HOME   »  大正時代~第二次世界大戦~連合国占領期   »  太平洋戦争  »  戦勝国による「歴史の書き替え」が始まった

戦勝国による「歴史の書き替え」が始まった

8月8日付の産経新聞にこんな記事が掲載されていた。
ロシアが、米国による広島、長崎への原子爆弾投下を『犯罪』として糾弾する動きを強めている。米国を唯一の『非人道的な使用国』と宣伝することで自国の核保有を正当化し、さらに日米の分断を図る思惑が見える。『米国の原爆でなく、ソ連の対日戦争こそが第二次世界大戦を終結させた』と主張し、日ソ中立条約を破った事実をかき消そうとする論調も目立つ
 プーチン露大統領に近いナルイシキン下院議長は最近、原爆問題を討議する円卓会議を主催。原爆投下には『当時の連合国であったソ連を威嚇する目的があった』などと批判、『人道に対する罪に時効はない』と述べた。また『米ソの戦略核バランスのおかげで第三次世界大戦は起きなかった』とし、ロシアの核戦力は平和目的であるとの主張すらにじませた。円卓会議の出席者からは『国際法廷』を設けて『米国の犯罪』を裁くべきだとする声が相次いだ。」

長崎原爆

ネットで調べると8月6日のJ-CASTニュースで同様な記事がでている。
ここ数日で、ロシアの国会議員が原爆投下について言及する機会が増えている。ロシア国営のタス通信も、発言を積極的に伝えている
 例えば2015年8月4日には、政権与党『統一ロシア』のフランツ・クリンツェヴィチ第1副代表が、原爆投下について『70年が経った今でも、こういった行動を人道に対する罪だと公式に宣言しても遅くはない』と述べたと報じている。発言では、原爆投下は『背景に軍事的理由はない』として、『米国は原爆投下を威嚇のために利用した。日本に向けてではなく、ソ連に向けたものだった』、『こういった野蛮行為は本質的に正気の沙汰ではなく、人類に対する真の犯罪だと信じている。国連を含めた全ての国際機関が関係する方法で、そのように宣言すべきだ』などと米国を非難している
 セルゲイ・ナルイシキン下院議長は、8月5日にモスクワ国際関係大学で開かれた円卓会議で『原爆投下の記憶はナチスと日本軍による残虐行為の記憶と同様に重要』だと指摘。原爆の悲惨さを伝えるために、在京ソ連大使館が原爆投下直後に本国に送った公電をウェブサイトで公開するように指示したという。」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150806-00000003-jct-soci

このブログで、いつの時代もどこの国でも勝者が、勝者にとって都合の悪い真実を封印し、勝者にとって都合の良い歴史を描いて、それを広めて歴史叙述を固定化させようとしてきたことを、具体事例を挙げながら書いてきた。

そして近世から現代にかけてのわが国の歴史について言うと、戦勝国にとって都合の悪い史実は徹底的に伏せられ、あるいは事実を捻じ曲げられて、学校教育だけでなく新聞・テレビなどのメディアで、戦勝国は良い国でわが国は悪い国であるとの歴史叙述ばかりが拡散されてきたのである。
そのために、戦勝国にとって都合よく描かれた物語がそのまま日本人の常識になり、世界での認識においてもほぼ同様となっている。

原爆ドーム

ところがロシアは戦後70周年を迎えた今年になって、アメリカによる原爆投下を『人類に対する真の犯罪である』として、『国際法廷』を開いてアメリカを断罪すべきであると発言したというのだが、分かりやすく言えばロシアは、戦勝国が日本を悪玉にして作り上げた「戦勝国にとって都合の良い歴史叙述」を、「アメリカにとって都合が悪く、ロシアにとっては都合の良い歴史」に書き換えようとしている動きが出てきたということである。
しかしながら、そもそもロシアはアメリカを断罪する資格があるのだろうか。

シベリア抑留

このブログで何度かシベリア抑留の事を書いたが、終戦時、ソ連の占領した満州・樺太・千島には軍民あわせ約272万6千人の日本人がいて、そのうち約107万人がシベリアやソ連各地に送られて強制労働させられたと言われている。
昭和25年12月に外務省は37万人が未帰還であると公式に発表しており、うち31万名は氏名も判明していたのだが、それから後にソ連からわが国にから帰還してきた人はわずかに2594人だったという。恐らく30万人以上の日本人が極寒の地で命を落としたと考えられるが、このシベリア抑留もアメリカの原爆投下と同様に明らかな国際法違反であり、人類史上最大級の犯罪であった。

