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ミッドウェー海戦大敗後、キスカ島上陸に意味はあったのか~~『キスカ戦記』を読む2

アリューシャン列島の西部にあるキスカ島、アッツ島等の攻略はミッドウェー作戦と同時に行われた。
キスカ上陸作戦の前に、第二機動部隊によるダッチハーバー航空攻撃が昭和17年6月4・5日に行われ、日本軍は七機を失ったが、米軍の哨戒飛行艇PBY六機、陸軍重爆B26、B17三機、P40戦闘機二機を葬っている。

ミッドウェー・アリューシャン列島攻略概念図

しかしながら、前回の記事の最後に触れたとおり米軍は日本軍の暗号電文を解読しており、アリューシャン方面には最低限の戦力を送るにとどめて、主力をミッドウェーに集中して日本軍を待ち構えていた
ミッドウェー海戦のことは別の機会に書くこととして、この戦いの結果をキスカ島に向かう船上で知らされた海軍軍医大尉・小林新一郎氏の手記を紹介しよう。

小林氏は昭和17年(1942)6月6日に船が反転して西に(キスカ島と反対方向に)向かっていることに気付いたのだが、どうしたことかと思っていると、先任副官の柿崎大尉がいきなりノックもせずに小林氏の部屋に入ってきた。

「…副官は部屋に入るなり荒々しく、
『寝ちゃおれんよ! 軍医長!』と言った。その顔はこわばり、眼は血走っていた。
『どうしたんだい! 一体!』」と起き上って聞いた。
向かい合った副官の顔から容易ならぬことが起きたに違いないと直感して、息を飲んで次の言葉を待った。
ミッドウェー沖で大海戦だ。しかも思いがけないことばかりだ。これを見ろ!』といって差し出した電報綴に軍機の朱書が目についた。しかもその内容は、
赤城沈没。加賀大破炎上。蒼龍大破。飛龍被弾。』
 と思いがけない悲報である。断片的な戦況報告から全体の様子を判断することは不可能であるが、ミッドウェーへ向かったわが空母部隊が全滅に瀕していることは確かだ。…我らが精鋭中の精鋭空母部隊が致命的な損害を受けたことを知って、心臓の凍る思い、目の前が真っ暗になる思いがした。

 ハワイ空襲もこの精鋭があったればこそ、印度洋作戦もまた然り、今次の東太平洋作戦も頼むはこの4隻の空母部隊であった。その精鋭が、われわれの頼みの綱がミッドウェーの海底深く消えてしまったのだ。…『誰にも言わないでくれよ』といって先任副官は出て行った。彼も余りのことに呆然となって度を失い、自分の胸一つに包み切れず、せめて私の所へ苦しみを分けに来たのであろう。誰にこんなことが話せるものか。話したりして何になろうか。ただ心配させ、士気を沮喪させるに過ぎない。つつみ切れないほどの重荷であるけれど、われわれ幹部だけの胸に秘めておこうと決心した。」(『キスカ戦記』p.46)

炎上する空母加賀
【炎上する空母・加賀】

ミッドウェー海戦で大敗をしたことが判明した時点で、アリューシャン攻略に意味があるのかと誰でも考えるところだが、この点については『キスカ戦記』にこう記されている。

「…空母全滅、機動部隊大損害の大敗を喫した状況が明白となるや、山本連合艦隊司令長官は、ミッドウェー攻撃を中止するとともに、アリューシャン攻略の延期を決意し『直ちに反転西航しつつ後命を待て』と下命したのである。」(同上書 p.36)

小林新一郎氏の手記にあるように、北方部隊はこの命令により反転して西に向かって進んだのであるが、翌日になってこの命令が覆されたという。

「明けて6日8時、中沢第五艦隊参謀長は①ミッドウェー作戦が不成功に終わった今、西部アリューシャンだけを攻略しても哨戒戦の前進には無意味であり、②有力な兵力を失った現在、アリューシャンに手を広げるのも意味がない、との判断から、連合艦隊司令長官宛
『AL作戦*は此の際中止し、捲土重来のことと致したし』と作戦の中止を具申
した。
 これに対し、連合艦隊参謀長は残存鑑定の中から有力な部隊を増援してAL作戦をしたいとの意思表示と意見を求められ、連合艦隊司令部の意向を知った第五艦隊司令長官細萱中将は、AL作戦の再興を決意し、増援部隊の来着を待たずに作戦実施を下命した。このため攻略作戦実施は当初の予定より一日遅れることになった。
 かくして北方部隊は急ぎ再び反転、目的地に急進した。

