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暴れ川として知られる吉野川の流域を豊かにした阿波藍と徳島の伝統文化

ドイツ村公園のすぐ近くに四国霊場第二番札所の極楽寺(鳴門市大麻町桧ダンノ上12 ☏088-689-1112)がある。

極楽寺山門

寺伝では奈良時代に行基が開基したとあり、弘仁6年(815)には空海(弘法大師)がこの地での三七日(21日間)の修法で阿弥陀経を読誦したところ満願日に阿弥陀如来の姿を感得したため、その姿を刻んで本尊としたと伝わっているのだそうだが、境内から平安時代の瓦が出土しているので古い寺であることは間違いがない。
本尊の木造阿弥陀如来坐像は鎌倉時代の制作で空海が彫ったものではないようだが、国の重要文化財に指定されており、秘仏とされていて普段は公開されていない。
戦国時代の天正年間に長宗我部氏の侵入により堂宇は焼失し、現在の本堂・大師堂は江戸時代の初期に阿波藩主によって再建されたものだという。

極楽寺 長命杉

上の画像は本堂の横にある樹齢千年余の長命杉で、鳴門市の天然記念物に指定されている巨木である。

藍の館

極楽寺の参拝を終えて、藍の館(板野郡藍住町徳命前須西172 ☏088-692-6317)に向かう。極楽寺からは10分もかからない。

阿波徳島の特産物といえば藍が有名で、吉野川流域の平野部一帯は古くから盛んに藍作りが行われてきた地域である。
この地域は毎年台風が来るたびに吉野川が洪水を繰り返してきたため稲作が難しい土地柄であった。しかしながら藍という植物は連作することが出来ない一方、台風の来る季節の前に収穫することが可能である。したがって、藍の栽培ならば吉野川の氾濫の都度にもたらされる肥沃な土壌を活かすことで同じ畑でも作物が収穫でき、しかも高品質ものができることが評判となって吉野川流域で藍作りが広がっていったのだという。

蜂須賀家政
【蜂須賀家政】

『阿波ナビ』にはこう解説されている。
「天正13年(1585年)、蜂須賀家政公が藩主となってからは、徳島藩では藍の生産を保護、奨励しましたので、いよいよ藍づくりは隆盛を極めたのでした。徳島の藍は、その品質の高さからも別格扱いとされ、阿波の藍を「本藍」、他の地方の藍を「地藍」と区別されたほどでした。藍づくりを全面的にバックアップした蜂須賀家の力は大きく、一説には蜂須賀公が播州から入国した際に藍を持ってきたと伝えられています。そして、徳島藩は、藍師や藍商から取り立てる租税で藩の財政を確立し、“阿波25万石、藍50万石”とまでいわれるほどになりました。元禄時代には、全国的に木綿が多く生産され、それにともなって阿波藍も大量に生産されるようになり、その作付け面積は、寛政2年(1790年)に6,500町歩(ちょうぶ)もあったという記録が残っています
※ 1町歩=約3,000坪
明治以降も藍作は盛んに行われ、北海道から九州まで栽培されるようになり、全国的には明治36年に最高の生産規模になりました。特に徳島県は作付面積、生産量とも全国の過半数を占めていました。 しかし、その後、インドから良質で安価なインド藍が輸入され始め、明治後期からは化学合成された人造藍の輸入が急速に増大し、日本の藍づくりは衰退の一途をたどりました。 徳島県でも昭和41年には4ヘクタールにまで栽培が減少してしまいましたが、阿波藍の魅力は人々を引きつけて止むことはありませんでした。そして、天然藍の持つ美しさや風合いが見直され、藍は全国的にも静かなブームとなっています。」
https://www.awanavi.jp/feature/awaai.html

面積の単位が統一されていないのでわかりにくいのだが、6500町歩というのは約65㎢という数字で、我が国の湖で言うと浜名湖の面積に相当するのだが、2010年に出版された川人美洋子氏の『阿波藍』という書物によると、その後藍の栽培面積は増え続けて1903年には150㎢とピークになり、それ以降は『阿波ナビ』の解説にある理由により減少し続け1966年(昭和41年)には4ヘクタール(0.04㎢)までになったという。しかしその後、天然藍が見直されて栽培が増加し、0.2㎢まで回復したのだが、ピーク時の0.1%程度に過ぎない。
http://awa-ai-saiko.com/ai.html