自国の戦争犯罪を棚に上げてロシアが『歴史戦』を仕掛けてきた狙いは、産経の記事にあるように、日米の分断をはかろうとしているのだろう。そしてロシアの背後には中国がいるはずだ。

そう言えば今年のテレビの『終戦70周年記念』の特別番組はやたら原爆の話題が多く、今までテレビではあまり見たことのないような、被爆者の皮膚がひどく焼けただれた画像がやたら多く出た一方で、ソ連のシベリア抑留の解説が少なかったのは、ロシアが仕掛けてきた「歴史戦」と無関係ではないのだろう。

先ほどロシアの背後に中国がいると書いたが、歴史問題に関してはここ数年、両国は連携を強めてきている。そして中露にとって都合の良い歴史は、わが国の左派勢力にとっても都合の良い歴史であることは言うまでもない。

ここで、中国とロシアが歴史問題で共闘してきた経緯を振り返っておこう。

メドベージェフ国後島訪問

戦後65年に当たる5年前(2010年)に、当時の胡錦濤国家主席とメドベージェフ大統領は「中露は第二次大戦の歴史の歪曲を断固非難する」との文言を含む共同声明を発表し、その後、中国は尖閣諸島や歴史認識をめぐって対日圧力を強め、メドベージェフ氏もソ連・ロシアの指導者として初めて北方領土を訪問した。
第二次大戦における対日戦で共闘したとの歴史認識を共有し、中国は尖閣諸島、ロシアは北方領土の領有権主張につなげる構図が鮮明になったのだが、当時のわが国は民主党政権の時代で、まともな対応をしなかった。

その後中国は国際ルールを無視して、フィリピンの了解にある南シナ海の南沙諸島で、暗礁を埋め立てて滑走路や軍事施設などの施設の建設を今も進めている。
わが国のマスコミではこの問題をあまり報じていないのが気になるが、南シナ海は原油や液化天然ガス(LNG)の半分近くが通る世界経済の大動脈であり、この問題を放置すればいずれ中国は南シナ海の制海権を掌握し、各国の船舶は自由な航行が出来なくなる可能性が高いのだ。

一方ロシアはウクライナへの軍事介入を行なって、昨年(2014年)3月にはウクライナ南部のクリミアを独立させてロシアに編入することを決定した。欧米の主要国がロシアを非難ししたのち経済制裁を科してわが国も同調したのだが、プーチンは日本に対して高圧的な姿勢に転じて、閣僚に北方領土を視察させ、先日の報道によると、極東地域の振興策として来年1月からは土地を国民向けに無償で分与する法案を準備していて、北方4島にも適用されることが報道されている。こんなことを放置してしまっては、北方領土の返還が益々遠のいてしまう。

ロシアは中国やわが国の左翼マスコミ等と連携して、日本人の歴史認識を「自虐史観」のまま固定化したうえで、アメリカの原爆投下は「ナチスと日本軍による残虐行為の記憶と同様」だとして日米の離反をはかろうとしているようだが、普通に考えると、ロシアから「国際法廷を開いて断罪すべき」とまで言われたアメリカが、何時までも沈黙を続けるとは思えない。
これから戦勝国同士の『歴史戦』が始まるのかもしれないと思うのだが、その場合にアメリカがとる戦略としては、「ロシアや中国にとって都合の悪い真実」が記された文書を逐次世界に公開していき、中露が主張する歴史叙述の嘘を白日の下に晒して、中国やロシアやわが国の左派勢力の論拠を崩すことが、最も有効なのだと思う。
そしてそのための裏付けとなる史料はアメリカにかなり残されていると思われ、それを少しずつ公開していけば、ほとんど資金を使わず、また軍事力も使わずに、中露に決定的なダメージを与えることができる。

ヴェノナ

以前このブログでも書いたが、第二次世界大戦前後にアメリカ国内に多数いたソ連のスパイやエージェントがモスクワの諜報本部と交わした極秘通信をアメリカ陸軍省特殊情報部が傍受していて、1946年以降に解読に成功したヴェノナ文書がある。
この文書が解読され次々と公開されることによって当時のルーズベルト政権では、常勤スタッフだけで2百数十名、正規職員以外で300人近くのソ連の工作員、あるいはスパイやエージェントがいて暗躍していたことが判明し、彼等は太平洋戦争終戦後もしばらくアメリカの政権の中枢部にいてソ連と通じていたことがわかってきたのである。
戦前のアメリカの反日運動の背後にもソ連のスパイがいたこともわかっており、「日米戦争を引き起こしたのは、ルーズヴェルト政権内部にいたソ連のスパイたちではなかったのか」という視点が浮上して、アメリカでは近現代史の見直しについてかなり議論が進んでいるようだ。

