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鳥取砂丘から若桜町、『日本三大投入堂』の一つ不動院岩屋堂を訪ねて

鳥取旅行の2日目はあいにく雨になった。

浦富海岸

お世話になった宿にお礼を言ったのち、せっかく浦富海岸に来たのだから、海岸沿いの駐車場に車をとめて海岸の散歩に出ることにした。上の画像は浦富海岸の島の一つである「向島」である。
浦富海岸は約15kmも続くリアス式海岸で、海岸西部には海水等の侵食による花崗岩の断崖、奇岩、洞門が続き、海面上に大小の島や岩が散在していて『日本百景』にも選ばれている自然景勝地なのだが、さすがにこの雨では遊歩道を歩く人はいなかった。

荒砂神社

すぐ近くにある荒砂神社に立ち寄ってみた。
案内板を見て驚いたのだが、この神社の創建は白鳳期(7世紀後半)で、10世紀に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある『因幡国大神社』にあたるという。

天候が良ければこの日の最初に蒲生川の河口から出発する浦富海岸の島めぐり遊覧船に乗る予定であったのだが、雨が止みそうでないので予定を変更して、鳥取砂丘砂の美術館(鳥取市福部町湯山2083-17 ☏0857-20-2231)に向かう。

実は鳥取砂丘に来たのは3度目なのだが、この美術館を訪れたのは初めてである。
鳥取砂丘では平成18年(2006)から砂の彫刻展示イベントが開始され、第4期までは野外・仮設テントで行われていたのだそうだ。第5期の2012年の展示からは屋内での展示がメインとなり、現在は第10期でアメリカをテーマとする作品が展示されていて、翌年の1月3日まで展示がなさりたのち取り壊され、それから3か月半次のテーマの砂像の製作がなされて4月中旬には新しい作品が公開される予定だという。

砂の美術館 1

上の画像は展示室の入り口付近にある、アメリカの映画産業をテーマに制作された砂像だが、このような巨大な像を造るのに砂と水しか使っておらず、しかも半年以上も形を維持していると聞いて驚いてしまった。
どうやって造るかは会場のパネルや動画でも解説されているが、公式HPに画像付きの説明がある。ポイントは水と砂とをよく混ぜた後に押し固め水を抜くところにあるようだ。
http://www.sand-museum.jp/?page_id=50
それでも、砂像の形状を長期間維持することは難しいようで、中には砂像に小さな亀裂ができていたものもあった。

砂の美術館 2

展示室は結構広く、スケールの大きい作品が数多く並べられている。上の画像の手前の砂像は『デラウェア川を渡るワシントン』で、独立戦争でワシントンが独立軍を率いてデラウェア川を渡るところを描いた絵画をモチーフとしている。その奥の砂像は『マウントラシュモアとグランドキャニオン』で、マウントラシュモアという標高1745mの巨大な岩山に、アメリカの歴史に名を遺した4人の米大統領の胸像が彫刻されているのだが、その像が砂像でミニチュア化されている。その手前にグランドキャニオンが配置され、さらにナイアガラの滝をイメージして、実際に水を流しているのには驚いた。水は砂像の天敵なのだが、水が砂に浸み込まないように、うまく設計されている。

砂の美術館 3

瀧から流れる水を用いて、『ゴールド・ラッシュ』で砂金を掘る人々の砂像もすごい。像のすぐ近くを水が流れているのだが、決して像に水が及ばないように工夫されている。

砂像は全部で19点製作されていて、その内の18点が展示室の中にあるのだが、巨大な像を実に巧みに配置して結構楽しむことができた。

鳥取砂丘

展示室の3階から屋外に出ることができ、屋外にも砂像がある。展望広場から鳥取砂丘を望むことができるのだが、悪天候のために砂丘を散策する観光客はほとんど見当たらなかった。

鳥取砂丘から城下町である八頭郡若桜(わかさ)町に向かう。
途中に通る八頭郡八頭町は鳥取県下有数の梨や柿の産地である。こおげフレンドセンター(八頭町門尾40-2 ☏0858-72-0704)などに立ち寄って名産の梨や柿を買い込むことをお勧めしたい。価格は都会の価格よりもはるかに安くて味も良い。

