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近江八幡の歴史と文化を楽しんで

しばらく重たい話題が続いたので、気分転換がしたくなって滋賀県の湖東地区の文化財を訪ねる旅行をしてきた。

最初に訪れたのは西国三十三カ所の第三十一番観音霊場の長命寺(近江八幡市長命寺町157、☎0748-33-0031)である。聖徳太子開基と伝えられている古い寺で、近江守護佐々木氏の崇敬と庇護を受けて栄えたのだが、永正13年(1516)に佐々木氏と伊庭氏の対立による兵火により伽藍が全焼し、現存する堂宇は室町時代から近世初期にかけて再建されたものである。

かつての巡礼者は三十番観音霊場の竹生島宝厳寺から船でこの寺に参詣したというが、湖岸から長命寺まで続く808段もの石段を登るしかなかった。昔から「健康長寿」の御利益があるとされてきたのだが、健康で足腰が丈夫でなければ参詣することができなかった山寺である。

長命寺 階段

いまでは、細い道ではあるが8合目近くまで進むことが出来る舗装道が整備され、20台程度収容可能な駐車場がある。ここからだと、5~6分程度石段を登れば本堂に辿りつくことが出来る。しかしバスはこの細い道を走ることが出来ず、公共交通機関を使ってこの寺に行こうとすると、長命寺のバス停から30分程度かけて長い石段を登るしかないようだ。

長命寺 本堂

上の画像は本堂(国重文)で、大永4年(1524)に再建されたものである。堂内には聖徳太子作と伝えられる木造千手観音立像(国重文)が安置されているほか、多くの仏像が国の重要文化財に指定されているのだが、よく見ることができなかった。

長命寺三重塔

本堂右手には慶長2年(1597)に再建された杮葺きの三重塔(国重文)がある。

長命寺 境内

本堂の左手には三仏堂(県文化)、護法権現社拝殿(県文化)が続き、その左の少し高いところに鐘楼(国重文)がある。

長命寺 琵琶湖周遊の歌

この長命寺の境内に『琵琶湖周遊の歌』の歌碑があるのだが、西国31番の霊場であるのになぜ歌詞では10番なのかと寺の人に聞くと、昔から長命寺は31番であり、歌詞が誤っているとのことであった。帰宅後ネットで調べると、近江今津にある『琵琶湖周航の歌資料館』の係員がこの問題について、こう回答したと書かれていた。
「作詞の小口太郎は『西国三十一番長命寺』では歌にならない。其処で語呂合せして『西国十番長命寺』としたとの事である。その様にして全国的に歌われるように成ったが、長命寺の方からも事情熟知の上、寛大な処置を執られ変更要求はないと云う。」
http://www.geocities.jp/ikikansai_ryokoukenbunroku2/ryokoukenbunrokuno2/h19biwakosyuukousiryoukan.html

小口太郎は、21歳の頃三高(現京都大学)ボート部員として琵琶湖周航中、故郷の諏訪湖に思いを馳せながらこの詞を書いたのだそうだが、まさか100年近くこの歌が、国民に愛されて歌い継がれることになるとは予想もしていなかっただろう。仲間同士で歌うのだから、この程度の誤りは許されると軽く考えたのではないだろうか。
ちなみに、正しい西国十番観音霊場は京都府宇治市にある三室戸寺であり、間違えることがないようにしたい。

長命寺の観光を終えて、近江八幡の中心地に向かい、市営小幡駐車場(0748-33-2411)に車を駐める。

近江八幡観光マップ

近江八幡は五箇荘・日野とともに近江商人の代表的な出身地だが、もともとは豊臣秀次の八幡城築城にあわせてつくられた城下町であった。その際に造られた八幡堀は、城を防御する軍事的な役割だけでなく琵琶湖に直結して水運を利用する目的があり、八幡城が廃城後の江戸時代には、近江八幡は大阪と江戸を結ぶ重要な交易地として栄え、堀沿いには豪商たちの家や土蔵が立ち並んで、重要伝統的建造物保存地区に選定されている。

