャンスは訪れず、旧有子山城は、歴代城主が江戸幕府を憚って一切修理がなされず、荒れるに任されて放置されたそうだ。

出石城

この稲荷郭からは出石の町並みを一望することができる。「但馬の小京都」と呼ばれる出石の中心部は思っていたよりも狭かった。
この場所から有子山城跡に登ることも出来るのだそうだが、かなりの急坂なので諦めた。

斎藤隆夫顕彰碑

石段を下まで降りていくと、吉田茂筆の斎藤隆夫顕彰碑がある。
斎藤隆夫は出石出身の政治家で、戦前期に帝国議会で軍部やファシズムに抵抗した人物である。昭和11年(1936)に、帝国議会で『粛軍演説』を行ない、昭和13年(1938)には『国家総動員法案に関する質問演説』を行なった。そして昭和15年(1940)2月には「支那事変処理を中心とした質問演説」を行ない、軍部を批判したことが問題となり、斎藤は決議によって衆議院議員を除名されてしまうのだが、第二次世界大戦に参戦後の昭和17年(1942)の選挙では、軍部による選挙妨害をはねのけて、兵庫5区(但馬選挙区)でトップ当選を果たし、見事に衆議院議員に返り咲いている。こういう気骨のある政治家が、今の与党にも野党にもほとんど見当たらないのは悲しいことである。

続いて明治時代に建築された芝居小屋である永楽館を見学する予定だったが、この日はイベントで貸切であったため中に入れなかったのは残念だった。

出石史料館

予定を変更して出石の町を歩いて、出石史料館に入る。
この建物は生糸を商う豪商福富家の本邸だったものを出石町が譲り受け、公開しているものである。
明治9年(1876)3月に出石町の家の8割以上が焼失したという大火事があり、この建物は、福富家が火災のすぐ後に、京都から職人を招いて建築させたものだそうだ。

出石史料館 囲炉裏

建築されてから138年もの年数が経過しているのだが、今もなお頑丈で、古さを感じさせない立派な建物である。
また土倉には出石藩第3代藩主仙石政辰公の鎧兜や、『仙石騒動』の資料などが展示されていた。

出石史料館 鎧兜

仙石騒動』というのは、江戸時代の後期に出石藩(仙石藩)で発生したお家騒動で、しばしば「江戸時代の三大お家騒動」の一つとして紹介されている。
どんな事件であったかと言うと、第6代藩主仙石政美(まさみつ)の代に藩の財政が逼迫して藩政改革の気運が盛り上がり、筆頭家老の仙石左京は産業振興策を、もう一人の家老仙石造酒は、質素倹約の財政引締め政策を、という対立構造の中、藩主政美は左京の政策を支持し、左京は強引な改革を推進していった。ところが、はかばかしい成果が出ないまま、文政7年(1824)に藩主・仙石政美が参勤交代で江戸に向かう途中で発病し、江戸で病没してしまう。
後継の藩主として政美の弟である道之助を元服させることとなり、藩政は、財政引締め派の仙石造酒らが完全に掌握して、左京の政策はすべて廃止されることとなる。
ところが、派閥争いで乱闘騒ぎがおこり、仙石造酒らは隠居を余儀なくされて、再び左京が筆頭家老として人事権を掌握することとなる。
しかし反左京派はおさまらず、左京が自分の子を藩主につけようと、藩主久利の暗殺まで計画しているなどと誹謗中傷を繰り返し、ついに藩内の争いは幕府に聞こえて裁定を仰ぐこととなる。
天保6年に裁定が下され、仙石左京は獄門になり、鈴ヶ森に晒首され、左京の子小太郎は八丈島へ流罪になるなど、左京派は壊滅的打撃を受けた。藩主久利に直接お咎めは無かったものの、出石藩は知行を5万8千石から3万石に減封となったというが、これで全てが決着したわけではなく、その後も出石仙石藩では抗争のしこりが残り、30年ほど藩内の政争が続いたという事件である。

出石酒蔵

出石史料館の近くに出石酒造の酒蔵がある。江戸中期の建物だそうだが、こういう土の壁を見ることが少なくなってしまった。文化財などの指定は受けていないようだが、こういう古い建物が数多く残されているところが出石を散策する魅力でもある。これからもこのような景観を後世に残してほしいものである。