次のURLに江崎道朗氏の『アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略』という論文が掲載されているが、これを読むと、こんなに多くのソ連の工作員がアメリカの中枢部に潜り込んでいたことに誰しも驚きを禁じ得ないだろう。
http://ironna.jp/article/915

一方でわが国の政権中枢や軍隊にもソ連のスパイやエージェントがかなりいて暗躍していたこともわかっているのだが、ではソ連が日米双方に大量のスパイを潜り込ませた意図はどこにあったのか。

当時のレーニンとスターリンの考え方を知れば、ソ連が何を考えていたか誰でもわかる。

レーニン

このブログでも紹介したが、レーニンの『敗戦革命論』の考えかたに基づき、は1928年コミンテルン第6回大会議でこのように決議されている。
帝国主義相互間の戦争に際しては、その国のプロレタリアートは各々自国政府の失敗と、この戦争を反ブルジョワ的内乱戦たらしめることを主要目的としなければならない。…

帝国主義戦争が勃発した場合における共産主義者の政治綱領は、
(1) 自国政府の敗北を助成すること
(2) 帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること
(3) 民主的な方法による正義の平和は到底不可能であるが故に、戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること。


帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめることは、大衆の革命的前進を意味するものなるが故に、この革命的前進を阻止する所謂「戦争防止」運動は之を拒否しなければならない。
要するに、戦争によって自国政府が敗北し崩壊に向かわせて、共産主義革命を導けと言っているのである

スターリン

また1935年の第7回コミンテルン大会においてスターリンはこう演説している。
ドイツと日本を暴走させよ。しかしその矛先を祖国ロシアに向けさせてはならない。ドイツの矛先はフランスとイギリスへ、日本の矛先は蒋介石の中国に向けさせよ。そして戦力を消耗したドイツと日本の前には米国を参戦させて立ちはだからせよ。日・独の敗北は必至である。そこでドイツと日本が荒らし回った地域、つまり日独砕氷船が割って歩いた跡と、疲弊した日独両国をそっくり共産陣営に頂くのだ。」

要するにソ連は、先進国同士を戦争させて消耗させ、最後に参戦して漁夫の利を得ようと考えていたのである。そしてスターリンのこの戦略を実現するための工作員や協力者が世界中に根を張っていて、わが国の政界や軍の中枢にも上層部にも多数存在していたのである。以前このブログでも書いたが、「大東亜共栄圏」とか「東亜諸民族の解放」とかいう勇ましい言葉はソ連のスパイであった尾崎秀実らのグループによって広められ、このスローガンで日本を対ソ不戦に導く「南進論」に導いたのである。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-223.html

産経0811

上の画像は、平成25年8月11日の産経新聞の記事だが、これによると、当時の日本政府の重要メンバーの多くがコミンテルンに汚染されており、日本の共産主義者たちが他国の共産党と連携しながらソ連に和平工作を仕掛けたということを、中国国民政府の陸軍武官が重慶(中国の臨時首都)に打電していたことを米国が傍受したことが機密電報でロンドンに伝えられ、英国立公文書館所蔵の最高機密文書ULTRAに残されていることがわかったという。
その記事の解説によると鈴木貫太郎の首相秘書官を務めた松谷誠・陸軍大佐が、(昭和20年)4月に国家再建策として作成した『終戦処理案』」では戦後はソ連流の共産主義国家を目指すべきだと書かれていたことや、陸軍参謀本部戦争指導班長、種村佐孝大佐がまとめた終戦工作の原案『今後の対ソ施策に対する意見』でも、(1)ソ連主導で戦争終結し (2)領土を可能な限りソ連に与え日本を包囲させる (3)ソ連、中共と同盟結ぶと書かれているのだそうだ。

以前ブログに記したが、ソ連が8月9日に対日宣戦布告したのち、大本営は「対ソ全面作戦」を関東軍総司令部に発動したのだが、驚くべきことにその内容は、満州国を直ちに放棄して軍を朝鮮半島に向かわせ、11日には朝鮮国境に近い場所に総司令部を移転させている。これは種村大佐が終戦工作原案でまとめたとおり「領土を可能な限りソ連に与え日本を包囲させる」ことを忠実に実行しているのである。

