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コミンテルンの工作活動を我が国の当時の新聞はどう報じていたのか

1917年にロシア革命が起こり史上初の社会主義政権が誕生したのだが、その後しばらくは混乱が続いている。一般的な教科書にはこう解説されている。

「パリ講和会議の開催中、日・米・英・仏の4ヵ国はそれぞれソヴィエト領内に出兵し、干渉戦争(1918~22年)を戦っていた。またソ連国内の反革命派も反乱にたちあがり、革命政府は一時苦境におちいった。しかし外国の干渉はかえってロシア国民の愛国心を高め、政府は赤軍を増強して反撃したので干渉は失敗し、内戦も終わった。この危機のなかで、ソヴィエト政府は1919年3月世界の共産党が参加する第三インターナショナル(コミンテルン,1919~43年)を設立し、世界革命を推進しようとした。」(『もういちど読む 山川世界史』p.230)

社会主義国家がソ連一国ではこれからも諸外国の干渉を受け続けることは避けられないのだから、ソ連が「世界革命を推進」を目指す組織であるコミンテルンを設立して、周辺国の共産化を推進していこうとしたことは当然の事だと思う。この教科書には、まずヨーロッパの革命勢力を支援しようとしたことが記されている。

「当時ヨーロッパの各地で政情不安がなお続き、ドイツでは革命の急進化が阻止された19年1月以降も、左右両派の蜂起があいついだ。また1919年の3月ハンガリーに共産党政権が成立したが、4ヵ月後フランスのあとおしで侵入したルーマニア軍によって倒され、翌20年春にはソヴィエト・ポーランド戦争が起こった。」(同上書 p.230)

このようにコミンテルンはまず西欧諸国の共産化を目指したのだがうまくいかず、つぎに工作の矛先の重点を東洋に向けるようになっていったのだが、この重要なポイントが教科書には何も書かれていない。

この点について解説した書物や論文を探していたのだが、当時の新聞記事を神戸大学付属図書館デジタルアーカイブで探すと、明治大正期に外交官として活躍した小松緑氏が大正15年(1926)4月に寄稿した、『赤化運動の十年』という4回の連載記事が見つかった。

19260407赤化運動の10年
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10101841&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

少し引用させていただく。
「…初めから断乎として赤露否認の態度を続けて来たアメリカが、ますますその決意を固めんとするは勿論、一時ロシアを承認して国交を回復せし、イギリスフランス、イタリー、ドイツさえも、近頃になって一斉に排露気勢を揚げ出した。
 取り別け、これ等の国々を驚かしたのは、共産党本部が、白人諸国における従来の失敗に鑑み更に方向を一転して、先ず有色民族—殊に支那人、日本人の赤化に全力を傾け、その白人に対する共通反感を利用し、一気に圧倒的世界革命を断行しようという新方略である。これは、カラハン氏*がポーランドから極東に転任した時分から決定したものであるがやがてカラハン氏は、露支条約及び日露条約の成功に狂喜し、極東の赤化は一二年を出でざるべしと豪語して、大仕掛けの赤化運動に着手したのである。
 先月十八日、北京において国民党を首脳とする総工会、学生団等の代表者二千名が大会を開き先ず革命歌を高唱し『帝国主義を撲滅せよ』『段祺瑞を打倒せ』『不平等条約を破棄せよ」『八国公使を駆逐せよ』などと不穏の言辞を弄し国務院の門内に乱入し、終に衛隊と衝突して、死者三十名、傷者八十名を出すという宛然たる革命騒動を演出し、その主謀者たる徐謙、顧孟余、李石曾等が、逮捕を恐れて、露国公使館に遁げ込みしが如き、また永らく共産党の傀儡となって、ロシアから武器、軍資の供給を受けつつありし憑玉祥が近々モスコウに赴き、自ら一職工となりてまでも、ソヴィエット制度を根本的に研究すると公言しているが如き、また近頃広東はおいても純然たるソヴィエット政府を組織せんとする陰謀の起れる際、関係露国人十名並に政府部内及び軍隊中より六十名の連類を逮捕せしが如き、孰れの一を見ても、赤露の魔手が如何に辛辣に動きつつあるかを立証して余りある
 かくて対岸の火事は、段々大きくなり、近くなって来る。京童は、おいらのお蔵に火が付きそうだと頻に叫んでいる
 吾人は、如何にこの際に処すべきか。この問題を決する順序として、先ず各国の対露態度と赤露自体の現状とを、なお詳しく研究する必要がある」
*カラハン氏:レフ・ミハイロヴィッチ・カラハン。ロシアの革命家 。帝政ロシアが中国で獲得したすべての領土・利権の放棄を宣言し、中ソの友好関係樹立を提議した。1923~1926に中国大使を務めた。

