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養命酒駒ヶ根工場見学ののち、秘境・遠山郷の素晴らしい文化と絶景を楽しんで

翌日の望岳荘の朝は快晴で、美しい日本アルプスが遠くまで見渡せた。旅行2日目は、細い山道をかなり走る旅程なので良い天気に恵まれたことは有難い。

最初の訪問地は養命酒駒ケ根工場なのだが、養命酒は、慶長7年(1602)信州伊那の谷・大草(現在の長野県上伊那郡中川村大草)の塩沢家当主、塩沢宗閑翁によって創製されたと伝えられている。養命酒発祥の地は望岳荘にかなり近い場所で、現在石碑が建てられているようなのだが、一般公開されていないようなので行くのを諦めた。

養命酒駒ヶ根工場2

宿から30分程度で養命酒駒ヶ根工場(駒ヶ根市赤穂16410 ☎0265-82-3310)に到着する。
この工場は標高800mに位置し、36万㎡もあるという敷地の約7割が自然の森林に覆われている。

養命酒駒ヶ根工場散策マップ

工場見学は次のURLで10時に予約をとっていたのだが、早めに到着したのは鳥の囀りを聴き、中央アルプスから流れてくる清怜なせせらぎの音を楽しみながら、緑の木々に囲まれた工場の敷地の散策を先に楽しみたかったからである。
http://www.yomeishu.co.jp/komagane/study/

養命酒 健康の森

駒ヶ根工場は昭和47年(1972)に新設されたのだが、昭和45年(1970)に敷地内に縄文時代の遺跡が発見され、翌年の発掘調査で縄文早期、縄文前期、縄文中期、弥生式早期、古墳時代の遺物や住居跡などが相次いで発見されたという。

養命酒 健康の森 縄文式住居

そのうち縄文式中期住居、弥生後期住居、平安時代初期の住居が敷地内に工場復元され、散策者の目を楽しませてくれる。上の画像は約4000年前の縄文式中期住居跡である。

養命酒創始者 塩澤宗閑像

水芭蕉の池の近くに養命酒の創始者である塩沢宗閑の像がある。

養命酒のホームページによると、塩沢宗閑が養命酒を創製した経緯についてこう記されている。
「慶長年間のある大雪の晩、塩沢宗閑翁は雪の中に行き倒れている旅の老人を救いました。その後、旅の老人は塩沢家の食客となっていましたが、3年後、塩沢家を去る時、『海山の厚きご恩に報いたく思えども、さすらいの身の悲しさ。されど、自分はいわれある者にて薬酒の製法を心得ている。これを伝授せん。幸いこの地は天産の原料も多く、気候風土も適しているから・・・』とその製法を伝授して去りました。
薬酒の製法を伝授された塩沢宗閑翁は“世の人々の健康長寿に尽くそう”と願い、手飼いの牛にまたがって深山幽谷をめぐり、薬草を採取して薬酒を造りはじめ、慶長7年(1602年)、これを『養命酒』と名付けました
江戸時代、塩沢家では、養命酒を近くに住む体の弱い人や貧しい人々に分け与えていましたが、医術が十分に行きわたっていなかった山村のため、大変重宝がられました。…その評判が高くなるにつれて、養命酒の名は伊那谷の外へも知れわたり、5里も10里も山越えをして求めにくる人が次第に多くなってきました。」
http://www.yomeishu.co.jp/sp/health/beginning/

養命酒が造られた慶長7年は天下分け目の関ヶ原の戦いの2年後であるから、今から415年も昔のことである。それ以来今日まで、「養命酒」というブランドで製造され続けてきたということはすごいことである。

養命酒 展示物

予約していた時間が近づいてきたので、管理棟の2階の受付に向かって受付を済ませる。
今年の4月11日に見学者用のスペースをリニューアルオープンしたとのことで、建物は美しく、ガラス窓からは雄大なアルプスが望めてとても気持ちの良い空間であった。
待合室に、大正時代からの養命酒が展示されていたが、今から50年前頃のボトルは何となく見覚えがあって懐かしく思えた。

養命酒 原料

最初に養命酒の歴史や健康の森についての映像を見たのち、製造工程の説明をして頂く。
画像は養命酒の原料となる14種類の生薬の現物だが、誰でも手に取ってその香りを確かめることが出来る。

ラインの見学は写真撮影NGで、また土曜日なので機械は稼働していなかったのは残念だったが、案内の方に丁寧に説明して頂いて、結構楽しく見学することができた。

最後に養命酒社の製品を試飲できる時間があるのだが、車を運転するのでアルコールの入った製品を飲むわけにいかず、酢飲料などを試飲させていただいた。最後に同社製品のお土産までいただけるのは有難い。

