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古代からの景勝の地であり和歌の聖地である和歌の浦近辺の歴史を訪ねて

『続日本紀』によると、神亀元年(724)2月に即位した聖武天皇は、その年の10月に紀州に行幸された際に、次のような詔を出されたという。
「山に登り海を眺めるのに、このあたりは最も良い。わざわざ遠出しなくても遊覧に充分である。それ故、弱(わか)の浜という名を改めて、明光浦(あかのうら)とし、守戸(もりべ)を設けて、荒れたり穢れたりすることのないようにせよ。また春と秋の二回、官人を派遣して、玉津島の神と明光浦の霊に供物を供え祭らせるようにせよ」(講談社学術文庫『続日本紀(上) 全現代語訳』p.264-265)

紀伊和歌浦 広重画

【紀伊和歌浦 広重画】

この行幸に同行していた山部赤人は、この景観の魅力を万葉歌でこう伝えている。
若(わか)の浦に 潮満ち来れば
潟(かた)をなみ 葦辺(あしべ)をさして
鶴(たづ)鳴き渡る
」(万葉集 巻6・919)

国指定の名勝である「和歌の浦」は和歌山市の南西部の玉津島と片男波を結ぶ砂嘴とその周辺を指し、もともとは「若の浦」と呼ばれていたという。
平安中期に高野山、熊野の参詣が次第に盛んになると、多くの歌人がこの景勝地を訪れて作品を残し、この地名を歌枕にするようになって、次第に「和歌の浦」と呼ばれるようになったという。

「和歌の浦」で最も著名な景勝地は玉津島で、昔は葦原だった内海の干潟に6つの小島(玉津島六山)が浮かんで、潮の干満で陸と続いたり離れたりしていたというのだが、現在は多くが陸地化して、妹背山一つを海上に残しているだけである。

玉津島六山

上の画像はGoogleマップによる近隣の航空写真だが、この画像で玉津島六山がどのように並んでいて、和歌の浦の規模がどの程度であったかがおおよそわかる。
画面中央の海上に浮かぶ島が妹背山で、鹽竈(しおがま)神社のある山が鏡山。玉津島神社のある山が奠供(てんぐ)山で、さらに北に雲蓋山、妙見山、船頭山がある。

玉津島を詠んだ万葉歌を2つ紹介しよう。
 玉津島 見れども飽かず いかにして
 包み持ち行かむ 見ぬ人のため (藤原卿 万葉集 巻7・1222)

 玉津島 磯の浦廻(うらみ)の 真砂にも
 にほいて行かな 妹も触れけむ (柿本人麻呂 万葉集 巻9・1799)


和歌の浦は歌人の聖地とも言える場所であったのだが、風光明媚なゆえに毎年多くの観光客が訪れてホテルや旅館が次々と建てられ、道路が拡張され宅地造成も進んだために歴史的景観の多くを失ってしまった感がある。

昭和25年(1950)には年間宿泊者350万人を記録したそうだが、今はその面影はない。
観光客が少なくなって、2008年6月にようやく和歌山県が和歌の浦を県指定文化財(名勝および史跡)に指定し、その2年後に国の名勝に指定されて、ようやく和歌の浦の景観が保全されることとなったのだが、こんなに対応が遅れたのは、観光投資による経済の活性化を優先してきたためなのだろう。

玉津島保存会 和歌の浦 干潟

しかしながら、『名勝和歌の浦 玉津島保存会』のサイトを見ると、地元の人々の尽力によって和歌の浦の自然が随分回復していることがわかる。上の画像は同サイトの干潟の写真だが、昔はこのような干潟に玉津島六山が連なっていたのだろう。
http://wakanoura.exblog.jp/i7/

和歌の浦を調べているうちに実際に訪れたくなったので、天気の良い5月の週末に早起きして近くの名所を巡ってきた。

和歌の浦は市販の観光ガイドにはあまり詳しく書かれていない場所なので、観光される方は、次のURLにある観光地図を印刷して訪問されることをお勧めする。
http://www.kankou.wakayama.jp/images/02_info/map/map.jpg

玉津島神社 鳥居

最初に訪れたのが玉津島神社(和歌山市和歌浦中3-4-25 ☎073-444-0472)
稚日女尊(わかひるめのみこと)、息長足姫(おきながたらしひめ)尊、衣通姫(そとおりひめ)尊の3柱に明光浦霊(あかのうらのみたま)を配祀し、古来玉津島明神と称されて、和歌の神として住吉明神、北野天満宮と並ぶ和歌3神の1柱として尊崇を受けてきた神社である。

社伝には「玉津島の神は『上つ世(かみつよ)』から鎮まり坐(ませ)る」とあるが、Wikipediaによると玉津島が描かれた最古の絵画は『慕帰絵詞(ぼきえことば)』巻7で、そこに描かれているのは絵馬が吊り下げられた松であるという。

慕帰絵詞 巻七

国会図書館デジタルコレクションで、その絵の写しがみつかった。確かに絵馬だけが描かれていて社殿らしきものがなく、中央で僧侶が参拝しているところが面白い。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2590854/9

