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「高麗史」を読めば朝鮮半島の倭寇をエスカレートさせた原因がよくわかる~~倭寇2

高麗史』を読んでいると、14世紀の半ばから倭寇の話が驚くほど頻繁に記述されている。Wikipediaによると高麗末期に500回前後の記述があるとのことだが、その内高麗人が加わっていたことが明記されているのは3件だけなのだそうだ。そのことから、前期の倭寇の主体は日本人だったと考えられている。

倭寇の半島地図

前回の記事で書いた通り、中国の正史である『明史』には明が興こった (1368年) 頃に、「地方の有力者で明に服さぬ者たちが日本に亡命し、日本の島民を寄せ集めて、しばしば山東の海岸地帯の州県に侵入した」と記述されている。『明史』なので「山東地区」だけが書かれているが、この時期の倭寇は対馬・壱岐を拠点とし、山東地区や朝鮮半島に出没していた。

倭寇の回数が激増するのがこの時期であるから、元の末期あたりから中国人が相当数関与していたことが『明史』の記述から推察されるが、それまでは日本人が主体と考えて良いのだと思う。
倭寇の初期には、元寇に際して元軍とその支配下にあった高麗軍によって家族を虐殺され奴隷にされた対馬・壱岐・松浦・五島列島などの住民がかなりいて、「三島倭寇」と総称されたそうだ。「三島」とは対馬・壱岐・松浦のことを指していたと言われているが、この「三島」の住民と、この地域に亡命してきた中国人とが手を組んだことも考えられるのだ。

弘安の役の失敗にもかかわらず、元も高麗も日本征服を諦めたわけではなかった。弘安の役の翌年の1282年に高麗の忠烈王は兵船150隻を造り元のクビライに三度目の日本侵攻を促し、クビライも大小3000隻の艦隊を準備したのだが、1283年に江南で内乱があり、その翌年にはベトナムで反乱などがあってその対応に追われ、日本侵攻は実行されなかったという。

三度目の元寇があるかどうかは、何度も住民を虐殺され、拉致された対馬・壱岐の人々にとっては死活問題であったろう。今回は、元寇後に起こった倭寇と朝鮮半島の事を書いて見たい。

元寇の後で、『高麗史』に「倭」について書かれている部分を抜き出してみた。この頃は、ただ倭の船が国境を越えてきただけのことが書かれている。

「忠烈王十五年(1289)[十二月]戊戌(23日)、倭船、蓮花・楮田の二島(いずれも朝鮮半島南端の島)に泊まる。」(岩波文庫『高麗史日本伝(上)』p.172)
「忠烈王十九年(1293)[七月]丁丑(24日)、鎮辺万戸の韓希愈、漂風せる倭八人を捕らえ来る。」(同上書p179-180)

二度目の元寇である弘安の役(1281年)からまだ日が浅い時期の記録はこの程度のもので、倭人が特に危害を加えたわけではなく、単に国境を超えて様子を探る程度の記述だ。

高麗史』に倭船が初めて具体的な掠奪行動を起こしたことが書かれているのは、次の部分だろう。この時は倭寇のメンバーの多くが斬殺されている。
「忠粛王一〇年(1323)[六月]丁亥(27日)、倭、会原の漕船を群山島に於いて掠す。戊子(28日)、又楸子等の島に寇し、老若男女を擄(とりこ)にして、以て去る。秋七月庚子(10日)、内府副令の宋頎を全羅道に遣わし、倭と戦い、百余級を斬す。」(同上書p.192)

次の文章は「倭寇」という言葉を最初に使った、『高麗史』の記述である。
「忠定王二年(1350)」二月、倭、固城・竹林・巨済に寇す。合浦千戸の崔禅と、都領の梁琯等、戦いて之を破り、三百余級を斬獲す。倭寇の侵すは、此れより始まる。」(同上書p.200)
ここに書かれている通り、この年以降、倭寇の襲来が広域的・連続的かつ大規模となるのである。初期の倭寇の手口は家や船に火を付けて食糧などを奪い去るというものであった。船に火をつける行為は、当面日本に攻めて来させないための措置だと考えられている。

倭寇3

高麗史』のこの頃の記述を読んで、初期の倭寇が重武装していたとはとても思えないのだが、高麗側からすれば、いつ、どこに現れるかわからない敵に対して準備することは容易ではなく、倭寇にかなり手を焼いていた。そこで高麗側は、倭寇の本拠地である対馬や壱岐を攻めてその勢力を根絶させようと考えた。

『高麗史』に次のような記述がある。(鄭地列伝)
「…近ごろ、中国は征倭を声言す。若し我が境に並(あつま)り、戦艦を分泊すれば、則ちただ支待すること艱しと為すのみに非ず、亦た我が虚実を覘(うかが)うを恐る。倭は国を挙げて盗を為すに非ず。其の叛民は、対馬・一岐(壱岐)の諸島に拠り…。若し…先に、諸島を攻め、その巣窟を覆し、また日本に移書して尽く漏賊を刷(はら)い、之をして帰順せしむれば、即ち倭患は以て永く除かるべし。中国の兵も亦た由りて至ることなし。…」(岩波文庫『高麗史日本伝(下)』111)

