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由良要塞の一部である深山砲台の跡地と淡島神社などを訪ねて~~加太の歴史散策

和歌山市に所用ができたので、早めに自宅を出て和歌山市の西端にある加太近辺を半日で巡って来た。
最初に訪問したのは、深山第一砲台跡である。国民休暇村紀州加太(和歌山市深山483☏073-459-0321)に向かう登り道の途中に、砲台跡につながる遊歩道の入り口があり、車10台程度が利用できる駐車場がある。

深山第一砲台跡遊歩道

駐車場からは森の中を歩くことになるのだが、砲台跡までは赤いレンガで敷き詰められた遊歩道が整備されていて道に迷うことはないだろう。駐車場からは徒歩10分程度で到着することができる。

深山第一砲台跡

深山第一砲台は、日清戦争開戦の2年前である明治25年(1892)に着工されたレンガ造りの建築物である。

深山第一砲台跡 2

上の画像は砲台跡で、ここには28cm榴弾砲の砲台が6門編成で置かれていたという。砲台は2門ごとに仕切られ、トンネルの通路でつながっていた。

深山第一砲台図

当時の砲台の写真

案内板に当時の砲台の写真が出ていた。(深山重砲兵聯隊 二十八糎榴弾砲々台)
案内板にはこう解説されている。
「28cm榴弾砲。曲射弾道で、艦船の甲板を射撃する大砲。着弾すると榴弾がはじけ飛び、広い範囲にダメージを与える。砲弾の落下速度の増加も考慮し、高い山頂や丘陵に設営された。」
「平射砲と違い、放物線を描いて砲弾が飛んでいくため、前面には胸しょうと呼ばれる防護壁がある」

深山砲台跡 3

弾薬庫はトンネルの地下にあるが、庫の入り口は海との反対側にある。万が一海から敵艦に砲撃されても、弾薬庫には命中しない構造となっている。

由良要塞の歴史

そもそもこの砲台は、どういう経緯で造られたのであろうか。
和歌山市の西端部・加太にある田倉崎と淡路島の洲本市の東端部にある生石鼻の間の海峡を紀淡海峡と呼び、その約10kmの間に友ヶ島の4つの島があり、海峡の真ん中にある沖ノ島と和歌山側の地ノ島によって紀淡海峡は3つに分かれて、昔から淡路島と沖ノ島の間の海峡を「由良の瀬戸」と呼び、沖ノ島と地ノ島との間の海峡を「中の瀬戸」、地ノ島と加太との間の海峡を「加太の瀬戸」と呼ばれていた。

もしどこかの国の軍艦が大阪湾に侵入してくることを想定すると、太平洋から攻めてくる場合は紀淡海峡を通るコースが最短となり、この3つの瀬戸のいずれかを通過する可能性が高いことは誰でもわかる。
わが国は、万が一のことを考えてここを通る敵艦を迎え撃つために、淡路島洲本市の由良地区に7、友ヶ島地区に5、加太地区に5ヶ所の砲台を設置し、これら合計17ヶ所の砲台や堡塁を総称して「由良要塞」と呼んでいる。これらの「要塞」が完成し、「由良要塞司令部」が開設されたのは明治29年(1896)のことである。

深山第一砲台跡 6

由良要塞」は終戦の昭和20年(1945)まで使用されていたそうだが、第二次大戦においては航空機が主力となっていたため、これらの砲台が活用されることは全くなかったという。終戦後米軍によって大砲や弾薬などは撤去されたのち遺構の大部分が失われていったのだが、深山第一砲台跡については森の中にあるからなのか、戦後73年もの年月が経過したにもかかわらず、保存状態は良好である。

紀淡海峡 加太瀬戸

砲台跡を見学した後、防護壁に設置された階段を上って展望台に出る。遠くにかすんで見える島が淡路島で、一番近くに見える島が友ヶ島4島のうちの地ノ島だ。ちょうど加太の瀬戸の狭い海域を船が通っている。


地ノ島には砲台の設置はないのだが、その奥にある沖ノ島の5ヶ所に砲台が設置されている。加太港から友ヶ島汽船に乗って沖ノ島に渡り砲台跡巡りをする旅もなかなか面白そうだ。

深山第二砲台弾薬庫跡

駐車場に戻って、国民休暇村紀州加太に向かう。深山第二砲台がこの敷地にあったようなのだが、この休暇村建築時にほとんどが取り壊されてしまって、今では休暇村の駐車場片隅に弾薬庫の跡が一つ残されているだけだ。

加太淡島温泉てくてくマップ

休暇村で加太の観光マップをゲットしてから加太の中心部に向かう。このマップは2016年版がネットでも公開されている。
http://www.kada.jp/topic/2017/tekutekumap.pdf

加太は昭和33年(1958年)に和歌山市に編入されているが、古くから水陸交通の要衝として栄えた歴史のある地域だ。この観光マップによると、紀伊国屋文左衛門がみかんを運ぶ船を出したのもこの港だったという。