近江八幡 旧伴家住宅

最初に旧伴家住宅(近江八幡市立資料館)に入る。郷土資料館・歴史民俗資料館、旧西川家住宅と共通の入場券があるのでそれを買うのがお勧めだ。
旧伴家住宅は天保11年(1840)建築の木造一部3階建ての豪邸で、伴家は江戸時代から蚊帳・畳表・蝋燭などを商った家だという。

近江八幡 旧伴家 左義長

中に入ると、毎年3月中旬に行われる日牟禮八幡宮の左義長祭りの山車(だし)が展示されていた。本物の山車は祭りの最後に燃やされるので、この山車は展示の為にわざわざ制作されたものだが、するめやコンブやガムなどの食材だけで作られているのだそうだ。

明治時代になって伴家が没落したあと、この建物は学校や図書館などに利用されていたのだが、平成9年(1997)に明治26年(1893)当時の尋常高等小学校の姿に復元され、内部には近江八幡の歴史資料が展示されている。

旧伴家住宅の向かいには、近江八幡市立郷土資料館があり、隣接して歴史民俗資料館があり、考古資料や近江商人の帳場や生活用具などが展示されている。

次に旧西川家住宅に向かう。
西川家は蚊帳や畳表を商いした家で、この主屋は宝永3年(1706)に建てられて、土蔵とともに国の重要文化財に指定されている。

近江八幡 旧西川邸

西川家の家訓が記された掛軸があったのでカメラに収めておいた。
先義後利栄 好富施其徳」とは「道理をわきまえて商いをすれば、おのずと利益はついてくる。利益を得ることはわるいことではないが、それに見合った社会貢献をすることが大切である。」と説明してあった。昨今のわが国の大企業に、この家訓を実践している経営者がどれだけいるのだろうか。

近江八幡 商家の街並み2

上の画像は旧西川家の近くを写したものだが、近江八幡の中心部にはこのような街並みが残されていて、タイムスリップしたような気分になる。

近江八幡 日牟礼八幡宮 楼門

日牟禮八幡宮の鳥居を抜けて白雲橋を渡ると、立派な楼門が見えてくる。

近江八幡 日牟礼八幡宮 社殿

この楼門を抜けると優美な日牟禮八幡宮の社殿が並んでいる。
この神社は11世紀に勧請され、中世には近江守護の佐々木氏より武神としての信仰を集め、近世になって豊臣秀次によって城下町が形成され、のちに大阪と江戸を結ぶ重要な交易地として栄えるようになると八幡商人の熱心な信仰対象になったという。

この神社では、先ほど紹介した3月中旬に左義長祭のほかに4月中旬に八幡祭りという火祭りが執り行なわれ、ともに国の無形文化財に指定されているという。

近江八幡 八幡堀風景

参拝のあと境内のかたわらにある「たねや日牟禮茶屋」で昼食を取って、白雲橋を渡ってすぐの石段を下りて八幡堀巡りの船に乗る。上の画像は白雲橋から八幡堀を写したものである。

近江八幡 八幡堀遊覧1

八幡堀は琵琶湖の内湖である津田内湖と北の庄沢・西の湖を繋ぐ運河で、豊臣秀次が自刃して八幡城が廃城になった後は、八幡商人の拠点となり、地場産物の畳表・蚊帳・米・酒などを積んで、塩津で陸揚げされた産物は敦賀から奥州、蝦夷地に運ばれ、琵琶湖を南下すれば瀬田川から大坂にいたり、江戸まで運ばれたという。

鉄道や道路が出来て、水運としての役割を終えて、八幡堀はかなり荒廃したのだそうだが、市民の運動によって整備が進められて、今は近江八幡の観光名所となって時代劇などのロケ地に良く使われているようだ。