この記述にあるとおり、中国の「征倭」の申し出を受け入れれば、高麗に中国の戦艦が駐留し、その接待やら費用負担が大変である。日本は国を挙げて盗みを働いているのではないので、倭寇の拠点を叩けばその原因を断つことが出来るとの考えだ。高麗は倭寇を撃退するのに中国の力を借りる気はなかったようだ。

倭寇掠奪

何度も倭寇との衝突があり、何度も倭寇の勢力は半島で人や食糧を奪い、あるいは高麗の勢力に斬られたり捕虜にされたりしている。その繰り返しだ。

『高麗史』金先致伝に、倭寇は1375年までは高麗人を殺していなかったことが明記されているのに驚いた。一方で高麗人はそれまでに何人も倭人を殺す記述があるのにもかかわらずである。では、この1375年にどのような事件があったのか。

この年に高麗は全羅道の金先致という武官に対し、倭寇の藤経光という人物に食事をふるまって毒殺せよと命じたのだが、その謀が途中で見破られてしまい藤経光に逃げられてしまう。この事件が倭寇のメンバーを激怒させてしまった。

『高麗史』・金先致伝には、これ以降の倭寇は半島に来るたびに殺戮を繰り返すことになったと記述されている。
「此れより前、倭の州都に寇するに、人畜を殺さず。是より入寇する毎に、婦女・嬰孩すら屠殺して遺(のこ)すなし。」(同上書p.121)
そのために、全羅道・楊広道・慶尚道の3道沿岸地帯の人々は沿岸を離れて仮住まいし、村々は荒廃して「粛然一空」*となってしまった、とも書かれている。(*がらんとして何もないさま。)

読者の方からご指摘いただいたが、『高麗史』恭愍王9年(1360)と23年(1374)に倭が高麗人を殺した記録がある。実際には、もう少し前から相互に激しい復讐行為を繰り返していたようだ。

さらに1389年には、高麗は戦艦百艘で倭寇の拠点であった対馬を攻撃している。
「…倭船三百艘、及び傍岸の盧舎を焼きて殆ど尽く。元帥の金宗衍・崔七夕・朴子安等継ぎて至り、本国の被虜男女百余人を捜して以て還る。…」(同上書p157)

倭寇船

14世紀後半の『高麗史』は、このような記録ばかりだが、要するに元寇以降対馬や壱岐を中心とする人々と高麗とが相互に復讐行為を繰り返していただけのことではないのか、という印象を持った。また、これほどまでに倭寇をエスカレートさせた原因はどちらにあったのかというと、高麗側の方に多かったようにも思える。

 文永の役で元・高麗連合軍が対馬や壱岐の多くの人々を虐殺し、若い男女を拉致して持ち帰り高麗王に献上したことからすべてが始まり、それから後の倭は偵察行為を行った程度だったが、最初に多くの人を斬殺したり、リーダーを饗応すると見せかけて毒殺しようとしたのは高麗側である。これらはすべて高麗の正史である『高麗史』に書かれていることなのである。

高麗は倭寇が原因で国力を弱め1392年に李成桂に滅ぼされることになるのだが、その後の倭寇のメンバーについては、朝鮮人の割合が圧倒的となっていたという記録が残っている。
朝鮮王朝実録の『世宗実録』114卷二十八(1446年丙寅)十月壬戌条(10月 28日 (壬戌))には、

「臣聞前朝之季、 倭寇興行、 民不聊生、 然其間倭人不過一二、而本國之民、 假著倭服、 成黨作亂、 是亦鑑也。」とあり、真倭は一割、二割にすぎず、残りは我が国の賎民であると記述されている。

朝鮮王朝実録」は韓国の歴史書で、世界遺産にも登録されている書物で、そこに15世紀の半ばには倭寇の構成員のうち日本人は二割程度で、残りの八割は李氏朝鮮国の賎民だと明確に書かれている事実は重要である。同じ「倭寇」という呼び名でありながら、途中で日本人中心の集団から自国民中心の集団に変質していたのだ。
高麗時代についても、高麗の反政府勢力が倭寇の中心メンバーであったという説もあるが、その説も一理あると考えている。

こういう史実を知ると、次のような日本史教科書の「倭寇」の記述に、多くの人が違和感を感じるのではないだろうか。

「…海の道を舞台に活動する集団がいた。その出身は九州や瀬戸内海沿岸の土豪・商人で、彼らの一部は貿易がうまくいかなくなると、海賊的な行動をとり、倭寇とよばれておそれられた。李成桂はこの倭寇撃退に名をあげ、ついに高麗をたおしたのである。」(『もう一度読む山川日本史』p109)

李成桂

この記述では、李成桂は倭寇を撃退した英雄扱いだし、倭寇は日本人ばかりであったような印象を持ってしまう人が大半だと思うのだが、なぜ日本の教科書はこのような書き方になるのだろうか。高麗や李氏朝鮮の正史で、明らかに自国に不利な事を書いている部分を見落としてしまっては、歴史の真実が見えてくるとは到底思えないのだ。
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平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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