南海加太駅

最初に向かったのは南海電鉄加太線の終着駅である加太駅。近畿地方の大手私鉄で最西端に位置する駅である。駅舎は明治45年(1912)の加太軽便鉄道開業以来のもので、洋風の趣のある建物だ。
この駅の北側の山麓に、役小角(えんのおづぬ)が開いたとされる葛城修験と結びついた伽陀寺(かだじ)という寺があったという。

中村家住宅

加太駅から400mほど西に進むと、木造2階建ての洋館が建っている。旧加太警察署庁舎で大正時代に警察署として建てられたがその後民宿として利用され、今は個人の住宅となっている (中村邸) 。内部を見学できないのは残念だが、国の登録文化財に指定されている貴重な建物である。

常行寺のビャクシン

そこから道沿いに進むと常行寺という寺がある。この寺の境内に和歌山県の天然記念物に指定されているビャクシン(柏槇)の樹があるので立ち寄ってみた。樹高13m、胸高幹回り4.7mとこの樹種としてはかなりの大樹で、樹齢は4百年と推定されているが、北半分の枝がほとんど枯死し、かろうじて南半分に枝張りを残している。
『紀伊名所図会』によると、「創草つまびらかならず。文禄年中軸翁栄玉上人を中興の開祖とす」とあり、このビャクシンよりもかなり古い歴史のある寺のようだが、詳しいことはわからない。

加太春日神社

常行寺から古い街並みを歩いて、加太春日神社に向かう。ここの本殿は慶長元年(1596)に建築されたもので、国の重要文化財に指定されている。
神社の案内板にはこう記されていた。
「現社殿は、羽柴秀長の家臣で和歌山城代をつとめた桑山重晴(くわやましげはる)により建立されたものです。一間社流造の檜皮葺で、屋根中央に突出する千鳥破風、残さ期には湾曲して屋根と一体化した軒唐破風がついています。木鼻・蟇股・欄間・脇障子などの彫刻はとても豪華で、安土桃山時代の特色をよく表しています」

加太春日神社 本殿

この彫刻が傷まないように本殿の中心部分は覆いに囲まれているのだが、拝殿からわずかだけ欄間の彫刻の観察が可能だ。
一方、本殿の屋根は覆いの外にあり、檜皮葺の立派な屋根を見ることができる。

加太春日神社本殿の屋根

社伝によると修験道の開祖・役小角が行場として友ヶ島を開いた際にこの神社の祭神を守護神としたと伝えられていて、そのことから聖護院門跡が今も毎年4月に山伏僧とともにこの神社を訪れるのだそうだ。

役行者堂

加太には役小角のゆかりの地がほかにもある。
加太大橋を渡ってから左折して狭い道を進み、117段の階段を上ると役行者堂(えんのぎょうじゃどう)がある。かつてここで修験者が修行を積んだところで、堂の奥には役行者像が安置されているようだ。
ここからは加太の街並みと海の景色を楽しむことが出来る。

役行者堂からの眺め

役行者堂からすぐのところに、淡島神社(和歌山市加太 ☏073-459-0043)がある。旧称は加太神社で『延喜式』神名帳の加太神社に比定されている神社である。

淡島神社の参道

社殿によると神功皇后が新羅出兵の帰途に嵐に遭遇され、神に祈ったところ友ヶ島にたどり着くことができ、皇后はお礼の気持ちを込めて、少彦名命を祀る友ヶ島の祠に持ち帰って来た品々をお供えになった。のちに神功皇后の孫である仁徳天皇がこの地に社を遷して社殿を建てたのが始まりとされている。古代から女性の守り神・航海の守り神として多くの信仰を集め、境内には神社に奉納された人形が所狭しと並べられている。

淡島神社

上の画像は本殿だが、左右に並べられている人形の数は半端なものではない。

淡島神社 人形2

淡島神社の人形

本殿の内部にも古い立派な人形が並べられている。中には江戸中期のものまである。また宝物館には、徳川家から奉納されたひな人形や宝物が多数展示されている。


淡島神社では毎年3月3日に行われる雛流しの神事が有名だ。供養のために全国から奉納されたひな人形が、3つの白木の船に満載され、女性たちに担がれたのち海に流される行事である。上の動画は5年前に制作されたものだが、女性たちの思いの詰まった人形が満載された小さな船が本殿から運び出されて、穏やかな加太の海に流されるまでの流れが良くわかる。

しらす丼

加太に来てこの神社を参拝したら、是非立ち寄ると良いと友人から勧められていた店があった。この神社の参道に新鮮な海鮮料理を楽しめる店があり、そこでしらす丼を賞味させていただいた。こんなに山盛りのしらす丼は初めてで大感激したが、今度来るときはコースでいろんな魚を食べてみたくなった。

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京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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