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日本三大山車祭の一つ、長浜曳山祭の歴史と子ども歌舞伎

竹生島から長浜港に戻って、ホテルにチェックインしたのち長浜市の中心部に向かう。
この日(4月13日)の夕方は十三日番といって、長浜曳山祭の各山組に曳きだされた豪華絢爛な曳山の舞台で、化粧をした子ども役者が可憐に歌舞伎(曳山狂言)を演じる最初の日なのだ。この祭りは毎年4月9日~16日に長浜八幡宮の春季大祭にあわせて執行され、13日~16日は「曳山」が登場して子ども歌舞伎が演じられるのである。
この祭りは京都の祇園祭、岐阜高山の高山祭とともに日本三大山車祭の一つとされ、昭和54年(1979)に国の重要無形民俗文化財、平成28年(2016)にはユネスコ無形文化遺産にも指定されている有名な祭りで、一度この祭りをこの目で観たいと思っていた。

今回の滋賀の旅行記事で明治初期の神仏分離のことを何度か触れたが、長浜八幡宮もこの時期に神仏分離が強行されている。

長浜八幡宮古絵図

廃仏毀釈に詳しいminagaさんのサイトに『長浜八幡宮古絵図』が紹介されており、その中に三重塔が描かれている。このような仏教的な建物などは今では境内のどこにも見当たらない。Minagaさんは長浜八幡宮の歴史についてこう解説しておられる。

「延久元年(1069)源義家が後三条天皇の勅を奉じて石清水八幡宮より勧請。元亀・天正の兵乱に焼失。天正9年(1581)豊臣秀吉などによって再興。別当は新放生寺と号したが、 明治維新の神仏分離により、周囲にあった多くの社僧は廃絶し、仏教関係の什宝は、東の舎那院に移す
社殿は、明治18年雷火のため焼失、現社殿は明治22年に再建。なお北門前観音堂安置木像聖観音立像が伝来するようです。放生池も現存するようです。
 舎那院(真言宗豊山派)は弘仁2年(814)弘法大師の開基といい、秀吉により再興、明治維新前は八幡宮の学頭坊であった。本堂(愛染堂)は八幡宮本地堂 を移建という。また昭和14年八幡宮整備により、護摩堂(桁行3間、梁間3間、寄棟造檜皮葺。室町期)も移建されたという。」
http://www7b.biglobe.ne.jp/~s_minaga/h20040803.htm

木曽名所図会 長浜八幡宮

文化2年(1805)に出版された『木曽路名所図会』にその頃の長浜八幡宮の境内が描かれている。この頃には三重塔は失われていたようだが、鳥居をまっすぐ進むと現在舎那院の本堂となっている本地堂があり、左には薬師堂も存在していたことがわかる。そして絵図の右端に舎那院が描かれていて、この寺が明治以降唯一残されて、仏像や資料類のほとんどがここに移されたのである。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959914/80

また『木曽路名所図会』には、曳山祭について以下のような記載がある。江戸時代には秋にこの祭りが執行されていたようだ。
「…例祭は九月十五日にして、牽山(ひきやま)十二、町々より本社へ出してこれを飾り、其の山々の町より、わらわべに風流の狂言をおしえ、山の上にて舞わしむ。至って壮観なり。これを見むとて、遠近よりここに来って一二夜を泊し、群集すること稲麻(とうま)の如し。名にしおう長浜祭りとて世に名高し。この御旅所西の方にありて、例祭には神宝大刀、その外種々の神器あり。神輿は秀吉公の代営み給いしとぞ。このところには祭りの前日より、芝居・見世物、あるいは拍戸の店ありて、賑わいいはん方なし。まことに英雄の俊傑のはじめ置き給いしその遺風、今にありて目を喜ばしむること、鄙にはならびなき奇観なり。」
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959914/74