奥村家住宅

藍の館の奥に江戸時代の藍商人であった旧奥村家住宅がある。

旧奥村家 東寝床

藍の加工場でであった場所「寝床」に、藍の栽培から染料になるまでの工程が説明されている。

旧奥村家 東寝床の内部

夏の暑い時期に葉藍を刈り取るとその夜に徹夜で1cmほどに切り刻む作業(「夜切り」)がある。翌日の早朝から庭で乾燥させ、からさおで叩いて葉と葉脈を分離させ、それをあいすりで擦り込む作業があり、夕刻には大箕でよく乾燥したものを風を起こして飛ばし、葉と葉脈を完全に分離し、それぞれを俵に詰めて、寝床に保管する。
9月に入って藍を俵から取り出して水を打つと、数日で発酵してアンモニア臭が立ち込める。万遍なく発酵させるために100日かけて20回ほど藍の山を移動させる(「切り返し」)。
その後筵をかけて葉藍を覆い、12月初旬頃に平温の状態になってようやく蒅(すくも)と呼ばれる藍染料が出来上がり、俵に詰めて保存される。

旧奥村家 藍づくりの作業

このように藍農家の仕事はかなりの重労働で、その労苦を偲ばせるこんな作業唄が歌われたという。
阿波の北方(きたがた)おきあがり小法師(こぼし)、寝たと思たらはや起きた、二度とくまいぞ藍こなしだけにゃ、芋と麦めしで目がくらむ、嫁にやるまい板野の里へ、夏の土用に水踏車、藍の種まき生えたら間引き、植えりゃ水取り土用刈り

「板野」というのは、今の板野郡なのか板野町なのか、どちらを指すのかよくわからないが、どちらにしても藍作り農家では、夏の炎天下で水車を足で踏んで水をくみ上げるような男性でも結構つらい作業を女性がしていたのだから大変だったろう。

しかしながら徳島の藍は全国の市場を支配し、莫大な富をもたらした。潤ったのは徳島藩や商人だけではなく生産者も豊かになり、やがて徳島の各地で特色ある文化が花を開くことになるのである。

誰でも知っているのは『阿波おどり』だが、この名称が出来たのは昭和初期の頃のようで、以前は『徳島の盆踊』などと呼ばれていたようだ。

徳嶋盂蘭盆組踊之図
【徳嶋盂蘭盆組踊之図】

この踊りを洗練させて育てたのは阿波の藍商人だという。鍛冶博之氏の『近世徳島における阿波藍の普及と影響』という論文にはこう解説されている。

阿波踊りは、近世以前までは日本各地で行われてきた先祖供養のための盆踊りのひとつとして発展した。徳島藩が登場した初期には、宗教性を薄めながら大規模化し、街頭を賑やかに踊る今日の型へと進化していった。その発展過程について朝日新聞徳島支局(1992)によると『江戸から明治にかけて、莫大な富を築いた阿波の藍商人は、徳島の花柳界で型破りの豪遊をし、当時、芸者の間で「お座敷芸」として踊られていた阿波おどりを、より洗練されたものに育て挙げた』という。さらに『藍商人の豪遊につられ、他の商取引でも阿波おどりが接待に使われるようになる。一般の商家では「芸者をあげて」とはいかず、子供や手伝いに来る女性に三味線などの鳴り物を習わせ踊らせた。この風習が庶民の間にも根付き、「誰でも踊れる阿波おどり」の土台が形成されていった』と指摘した。このことからも、藍商が阿波おどりを徳島社会に一般化させるうえで大きな影響力を及ぼしたことが窺える。」
https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/22832/007001080008.pdf

阿波おどり会館 実演

藍の館から名田橋で吉野川を渡り徳島市内に入り、眉山の麓に『阿波おどり会館』がある。
ここで毎日午前11時、午後2時、3時、4時の4回にわたり阿波おどりの公演があるので訪れたのだが、250もある座席がほとんど満席状態なのには驚いた。
阿波おどりは誰でもそれなりに踊れるので海外でも人気が高く、この日は台湾からの観光客が特に多かった。

徳島市の人口は26万人だが、毎年8月12日から15日の4日間に行われる阿波おどりの人出は約130万人だという。
これだけの観光客が集まるのならこの伝統行事は安泰だろうと誰でも思うところだが、今年3月3日の新聞報道によると、この阿波おどりを主催してきた市観光協会に4億円余りの累積赤字が発生していて、徳島市は債権者として3月2日に協会の破産手続きを徳島地裁に申し立てたとのことである。
阿波おどりの共催者である徳島新聞社と市観光協会、および徳島市の泥仕合がそう簡単に終わるとは思えないが、今年の夏は例年通りの規模で実施できるのだろうか。このような醜い金銭トラブルで、徳島が誇る伝統行事が廃れていくことがないことを祈りたい。
https://www.sankeibiz.jp/macro/news/180305/mca1803050803005-n1.htm

