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又兵衛桜を楽しんだのち宇陀松山の街並みを歩く

毎年4月の上旬に桜を楽しみながら歴史を散策する旅行を計画するのだが、今年は奈良の宇陀市から十津川村を巡ることにした。

最初に訪れたのは宇陀市榛原区赤埴の仏隆寺(0745-82-2714)だが、この寺は室生寺の南門と言われていて室生寺とは本寺と末寺の関係にある。
この寺の歴史は古く、嘉祥3年(850)に空海の高弟・堅恵(けんね)により創建されたと伝えられているが、これより先に興福寺別当の修円僧都がこの地に開いた説もあるという。

仏隆寺 石室

建物は近年建てられたものなのだが、境内に堅恵の廟と伝えられる石室があり、これが国の重要文化財に指定されている。

この寺の境内で空海が唐から持ち帰った最古の茶を栽培したと言われており、境内に『大和茶発祥伝承地』と刻まれた石碑がある。

仏隆寺桜

この寺の参道の横にある千年桜が特に有名なのだが、この桜が見頃を迎えるのは毎年4月の中頃のようである。暖かい日が続いたので3分咲き程度を期待したのだが、さすがに4月2日では早すぎた。上の画像の左下に移っている太い桜の樹が奈良県で最古・最大と言われる『千年桜』で奈良県の天然記念物に指定されている樹なのだが、この桜が満開となるのは今年も4月10日前後なのだろう。但し、駐車場が狭いので早い時間に行かれることをお勧めしたい。

満開の時期の画像は次のURLなどを参考にして頂きたい。
http://www.tree-flower.jp/29/butsuryuji/sennenzakura.htm

次に訪れたのは『又兵衛桜』(宇陀市大宇陀拾生714-1)。仏隆寺からは14km程度走れば到着する。

又兵衛桜1

この桜は、幹回り3m、高さ13mで大きく枝を拡げた美しい桜で、『本郷の瀧桜』とも呼ばれている。樹齢300年とされるこの1本の桜が昨年は8万人もの観光客を集めたという。

後藤又兵衛

『又兵衛桜』という名前は、この場所が、戦国時代から江戸時代にかけて黒田氏、豊臣氏に仕え、数多くの軍功を挙げた武将である後藤又兵衛の屋敷の跡だと言われていることに由来するのだが、通説ではこの武将は大坂夏の陣で討死したことになっている。

ところが、又兵衛は大坂の役を生き延びたという説もいくつかあり、この地に落ち延びたという説が駐車場の脇にあった看板に記されていた。

「当区の宇道辺寺にある薬師寺の境内に、大阪冬の陣、大阪夏の陣で活躍した豪傑、後藤又兵衛の墓がある。
 周囲に玉垣がめぐらされ、石碑には『法泉院量嶽安壽居士』と彫られている。
 1615年(元和元年)5月8日、大坂夏の陣で豊臣方は敗退したが、又兵衛は再挙兵の希望を捨て難く、城中より逃れ落ちた。
 紀州を廻って知人を頼り大和宇陀の当地へ来て、本郷の鉱泉で傷を癒し、豊臣家の再興を待ったが、世は徳川の天下となったので、又兵衛は僧になり『後藤』の姓を一時『水貝』と改めて生活していたと伝えられている。
 当地には、後藤の姓を名乗る家が数軒あり、この又兵衛ゆかりの枝垂れ桜が残っている場所も、後藤家の屋敷跡である
。」

なんとかこの場所を後藤又兵衛と結び付けようとしているような微妙な言い回しだが、「当地には後藤という姓を名乗る家が数軒」あり、この場所が「後藤家」の屋敷跡の一つであるとは書いているものの、この場所にあった「後藤家」が後藤又兵衛が僧になって生活していた場所だとは書かれていないことに違和感がある。

又兵衛桜4

普通に考えれば、このような立派な石垣のある大きな屋敷に、自分の本名を隠して住まねばならない立場の人物が住むことは考えにくいし、大坂から近い宇陀の地が、落ち延びて隠棲する場所として適しているとは思えない。
また、この木の樹齢が300年ということは、又兵衛が生存していた時には存在しなかった桜であることを意味している。この素晴らしい桜を後藤又兵衛ゆかりの桜とする伝説には、かなり無理がありそうである。