 このような事態から、当初予定したアダック島に対する攻撃破壊作戦は取り止められ、水上機動部隊はアッツ攻略指揮官の指揮を解かれてキスカ方面に進出し作戦周辺海域(ベーリング海と推定…公刊戦史)の索敵を命ぜられた」(同上書 p.36-37)
*AL作戦:アリューシャン攻略作戦のこと

中沢第五艦隊参謀長の指摘の通り、ミッドウェー海戦で大敗してしまったのなら西部アリューシャン列島を攻略してもあまり意味がないと思えるのだが、なぜそのような考えが覆されるに至ったのか。

キスカ戦記

この点について、第五艦隊参謀の久住忠男氏は『キスカ戦記』の序文でこう述べている。
「私にとってもっとも強い印象が残っているのは、ミッドウェーの悲報から、アリューシャン攻略作戦決行に至るまでの那智作戦室での運命の岐路に立った約12時間だった。大本営、連合艦隊、第五艦隊の間の意見交換は、二転三転の末、決行することに決まった。この決定を待ちあぐんでいた私は、『壮烈無比』(アリューシャン作戦第五法の隠語)の発信を力を込めて電信室に命じた。いまも、あのときの情景がありありと思いだされる。もしあのときミッドウェーのショックで全軍が退却していたとすると、戦局はどうなっていたであろうか。機をみるに敏なアメリカはもっとも距離が短く、抵抗力の少ない北方の作戦ルートをとって、もっと早く、直接日本本土に進攻し、ソ連もこれに呼応してもっと早く参戦していたかもしれない。」(同上書 p.1-2)

確かに、ミッドウェー海戦で敗れた日本軍がアリューシャン作戦を中止してしまえば、アメリカに太平洋の制空権、制海権を手中にし、日本列島の近くまで空母を近づけることがさらに容易となる。前回記事で書いたが、ミッドウェー島から東京までの距離は4100km、アッツ島から東京までは3200km、キスカ島から東京までは3500kmで、ドゥーリットル空襲で用いられたB-25爆撃機の航続距離は4300km*だ。
もし米軍に制空権、制海権を奪われてしまえば、米軍は太平洋上の空母から爆撃機を飛ばしてわが国の主要各都市に空襲を行い、いずれ上陸し進攻してくることを覚悟せねばならない。
*のちのB-29爆撃機の航続距離は6600km

そうさせないために、アリューシャン作戦を予定通り実行することが決定したのだが、キスカ島の占領に関しては、米軍とどのような戦いがあったのだろうか。
再び海軍軍医大尉・小林新一郎氏の手記を引用することとしたい。

大発

「6月7日午後9時。…『陸戦隊集合!』は令せられた。第三種軍装に鉄兜、小銃そのほかそれぞれの武装を整えた舞三特600の将兵は、まったくの暗闇の中を音もなく混雑もなく粛然として所定の上中甲板に整列した。…司令向井少佐は階段の中途に立ち止まって、荘重なさびのある声で、
『大命を奉じてキスカ島を攻略するッ!』『各隊予定の通り行動せよ!』と命令された。…大きなデリックが動き、器械がガラガラと回っては大発*を釣り上げて舷外へ下ろしていく。ガラガラと回る機械の音は闇の海上に響き渡り、蒸気を噴出する。あたりは余りにも静寂である。それを破っての騒音はあまりにもよく響き渡る。陸地はすぐそこである。この物音に敵が気付はしないかとひやひやする。…特務隊長天野大尉の乗っている一号艇を見つけて二号艇、三号艇<私の艇>と順にその背後につく。われわれの背後には主計隊の乗った四号艇がいつの間にか就いていた。四隻単縦陣を作ったまま陸地に向かう。
 闇の中に目をならして見ると、左手に岩山がある。あれが左方の突出端で、その入江がわれわれの上陸地点レナード・コープ(白糸浜と命名した)である。思ったより狭い入江である。針路を真っ直ぐにそこにとる…真正面の海岸で闇を貫いて青い信号火箭(や)がパーッと打ち上げられた。
 ああ、上陸成功!時に〈午後〉10時29分」(同上書 p.46-47)
*大発:大発動艇の略(上画像)