関東軍は早々と満州国をソ連に差し出したのだが、領土だけでなく居留民をも早々と差し出している。そのことを裏付ける証拠がソ連側にも関東軍にも残されている。

たとえば、関東軍が8月26日にソ連に提出した文書は、このようなものであった。
「一、135万の一般居留民のほとんどは満州に生業があり、希望者はなるべく残留して、貴軍に協力させてほしい。ただし老人、婦女子は内地か、元の居留地へ移動させて戴きたい。
一、軍人、満州に生業や家庭を有するもの、希望者は、貴軍の経営に協力させ、その他は逐次内地に帰還させてほしい。帰還までに極力貴軍の経営に協力するよう使っていただきたい。
一、例えば撫順などの炭鉱で石炭を採掘するとか、満鉄、製鉄会社などで働かせてもらい、冬季の最大難問である石炭の取得にあたりたい。

http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-298.html

当時の史料を読めば、シベリア抑留の問題は、左傾化していた大本営や関東軍にも責任があることは明らかなのだが、関東軍上層部の異常さは千島列島の最北にある占守島(しゅむしゅとう)の戦い見てもよくわかる。

樋口季一郎

第五方面軍司令部の樋口季一郎中将は、ソ連軍奇襲の報告を受けて自衛のための戦いを決断し、日本軍は良く戦ってソ連軍の進軍を阻んだのだが、ソ連側の被害があまりに甚大となったために、ソ連極東軍最高司令官ワシレフスキー元帥が急遽関東軍の秦関東軍参謀長に仲介を求めてきたという。秦参謀長は直ちに停戦することを樋口中将に要請し、日本軍は優勢であったにもかかわらず、武装解除を余儀なくされたのだが、この戦いでソ連軍の進軍を止めたことで、北北海道はソ連に侵略されずに済んだのである。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-226.html

わが国よりもソ連に忠誠心を持つような幹部や兵士が関東軍に多数いた事は、わが国が中国大陸で戦争に巻き込まれていったことと無関係ではないと思うのだが、戦後このような史実がほとんど無視されているのは、わが国で拡められている歴史叙述が相当歪められたものであることを物語っている。
こんなことを書くとすぐに中韓や左派勢力から「歴史修正主義は許さない」「陰謀論は聞くに値しない」という声が聞こえてきそうだが、この言葉は「戦勝国および共産主義にとって都合の良い歴史を書き換えるな」という意味の脅しだと理解すれば良いだろう。

しかし、ロシアがアメリカの原爆投下を問題にし出したことで、「戦勝国にとって都合の良い歴史」が一枚岩ではなくなり、これから大幅に書き替えられる可能性が小さくない。このことはわが国にとってはチャンスなのだと思う。

アメリカは「邪悪な日本との戦争を早く終結させるために原爆投下はやむを得なかった」との従来の主張を続けては中露を叩くことが不可能で、中露から原爆を落とした罪を永遠に問われることになってしまう。
この「歴史戦」でアメリカが不利な状態を脱するためには、ソ連こそが最大の犯罪国家であり、中国共産党はソ連の仕掛けた「敗戦革命工作」に協力したという真実の歴史を描くしかないのではないか。アメリカには「中露にとって都合の良い歴史」が嘘であることを暴く、決定的な史料があるはずで、それを少しずつ呈示しつつ暴露することによって、中露を徹底的に叩くことができる。

そうすれば「日本だけが悪かった」とする歴史は全面的に書き換えられ、ロシアや中国およびわが国の左派勢力も一気に力を失うことになるだろう。
わが国が北方領土問題や尖閣問題について、ロシアや中国とまともな交渉できるようになるのはそのあとのことになると思われる。

今後のアメリカにおける歴史の見直しの動きに注目したい。
**************************************************************
ブログパーツ
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よろしければ、この応援ボタンをクリックしていただくと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をかけて申し訳ありません。
    ↓ ↓         


にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ





【ご参考】通史では以下のような史実はすべて伏されてしまっていますが、重要な事実でありながらなぜ戦後のわが国で伝えられてこなかったのかと誰でも考えると思います。良かったら覗いてみてください。

昭和天皇の『終戦の詔書』の後も戦争が続き、さらに多くの犠牲者が出たこと
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-225.html