Wikipediaで調べると、大分県中津市耶馬渓に、市の史跡として「後藤又兵衛の墓」があるという。この地では大坂夏の陣で戦死した人物は影武者で、本物の又兵衛は大坂城落城の前に豊臣秀頼を護衛し、真田幸村と共に瀬戸内海から豊後国日出に上陸して薩摩国の島津氏を頼りに落ち延びたと伝えられているそうだが、外にも大阪府柏原市の玉手山公園、愛媛県伊予市の長泉寺、鳥取市の景福寺など何箇所かで又兵衛の墓があるようだ。
どの墓が本物であるかは今となってはさっぱりわからないが、この桜を眺めているとそんなことはどうでもよいような気になってくる。とにかくこの桜は美しいのだ。

又兵衛桜2

駐車場あたりから眺めるのも良いが、近くから見るのも良い。枝ぶりが特に美しく、何本もの放物線を描く枝垂れは『本郷の瀧桜』と呼ばれるに相応しい。満開を迎えたら、もっと存在感を増すことだと思う。

宇陀松山地図

又兵衛桜を楽しんだ後、道の駅宇陀路大宇陀(宇陀市大宇陀拾生714-1 0745-83-0051)に車をとめて、重要伝統的建造物保存地区に指定されている宇陀松山の街並みを歩く。
地図は次のURLで簡単に手に入る。
http://www.pref.nara.jp/miryoku/aruku/masumasu/ebooks/udamatsuyama_map/#page=1

大宇陀は飛鳥時代から「阿騎野(あきの)」と呼ばれ宮廷の狩場だったそうだが、この地に秋山氏が城を築き、その麓に栄えた城下町が宇陀松山の始まりとされている。

松山 千軒舎1

詳しい地図やリーフレットは、赤砂交差点のすぐ北にある「千軒舎(秋山地区 まちづくりセンター)」にあると聞いたので、最初に入ることにした。
この建物は明治前期に建てられたもので、かつては「内藤修精堂」の屋号で薬屋を営み、昭和初期から歯科医院だったそうだ。

松山 森野旧薬園

ここから200mほど北に行くと国史跡の「森野旧薬園」がある。
パンフレットにはこう解説されている。
森野家の祖先は吉野南朝に仕えたと伝えられ、大和国吉野郡下市に居住していました。初代兵部為定(元禄11年[1568]9月3日没)は農業の傍ら葛(くず)粉の製造を始め『吉野葛』の名称が生まれ、世に知られるようになったのが森野吉野葛本舗の始まりです。およそ450年前のことです。その後、数代を経た元和2年(1616)、葛晒しに欠かすことができないより良質の水、寒冷な気候を求めて現在の地『大宇陀』に移住しました。
 代々葛粉の製造を継承する中で、当主第11代森野通貞(元禄3年[1690]~明和4年[1767])は若い頃より薬草木を愛好し、屋敷内にこれを栽培、また研究をしておりました。これが当時の幕府にも聞こえ、幕府採薬使である植村佐平次とともに、近畿一円、美濃、北陸方の山野からも薬草を採取し、それを幕府に献上しました。
またその褒賞として幕府から貴重な中国産の薬草が下付され、江戸中期の享保14年(1729)、当時では唯一の私園としての森野薬園を開設し、8代将軍徳川吉宗の国内産で漢方薬を普及させるという国策に貢献しました。
 その後吉野葛、薬草に加え、現在も当薬園で自生するカタクリ(3月下旬~4月上旬開花)の根を精製した『かたくり粉』などの製造も手掛け、幕府に献上しております。」

松山 森野旧薬園 カタクリ

この薬園には今も13000株以上のカタクリが自生していて、ちょうど見頃を迎えていた。かたくりの花を見るのは初めてだが、桜の咲く季節にここを訪れたのはラッキーだった。

松山 森野旧薬園 桃岳庵

森野通貞は晩年にこの薬園の桃岳庵で、薬草や動物を写生し彩色した図鑑である『松山本草』10冊を描きあげたという。通貞の死後子孫は家業である葛製造と薬園の経営維持に努め、明治以降わが国に新薬が伝えられて多くの薬園が廃園となるなかで、この薬園は江戸時代の面影をそのまま残した希少なものとして、大正15年に国史跡に指定されている。