小松緑
【小松緑】

第二次世界大戦は人種問題が燃え上がって起きたとも言えるのだが、小松氏が大正15年の時点で、白人と有色人種との人種問題を焚きつけて一気に世界革命を断行しようとするソ連共産党の戦略について言及している点は注目しておいて良い。マスコミなどではこのような視点からこの時代の歴史が解説されることは皆無に近いが、小松氏の指摘の通り、米国や中国で反日世論を盛り上げたのは、彼らの工作によるものであったと理解すべきなのだと思う。

では、彼等が全力を傾けたという「日本人の赤化」について関係する記事を神戸大学付属図書館デジタルアーカイブで拾っていこう。ソ連のわが国に対する工作は、実際はもう少し前から始まっていた。

19211204 所謂過激運動とその対策 大阪朝日新聞
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10070565&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

上の記事は大正10年(1921)12.4の大阪朝日新聞の記事で、日本共産党員がソ連共産党の支援を得て、過激運動を行っていることを伝えている記事だ。日本共産党は、言うまでもなく、コミンテルン(第三インターナショナル)の日本支部として生まれた組織である。

このような過激思想がなぜわが国で急激に広まったのか。大正10年11月30日の新愛知の記事を読むと、わが国に過激思想の流入を防ごうにも政府にも警察にはその知識があまりにも乏しく、対策が誤っていたことを指摘していることは興味深い。

19211130誤れる赤化運動対策
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10070694&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

「然るに赤化運動取締の位置にあるべき政府当局それ自らが既に思想的権威を有せず、直接之と折衝を保つ警察官が殆んど思想的無智階級者であるに至っては、之に依って過激思想の移入防禦を夢みるなど、愚も蓋し念の入ったものであると呆れざるを得ないものである。政府当局が真に責任を感ずるならば、先ず当局者自ら新思想の忠実なる研究者たれ。」

かくしてわが国に共産主義思想が拡がっていき、昭和3年(1928)4月11日付の大阪朝日新聞の記事では、日本共産党員の約1千名が検挙され、約190名が起訴されたことが伝えられている。
19280411『日本共産党』の大検挙 大阪朝日新聞 
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10070605&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

しかし、この頃からわが国においてコミンテルンの工作対象が拡げられ、昭和3年7月からは日本軍に対して直接に宣伝活動を行い、軍隊から革命を勃発せしめる方針が決議されたという。

19281019露国共産党巧みに我軍隊に赤化宣伝
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10071350&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

上の記事は昭和3年(1928)10月19日付の国民新聞であるが、「在満日本軍隊に対する宣伝は可能性ありと認める。…彼等の思想も相当進歩し居り、階級論争を理解して居る、然れども急激に皇室を云々するが如き或は帝国主義打倒の如き宣伝を行うは尚早である、階級革命、国民自由平等を標榜する宣伝を行う時は確実に効果あるものと認める」として、組織的宣伝が開始されている。

コミンテルンは軍隊だけではなく、学生の思想工作にも注力した。

19290615学生の社会運動厳重に取締れ 国民新聞
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10071246&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

上の記事は昭和4年(1929)6月15日の国民新聞の記事で、原法務大臣の訓示内容を伝えているが、法務大臣がこのような訓示をしたということは、学生の間に共産主義思想がかなり拡大していたことは確実だ。
此等有為の学生がいわゆる赤化運動の犠牲と為りますことは憂慮に堪えざる次第でありますると同時に、此等の者が後日共産党一味の首脳部たるの任務に就くの恐れあることは国家に取り危険至極のことであるのであります、各位は能く各関係官庁と連絡協調を保たれ斯る運動を防止するに付遺憾なきを期せられたいと存ずるのであります」