ソ連の『北海道・北方領土占領計画書』を読む
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-226.html

占守島の自衛戦を決断した樋口中将を戦犯にせよとのソ連の要求を米国が拒否した理由
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-187.html

国内で徹底抗戦と言いながらソ連参戦後すぐに満州を放棄した日本軍~~ポツダム宣言8
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-298.html

『ポツダム宣言』を公然と無視し、国際法に違反した国はどの国か~~ポツダム宣言10
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-300.html

昭和初期が驚くほど左傾化していたことと軍部の暴走とは無関係なのか
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-207.html

軍部や官僚に共産主義者が多数いることに気が付いた近衛文麿
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-208.html

終戦後大量の日本兵がソ連の捕虜とされ、帰還が遅れた背景を考える
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-224.html

「黄河決壊事件」の大惨事が教科書に記述されないのはなぜか
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-251.html


関連記事
Comment
日本も共産スパイに踊らされていたんですね。
原爆まで落とされて、いったいなんのための戦いだったのでしょうか…。
原爆投下には正義などなく、悪意しかないように感じます。
広島・長崎にはアメリカ人観光客が訪れますが、彼らの胸中を知りたいです。
戦勝国による歴史の書き換え‥
いつも更新を楽しみにしています

難しい問題ですね。
事実を知りたいだけなのに、
それぞれの国が己の利害•都合に合わせて解釈しようとして
衝突して‥また時代が変われば繰り返し‥

事実を素直に捉えないと、良き未来は開けませんよね。
みんな教科書やマスコミ、偏った意見に惑わされず
広い視野で歴史を、現在を見て行かねば!

しばやんさんの考えは公平でかつ芯があり、いつも
心に響きます。
今後もご活躍を期待しています。
Re: タイトルなし
大伴細人さん、コメントありがとうございます。

中国とアメリカで排日運動を仕掛けたのも彼らの工作によるものだと考えています。
その後わが国は、ソ連の戦略の通りに中国との戦いに巻き込まれ、さらにアメリカとの戦いに巻き込まれたのですが、アメリカが原爆を投下したことに正義は有りません。大量の民間人を巻き込んだために、南京大虐殺事件で日本軍が大量に民間人を虐殺したという嘘話もセットで近現代史が書かれているのですが、その叙述も変わっていくのではないのでしょうか。

私も数年前に広島の原爆記念館に行きました。近くに若いアメリカ人も来ていましたが、被爆者の写真を食い入るように見ていました。声をかけたわけではありませんが、母国がひどいことをして戦争に勝利したことは理解してくれたことでしょう。
Re: 戦勝国による歴史の書き換え‥
かめいとさん、いつもよく読んで頂き、さらにコメントまで頂きありがとうございます。とても嬉しいです。

終戦70年の特集番組をいくつかテレビで見ましたが、ソ連のシベリア抑留に関する特集はあったのでしょうか。アメリカの原爆や空襲の話ばかりでバランスを欠くと思ったので、書きたくなって書いてみました。

なんとか、学校やマスコミなどで垂れ流されている歴史叙述の嘘を、多くの人に気づいて欲しいと思いながら記事を書いていますが、少しずつアクセスが伸びているのが励みになっています。これからも時々覗いてみてください。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
ロシアが先の大戦の事を言っても「お前が言うな」としか感じないです^^;

でも米国もロシアの主張に対抗するには機密文書の引き出しを開けざるを得ない・・・ということですね。
今後の推移を見ていきたいと思います。

村クリと拍手★
時乃★栞 さん、コメントありがとうございます。
その通りですね。

もしアメリカが、ロシアの主張に対抗してソ連や共産勢力にとって不利な機密文書を公開して反論しようとすれば、アメリカにすれば「邪悪な日本を降伏させた正義の味方」という、「アメリカにとって都合の良い歴史」をも捨てなければならなくなります。

その方向にアメリカを動かすためには、日本人自身がいつまでもテレビやマスコミや教育機関が垂れ流す歴史観に洗脳されている状況で、米ロの論戦を傍観するようであってはだめなのだと思います。
アメリカにとっても、従来の歴史観を変えることについては反対する勢力はかなりいることでしょうし、ロシア、中国もアメリカとの関係を改善してでも、従来と同様の歴史観を維持しようとするかもしれません。