土産物屋でお菓子をいくつか買ってから、最後の目的地である神戸市西区の太山寺(たいざんじ:078-976-6658)に向かう。播但連絡道路から第二神明道路、阪神7号北神戸線を走って2時間程度で到着した。


簡単に太山寺の歴史をまとめると、この寺は藤原鎌足の長男、定恵(じょうえ)和尚の開山で、霊亀2年(716)に藤原宇合(うまかい:藤原不比等の子)が堂塔伽藍を建立したと伝えられている。
鎌倉時代から室町時代にかけて栄え、最盛期の南北朝時代には支院41坊・末寺8ヵ寺・末社6社を持ち、さらに僧兵も養っていたとのことが、現在では龍象院・成就院・安養院・歓喜院の4坊が残っているだけだ。

太山寺 播磨名所巡覧図会

文化元年(1804)に刊行された『播磨名所巡覧図会』に描かれた太山寺の絵図をネットで見ることができる。この頃の太山寺は今よりもかなり賑わっていたようだ。
http://www.nihonnotoba3.sakura.ne.jp/harima_m/taizanji.jpg

太山寺正面

正面に見えるのは国宝に指定されている太山寺の本堂。神戸市内で国宝に指定されている唯一の建物で、弘安8年(1285)に火災で焼失したのち、1300年ごろに再建されたと考えられている。

太山寺三重塔2

本堂の右手には、美しい三重塔(県文化)がある。拝観は出来ないが、天井などには極彩色の装飾が施されているという。心柱の墨書銘から貞享5年(1688)に寄進により建てられたと考えられている。

太山寺阿弥陀堂

本堂の左手にある阿弥陀堂も同じ時期に再建されたものである。中には鎌倉時代に制作された阿弥陀如来座像(国重文)が存置されている。
毎年5月12日には、阿弥陀如来来迎の様子を僧侶や稚児らで演じる「練り供養」と呼ばれる珍しい法要が行われるそうだ。次のURLに詳しくレポートがなされている。
http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/folk/entertainment/case/9_2ikawa/0512_001.html

太山寺本堂2

この寺も紅葉の隠れた名所で、境内の各所で鮮やかな紅葉を楽しむことができる。

太山寺本堂内部

国宝の本堂の中に入る。思った以上に中は広い。
この本堂を舞台に、毎年1月7日に走り鬼と3匹の太郎鬼・次郎鬼・婆々鬼が松明(たいまつ)を持ち、太鼓の音に合わせて踊り悪霊を退治する行事が行われるという。
どんなに古い伝統のある行事も、地元に若い世代が残らなければ繋ぐことが難しいことは言うまでもない。太山寺に限らず全国の多くの寺や神社で大変苦労しておられることだと思うのだが、地方の経済の活力を削ぐような経済政策を続けて行けば、残すべきものも残せない日が来るだろう。
Youtubeでいろんな方がこの行事を紹介しておられるが、安土・桃山時代から伝わるこの伝統行事を、私もこの目で見てみたいものだ。


この旅行の1日目で朝光寺、浄土寺、一乗寺の神仏習合の景観を観てきたが、この太山寺も同様な風景を容易に見つけることができる。

太山寺神仏習合

本堂の右に稲荷社があり、その隣に太子堂があるが、太子堂の正面には大きな石の鳥居がある。

太山寺には奥の院があって、稲荷社と地蔵堂と鎌倉時代の磨崖仏があるのだそうだ。時間がなかったので奥の院に行くことは出来なかったが、今度来るときには、塔頭の安養院庭園(国名勝)とあわせて訪問したいと思う。

2日間天候に恵まれて、あまり知られていない播磨や但馬の紅葉の名所を一年で一番美しい時期に訪れることが出来、柴山カニや出石蕎麦も味わう事が出来て、大満足で帰途に就いた。

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【ご参考】
このブログで、こんな記事を書いています。
よかったら、覗いてみてください。

浅野内匠頭が江戸城・松の廊下で刃傷事件を起こした原因は何だったのか~~忠臣蔵1
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-149.html

赤穂浪士の処刑をどうするかで、当時の幕府で大論争があった~~忠臣蔵2
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-150.html

赤穂浪士に切腹を許した江戸幕府の判断は正しかったのか~~忠臣蔵3
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-151.html

江戸幕府が赤穂浪士の討入りを仕向けたのではないのか~~忠臣蔵4
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赤穂浪士の討入りの後、吉良上野介の跡継ぎの義周はどうなったか~~忠臣蔵5
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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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