学生の思想工作は、当然の事ながら教員に対する工作が重要になってくる。

19310919殆ど全国に及ぶ教員赤化の組織網 大阪朝日新聞
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10071299&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

昭和6年(1931)9月19日の大阪朝日新聞の記事には
「文部省学生部が各府県に命じて調査したところによると教員赤化の組織網は全国に及び北海道、東京、京都、大阪、神奈川、兵庫、新潟、埼玉、千葉、愛知、岩手、秋田、沖縄三府九県からはいずれも数名乃至十数名の左翼教員を出し殆ど収拾のつかない状態
と書かれている。「殆んど収拾がつかない状態」ということは、公表された数字よりはるかに多くの左翼教員がいたと理解して良いだろう。

昭和7年(1932)の2月11日の東京朝日新聞では、「陸軍幹部養成の総本山たる陸軍士官学校に赤化運動が起り当局必死の隠ぺい策も効なく校内外にもれ時節柄センセーションを起している」と伝えている

19320211思想安全地帯に赤化分子
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10070975&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

記事では4名の学生を放校したとあるが、「いまだ学内の左翼分子が根絶したとは見られない」とあるので、実際にはもっと大勢の学生が赤化していたことになる。

しかし工作する側の立場に立てば、幹部クラスを共産主義に洗脳させるだけでは革命は為し得ないだろう。重要情報の収集も必要であるし、一般兵士や庶民レベルの洗脳工作も不可欠である。昭和8年(1933)1月19日の大阪毎日新聞は、ロシアの国境に近い北満州地域全体を赤化させる工作がなされていることを伝えている。ちなみに、満州国の建国は昭和7年(1932)の3月1日のことであり、それから10ヶ月後の記事である。

19330119満州国に延びる赤色の魔の手
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10070967&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

各国語に通ずる妙齢の赤い美人をダンサあるいはウェートレスとして北満各地の都市に派しエロ仕掛で各方面の情報蒐集に当らしめる一方、片山潜ら日本人の起草にかかる日本文の赤化パンフレットを作成し支那各地に密送して支那人のみでなく在支日本人の赤化にも積極的に働きかけるなど今や赤化の波は全支那を蔽はんとしその余勢を駆って満洲国攪乱にも手を染めている」と伝えている。

次の記事は昭和8年(1933)6月23日の大阪毎日新聞の記事だが、中国共産党がエロ仕掛けで国民党軍から情報を取ったり、兵士を逃亡させたり師団ごと根こそぎ寝返らせていたことが書かれている。この時期の蒋介石は反共、対日善隣外交を基本方針としていたのだが、反日勢力に帰る工作が活発に行われた。

19330623 支那兵を寝返らす共産婦人の活動 大阪毎日新聞
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10100619&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

また同年の10月14日付の東京日日新聞では、ソ連はハルピンに司令部を置き、匪賊、朝鮮人、中国人を操って、満州の機密情報の蒐集、機密文書の盗み出し等をはかっていたことが記されている。

19331014全満に張る露国スパイ網 東京日日新聞
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10184542&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1&LANG=JA

このように戦前の新聞記事を拾い読みするだけで、ソ連が如何にして周辺国を工作していったかが手に取るようにわかる。「世界革命を推進」するといっても彼らが大量の近代兵器を保有していたわけではなく、法を破って機密情報を収集し、人々に共産主義思想を広めて体制崩壊に導くべく様々な工作を行っていったのだが、このような史実が戦後のわが国で伝えられることは皆無と言って良い。

以前このブログで書いたが、わが国で昭和3年1月1日から昭和20年9月2日までの間に刊行された約22万点の書物のうち、7,769点が戦後GHQによって焚書扱いにされ書店から姿を消してしまった。そのため、戦前・戦中には多くの日本人に知られていた「戦勝国にとって、特に共産主義国にとって都合の悪い出来事」の数々を記した文章を読む機会は、長い間にわたって日本人にはほとんど与えられてこなかった。最近になって一部の書籍が復刊されたり、国立国会図書館デジタルコレクションで何冊かが読めるようになったが、全体としてはごく一部にすぎず、未だに多くの書物にアクセスすることは困難である。

