HOME   »  地方の歴史と文化を訪ねて   »  京都府  »  浄瑠璃寺から岩船寺へ~~秋深まる当尾の里の名刹と石仏を訪ねて

浄瑠璃寺から岩船寺へ~~秋深まる当尾の里の名刹と石仏を訪ねて

毎年紅葉の季節になると、古い寺や神社を巡りたくなる。あまり有名すぎる観光地は人が多すぎて風情を感じることが少ないので避けて、なるべく歴史的風土が良く残されていそうな場所を選んで旅程を組むのだが、今回は京都府の木津川市にある古社寺を巡る旅程を立てて、先日行ってきた。

最初に訪れたのは木津川市の東南部にある加茂町の浄瑠璃寺(0774-76-2390)である。京都府とはいっても、奈良県との県境に近い当尾(とおの)の里に位置している。この寺から南に1kmも進めば奈良県で、この地域は古くから南都の影響を強く受けてきて、世俗化した奈良仏教を厭う僧侶が穏遁の地として草庵を結び、それがやがて寺院となり「塔」の屋根が建ち並んだことから、いつしか「当尾(とおの)」と呼ばれるようになったという。

浄瑠璃寺 名所図会

上の画像は江戸時代の天明7年(1787)に出版された『拾遺都名所図会』にある浄瑠璃寺の境内の絵図であるが、今の境内図と見比べると、昔は鎮守社の白山神社と春日神社が存在していたことがわかる。また「当尾」を「塔尾」と書かれているのも興味深い。
http://www.nichibun.ac.jp/meisyozue/kyotosyui/page7/km_01_907.html

浄瑠璃寺境内図

この寺の縁起である浄瑠璃寺流記(るき:国重文)によると、永承2年(1047)に義明(ぎみょう)上人が開基したとあるが、もともとこの地域は興福寺の念仏別所として古くから仏教の盛んであった地域であったようだ。

浄瑠璃寺本堂

上の画像は嘉祥2年(1107)に建立された本堂(国宝)と浄瑠璃寺庭園(国名勝)である。

浄瑠璃寺の伽藍配置は、池を中心にして東に薬師如来を祀る三重塔(国宝)があり、西には阿弥陀如来九体を安置する本堂がある。パンフレットの解説によると「太陽の昇る東方にある浄土(浄瑠璃浄土)の教主が薬師如来、その太陽がすすみ沈んでいく西方浄土(極楽浄土)の教主が阿弥陀如来」なのだそうだ。このような伽藍配置は平安時代の中頃から京都を中心に広まったのだそうだ。

本堂に九体もの阿弥陀如来像が置かれたのは、観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)というお経にある九品往生(くほんおうじょう)という考えにもとづくものだという。
わかりやすくいうと、同じ極楽浄土へ往生するにも、「上品上生」から「下品下生」まで9つのパターンがあり、9段階に区別された人々をそれぞれの仏が救うというものである。
平安時代後期にその思想が広まって9体の阿弥陀如来像を置くことが流行したそうだが、現在残されているのは、この浄瑠璃寺の本堂ただ一つである。

九体阿弥陀如来像

本堂の中は撮影が禁止されているのでパンフレットの写真を紹介するが、平安時代に制作された九体の木造阿弥陀如来坐像が安置され、すべてが国宝に指定されている。
本堂には、ほかにも国宝の四天王像(持国天、増長天)、子安地蔵菩薩像(国重文)、鎌倉時代の不動明王(国重文)などがあり、幸運にも秘仏の厨子入木造吉祥天女像(国重文)も秋の特別公開で開扉されていた(11/30まで)。

浄瑠璃寺のように国宝の建造物の中に多数の国宝仏像を安置している事例は、ほかに興福寺東金堂や東寺講堂、三十三間堂、新薬師寺本堂、中尊寺金色堂があるが、昔の人々と同じように、参拝者の間近に、ガラスなどで遮られずに、それぞれの仏像に手を合わすことのできる祈りの空間がある寺となると、この浄瑠璃寺本堂は非常に貴重な場所である。