戦後70年が経過して、日本人の多くが「戦勝国にとって都合の良い歴史叙述」に疑問を持ち、歴史の真実を探求しようとする姿勢でいることが、今まで以上に重要なのだと思います。


腹黒いんだから・・
 しばやん さん
 読ませてもらっております。大変勉強になります。
 今回のテーマは、気になるところでした。ロシアがシベリア抑留問題を忘れて、恥知らずにもよく言うよ、裏があるな、と。まあ、ロシアにしろアメリカにしろ、中共にしろ、(現在のような日本悪玉の)歴史の見直しなんてしませんよ。ちょっと、弄ってみただけではないでしょうか。なんたって、腹黒い人たちだから、乗せられてはいけません。彼らからしてみれば、日本は柔らかい畑(甘ちゃん)であり、そこに住むのは無用の反省をするまでに飼育した猿・・という認識で、猿を相手にはダブルスタンダードどころかトリプル、でも、反省どころか、心も痛まないでしょう。利用できるまで利用するだけさという腹黒さです。
ここを腹にすえておくべきでしょう。
「歴史の真実を探求しようとする姿勢で」、「でたらめいうな」と堂々と論戦し、反証し、宣伝戦をしなければならないのではないでしょうか。
 しばやんさん、ご苦労様です。東北からエールをおくります。
 さて、毎年八月は憂うつなですね。今年はことさらです。東京大空襲があった。原爆が落ちた。戦争は悲惨だ。おかしいだろう。主語のある文章にしろって・・。それに、憲法学者はやっぱり曲学阿世だった。大学教員という職場をあっせん(割り振る)するのは、自説を継ぐ者に限定してきた学会のボス先生の汚染はここまで浸透していた!!
 よそ様のブログで、憂さ晴らしの醜態をお許しください。
 大切なお礼を忘れていました。山伏のご見解、なるほど、ごもっとも、楽しかったです。その前の、一連の伴天連の話も、素晴らしかったです。原爆を落とすまで、日本に降伏させるな、これも評価させていただきます。





Re: 腹黒いんだから・・
まつかぜさん、いつもよく読んで頂いているうえにエールまで頂いて、本当にありがとうございます。とても励みになります。

今回は、期待を込めて書いた部分があることは否定しませんが、もしロシアが仕掛けた歴史戦で、戦勝国に飼いならされてきた日本人の感情が反米に向った場合、アメリカがいつまでも黙っているとは思えないのです。
もっとも、アメリカが歴史戦で叩くのではなく、経済封鎖などで中露を締上げて黙らせるという選択もあり得ますが、左翼の多いわが国のマスコミは反米に誘導しようとするのではないでしょうか。

ご指摘のように、わが国がアメリカの反論に期待するだけではいけないのだと思います。日本人自身が、「戦勝国にとって都合の良い歴史叙述」に疑問を持つようになり、いつまでも「戦勝国にとって都合の良い歴史叙述に騙されない」という姿勢になることが、今まで以上に重要なのだと思います。
広島
小生が、1960年代末にブルガリアに留学していた頃、ブル人学生たちには、反米思想教育が行われていて、人類への大罪として「広島・長崎への原爆投下」を市民に宣伝していました。つまり、ソ連共産党の「宣伝資料」として、すでに60年代から広島、長崎は使われていたのです。冷戦の敵は、まず米国で、次いでニクソン訪中後は中国も加わったのです。「中国の脅威」もやたらと宣伝され、膨大な人数を要する中国陸軍は、殺しても殺しても、あとから蟻のように湧き出てくる困った軍隊とされ、市民の恐怖感を煽っていました。
 また、ブル人の日本語通訳たちは、日本滞在中には、広島原爆記念館と東京にあるゾルゲの墓を訪ね、「平和への祈り」を捧げる、というのが半分義務でした。ゾルゲは、日本軍がソ連を攻撃しないとの情報を送って、対独戦を有利に進めるための極東部隊の西部戦線への移動を可能とした「英雄」とされていました。
 今回、ロシアで再び米国の原爆投下を批判し始めたと言っても、それは社会主義時代の宣伝と同じ内容ですから、資料はいくらでもあると言えるでしょう。
 他方で、ソ連時代から、千島、北方領土、南樺太の、中立条約を破っての軍事的占領に関しては、第二次大戦の大枠の中で行われ、ヤルタ協定で米国、英国も了解していた作戦で、ソ連には何ら罪は無い、との立場です。戦利品を返上するバカはいない、ということ。
 関東軍首脳にも、赤がいたということは、小生も初耳です。進んで満洲、北海道をソ連領土として献上しようとたくらんだとすれば、許せません。
Re: 広島
室長さん、コメントありがとうございます。
ブルガリアで反米思想教育が行なわれていたことはわかりますが、当時は「中国の脅威」が宣伝されていたこととか、ゾルゲがブルガリア人にとっても英雄であったということは知りませんでした。勉強になります。