カフェヒーリングテラス

80分程度の工場見学を終えて、敷地内の養命酒記念館に向かう。この白壁の建物は、実際に養命酒が造られた酒蔵をここに移築したものだそうだ。
そのなかに養命酒の歴史や生薬に関する展示物やショップがあり、ランチもできるカフェが併設されている。

カフェヒーリングテラス 昼食

昼食は信州十四豚ブラウンシチューというメニューにしたが、信州十四豚というのは薬用養命酒の生薬残滓を餌に与えて育てた豚なのだそうだ。デザートも体にやさしいこだわりメニューばかりなのが嬉しい。
https://www.yomeishu.co.jp/komagane/cafe/

ショップで買い物を楽しんだ後、次の目的地である「まつり伝承館天伯」(飯田市上村上町753 ☎0260-36-2005)に向かう。養命酒工場からは52kmほどの距離があるので、1時間以上はかかる。

まつり伝承館

上の画像の建物が「まつり伝承館天伯」で、ここには地域の歴史や伝統の祭りであり国の重要無形文化財である霜月祭り(しもつきまつり)などの展示がある。

遠山郷

このあたりは長野県の南端に近く、天竜川の支流である遠山川に沿って拡がる山深い谷間の地域で、遠山郷と呼ばれていて日本の秘境100選のひとつに数えられている。

中央構造線 1
上村を通る中央構造線

むかし学生時代に日本列島最大の断層である「中央構造線」を学んだ記憶があるが、南信州ではこの断層が南アルプスと伊那山地を二分するV字谷が南北に走っていて、遠山郷はそのような深い谷間の隔絶された場所であったために、独特の文化が育まれた。
毎年12月になると、かつて柳田国男が「日本の祭りの原型」と書いた霜月祭りが、遠山郷の各地で執り行われている

まつり伝承館内部

この祭りは、湯を煮えたぎらせた釜の周りを神様や農民などを模した面(オモテ)と呼ばれる仮面の被り手たちが舞い踊りつつ、釜湯かけを行なうものなのだが、信州遠山郷観光協会公式サイトに、この祭りの意味がこう解説されている。

「祭りは夜間におこなわれますが、これにも重要な意味があります。
神は昼間でなく夜に迎えてまつるというのが日本の祭りの古い形でした。
太陽が沈む夕刻の頃に神々を迎え、一夜を徹してもてなし、夜明けに神々を返すのです。
祭りを終えて迎える日の出は、新たな太陽のよみがえりを意味します。
祭りをつとめ上げた村人たちは、それを拝むことで自らの活力のよみがえりを実感するのです。

遠山の霜月祭りは、湯立てが何度もくり返されますが、これは天竜川流域の、とくに信州側の霜月神楽に共通した特徴です。
神社の中に設けられた竈(かまど・湯釜)を中心に、湯立てなどの神事や舞がおこなわれます。
湯釜には聖なる水と火によって聖なる湯が立てられます。
この湯を神々に捧げ自らも浴びることで、命を清めてよみがえりを願うのです。
また、湯釜から立ち上る湯気は天上への架け橋となり、これを伝って全国66ヶ国の一宮をはじめ、地域の神々までを湯の上飾りに招き寄せる
ということなのでしょう。」
http://shimotsukimatsuri.com/about-shimotsuki-festival/

「霜月」は旧暦の11月で、1年で最も日照時間の短い冬至は「霜月」にある。
「霜月祭り」は太陽光の弱い季節の夕刻以降に神々を迎えてもてなし、太陽の活力を取り戻してもらうことで翌年が豊作になることを祈る人々の気持ちが込められているのだろう。

霜月祭りの面

Youtubeで祭りの画像を検索するといくつかヒットするが、遠山郷の集落によって面の種類や舞の動きや囃子の仕方に違いがあるのだそうだ。次の動画は飯田市南信濃和田の諏訪神社の霜月祭りだが、祭りの雰囲気が良く伝わってくる。
https://www.youtube.com/watch?v=2vllGeCYs6s

この祭りがいつ頃から始まったかについては詳しいことはわかっていないという。平安時代の終りとも鎌倉時代との説もあるが、江戸時代にこの地を治めていた遠山氏を鎮魂する儀礼が加えられたという伝承があることは注目して良い。実際に、霜月祭りには「遠山八幡社」などと呼ばれる遠山氏をかたどった御霊面が登場するのだそうだ。

