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長谷寺、宇太水分神社、片岡家住宅を訪ねたのち洞川温泉へ

室生寺のルーツである「龍穴」を訪ねた後、次の目的地である長谷寺(はせでら:0744-47-7001)に向かう。
室生の龍穴からは30分ぐらいで辿りつく。

長谷寺仁王門

参道の入り口あたりに車を駐車して、門前町の賑わいを感じながら歩いていくと、正面の石段の上に仁王門が見えてくる。現在の建物は明治27年(1894)に再建されたもので、扁額の「長谷寺」の題字は、後陽成天皇の御宸筆だという。

長谷寺は朱鳥(あかみどり)元年(686)に、天武天皇の病気平癒を願って道明(どうみょう)上人が初瀬山西の岡に「銅版法華説相図(国宝)」を安置したのが創建と伝えられ、のちに奈良時代の神亀4年(727)に徳道上人が東の岡に十一面観音をまつったのが現在の長谷寺の始まりであると伝えられている。

この寺は平安時代中期以降、観音霊場としての貴族の信仰を集めて「長谷詣(はせもうで) 」が盛んに行われたという。
Wikipediaによると万寿元年(1024)には藤原道長が参詣しているほか、『枕草子』『源氏物語』『更級日記』『蜻蛉日記』にも文中にこの寺が登場しているとのことだ。

長谷寺登廊

仁王門を潜ると長い登廊(のぼりろう:国重文)がある。屋根があるおかげで参拝者は雨の日も傘をささなくても本堂まで進むことが出来るのだが、この建物が建てられたのは「長谷詣」が盛んになった平安時代とのことである。

長谷寺境内図

寺のリーフレットには「…長暦三年(1039)に春日大社の社司(しゃし)中臣信清が子の病気平癒のお礼に造ったもので、百八間、三九九段、上中下の三廊に分かれている。下・中廊は明治27年(1894)再建…」と書かれている。

仁王門と登廊(中、下)の再建が同じ年であるのは、いずれも明治15年(1882)に火災で焼失したためだが、歴史的景観を失わずに再建されたことから、昭和61年(1986)に焼けなかった上登廊や再建された仁王門とともに昭和61年(1986)に国の重要文化財に指定された経緯にある。
途中に宗宝蔵(しゅうほうぞう)があり、この寺に伝わる文化財などを見てから国宝の本堂に向かう。

長谷寺本堂

本堂は小初瀬山中腹にあり、京都・清水寺のような舞台がある立派な建物だ。

本尊の十一面観音立像(国重文)は、西国三十三所観音霊場の第8番札所になっている観音様で、右手には数珠をかけて錫杖を持ち、左手には水瓶を持って台座に立っておられる。高さが12mを越え、誰でもこの仏像を観てその大きさに驚かれることと思う。

長谷寺本尊特別拝観

この本尊様を間近で観賞して御足(おみあし)に触れることのできる特別拝観が今年の春から6月末まで行なわれていて、滅多にない事なので内陣を拝観させていただいた。中の写真撮影が出来ないのでチラシの画像を紹介するが、実際に間近に観るとすごい迫力で、一見の価値はある。

長谷寺五重塔

上の画像は長谷寺の五重塔だが、この塔は昭和29年(1954)に、戦後わが国で初めて建てられたものだそうだ。寺のリーフレットには「昭和の名塔」と書かれているが、なかなか均整のとれた美しい塔である。

この頃から雨が降ってきたので、長谷寺の観光を早目に済ませて、参道近くの食堂で昼食をとり、小降りになってから次の目的地に向かった。

長谷寺から13km程度走ると、宇太水分(うだみくまり)神社(0745-84-2613)という古い神社がある。この本殿が国宝に指定されているのでずっと以前から見たいと思っていて今回旅程に組み込んでいた。

水源地は農耕に欠かすことのできない水を供給してくれるので、古くから各地で信仰の対象とされたのだろうが、奈良県には「水分(みくまり)神社」という名の神社が各地にある。