もう一つ、藍商人が育てた徳島の文化に阿波人形浄瑠璃がある。
前掲の鍛冶博之氏の論文にはこう解説されている。

人形浄瑠璃は16世紀松に淡路に伝搬され、17世紀には蜂須賀家が保護・奨励し、阿波藍や塩の生産で財を成した豪商や豪農に好まれたことで人気が高まった。この点に関して須藤編(2012)は、徳島に人形芝居を行う『農村舞台』が多い理由として、藍生産で富を獲得した豪農や豪商が娯楽として人形座を招き人形芝居を楽しむために、屋敷の一部を活用した仮設の舞台を作り、大がかりの小屋仕掛けの舞台を設置した。こうして人形浄瑠璃は阿波藍生産が活発だった吉野川流域を中心に定着した。一方で吉野川流域以外の地域(徳島県南部の那賀川流域稍勝浦川流域)では人形座を招くほどの富を蓄積できなかったため、生活者自らが人形を舞わして芝居を演じるための『農村舞台』を誕生させていったという。つまり阿波藍資本は、吉野川流域に人形浄瑠璃という新しい人形文化を定着させるという直接的影響だけでなく、徳島県南部を中心に『農村舞台』を中心とする素人の人形芝居を生み出すという間接的影響ももたらすこととなった。」

以前このブログで淡路島の人形浄瑠璃のことを書いたことがある。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-52.html

先ほど、天正13年(1585年)に藩主の蜂須賀家政公が、徳島藩での藍の生産を保護・奨励したことを書いたが、この家政公は大坂冬・夏の陣で嫡男の至鎮が戦功をあげたことから、戦後に家康から淡路一国を与えられている。その後家政公は淡路の人形浄瑠璃を保護・奨励し、淡路の人形座が諸国巡業に出る折には徳島城下で勧進興行をさせていたのだが、以降阿波にも人形浄瑠璃が次第に広がっていき、江戸時代の中期には淡路と遜色のない数の人形座が活動するようになり、南部には農村舞台が作られていったという。

天狗久資料館 外観

人形座が増え、出し物が変わると様々な人形が必要になってくる。徳島では多く人形師の名前が残っているが、数々の名作品を残した有名な人形師の住宅兼工房・徳島市天狗久(てんぐひさ)資料館(徳島市国府町和田居内172 ☏088-643-2231)が、阿波おどり会館から6km程度のところにある。この建物は明治10年(1877)に建てられた木造2階建てで、県の有形民俗文化財に指定されている。

天狗久資料館 作業場

上の画像は初代天狗久(本名:吉田久吉)の工房で、館内には人形制作用具や木偶頭、面などが展示され、希望すれば記録映画『阿波の木偶(でく)』のビデオが上映され、初代天狗久の生前の声を聴くことが出来る。

初代天狗久

初代天狗久は安政5年(1858)に生まれ、16歳の時に人形師川島富五郎(人形富)に弟子入りし、その後人形師として独立してその工房を「天狗屋」と称した。
彼は師匠人形富の伝統的技法を守りつつ、明治20年頃には人形の眼に初めて硝子球を使用したり、農村舞台に映えるようにと人形の大型化に最初に取り組んだりしたという。

天狗久 八百屋お七
【天狗久 八百屋お七】

人形師一筋の人生だったが、人形の注文が少ない時期も何度かあったようだ。明治30年代後半に、ドイツから化学染料が輸入されて、藍の製造販売に支えられてきた徳島の経済が大打撃を受けた時期もそうであったが、その後大正期には活動写真やトーキー映画の出現で人形浄瑠璃の観客が激減した時は相当苦労したようだ。
そんな時期も天狗久は張りぼての人形や玩具人形を作って生計を立てながら木偶の制作に情熱をささげ、86歳で亡くなる直前まで人形を彫り続けたという。彼が生涯に制作した頭は千を超えるそうだが、そのうち48個が徳島県の有形文化財に指定されている。

阿波十郎兵衛屋敷

最後に阿波十郎兵衛屋敷(徳島市川内町宮島本浦184 ☏088-665-2202)に向かう。
ここでは毎日11時と14時に人形浄瑠璃が上演される。どうせ行くなら大夫(たゆう)・三味線付きの土曜・日曜・祝日の方が良いだろう。
この屋敷は徳島藩士・板東十郎兵衛が住んでいたところで、この人物は人形浄瑠璃『傾城阿波の鳴門』に出てくる阿波十郎兵衛のモデルとなった人物だという。

阿波十郎兵衛屋敷 展示物

少し早めに着いたので展示室で人形の説明を受ける。実際に人形に手を触れて、人形の目や眉毛や首や口や指などを動かす手ほどきを受けたが結構難しい。三味線に合わせ、情感を込めて人形を操るのには、長年にわたる厳しい訓練が必要だ。