関東軍首脳だけでなく、陸軍首脳にもかなり共産主義者がいました。本文中に陸軍参謀本部戦争指導班長、種村佐孝大佐がまとめた終戦工作の原案『今後の対ソ施策に対する意見』の内容を書きましたが、「(1)ソ連主導で戦争終結し (2)領土を可能な限りソ連に与え日本を包囲させる」というところは誰しも違和感を感じるところです。ちなみに種村大佐は戦後共産党に入党しています。

関東軍に限らず日本軍には、ソ連の工作員とまではいかないまでも、ソ連を理想国家として憧れた軍人が多かったのではないでしょうか。関東軍が暴走して満州事変が始まったのも、レーニンやスターリンの戦術通りに、わが国を戦争に巻き込むために動いた可能性を感じています。そう考えないと、ソ連と戦わなかったことがあまりに不自然です。
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
FC2カウンター 
アクセス累計
最近の記事プルダウン
全記事表示リンク
ブログ内検索
『しばやんの日々』のブログ内の記事をキーワードで検索できます。検索された全てのブログ記事と、記事の最初の文章が表示されます。
プロフィール

しばやん

Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
従来のメインのブログでは読者の皆様から、数多くの有益なコメントを頂きましたが、コメントまでは移しきれなかったことをご容赦願います。

またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

***********************
Facebook、twitterなどで記事を拡散していただいたり、リンクしていただくことは大歓迎ですが、このブログ記事のURLとブログ名は明記していただくようよろしくお願い致します。

コメント、トラックバック共に歓迎しますが、記事内容とあまり関係ない内容を論拠を示さないまま一方的に自説を唱えたり、どこかの掲示板などの文章をまるまる引用しているだけのコメントは削除させていただくことがあります。

匿名のコメントや質問にはできるかぎり対応させていただきますが、回答する場合はこのブログのコメント欄でさせていただきます。

また、お叱りや反論もお受けしますが、論拠を示さないで一方的に批難するだけのものや、汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメントなど、不適切と思われるものぱ管理人の権限で削除させて頂く場合がありますので、予めご了承ください。
***********************

リンク
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
新しいカテゴリに移すなど、カテゴリを時々見直すことがありますので、記事をリンクされる方は、個別記事のURL(末尾が"/blog-entry-***.html")をご利用ください。
年別アーカイブ一覧
RSS登録er
タグクラウド

RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
日本語→英語自動翻訳【星条旗】
このページを英訳したい人は この下のEnglishの部分をクリックすれば ある程度の英語の文章になるようです。
ブログランキング
下の応援ボタンをクリックして頂くと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をおかけしますが、よろしくお願い致します。
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
おきてがみ blogram
ブログランキングならblogram
文字を大きく・小さく
    月間人気記事ランキング
    個別記事への直接アクセス数の今月1日からの合計値です。毎月末にリセットされます。このブログのアクセスのうち6割以上は検索サイト経由、約2割は何らかのリンクを辿って、過去の記事のURLに直接アクセス頂いています。
    51位以降のランキングは、リンク集の「『しばやんの日々』今月の人気ページランキング (全)」をクリックしてください。
    人気ブログランキング 日本史
    「人気ブログランキング」に参加しているブログの1週間の応援ボタンのクリック件数を集計し、日本史部門でランキングを表示したもの。
    ブログ村ランキング 日本史
    にほんブログ村に参加しているブログの、1週間の応援ボタンのクリック件数を集計し、日本史部門でランキングを表示したもの。
    PINGOO! メモリーボード
    「しばやんの日々」記事を新しい順にタイル状に表示させ、目次のように一覧表示させるページです。各記事の出だしの文章・約80文字が読めます。 表示された記事をクリックすると直接対象のページにアクセスできます。
    ツイッタータイムラン
    逆アクセスランキング
    24時間の逆アクセスランキングです。表題の「アクセス解析研究所」をクリックすると、詳細な解析結果が分かります。
    ブロとも申請フォーム
    おすすめ商品
    旅館・ホテル