今回の記事で紹介した神戸大学付属図書館デジタルアーカイブの『新聞記事文庫』は、神戸大学経済経営研究所によって作成された、明治末から昭和45年までの50万件もの新聞切抜き資料で、経済・経営分野の記事が中心になることはやむを得ないが、政治・社会・教育等の分野に関する分析記事などについても相当な分量が収められている。
有難いことに、GHQは過去の新聞記事については検閲の対象外としたので、この『新聞記事文庫』にアクセスすると、当時の新聞の論調をそのまま読むことが可能なのである。
しかも、それぞれの記事に新聞の記事画像とテキストファイルが用意されていて、複数のキーワードによる全文検索や記事データの並び替えが可能なので、記事を絞り込むことが容易にできる。調べて行くとたまに驚くような記事に遭遇することがあるのが楽しい。

検索の方法はいたって簡単だ。下のURLの簡易検索を用いて、例えば「満州」「関東軍」というキーワードを入力して検索ボタンを押すと、488件もの新聞記事がヒットする。あるいは「ソ連」「工作」というキーワードで検索すると575件の記事がヒットする。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sinbun/index.html
あとは、出版年順に並べて、記事見出しの中から興味を覚える記事をクリックして読めば良い。

キーワードを工夫すればもっと面白い記事が見つかるかもしれないと思いながら繰り返し検索を試みるのだが、戦後の長きにわたり日本人に知らされてこなかった類の記事を、誰でも簡単に大量に見つけることができるデータベースが公開されていることは有難いことである。
通説に納得できない時や、当時の論調を知りたい時などに、一度利用してみられることを読者のみなさんにお勧めしたい。
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【ご参考】
このブログでこんな記事を書いてきました。良かったら覗いてみてください。

「二・二六事件」と中国の「西安事件」に垣間見えるコミンテルンの影
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-211.html

アメリカのルーズベルト政権に垣間見えるコミンテルンの影
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-212.html

「ハル・ノート」は、アメリカが日米開戦に持ち込むための挑発だったのか
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-213.html

GHQ情報部長が、日米は戦うべきではなかったと述べた理由
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-214.html

カリフォルニア州の排日運動が、日露戦争後に急拡大した背景を考える~~米国排日1
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-260.html

日露戦争後のアメリカにおける日本人差別の実態~~米国排日2
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-261.html

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おすすめ本
江崎道朗氏の「コミンテルンの謀略と日本の敗戦」という本を読了しました。
コミンテルンの工作によって、日本がどのように変貌していったのかが記されています。
元々日本には共産主義が広まりやすい土壌があって、それに世界恐慌と政府の経済的失策が追い打ちをかけた結果、多くの者がコミンテルンのプロパガンダに騙され日本の共産化や敗戦革命を推し進めることが本気で国家のためになると信じ込んだ、という書き方がされています。
この本は戦争と共産主義というカテゴリーにおいて参考になるかと思います。
私は個人的に「なぜ大東亜戦争に至ったのか」について研究しており、このブログは非常に参考になります。
これからも応援したいと思います。
Re: おすすめ本
WIZARD03 さん、いつも読んで頂いているうえにコメントまで頂いてありがとうございます。レベルの高い方から応援頂くことはとても励みになります。

その本、私も先日ネットで買いましたが、書くのに忙しくてまだ読んでいません。
江崎道朗氏は「コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾」や「アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄」という本もあり、今までタブー視されてきた問題に真正面から斬りこんでおられるのに注目しています。
紹介いただいた本は必ず読むつもりでいますので、今度現代史を書くときに参考にさせていただきます。

あまり特定の時代に偏ると読者層も偏ってしまうようなので、なるべく多くの人にいろんな時代の記事を読んで頂けるよう、当面は古代から近現代まで、各時代の話題を工夫して書いていく方針でいますのでご理解ください。
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しばやん

Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
従来のメインのブログでは読者の皆様から、数多くの有益なコメントを頂きましたが、コメントまでは移しきれなかったことをご容赦願います。

またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

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