Wikipediaによると、大和の東西南北(都祁・宇陀・吉野・葛城)に水分神社が祀られており、宇太水分神社は大和の東に当たる地域の水の神様とある。
宇陀地域には他にも2つの水分神社があり、「宇陀市榛原下井足(はいばらしもいだに)の宇太水分神社を『下社』、同市菟田野上芳野(うたのかみほうの)の惣社水分神社を『上社』、…同市菟田野古市場の神社を『中社』とも称する」と記されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%A4%AA%E6%B0%B4%E5%88%86%E7%A5%9E%E7%A4%BE

宇太水分神社

また宇太水分神社のホームページによると、第十代崇神天皇勅命により、大和朝廷が飛鳥に置かれた頃に、大和の東西南北に水分神社が祀られたとある。そして、国宝の本殿が建てられたのは元応2年(1320)というから鎌倉時代の終わりの頃である。
http://www1.odn.ne.jp/udanomikumari/history.htm

宇太水分神社本殿

上の画像が本殿だが、同じ大きさの社殿が並んでいて、この3棟がいずれも国宝に指定されている。
その右側には2棟の末社(春日神社本殿、宗像神社本殿)があり、いずれも室町時代末期の建立で国の重要文化財に指定されている。

以前は神社の周辺が地域の中心であったようだが、この辺りも過疎化・高齢化が進行しており、かつての賑わいは失われてしまっている。国宝や重要文化財に指定されている建物がある神社であるのに、参拝者や観光客が他に誰もいないのは寂しいかぎりである。

片岡家住宅外観

次に向かったのは国の重要文化財である片岡家住宅(宇陀市大宇陀区田原938 :0745-83-2000)。
近くに来るとその存在感に圧倒されるような、すごい住宅であった。

片岡家住宅2

長屋門を潜ると、広い庭に面した母屋が見える。この建物は寛文10年(1670)の建築である。

個人の住宅なので、訪問するには予約が要るので注意が必要だが、第20代当主の片岡彦左衛門氏の貴重なお話を拝聴することが出来たことは嬉しかった。

片岡家は江戸時代にこの地方9ヶ村の大庄屋を務めてきた家柄で、初代は南北朝時代にまで遡るのだという。

片岡家客間

母屋と客室部は土塀により仕切られていて、客室も案内頂いたのだが、昔はこの部屋に藩主が宿泊された記録もあるのだそうだ。

この片岡家には1万点以上の古文書が残されており、一番古いものは永正3年(1505)のものがあるというのは驚いた。
先祖が幕府の通達を各村に知らせるなどの記録や、藩主の接待にどのような対応をしたか、飢饉のときに先祖が地元の住民を助けたことなどの記録があるらしいのだが、当主自らが独学で読み解いて年代と内容別に分類されたという。

片岡家新聞記事

宇陀市も片岡家の古文書に着目していて、パウチされていた今年3月16日付けの奈良新聞の記事によると、今年にその調査結報告書が刊行される予定のようだ。

片岡家に別れを告げて、五代松(ごよまつ)鍾乳洞(0747-64-0188)に向かう。この近くから、名水百選に選ばれている「ごろごろ水」が湧き出ている。

五代松鍾乳洞モノレール

鍾乳洞の入口までは歩いて行くことも出来るが、空いていたので小型モノレールに乗った。定員が数名の小さなものだが、こういう乗り物にヘルメットを被って乗ることはそれなりに楽しいものである。季節によっては1時間待ちになったりするようだが、この日はすぐに乗ることが出来た。

案内のおばさんが鍾乳洞の入口の鍵を開けて中に入ると、狭いところや腰を屈めてところが何箇所かあり、ヘルメットがなければ危険な場所であることを何度も納得しながら前に進む。

五代松鍾乳洞

比較的小さな鍾乳洞だが観光客はそれほど多くないので、ほとんど独占状態で鍾乳洞を観察できる。結構見ごたえがあり楽しむことができた。

鍾乳洞観光を終えて宿泊先の洞川(どろかわ)温泉に向かう。
この温泉は、日本百名山の一つである大峯山・山上ヶ岳の登山口で、山上にある大峯山寺に参詣する行者さんや観光客をおもてなししてきた古い歴史を持つ。標高約820m余りの高地に位置しており、下界とは結構な温度差がある。