若桜町のHPに町の生い立ちが記されている。
若桜の名は履中天皇(大和時代)のとき出たことが姓氏録にあります。『郡郷考』には、若桜を和加佐と読み、古姓若桜部に因むとあるから、読み方も昔から 『わかさ』であり、地名若桜は姓の若桜から出たものと思われます。
『和名抄』の中に、八上郡若桜郷とあり、また奈良の東大寺に因幡若桜部が進上物をした記録があるので、聖武天皇(奈良時代)のころに若桜氏がいたことになり、若桜は千数百年以前からあったことが窺われます。」
http://www.town.wakasa.tottori.jp/?page_id=6

若桜町散策マップ

若桜町は鳥取と姫路を結ぶ若桜街道(播磨道ともいう)と、鳥取と伊勢神宮を結ぶ伊勢街道(但馬道ともいう)が通る交通の要衝だったことから、軍事的にも重要視され戦国時代には尼子氏や毛利氏による攻防戦が繰り広げられ、天正6年(1578)の羽柴秀吉による因幡侵攻で若桜鬼ケ城を攻略し家臣の木下重堅を城主として配し軍事的拠点となし、城下町や領内の整備が行われたという。
しかし、慶長5年(1600)の関が原の戦いで木下重堅が西軍に属し敗戦とともに自害。代わって山崎家盛が三田から3万石に加増され初代若桜藩主となり、引き続き城下町の整備を行ったが、2代家治が転封となると鳥取藩となり若桜藩は廃藩となり若桜鬼ケ城も廃城となっている。
その後若桜は鳥取藩に組み込まれるが、元禄13年に鳥取藩主池田光仲の5男清定が鳥取西館新田判を立藩したが、以降この地に城は設けられずに陣屋を設けた程度であったという。
江戸時代以降も若桜は交通の要衝の地として多くの商人が集まり、周辺の経済的な中心地として発展してきたのだが、昭和35年人口9,616人をピークに高度経済成長期に大都市圏への人口流出が続き、少子高齢化も進行して平成27年の人口は3,269人と人口減少が止まらない。
若桜町に限らず、歴史と伝統のある地方の町や村がいずこも人口減少で悩んでいるのだが、若い世代が残らずして、これからどうやって地域の伝統や文化をつないでいくことが出来ようか。

若桜駅

上の画像は若桜鉄道若桜駅。この鉄道は国鉄再建法施行に伴いJR西日本の若桜線を昭和62年(1987)に引きついだものだが、この駅を含め沿線全体の古い施設が国登録有形文化財となっている。この駅の右側に駐車場がある。

若桜駅 SL

若桜駅にはSL(C12形蒸気機関車)があり、4月~11月の第2、第4日曜日はこのSLが牽引するトロッコに乗車して楽しむことができ、第3週の土曜日には体験運転できる企画もあるようだ。
http://www.infosakyu.ne.jp/~wakatetu/karenda.html

若桜町 古家屋

若桜町で明治18年に大火があり、若桜宿会議で「家は道路端から1丈1尺(3.3m)控えて土台を造ること、その土台から4尺(1.2m)の仮屋(ひさし)を付け、2尺(60㎝)の川を付けること」などが決められたという。
現在は途切れ途切れになってしまったが、昔は700mから800m仮屋が連なっていて、雨の日でも傘なしで通り抜けができ、豪雪の時はアーケードのようになって人々が移動するスペースが確保できていたのだそうだ。
上の画像は仮屋通りにある『休憩・交流処 かりや(木島家住宅)』で、建物は国登録有形文化財になっている。

若桜町 昼食

この建物の中にダイニングカフェ新(あらた)という食事のできる場所があるので入ってみたのだが、このような価値ある建物の落ち着いた雰囲気の中で、リーゾナブルな価格でおいしい料理を戴けることはありがたい。
https://tabelog.com/tottori/A3101/A310102/31003374/

若桜町 蔵通り

仮屋通りの一筋北には蔵通りがあり、このように白壁の土蔵群が約300mも続いている。
先ほど明治18年に大火災があったことを書いたが、この時に寺を火災から守るために蔵以外を建てることが禁止されて、今も10戸の蔵が建っている。