浄瑠璃寺三重塔

上の画像は浄瑠璃寺の三重塔(国宝)。記録によると治承2年(1178)に京都の一乗大宮から移築したという。
この三重塔には秘仏の木造薬師如来坐像(国重文)があり、毎月8日と春秋の彼岸の中日、正月の三が日には開帳されるのだそうだ。また1階内部の壁画も国重文に指定されている。
周囲の紅葉は色づき始めたばかりで、今月の20日前後に見頃を迎えるのではないだろうか。

パンフレットには何も書かれていないが、関秀夫氏の『博物館の誕生』(岩波新書)のp.75には、この浄瑠璃寺が明治維新の後に「無住となり荒れるにまかせた」状態になったことが記されている。この寺は中世から近世にかけては興福寺一条院の末寺であったのだが、本寺の興福寺一条院が廃寺となってしまって、この寺はこの混乱期に真言律宗に転じて奈良・西大寺の末寺になったという。
先ほども書いたが江戸時代には鎮守社が存在したのだがそれが今はなく、浄瑠璃寺の本堂や三重塔が、明治初期の廃仏毀釈の影響を受けて、無住となり荒廃したにもかかわらず現在に残されたことは興味深い。
これだけ多くの文化財を守るために、多くの人々の苦労があったことだと思うのだが、もしそのような記録が残されているのなら読んでみたいものだと思う。

浄瑠璃寺の拝観を終えて、次の目的地である岩船寺(がんせんじ:0774-76-3390)に向かう。
この寺は天平元年(729)に聖武天皇の発願で行基が阿弥陀堂を建立したと伝えられ、大同元年(806)に空海の甥・智泉が灌頂堂として報恩院を建立し、さらに弘仁4年(813)に嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(たちばなのかちこ)が皇子誕生の機に伽藍が整えられて「岩船寺」と称するようになったという。
最盛期には東西十六町*、南北十六町という広大な境内に三十九の坊舎を有したそうだが、承久の乱(1221)の兵火で堂塔の大半を焼失してしまう。
この寺も浄瑠璃寺と同様に、鎌倉から江戸末期までは興福寺一条院の末寺であったが、明治になって西大寺の末寺になっている。
*町:1町=109.1メートル 16町=1745.5メートル

岩船寺の本堂は昭和63年(1988)に再建されたもので、本尊は天慶9年(946)の胎内銘を有する木造阿弥陀如来坐像(国重文)である。ケヤキの一木造りで高さが3mもあるという。
本尊の周りに置かれている鎌倉時代の四天王立像(府指定文化財)もなかなか見ごたえがある。
内部は写真撮影禁止なので、パンフレットの画像を紹介しておく。

岩船寺木造阿弥陀如来坐像

本堂の裏にも貴重な仏像が安置されている。普賢菩薩騎象像は、以前は三重塔に安置されていた仏像だが、国の重要文化財に指定されている。

岩船寺 三重塔

境内の奥にある三重塔(国重文)は、仁明天皇が承和年間(834~847)に建立したと伝えられているが、現存の塔は室町時代の嘉吉2年(1442)に再建されたものである。もう少し紅葉が進めば、三重塔の朱色がもっと映えて美しくなると思われる。

岩船寺の入口の手前を右に折れるとには、鎮守社の白山神社本殿(国重文)とその摂社の春日神社本殿(府登録)が残されている。その前の広場では毎年10月16日に京都府登録無形民俗文化財に指定されている「岩船のおかげ踊り」が奉納されるのだそうだ。この踊りは幕末の「ええじゃないか」の系譜をひく伝統行事のようだが、若い人が少なくなっては伝統行事を続けることは大変な苦労があると思う。次のURLに「岩船のおかげ踊り」の記事とYoutubeが紹介されている。
http://chee.ch/diary/2013101600/1.shtml