要するに、日本軍は米軍からは何の抵抗もなく無血で上陸したのである。キスカから約300km西にあるアッツ島も、日本軍は無血上陸を果たしたという。

では、ミッドウェー海戦の敗北とキスカ島、アッツ島の無血上陸のことを、わが国の新聞などではどう報じたのだろうか。

ミッドウェー新聞報道

上の画像は昭和17年6月11日付の朝日新聞だが、見出しは「東太平洋の敵根拠地を強襲」「ミッドウェー沖に大海戦 アリューシャン列島猛攻」とあり、この記事を読んで日本軍がミッドウェーで完敗したとは誰も思わないだろう。

ミッドウェー海戦で日本軍が大敗北を喫したのは6月6日なのだが、この戦いの報道はその5日後のことで、それまではミッドウェー海戦における日本軍の敗北が伏せられていたことを意味する。
前述したとおり、アリューシャン攻略作戦においては戦いらしい戦いは無く、6月6日にアッツ島、6月7日にキスカ島に上陸し無血占領に成功したのだが、この成功が無ければどのような新聞紙面になっていたかを想像してみよう。

もし、ミッドウェー海戦で大敗北を喫したのち、山本五十六連合艦隊司令長官や中沢第五艦隊参謀長の意見が通って北方部隊を帰国させていたとしたなら、戦わずして北方部隊が戻ったかの説明がつかなくなり、ミッドウェー海戦の大敗北を長い間隠蔽し続けることは難しかったと私は思う。

大本営が、どうしても国民にミッドウェー海戦での大敗北を隠したいのであれば、アリューシャン攻略だけでも成功させるしかなかったであろう。第五艦隊参謀の久住忠男氏は『キスカ戦記』の序文には一言も述べていないのだが、そのような観点からの判断もあったのかもしれない。

しかしながらキスカ島もアッツ島も米国領であり、自国の領土がわが国に占領されている状態をアメリカがいつまでも放置する筈がなかった。わが国が占領してわずか4日目の荷揚げ作業が続く最中に米軍機による最初の集中爆撃があり、その後何度も米機の空襲を受けることとなる。こんな極寒の孤島で空襲が続けば、食糧などの補給活動が困難となることは言うまでもないだろう

キスカ島の兵士たちは、補給が厳しいこの島で、どうやって生き延びることが出来たのか。その点については、次回以降に記すこととしたい。

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【ご参考】
戦争関連はいろいろな記事を書いてきました。マスコミなどで伝えられていない歴史に興味のある方は、ちょっと覗いてみてください。

軍部や官僚に共産主義者が多数いることに気が付いた近衛文麿
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ミッドウェー海戦については、昨年の産経報道が総括的に網羅していると考えていいだろう。………………………………ミッドウェー海戦(1) 解読された暗号、軍部の奢りで情報がアメリカに筒抜け http://www.sankei.com/west/news/150703/wst1507030005-n1.html &#160; ミッドウェー海戦(2)意気揚々と大作戦に踏み切った連合艦隊…戦力で劣...
アッツとキスカはいずれもアリューシャン列島にあるアメリカの島だった。しかし、2600人が全滅したアッツと6500人が生還したキスカでは、戦争に狩り出された人たちの明暗を大きく分けることになった。 奪還を目指すアメリカ軍がせまる中、アッツには援軍も食料・弾薬も送らず、全員が戦死することを命じたのだ。一切の援軍を求めることなく自ら徹底抗戦の道を選んだと報道されたが、もちろんウソである。これが「...
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