また、江戸時代後期に出版された『紀伊名所図会』には、「又東野州の書に、玉津島には社一つもなし、唯漫々たる海のはたに、古松一本横(よこたわ)れり。これを玉津島の垂迹のしるしとするなり。然るを『続拾遺』のとき、為氏卿洛中より御社を作らせて、玉津島に社壇を立つべきよし存ぜられて参詣あり。則ち彼所に社壇を立てらるる其夜、あらき浪風立ちて、一夜の中沙中に埋れりと云々。それよりのちはもとのごとく、古松ばかりなりといえり。」とある。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959920/162

玉津島神社拝殿

玉津島神社に本格的な社殿が造営されたのは江戸初期のようである。
上の画像は玉津島神社の拝殿で、平成4年に修復されたという。中に神輿が保管されていて、奥には立派な本殿が建っている。

玉津島神社 根上り松

拝殿の左に天然記念物の根上松(ねあがりまつ)が展示されている。大正10年に旧和歌山大学付近にあった枯死状態のものを移したのだそうだが、和歌山市内には紀ノ川が運んできた砂が砂丘を造り、そこに生えていた松の木の根元が雨風に流された結果、根が露出した松(根上松)が多く見られたという。『紀伊名所図会』にその絵が描かれているが、現在では枯死したものが多いという。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2563483/4

玉津島神社の拝殿の右を進むと、奠供(てんぐ)山の頂上への登り口がある。
冒頭に記した聖武天皇の和歌の浦行幸の時は、天皇はこの山の上から和歌の浦の景観をご覧になられたはずである。ゆっくり歩いても5分もすれば登れる程度の山の高さなのだが、頂上には『望海楼遺址碑』と記された石碑が建っている。『望海楼』は天平神護元年(765)に行幸された称徳天皇が和歌浦湾の眺望を楽しむために造営された建物の名前で、この石碑は文化10年(1813)に建立されたという。
手前に建物が建ちすぎた観があるが、それでもこの山の頂上からの景観は素晴らしい。昔はもっと美しい景観を楽しめたことだろう。

和歌の浦

左下に和歌の浦のシンボルとされてきた石造りの不老橋が写っているが、その後ろにあしべ橋という大きな橋が架かっていて車が走っている。この橋が完成したのは平成3年(1991)だが、地元では根強い反対運動が出たにもかかわらず、当時の自治会の大半は新橋建設推進に回ったという。
http://www.nwn.jp/old/kakokizi2014/20140712/hanseiki/4.html

画像の右に長く伸びている砂州が片男波でこの場所も万葉集で詠われている場所だが、1970年代に片男波は観光客を増やすために人工海岸に改造されてしまう。あしべ橋の建設に賛成する自治体が多かったのは、片男波の海水浴場に向かう車の渋滞解消が地元の悲願だったという事情があったようだが、そのような過剰な観光開発が和歌の浦の歴史的景観やその情緒の多くを失わせてしまった。
その後、観光客が減少したため多くのホテルが廃業し、多くの廃墟物件を抱えていた和歌の浦は「廃墟の聖地」と揶揄された時代があり、2005年5月にはこれらの廃墟物件の多くが軒並み撤去されたというが、今でも少なからず空き物件があるようだ。
http://againstars.blog20.fc2.com/blog-entry-279.html

和歌浦天満宮

玉津島神社から和歌浦天満宮(和歌山市和歌浦西2-1-24 ☎073-444-4769)に向かう。
上の画像は国の重要文化財に指定されている楼門である。慶長10年(1605)に再建されたものだという。

和歌浦天満宮 本殿

急勾配の石段をまっすぐ登っても良いのだが、左に折れて緩やかな坂道を登って本殿に行くことも出来る。中門の奥に本殿(国重文)が建っている。この神社の主祭神はいうまでもなく学問の神様・菅原道真公で、沢山の合格祈願の絵馬が懸っている。境内には末社の多賀神社本殿、天照皇大神宮、豊受大神宮本殿があり、いずれも国の重要文化財に指定されている。

和歌浦天満宮から片男波方面を眺める

楼門から眺める和歌の浦の景色も良い。遠くに見える砂浜は前述した片男波海水浴場だ。
楼門の案内板には、こう記されていた。
「天正十三年(1585)年四月に紀州を平定した豊臣秀吉は、吹上北側の岡山の地に城を築くことになりますが、その名を、築城の地である『岡山』に『和歌浦』を合成して『和歌山』城にしたとされ、和歌山という地名は、この時以来のものである。」

「和歌山城」は「和歌山」に在るからその名前があるのではなく、「和歌の浦」が近くにあるので、「岡山」という地名にある城を「和歌山城」と呼ぶようになり、それ以来「和歌山」が地名になったというのは面白い。

和歌浦天満宮から紀州東照宮(和歌山市和歌浦西2丁目1-20 ☎073-444-0808)に向かう。
和歌浦天満宮も紀州東照宮も雑賀(さいが)山の中腹にあるのだが、山の中に両社殿をつなぐ道はなく、いったん下まで降りて250mほど東に車を動かしてから、再び階段を登らなければならない。