近江八幡のみどころは白壁、土蔵の続く街並みや八幡堀ばかりではない。市内の所々に美しい西洋建築物を楽しむことが出来ることもその魅力のひとつである。

近江八幡 白雲館

上の画像は、日牟禮八幡宮の鳥居の前にある白雲館だが、明治10年(1877)に八幡東学校として建てられ、建築費6千円の大半が近江商人の寄付によって賄われたという。その後この建物は役場などに利用されたのだが、今は観光案内所になっている。

白雲館は日本人大工・高木作右衛門が建てたのだそうだが、近江八幡の洋風建築の多くは米国人W.M.ヴォーリスが手掛け、市内の各地に現存している。

ヴォーリス

W.M.ヴォーリスは明治38年(1905)に滋賀県立八幡商業高等学校の英語教師として来日したのだそうだが、放課後バイブルクラスを開いて多くの学生を感化したことから町民の反感を買い、明治40年(1907)に教職を追われて翌年に京都で建築設計監督事務所を開業し、明治43年(1910)に近江八幡でヴォーリス合名会社*を設立した。
彼はこの近江八幡を拠点にして日本各地で学校や教会、病院、商業建築、個人邸宅などの建築に携わり、1千棟を越える建物を設計したという。
*大正9年には「近江セールズ株式会社」を創業し、のちに「株式会社近江兄弟社」と改名し、「メンソレータム」の販売権を取得した。しかし昭和49年(1974)に経営が傾いて販売権を売却。今は少し処方を変えて「メンターム」という商品名で販売している。

近江八幡 旧ヴォーリス住宅

上の画像は旧ヴォーリス住宅で、ヴォーリスの後半生の自邸である。(県指定有形文化財)

近江八幡 アンドリュース記念館

上の画像は明治40年(1907)に竣工したアンドリュース記念館で、ヴォーリス建築第1号の建物である。

近江八幡小学校

上の画像は近江八幡市立八幡小学校で、ヴォーリス建築には分類されていないようなのだが、改築時にヴォーリス事務所が関わったという情報がある。改築時期が判明せずW.M.ヴォーリス本人が関与したかどうかは確認できなかったが、いずれにしてもこんなに素晴らしい校舎で学べる子供達は幸せだと思う。
http://biwahama.exblog.jp/3052488/

近江八幡 池田町洋風住宅街

上の画像は、池田町洋風住宅街で、古い煉瓦塀の中に洋館が建っている。これもヴォーリスが手掛けた建物である。

近江八幡 たねや日牟禮茶屋

近江八幡の中心部を歩いて多くの人が気付くと思うのだが、ここにはチェーン店の派手な看板がほとんど見当たらない。古い街並みの美しさを残すためには看板は控えめであるべきなのだが、地元の店舗の店構えを見るとそのことがよく理解されていて、景観を大切にしておられることがよく分かる。

昭和30年代から40年代の高度経済成長期に、「国土の再開発」と称して全国各地に残されていた古い街並みが破壊されて多くの都市が個性を失っていった。また平成7年(1995)の阪神大震災で、「瓦屋根は危険」と喧伝されて、多くの古い住宅が建て替えられていったのだが、近江八幡にこれだけの古い街並みが美しく残されていることは本当にすごいことだと思う。

この景観を守るために地元の人々に様々な苦労があったことだと思うのだが、それを乗り越えることが出来たのは、地元の人々に郷土を愛する心が経済的動機以上に強かったからなのであろう。

近江八幡が観光地として発展して、素晴らしい伝統文化が承継されて歴史的景観が末永く守られることを祈りたい。
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【ご参考】このブログでこんな記事を書いてきました。良かったら覗いてみてください。

国宝・新羅善神堂近辺の散策の後、大津市歴史博物館で比叡山ゆかりの古仏を楽しむ
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-418.htm

三井寺の国宝・重要文化財観賞の後、非公開の寺・安養寺を訪ねて
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-419.html

浄瑠璃寺から岩船寺へ~~秋深まる当尾の里の名刹と石仏を訪ねて
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-421.html

海住山寺から神童寺、蟹満寺を訪ねて
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-422.html


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Comment
しばやんさん、こんばんは

十数年前の学生時代ですが、安土城に登るためだけに近江八幡市を訪れたことがあります。
当時は時間も、歴史の知識も無く、ただ城跡に登って下りてで終わってしまったのですが、市内にはこんなに沢山の見事な建築が残っているんですね~!