松山 黒川本家

すぐ近くにある黒川本家。この家も代々吉野葛の製造販売を行なっている家だという。

松山 山邊家住宅

宇陀松山の街並みを楽しみながらさらに4分ほど歩くと奈良県指定文化財の山邊家住宅がある。この家はかつて宇陀紙の問屋であった邸宅で、宇陀松山地区でもかなり古い家なのだそうだが、残念ながら内部は公開されていない。
宇陀紙というのは吉野の下市と国栖あたりでつくられた手漉き和紙で、楮(こうぞ)を原料にしており非常に丈夫な紙なのだそうだ。

松山 薬の館

山邊家住宅から少し行くと「薬の館(旧細川家住宅)」がある。この建物は宇陀歴史文化館として公開されていて入場料(JAF割引あり)を払って中に入ると、地元の方から詳しい解説を聴くことができる。

この宇陀松山の地には江戸時代の安政期には50軒を超える薬問屋があって、この家はアステラス製薬(旧藤沢薬品)の創始者の母の生家なのだそうだ。

松山 薬の館4

屋根の上に禅宗様唐破風付の薬の看板には「人参五臓圓・天壽丸」と書かれているが、この名前は天保7年(1835)に売り出された腹薬なのだそうだ。よく見ると、だんじりの屋根のような精巧な造りである。看板だけでなく、この家の造りや襖絵や掛軸も立派なものばかりで、細川家はかなりの豪商であったことが窺える。

松山 薬の館5

この建物の展示物には旧藤沢薬品工業のほか、この地で創業したロート製薬、ツムラ(津村順天堂)などの広告看板やパッケージなどが多数あって、レトロな雰囲気が結構楽しめる場所でありお勧めしたい。

松山 慶恩寺

時間があれば、春日神社の境内から松山城址に行きたいところだが時間がないので省略して、まっすぐ進んで慶恩寺(浄土宗)に向かう。
この寺の寺伝によると創建は695年とされ、文治2年(1186)に重源が奈良の大仏再興のために、伽藍指図の5分の1の試みとしてこの寺を造営したという。南北朝時代に宇陀松山に山城を築き天正13年(1585)に豊臣秀長に追われるまでこの地を治めた秋山氏の菩提寺である。

松山 西口関門

慶恩寺の南西方に松山西口関門(国史跡)がある。この門は江戸時代の初期に造られたもので、すべて黒塗りされていることから「黒門」とも呼ばれ、城下町の門であったものが今も創建当初と同じ場所に残されている。

松山 光明寺 山門

黒門から橋を渡って北に進むと光明寺という融通念仏宗の寺がある。本堂は寛政5年(1793)の建立で山門は17世紀中ごろの建築だが、この山門が奈良県の指定文化財となっている。

近くの蕎麦屋で昼食を済ませ、葛の館で葛餅を食べたのだがこれが旨かった。この店で葛湯をいくつか買ったのだが上品な味わいが好評で、もっといろんな種類を買って帰ればよかったと思う。

松山 久保本家酒造

来た道を戻って酒蔵通りに向かう。宇陀松山に2軒の酒造会社が残されている。
上記画像は元禄15年(1702)創業の久保本家酒造(0745-83-0010)だが、敷地内に酒蔵カフェを営んでいて、土日限定で予約すればランチもできる。

松山 久保酒造

店の入口に杉玉がいくつかぶら下がっていたのでカメラに収めた。杉玉は酒林(さかばやし)とも呼ばれ、造り酒屋のシンボルのようなものだ。

店の人に聞くと、桜井市にある大神神社(おおみわじんじゃ)に新酒を奉納して、神社から杉玉を戴くのだという。
調べると、大神神社の主祭神は大物主神(おおものぬしのおおかみ)で、稲作豊穣、疫病除け、酒造りなどの神様である。この神社で毎年11月14日に全国から蔵元・杜氏が集まって醸造安全祈願祭が行われ、拝殿に吊るされた新しい杉玉が配られるのだそうだ。
作られたばかりの杉玉は青々としているが、やがて茶色になっていく。この杉玉の色合いで人々に新酒の熟成具合を知らせるのだという。