当尾石仏マップ

浄瑠璃寺から岩船寺のある当尾(とおの)地区は、多くの石仏が点在することでもよく知られている。
次のURLに石仏マップが出ているが、42体もある石仏を訪ねるハイキングも結構楽しめそうだ。せっかく来たのだから、岩船寺に近い「わらい仏」を訪ねることにした。
http://0774.or.jp/pdf/tounomap.pdf

わらいぼとけ

岩船寺の門を出て、47号線を西に少し進むと、右手に石仏を散策するコースの入口がある。
細い道で結構アップダウンがあるが、昔は修験者が歩いたような道を進むのはなかなか楽しく、10分も歩けば「わらい仏」(京都府有形文化財)に到着する。この石仏には永仁7年(1299)の銘があり、制作されて700年以上も経過しているのだが、わずかに笑みを浮かべていてとても親しみを感じる石仏である。

岩船寺 門前茶屋

岩船寺に戻って門前の「休憩所静」でヨモギ餅を食べたが、手作りの味はとても旨かった。この店でおかきやエビ餅や柿を買いこんで、車で次の目的地である森八幡宮に向かう。

天平9年(737)に藤原四兄弟が天然痘の流行によって相次いで死去し、代わって政治を担った橘諸兄が、唐から帰国した吉備真備と玄昉が重用し、藤原氏の勢力は大きく後退し、藤原宇合の長男・広嗣は大宰府に左遷されている。
そこで天平12年(740)藤原広嗣は「君側の奸」吉備真備と玄昉を除くことを要求する上表文を朝廷に提出し、兵を集めて大宰府で乱を起こしたのだが(藤原広嗣の乱)、この乱は間もなく平定されている。しかしながら朝廷は動揺を続けて、天平12年(740)に聖武天皇の勅命で平城京から恭仁宮(くにのみや)に遷都したのだが、その恭仁宮はこのすぐ近くである。

森八幡宮

森八幡宮は、恭仁宮に遷都された際に宇佐八幡を勧請したとの由緒を伝える神社であるが、この神社の境内に不動明王磨崖仏と毘沙門天磨崖仏(ともに京都府有形文化財)があることに興味を覚えて旅程に入れていた。

不動明王磨崖仏

上の画像は不動明王磨崖仏だが、右に正中三年(1326)と刻まれているのが読める。この当尾地域にある石仏の多くは鎌倉時代に刻まれたものである。

当尾と呼ばれている地域は、京都や奈良の観光の中心部とは全く異なる空気が流れていて、昔の世界にタイムスリップしたような気分を感じる場所である。
わらい仏の前

かつては僧侶や修験者や村人たちが、千年近い年月にわたり祈りを捧げてきた聖地であり、今も地元の人々に篤く信仰されているからこそ、これだけ多くの文化財がこんなに美しく現在に残されているのだと思う。
私が訪れたのは紅葉を楽しむには少し早かったようだが、今度の連休あたりはきっと見頃を迎えることだろう。浄瑠璃寺、岩船寺、当尾の石仏群を紅葉と共に楽しむ旅はいかがですか。

**************************************************************
ブログパーツ
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。よろしければ、この応援ボタンをクリックしていただくと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をかけて申し訳ありません。
    ↓ ↓         


にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ





【ご参考】このブログでこんな記事を書いてきました。良かったら覗いてみてください。

丹波古刹の「もみじめぐり」から香住へ~~香住カニ旅行1
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-227.html

香住から但馬妙見山の紅葉と朱塗りの三重塔を訪ねて~~香住カニ旅行2
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-228.html

但馬安国寺の紅葉と柏原八幡神社の神仏習合の風景などを訪ねて
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-289.html

素晴らしい紅葉の国宝寺院・一乗寺から日本海へ
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-358.html

柴山漁港の競りを見学のあと出石神社、宗鏡寺の紅葉を楽しむ
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-359.html