『木曽路名所図会』にはこの祭りは豊臣秀吉が残した遺風だと書かれているのだが、『曳山博物館』の解説によると、
「秀吉は、天正2年(1574)頃、長浜城築城とともに長浜の城下町を建設しました。この時に、秀吉は、現在も曳山祭で執り行われる源義家の武者行列を模した『太刀渡り』という行事を行い、のちに男子出生を祝って町民に砂金を振る舞いました。それをもとに各町が曳山をつくり八幡宮の祭で曳きまわしたのが曳山祭の始まりと伝わっています。
 また秀吉は、長浜の町を年貢300石の朱印地(免税地)に定めました。江戸時代、町が、彦根藩下に置かれた際も朱印地は認められ、湖上交通や18世紀半ばから盛んになる織物業で長浜は栄えました。こうした背景をもとに、長浜の町衆たちは曳山を飾り立て、曳山祭はさらに発展していきます。」
http://www.nagahama-hikiyama.or.jp/presently/

当初は曳山を曳くだけの祭りであったようなのだが、江戸時代中期の頃から曳山の上で子ども歌舞伎(浄瑠璃)が演じられるようになったという。
長浜には「長刀山」と子ども歌舞伎が演じられる12基とあわせて13基の曳山があり、子ども歌舞伎が演じられる12基のうち毎年4基が交代で出番山となるので、3年に一度は出番が回ってくることになる。出演するのは5歳から12歳の男の子ばかりで、それぞれの町が代々保有する豪華絢爛な曳山の4畳半ほどの舞台で演じられるのである。

子ども歌舞伎がいつどの場所で演じられるかは、どの町の曳山がその年の出番山であるかによって異なるので、この祭りを見に行くには、「曳山博物館」のHPで毎年アップされる祭りのパンフレットを事前に入手されるのが良い。旅行を計画した当初は、うまくいけば十三日番で4つの曳山を鑑賞できるかと考えたのだが、1つの歌舞伎が40分以上かかるので全部の演目を楽しむことは不可能で、2日がかりで計画を立ててまわるしかない。。
http://www.nagahama-hikiyama.or.jp/image/matsuri/2018/01.pdf

長浜曳山祭 4月13日、14日スケジュール

2018年曳山祭のパンフレットによると、今年の十三日番で最初に演じられるのは壽山(ことぶきざん)であったので、簡単に夕食を済ませて黒壁スクエアの近くで場所取りをした。
パンフレットでは17時30分から始まることになっていたのだが、現地に行くと18時に変更されていた。なぜパンフレットの時間通りに上演されないかについて質問された観光客がいたが、「相手が子どもなのでいろいろあることをご理解賜りたい」との回答だった。確かに役者さんは子どもばかりなので、温かい目で待つしかない。

寿山 2

しばらくすると、化粧・着付けを済ませた役者さんが一人ずつ集まってくる。男役は比較的堂々として歩いてくるが、女役の場合は着付けや化粧を恥ずかしがって抵抗する子どももいることだろう。出演する子ども全員に化粧をし、着物を着せる裏方の苦労はたいへんなことだと思う。

役者さんが全員揃うまで、曳山の後方で笛・太鼓を用いて囃子(シャギリ)が演奏されるのだが、シャギリは、曳山の曳行時、八幡宮入場時などは別の曲が演奏され、各山組により微妙に異なるのだという。
http://www.nagahama-hikiyama.or.jp/category2/shagiri.php

壽山 役者さん全員集合

上の画像は壽山の役者さん全員が揃って曳山の舞台に集まった時のものであるが、今までに浴びたことがないような多くの視線をいきなり浴びるのに耐えられないのか、うつむいたり目を閉じている役者さんが少なくない。十三日番は初めての舞台なのでみんなそれぞれ緊張して当然のことなのだ。

寿山 十三日番

いよいよ演技がはじまった。太夫の語りと三味線が物語の展開をリードし、ポイントポイントで子ども役者のセリフや舞などが入るのだが、舞台進行とともに次第に役者さんの硬さがなくなっていって観ているほうが引き込まれていく。子どもの歌舞伎とはいっても、相当細かいところまで芸が指導されていて、何度も感心してしまった。壽山の出し物は山内一豊とその妻の物語『似合夫婦出世絏(ひきつな) 長浜 一豊の屋敷』なのだが、妻・千代役は女の子が演じているのではないかと思ったほどよくできていた。