西芳寺紅葉

この土蔵群の反対側に蓮教寺、正栄寺、西方寺と三ケ寺が続く。中央の西方寺の紅葉が美しかったのでカメラに収めておいた。

もう少し天気が良ければ、若桜神社、若桜弁財天と若桜鬼ヶ城跡に行く予定だったのだが、それぞれ坂道や階段が続くようなのであきらめて、道の駅若桜(八頭郡若桜町若桜983−2 ☏0858-76-5760)で、土産品を買ったのち、車で行くことのできる不動院岩屋堂(八頭郡若桜町岩屋堂)に向かう。

三徳山三仏寺投入堂

11年前のことになるが、鳥取県三朝町にある三徳山三仏寺の国宝・投入堂(なげいれどう)にチャレンジしたことがある。この投入堂の中に入ることはできないのだが、ここまでたどり着くのに急峻な坂道を登り、カズラ坂やクサリ坂などいくつかの危険な場所をクリアしなければならず、何度もスリルを感じながら、この投入堂が見えたときはよくぞこんな場所にこんな建物を建てたものだと驚き、その美しさに感動した。
投入堂にたどり着くまでのルートは、たとえば次のURLの文章と画像がわかりやすい。難所の連続で、正直言って私の場合は、こんな冷静にカメラのシャッターを押すことができなかった。
https://gurutabi.gnavi.co.jp/a/a_1347/

『投入堂』というのは、役小角が蔵王権現などを祀った仏堂を法力で山に投げ入れたという言い伝えがあるからだそうだが、全国で『投入堂』と呼ばれているお堂は他にもある。

『日本三大投入堂』という言葉があるようなのだが、そのうちの二つが鳥取県にあり、一つが三徳山三仏寺の国宝・投入堂でもう一つが若桜町の不動院岩屋堂(国重文)だ。そして最後の一つが大分県宇佐市院内町にある龍岩寺 奥院礼堂(国重文)だという。
次のURLに龍岩寺 奥院礼堂のレポートが出ているが、ここも相当険しい坂を登らなければたどり着けないようだ。
http://www.suonada.co.jp/staff/view.php?id=399

不動院岩屋堂の駐車場がやや遠く150mほど歩く必要があるが、この投入堂だけは急峻な坂を上らずに建物を鑑賞することができる。早めに若桜町観光協会(0858-82-2231)に予約すればお堂の中に入ることも可能なようだ。

不動院岩屋堂

現地の案内板にはこう記されていた。
大同年間(806-810)飛騨匠の創建と伝えられる。
 現在の建物は、鎌倉時代に源頼朝が再建したものと言われ、天正9年(1581)羽柴秀吉の鳥取城攻略のとき、他の建物は兵火にかかり焼失したがこの堂だけが残ったと伝えられる。
 鳥取県では有数の古建築で、三朝町の三仏寺投入堂と同じように修験道の道場であったと推定され、岩窟の中に建立された正面三間、側面四間の舞台造である。
 本尊の黒皮不動明王は高さ1.2メートルの坐像で、弘法大師の作と伝えられる。」

不動院岩屋堂は昭和30年(1955)から32年(1957)にわたって解体修理が行われ、その時の報告書によると室町時代初期頃の建立と推定されているのだそうだ。それにしても、こんな危険な場所にあるお堂が再建後700年近く残されてきたことに驚きを禁じ得ないところである。

毎年3月28日と7月28日にはこの場所で護摩法要が行われ、本尊の黒皮不動明王が一般公開されるのだそうだが、この仏像は目黒不動(東京都目黒区下目黒)と目赤不動(東京都文京区本駒込)と共に日本三大不動明王に数えられているとも言われている。

今度若桜町に来るときは、岩屋堂の護摩法要の日に訪れて、ここの黒皮不動明王を観てみたい。合わせて今回訪問できなかった若桜神社、若桜弁財天、若桜鬼ヶ城跡も見て帰りたいと思う。

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【ご参考】
鳥取県は明治政府によって多くの文化財を破壊された上に、島根県と併合されて「鳥取県」という県名も失いました。
同様に福井県も多くの文化財が破壊され、石川県の併合されて県名を失いました。
石川県から福井県を旅行してこのブログにこんな記事を書いていますが、良かったら覗いてみてください。

白山信仰の聖地を訪ねて加賀禅定道を行く
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-457.html

白峰地区の林西寺に残された白山下山仏と、破壊された越前馬場・白山平泉寺
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-458.html

明治6年に越前の真宗の僧侶や門徒はなぜ大決起したのか~~越前護法大一揆のこと
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-460.html


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京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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