またこの会社は大正6年(1917)に自動車を購入して、大宇陀から桜井駅を結ぶ約12kmの乗合自動車の運行を始めたという。それが今の奈良交通のルーツになるのだそうだ。
Wikipediaで調べると、奈良市内で最初にバスの運行が開始されたのは昭和3年(1928)のことで、路線も奈良駅と春日大社とを結ぶ2km程度の短いものであった。当時の宇陀松山がいかに豊かな町であったかを物語るエピソードでもある。

古代から交通の要衝の地として栄えて豊かな文化を育んできた宇陀松山も、過疎化の進行が止まらないという。近鉄がこの地に線路を敷かなかったことで経済発展から取り残されてしまったようなのだが、逆にそのことがこの地域の歴史的文化的観光価値を高めているような気がする。
今のところ訪れる人は決して多くはないが、美しい街並みのなかで内部を見学できたり、食事をしたりして寛げる場所がもう少しあれば、もっとこの街が魅力を増すことだと思う。
室生寺や吉野や又兵衛桜の観光のあとに宇陀松山を訪れる人が増えて、この美しい街並みと地域文化が末永く維持されていくことを祈りたい。
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【ご参考】このブログでこんな記事を書いてきました。良かったら覗いてみてください。

白骨温泉から奈良井宿、阿寺渓谷を散策のあと苗木城址を訪ねて
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-165.html

濁河温泉から寝覚ノ床、妻籠・馬籠へ
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-104.html

信州の諏訪大社を訪ねて~~諏訪から南信州方面旅行1日目
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-39.html

御柱祭の木落し坂から名所を訪ねて昼神温泉へ~~諏訪から南信州方面旅行2日目
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Comment
桜には時空を超えた伝説も本物に錯覚させるような魅力があると思います。

大河・真田丸の又兵衛役登場が楽しみです^^
村と拍手クリックしました~
Re: タイトルなし
4月2日に訪れ、満開ではなかったですが、存在感のある桜を楽しむことが出来ました。

都心部の桜は、隣地との境界や道路からはみ出た枝が切られてしまって、窮屈そうな空間で咲いている桜が多いですね。自然そのままに枝を拡げた桜の巨木を見て感動しました。

後藤又兵衛は「真田丸」に出てくるとしたら大坂の役の場面かな。
見事ですね
こんにちは。いつもお世話になっております。
又兵衛桜、見事な枝振りですね。伸び伸びとして、桜の花が笑っているように見えます。カタクリのお花も観賞できて、ラッキーですねー!私、丹波まで見に行きましたのよ。
仏隆寺の石室、興味深い形をしてますね。不思議だなぁ。

道の駅で昼食をとっただけなので、交通の要衝でもあり、大企業の元となった薬問屋の並ぶ町並みを是非散策したいです。
葛湯は残業の友なので、お土産も決まりました。
素敵なご紹介をありがとうございました。

Re: 見事ですね
つねまるさんは丹波ですか。なかなかの行動派ですね。

市販の葛湯は甘すぎるイメージがあったのですが、ここの葛湯は上品な味で評判が良かったです。葛餅も美味しかったので、友人にいくつか買って帰りました。

津村順天堂やロート製薬は明治時代の創業で、藤沢薬品のような長い歴史は無いようですし、屋敷が残っているかどうかは良く分かりませんでした。
毎度です。

>この木の樹齢が300年ということは

この木の樹齢は、昭和の頃から変わらず「300年」のままです。…困った話です(笑)。

>大坂から近い宇陀の地が、落ち延びて隠棲する場所として適しているとは思えない。

気持ちは分からなくはないですが、宇陀松山藩は豊臣恩顧の商人や帰農した武士が多く、又兵衛隠棲当時は織田信雄の領地でしたので、そこが又兵衛伝説の妙なリアリティなんですね。現地にとっては。

むしろ、敢えて後藤又兵衛伝説が残っているところに、この地域の発するメッセージ(土地柄)を読み取ることができるように思います。神武東征以来の土地柄ですからね。

森野旧薬園は、先代の当主も現当主も口をそろえて教えてくれましたが、「カタクリの花が咲いているときが一番良い」そうです。良い時期に訪れられたようで、なによりです。
Re: タイトルなし
こんばんは。

否定はしませんが、一度死んだと伝えられている人物が、こんなに近くて目立つ場所に隠棲したとするところに少し違和感を覚えたので、よけいなことを書いてしまいました。
あの素晴らしい桜には、そのような有名人物の伝説が残されていることが相応しいですね。
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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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