十三日番猩々丸 

壽山の演目が終わったころは、高砂山も鳳凰山も歌舞伎が始まっていたので、一番遅い時間に上演される予定の猩々丸(しょうじょうまる)に向かう。外題は『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)熊谷陣屋の場』で、源義経の家来・熊谷直実が子を失い、戦乱の世の無常を感じて出家する物語である。

高砂山 2

次の日の朝は、朝一番に高砂山(たかさござん)に向かう。外題は『義士外伝 土屋主税』。で、赤穂浪士の大高源吾は吉良邸討ち入りの前日まで不甲斐なき不忠の武士を装いながら、討ち入りに参加し主君の仇を討つ物語である。

鳳凰山

次に祝町組の鳳凰山(ほうおうざん)に向かう。外題は『恋飛脚大和往来 梅川忠兵衛 新口村(にのくちむら)の場』で、飛脚問屋の亀谷忠兵衛が遊女梅川と恋仲となり、梅川を身請けするためにお屋敷のお金に手を付けてしまった。忠兵衛は親の顔を見たいと生まれ故郷の新口村まで来たのだが追手はこの村まで来ており、親子は悲しい別れを余儀なくされる物語である。

いずれの曳山の演目も、子どもにとっては内容を理解することすら簡単ではないレベルのものだとは思うのだが、結構長いセリフを暗記し、さらに狭い舞台で舞うために大変な努力を積み重ねてきたはずだ。



上の動画は長浜市が作成したものだが、1分20秒あたりから長浜曳山祭の練習風景が紹介されている。役者に選ばれた子供たちは春休みに入った3月20日頃から、4月12日まで毎日朝・昼・晩と厳しい稽古を繰り返すのだという。まずは台本を何度も読み、台詞の言い回しを徹底的に教え込まれてから立稽古がはじまり、大夫や三味線を交えての稽古はある程度たってからの事である。

高砂山 全員集合

4月14日の自町狂言を終えるとそれぞれの曳山が長浜八幡宮に向かう登り山の準備となる。その直前に町内で曳山祭の準備に関わった人々で集合写真が撮影される。上の画像は高砂山の関係者が勢揃いしたところを写したものだが、ここに集まったのは決して全員ではない。曳山の綱を引く男性はもっといるし、囃子(シャギリ)を演奏したり、子ども役者の着付けや化粧を行うメンバーや、ほかにも奉仕するメンバーがいると思うのだが、町内の多くの人々が老いも若きも伝統の祭りに参画できるということは素晴らしいことである。

猩々丸 曳山

長浜八幡宮に一番遠い猩々丸が長浜八幡宮に向かう登り山が始まった。
「ヨイサ」「ヨイサ」の掛け声とともに、曳山につながった綱をしっかり引っ張る人々の表情も、曳山の後ろで囃子を演奏するメンバーの表情もとても良い。長浜の人々が地域ぐるみで祭りを支えているのを見て、なぜか目頭が熱くなった。
昔は祭りや盆踊りなどで地域の人々が世代を超えて楽しめる機会がどこにでも存在したのだが、今は多くの地方がそのような機会を失ってしまっているのは残念なことである。

猩々丸 笛

祭りなどの地方の伝統行事は、子供に社会を学ばせるきっかけとなるだけでなく、世代から世代に伝統が継承されていくことで地域の人々の連携が強まると同時に各世代のリーダー格が育成されて、地域の問題解決能力を高める機能を果たしてきた。長浜ではこれらの機能が今も健全に働いているようだ。

郷土に誇るべき歴史と伝統文化があり、愛する郷土の為に尽くすことができる長浜の人々は幸せだと思う。
400年以上続いてきた曳山祭は、これからも世代から世代に引き継がれていくことだろう。また機会を作ってこの祭りを楽しみに行くことにしたい。
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