メンソレータム/メンタームの話も初耳でした。
関西は埼玉からだとなかなか遠いですが、機会があれば再び行ってみたい所です(^^
Re: タイトルなし
ぺんでさん、コメントありがとうございます。いい写真が撮れて良かったです。

旅行の本などに掲載されるには掲載料がかかるので、載っているのは余程有名な観光地か、それなりの投資をしたので広告宣伝費を払ってでも客が来ないと黒字にならないような施設です。古い街並みや資料館など市町村やボランティアの協力を得て運営されているような建物などは本に掲載されることは少ないですね。しかしネットで検索して行けば、事前に多くの情報を得ることができます。関東にも探せばきっといいところがあると思いますよ。

安土城跡もこのあとに行ってきました。以前も訪れた事がありますが、土砂降りになったので諦めて帰ってしまいました。石段を登ったのは今回が初めてです。次回の記事に書く予定です。
しばやん さん
こんにちは 隆ちゃんです。
ブロガリ時代 ご訪問頂き有り難うございました。
「しばやんの日々」の行き先を知らべ、FC2へ
引っ越されていたのを突き止め、ご連絡致しました。
時間をかけて移行されたのですね!
これからもお立ち寄りしたいと存じます。
私は、Gooへ引っ越しました。私の方は写真メイン
ですので、古いものは捨てて、デジブックに投稿した
ものをGooにつなげました。
今後とも宜しく!
Re: しばやん さん
隆ちゃんさん、コメントありがとうございます。

私の場合はブロガリの要領があとわずかになって、苦渋の決断をしました。当時は、引っ越しが簡単にできるようなツールが容易されていなくて、自力で1記事ごとに移すしかありませんでした。

苦労しましたが、ブロガリと大手のブログサービスとでは、アクセスの数が全然違いますね。隆ちゃんさんも新天地で頑張ってください。
ヴォーリス建築
こんにちは。いつもお世話になっております。
八幡堀をお舟で散策とは、いいですね。

何年か前にヴォーリス建築の小学校の解体を盛んに報道してましたが、このニュースでヴォーリスを知りました。懐かしい感じがする建物ですね。
しばやん様の興味が向く先が和洋問わずいろいろなものなので、とても楽しいです。

小さい頃からアレルギー気味で薬剤や虫等に過敏でしたので、祖母がお古の蚊帳を譲ってくれまして。さすがに今は使いませんが、大切に持っております。最近見直されつつあるようですね。

でも、ご年配の方でもご存じないかも?

近江八幡、町を散策したことがないので、とてもいいものを見せていただきました。ありがとうございました。
Re: ヴォーリス建築
つねまるさん、こんばんは。こちらこそいつもお世話になっております。

八幡堀が古い街並みを通る時は、時代劇映画のシーンを見ているような気分になりました。映画撮影に今も良く使われているのは良く分かります。

近江八幡は仕事で行ったことが数回ありますが、観光をしたのは初めてです。思った以上に良いところでした。
デパートで洋菓子を時々買っているクラブハリエも近江八幡の本社のあるたねやのグループで、近江八幡日牟禮ヴィレッジのカフェで飲んだ水出しコーヒーは絶品で、ドーナツも旨かったです。

蚊帳は懐かしいですね。いつの間にか姿を消しましたが、今も時々蚊の翅音で寝られないことが良くあります。昔の人の知恵をあまり軽んじてはいけませんね。

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しばやん

Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
従来のメインのブログでは読者の皆様から、数多くの有益なコメントを頂きましたが、コメントまでは移しきれなかったことをご容赦願います。

またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

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