紀州東照宮 侍坂

楼門(国重文)に向かう石段は108段あり、「侍坂」と呼ぶのだそうだ。
毎年5月に挙行される「和歌祭」には、この石段をかけ下るのだそうだ。Youtubeでその動画を見ることが出来る。
https://www.youtube.com/watch?v=fNKJK0DSQl0

左に折れて、この急坂を避けて楼門の正面に行く道もある。この楼門を抜けると唐門(国重文)の奥に拝殿(国重文)と本殿(国重文)がある。

紀州東照宮 本殿

上の画像は唐門と拝殿で、その奥に本殿がある。
祭神は徳川家康と家康の10男で初代紀州藩主の徳川頼宣である。

紀州の日光」と呼ばれているので、拝観を申し出て唐門を抜けて拝殿と本殿を外から見学したが、写真撮影禁止なので彫刻などを紹介できないのは残念だ。日光東照宮や滋賀の日吉東照宮では、内部にも入り、撮影もできたので、少し物足りなさを感じた。

紀州東照宮 紀伊名所図会
【紀州東照宮 『紀伊名所図会』】

『紀伊国名所図会』に江戸時代後期の紀州東照宮の絵が描かれている。昔は三重塔や本地堂、鐘楼などが存在したのだが、明治5年7月に神仏分離でいずれも取り壊されてしまったという。

養翠園 1

紀伊東照宮から車で5分ほど走ると、国名勝に指定されている養翠園(ようすいえん:和歌山市西浜1164 ☎073-444-1430)がある。
養翠園は紀州藩主の別邸として第2代藩主の徳川光貞が造営した西浜御殿を、第10代藩主徳川治宝(はるとみ)公が文政二年(1819)に隠居所として改修した池泉回遊式の大名庭園である。

養翠園

入口を入って左に折れるとすぐにあやめ池がある。ちょうどあやめの花の見ごろを迎えていた。

養翠園 2

さらに進むと大きな池があり、左に天神山、右に章魚頭姿山(たこずしやま)を借景とし、山の姿を水面に映している。
養翠園の敷地は約1万坪あるのだそうだが、池は3500坪とかなり広く、海水を引きこんでいるので潮の干満に応じて水面が上下するのだそうだ。
地図で確認すると養翠園は海に隣接していることが分かるのだが、池の周囲には松ヶ枝堤と呼ばれるクロマツの並木が茂り、そんなに近いところに海があるとはとても思えない。

今回は訪問しなかったが、妹背山には海禅院があり徳川頼宣公の母・養珠院を供養するための多宝塔がある。紀三井寺もすぐ近くにあり、和歌の浦には歴史遺産は充分にある。
また、『万葉集』にも詠まれた古くからの風光明媚なる地で、近世においても天橋立に比肩する景勝地とされてきたのだが、天橋立が昭和27年に国の特別名勝に指定された一方、和歌の浦の県名勝指定は平成20年、国名勝指定は平成22年で、観光客が激減して多くのホテルが廃墟化した時期以降のことなのだ。追加観光投資があり得ない状況になってからの名勝指定は遅すぎたというしかない。

観光客を呼び込むために多くの投資がなされてきたが、レジャー施設に集まるのは近隣からの観光客が大半でほとんどが日帰り客である。宿泊客を増やしたいところだが、宿泊客はそこにしかない価値を求めて宿泊当日と翌日の目的地のアクセスを考慮して、魅力のある場所を選んで宿泊するものだと思う。

玉津島神社 紀伊名所図会
【玉津島神社 『紀伊名所図会』】

江戸時代の旅行案内書である『紀伊名所図会』を読むと、たとえば玉津島神社には56もの歌が紹介され、和歌の浦も146もの歌が紹介されている。こんなに多くの歌が文中に紹介されていることは珍しく、昔からこの地は風光明媚で和歌の聖地であることが人々を惹き付けてきたことがわかる。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959920/154
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959920/180

歴史遺産のある旅行地としての情緒はやや失われたものの、歴史遺産そのものは健在であり、海を眺める景色も素晴らしく、和歌の浦の自然環境も地元の人々の努力によって随分改善してきているようだ。
時間はかかるかも知れないが、昔の人々がその美しさに感動して歌に詠み込んだ景観を少しずつ取戻して、「和歌の聖地」としての和歌の浦に興味を覚えて、多くの観光客が訪れる日が再び来ることを祈りたい。

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【ご参考】
古くからの景勝地や文化財を護ることは、いつの時代も、いずれの地域においても容易なことではありません。
よかったら覗いてみてください。

鞆の浦周辺の古い街並みを楽しむ
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-96.html

日本三景「天橋立」の楽しみ方~~~二年前の「天橋立」カニ旅行 その①
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-215.html

伊勢神宮より古い神社と伊根の舟屋を訪ねて~~二年前の天橋立カニ旅行②
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-216.html

戊辰戦争で焼き討ちされる危機にあった日光東照宮~~日光東照宮の危機1
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-350.html

日光の社寺が廃仏毀釈の破壊を免れた背景を考える~~日光東照宮の危機2
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-351.html

唐崎神社から日吉大社、日吉東照宮を訪ねて
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-344.html


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平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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