出石散策の後、紅葉の美しい国宝・太山寺へ
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-360.html



関連記事
Comment
こんばんは~

>此岸(しがん)

恥ずかしながら今まで知らなかった^^;
彼岸と娑婆だとばかり・・・

思い込みって駄目ですね^^;
拍手と村ポチ
Re: タイトルなし
時乃★栞 さん、こんばんは。

滅多に使わない言葉なのでいいじゃないですか。「娑婆」のほうがずっとわかりやすいですね。

ところで、いままで時乃★栞さんはてっきり大学の研究者とばかり思っていました。私よりずっとストレスの多い仕事をしながら日本史の研究を続けるのはすごいですね。
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
FC2カウンター
最近の記事プルダウン
全記事表示リンク
ブログ内検索
『しばやんの日々』のブログ内の記事をキーワードで検索できます。検索された全てのブログ記事と、記事の最初の文章が表示されます。
プロフィール

しばやん

Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
従来のメインのブログでは読者の皆様から、数多くの有益なコメントを頂きましたが、コメントまでは移しきれなかったことをご容赦願います。

またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

***********************
Facebook、twitterなどで記事を拡散していただいたり、リンクしていただくことは大歓迎ですが、このブログ記事のURLとブログ名は明記していただくようよろしくお願い致します。

コメント、トラックバック共に歓迎しますが、記事内容とあまり関係ない内容を論拠を示さないまま一方的に自説を唱えたり、どこかの掲示板などの文章をまるまる引用しているだけのコメントは削除させていただくことがあります。

匿名のコメントや質問にはできるかぎり対応させていただきますが、回答する場合はこのブログのコメント欄でさせていただきます。

また、お叱りや反論もお受けしますが、論拠を示さないで一方的に批難するだけのものや、汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメントなど、不適切と思われるものぱ管理人の権限で削除させて頂く場合がありますので、予めご了承ください。
***********************

リンク
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
新しいカテゴリに移すなど、カテゴリを時々見直すことがありますので、記事をリンクされる方は、個別記事のURL(末尾が"/blog-entry-***.html")をご利用ください。
年別アーカイブ一覧
RSS登録er
タグクラウド

RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
日本語→英語自動翻訳【星条旗】
このページを英訳したい人は この下のEnglishの部分をクリックすれば ある程度の英語の文章になるようです。
ブログランキング
下の応援ボタンをクリックして頂くと、ランキングに反映されて大変励みになります。お手数をおかけしますが、よろしくお願い致します。
にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

おきてがみ blogram
ブログランキングならblogram
文字を大きく・小さく
    月間人気記事ランキング
    個別記事への直接アクセス数の今月1日からの合計値です。毎月末にリセットされます。このブログのアクセスのうち6割以上は検索サイト経由、約2割は何らかのリンクを辿って、過去の記事のURLに直接アクセス頂いています。
    51位以降のランキングは、リンク集の「『しばやんの日々』今月の人気ページランキング (全)」をクリックしてください。
    人気ブログランキング 日本史
    「人気ブログランキング」に参加しているブログの1週間の応援ボタンのクリック件数を集計し、日本史部門でランキングを表示したもの。
    ブログ村ランキング 日本史
    にほんブログ村に参加しているブログの、1週間の応援ボタンのクリック件数を集計し、日本史部門でランキングを表示したもの。
    ブログサークル
    ブログサークル
    ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!
    ツイッタータイムラン
    逆アクセスランキング
    24時間の逆アクセスランキングです。表題の「アクセス解析研究所」をクリックすると、詳細な解析結果が分かります。
    PINGOO! メモリーボード
    「しばやんの日々」記事を新しい順にタイル状に表示させ、目次のように一覧表示させるページです。各記事の出だしの文章・約80文字が読めます。 表示された記事をクリックすると直接対象のページにアクセスできます。
    おすすめ商品
    旅館・ホテル