洞川温泉街

これが洞川温泉の中心部の旅館街だが、大きなホテルはなく、昔ながらの木造の旅館が立ち並び、レトロで落ち着いた雰囲気がある。

日本古来の民間薬である陀羅尼助(だらにすけ)は吉野や洞川で古くから製造される胃腸薬で、この通り沿いにいくつかのお店が出ている。
陀羅尼助の歴史を調べると、飛鳥時代に畿内で疫病が拡がり、役行者(えんのぎょうじゃ)が道場茅原寺(今の奈良県御所市茅原吉祥草寺)の門前に大釜を据えて薬草を煎じて呑ませたことにより、流行が収まったと伝えられているのだそうだ。また役行者は大峰山中で修業する山伏たちの為に、この山中にあるキハダの皮から、万病に効く薬の製法を弟子の後鬼(ごき)に伝授した。それが洞川の陀羅尼助の起源だという。私も試しに小さな箱を1つ買った。

花屋徳兵衛夕食

私が宿泊した花屋徳兵衛は、創業500年とかなり古く、洞川温泉では一番の老舗旅館なのだそうだ。大きな旅館ではないが、料理は落ち着いた部屋で美味しくいただたし、温泉もおもてなしも申し分なく、宿泊した部屋も木のぬくもりを感じてとても寛げた。

いつものようにハードな旅程だったが、何度も温泉に浸かり、おいしい料理と地酒を味わって早く寝る。疲れを癒すには、これが一番である。

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【ご参考】
このブログでこんな記事を書いてきました。奈良県に興味のある方は覗いてみてください。

世界遺産の吉野山金峯山寺と特別公開中の秘仏・蔵王権現像
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-107.html

吉野山の世界遺産を訪ねて~~金峯山寺から吉水神社、水分神社、金峯神社
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-108.html

東大寺大仏のはなし
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-120.html

五條市に天誅組と南朝の歴史を訪ねて~~五條・吉野の旅その1
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-11.html

天誅組の最後の地・東吉野から竹林院群芳園へ~~五條・吉野の旅その2
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-12.html

吉野の森林王と、闇の歴史である後南朝の史跡を訪ねて~~五條・吉野の旅その3
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-13.html




関連記事
Comment
ハードでしたねー
こんばんは。いつもお世話になっております。
しばやん様、ハードな旅でしたのね。鍾乳洞探検までなさるとは!素敵です。さらに、洞川温泉でお泊まりとは、羨ましいです。
昔ながらの静かな温泉街、いいなぁ。お水がいいので、お豆腐も美味しそうです。朴葉焼きもいいですねぇ。
あ、宇太水分神社の鳥居前で笑っているのは丹波佐吉の狛犬さんですよー。本殿前の灯籠一対も(銘はない)。佐吉は宇陀に滞在し、平井大師寺で多数の石仏様を彫ったそうで。
温泉でぴかぴかになったしばやん様は、次はどこへ向かわれたのかしら。楽しみです。

Re: ハードでしたねー
こちらこそ、コメントありがとうございます。

宇太水分神社に行ったときは雨で細かいところまで見なかったのですが、丹波佐吉の作品だっらもっとよく見ておいたら良かったです。平井大師寺という寺の存在は知りませんでした。情報ありがとうございます。

旅行に行くときはいつも「列島宝物館」というサイトで文化財の場所をみて、行きたいところを絞って、近くで行ける所を探しながら行く順番と時間配分を考えています。本当はこの日に大蔵寺もま巡る予定だったのですが、カーナビで判らなかったので諦めて鍾乳洞に向かいました。

翌日もハードにあちこち行ってきましたよ。


独学で古文書解読って凄いですね(@@)
しかも分類まで!

うーん、自分もいつか原文を読めるようになりたいです。
今、読んでいるのは出版された翻刻版なんですが、それでも解釈までとなると、やはり時間がかかります^^;

素敵な旅で何よりでした^^
いいな~温泉^^

Re: タイトルなし
時乃★栞さん、翻刻版が読めるだけでもすごいです。いずれ原文を読む機会があることでしょう。
昔は、古文書を読める人はいましたが、今では少なくなっているのでしょうね。

私も、会社の仕事を辞めたら勉強したい気持ちがありますが、よほど面白くなければ長続きしないほうなので、そのようなテキストに出会えるかどうか。

温泉なら九州にいっぱいありそうですね。たまには九州にも旅行してみたいです。

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Author:しばやん
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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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