『伊那民俗叢書 第1輯 山の祭り』

国立国会図書館デジタルコレクションに、昭和8年に出版された『伊那民俗叢書. 第1輯 山の祭り』が公開されていて、誰でもPCなどで全文を読むことが出来る。
そこには、地区別の霜月祭りの伝承などが纏められていて、この祭りで遠山氏を鎮魂するようになった経緯について、下栗集落の祭りの解説の中でこう記されている。

「元和*年間当時三千石を領していた遠山藩は、非常に取立てが厳しく、二升の桝を以て一升とするというような悪政を行なったために、領内の百姓どもの恨みを買い、参勤交代の帰路、大河原峠において一揆の土民の為に石打ちにされて殺された。…一揆の勢いは土佐守を石こづめにすると同時に、和田城を襲い、土佐守の妻子一族はもとより、三人の家老も四天王と言われた侍大将などもともに虐殺してしまった。すると三年間飢饉が続き、悪病が流行し、それがなかなか熄まないので、百姓どもはこれは必定主君遠山様をはじめ罪なき人々迄殺したため、その祟りが飢饉悪病となって我々に報い来るのであろうと、遠山氏一族を八社の神として祀り、死霊祭をしたのがこの祭りの起こりであると言っている。但し一揆のために殺されたのは遠山土佐守ではなくて、その弟の新助景道で、元和八年*四月七日であるという(遠山氏史蹟による)。いずれにせよこの祭りが死霊祭であるという説明は誰からも必ずきかされることである。」
*元和(げんな):1615~1624年。 元和八年は1622年。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1463976/42

遠山郷ロードマップ

「まつり伝承館天伯」をあとにして、「日本のチロル」と呼ばれる秘境・下栗の里に向かう。
山の狭い道を走ることになるので、対向車が来るときは注意が必要だ。カーナビは高原ロッジ下栗(飯田市上村下栗1250 ☎0260-36-2758)にセットしておく。参考になる地図は「まつり伝承館天伯」で入手するか、次のURLにある『遠山郷(上村+南信濃)ロードマップ』のPDFをダウンロードして印刷しておくことをお勧めしたい。
http://page.shirabiso.com/?cid=5

「まつり伝承館天伯」から下栗の里の駐車場までは25分程度だが、ここから下栗の里を望むことが出来る『天空の里ビューポイント』までは細い山道をひたすら歩くことになる。

下栗の里

山の中を25分近く歩いただろうか。急に視界が開けて下栗の里が見えたときは本当に感動した。下栗の里は標高1000m前後の斜面にあるのだが、こんな山の上に集落があるということが凄いと思う。

駐車場の近くの店で休憩したのち、最後の目的地である旧木澤小学校(長野県飯田市南信濃木沢811)に向かう。

旧木澤小学校校舎

昭和7年(1932)に建てられ、平成12年(2000)に廃校となった木造校舎なのだが、廃校後17年も経つのに、ついさっきまで先生や生徒がいたと錯覚を覚えるように工夫がなされて、その状態が維持されているのが良い。

旧木澤小学校教室

机や椅子の配置が昔のままに残され、黒板にチョークの文字が残され、生徒の作品が教室の後方の壁に貼り出されていて、教室の中にしばらくたたずんでいると、小学校低学年時代に木造校舎で学んだ懐かしい思い出が甦って、ほっこりとしてしまった。
南アルプスの資料の展示や木澤地区の霜月祭りの展示なども参考になるが、私にとっては木造の校舎が、地元の人々の手で今も管理されて、現役の小学校のように美しく残されていることが嬉しい。

予定していた観光を終えて、予約していた下條温泉の月下美人に向かう。
静かな温泉宿で、料理もおいしくいただけただけでなく、夕食後には社長の独唱と女将さんのピアノと息子さんのギターのミニコンサートがあり、そのあとで、玄関前に敷かれたござの上に寝転がって星空を観察する会があって、宿泊者全員がひとつになれる企画に感動した。ドライブの疲れを癒すのに、とても良い宿だった。
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【ご参考】
夏の暑い時期に、こんな歴史散策はいかがですか。新しい記事を書きながら、ブログの記事を以前のブログから手作業で移していたため、この時期の記事のエントリー番号はバラバラになっていますが、「大原騒動」と「廃仏毀釈」の故地と、日本百名城の岩村城を訪ねて4年前に岐阜県を旅行した記事です。

飛騨地方を舞台にした悪代官と義民の物語
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「大原騒動」の史跡や飛騨の国宝や渓谷などを訪ねて白骨温泉へ
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白骨温泉から奈良井宿、阿寺渓谷を散策のあと苗木城址を訪ねて
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苗木藩の廃仏毀釈と、その史跡を訪ねて
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日本百名城の一つである岩村城を訪ねた後、国宝・永保寺に立ち寄る
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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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