上演時間が近づいたので、観客席に向かう。
演目は「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」
簡単にあらすじを述べておこう。
十郎兵衛・お弓の夫婦は主君の盗まれた刀を探すため大阪玉造に住み、十郎兵衛は名前も銀十郎と変えて盗賊の仲間に入っていた。お弓が留守番をしているところに手紙が届き、十郎兵衛らの悪事が露見し、追手がかかったので、早く立ち退くようにとの知らせであった。お弓は夫の無事を祈っているところに、巡礼姿の娘が訪れる。自分の娘が3つの時に国許の徳島に残してきたのだが、同じ年頃なので話を聞いてみると、間違いなく自分の娘・おつるであることが分かった。今すぐに抱きしめて母と名乗りたい思いを抑えて、盗賊の罪が娘に及ぶことを怖れて、徳島に帰るように諭し、お弓は泣く泣くおつるを追い返すのだが、おつるの歌う巡礼歌が遠のくと、お弓はこらえきれずに泣き崩れ、このまま分かれてはもう会えないと思いなおして、おつるのあとを追いかけていく。

阿波人形浄瑠璃

大夫(たゆう)はこの床本(ゆかほん)をただ読むのではなく、三味線に合わせて独特な節回しで、登場する何人もの人物の声を使い分けて絶妙な語り口で軽快に読み進んでいくのだが、昔の言葉で書かれているにもかかわらず、人形の動きがあるので物語の展開が不思議によく理解できて、結構面白いものである。

上演はここまでだが、本当は「順礼歌の段」はまだまだ続いて十郎兵衛が登場し、最後は悲しい場面で終わる。今では床本がネットで読めるので、物語の続きを知ることが可能だ。
http://ww8.tiki.ne.jp/~shichifuku/awa-naru/

この阿波十郎兵衛屋敷では、たまに特別公演が行われ別の演目も楽しめるようだが、徳島の各地に農村舞台が残されていて、今も人形浄瑠璃の公演が行われているという。
次のURLに今年度の農村舞台等の公演情報が出ているが、このような木造の舞台が神社や寺の境内にあって、このような場所で人形浄瑠璃が何百年も演じ続けられて来たというのはすごいことである。
http://www.nousonbutai.com/

江戸時代から続く木造の舞台で演じられる人形浄瑠璃を楽しみたいと思うのは私ばかりではないだろう。農村舞台での公演が徳島観光の魅力のひとつとして注目される日がいつか来るのではないだろうか。

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【ご参考】
このブログでこんな記事を書いてきました。興味のある方は覗いてみてください。

淡路人形浄瑠璃と高田屋嘉兵衛と淡路特産玉葱の「七宝大甘」~~淡路島文化探訪の旅3
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-52.html

大阪のてっぺん 浄瑠璃の里~~地域の文化を継承するということ
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-184.html

伊那市の古い寺社と、250年以上続いた中尾歌舞伎のこと
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-517.html

浅野内匠頭が江戸城・松の廊下で刃傷事件を起こした原因は何だったのか~~忠臣蔵1
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-149.html

赤穂浪士の処刑をどうするかで、当時の幕府で大論争があった~~忠臣蔵2
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桜の咲く古民家の風景を求めて
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-232.html





関連記事
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伝統の強み
こんばんは。いつもお世話になっております。
藍の館、とてもわかりやすくて興味深かったことを思い出しつつ拝読しております。
蜂須賀家筆頭家老の稲田家を追いかけて、美馬、洲本、ついには北海道の静内へ参りましたが、この藍がとても重要でした。伊達市の亘理伊達家跡に道の駅併設で藍の体験館があり、不思議に思って伊達家資料館で尋ねたところ、稲田家より伝わったとのこと。
北海道でも時期をずらせば栽培は可能で、発酵に必要な材料もあり、あとは発酵時の温度管理に留意すれば生業として成立したようです。

奇しくも弊能楽堂当主が芸術監督を務めております「フィガロの結婚」が公演中でして。文楽の方々との共演があり、お仕事しながら生でお稽古をちょろちょろと拝見しておりました。本当に伝統の強みと申しますか、底力は素晴らしいと実感しております。

Re: 伝統の強み
つねまるさん、コメントありがとうございます。

北海道でも藍を作っていたとは知りませんでした。藍は連作の出来ない作物なので、土の入れ替えが必要です。静内川も吉野川に似てよく氾濫していたのかもしれませんね。

伝統芸能は保護されて来たのではなく、いつの時代も人々から支持されて残されてきたものですから、決して薄っぺらなものではないはずです。私もこの方面ももっと勉強したいところです。
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しばやん

Author:しばやん
京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
従来のメインのブログでは読者の皆様から、数多くの有益なコメントを頂きましたが、コメントまでは移しきれなかったことをご容赦願います。

またBLOGariは平成29年の1月31日付けでブログサービスが終了して、今ではアクセスができなくなっています。BLOGariの記事URLにリンクを貼ってある記事がもしあれば、左サイドバーの「カテゴリ」の一番下にある「BLOGari記事のURL読み替え」で対照していだければありがたいです。

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