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菅原道真が全国の天満宮で祀られることになった経緯

菅原道真」といえば「学問の神様」で有名だ。

菅原道真肖像

菅原道真公をお祀りしている神社は全国にあり、「天満宮」あるいは「天神」と呼ばれて、京都の北野天満宮と大宰府天満宮が全国の天満宮の総本社とされている。下の画像は北野天満宮の本殿だ。

北野天満宮

どれだけ「天満宮」が全国にあるかというと、1万社を超えるという説もあるようだが、次のサイトの記事では3,953社なのだそうだ。
http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/quiz/gb01-8.htm

北野天満宮の牛の像

「天満宮」では牛の像をよく見かけるのだが、これは「菅原道真公が丑年の生まれである」、「亡くなったのが丑の月の丑の日である」「道真は牛に乗り大宰府へ下った」「牛が刺客から道真を守った」「道真の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた」など多くの説があり、どこまでが真実なのかは今となっては良くわからないそうだ。

しかし、なぜこれだけ多くの神社で菅原道真が祀られることになったのかについて興味を覚えたので、菅原道真について調べてみた。

菅原道真は代々続く学者の家に生まれ、11歳にして詩を詠むなど幼少の頃からその才能を発揮し、30歳にして貴族の入口である従五位下に叙せられ、33歳では最高位の教授職である文章博士(もんじょうはかせ)に昇進している。

しかしながら学者同士の対立もあり、道真のスピード出世を良く思わない者も少なくなかったようだ。後ろ盾ともいうべき父親を失ったのち、仁和2年(886)から道真は4年間地方官である讃岐守(今の香川県)に任命されて都を離れることになる。しかしその後に道真に転機が訪れる。

宇多天皇

当時は藤原氏が政治の実権を掌握していたが、それを快く思わなかった宇多天皇<上画像>は律令政治に精通する道真に目をつけ、道真は天皇に請われて帰京し、寛平3年(891)に蔵人頭(くろうどのとう)に就任する。蔵人頭とは勅旨や上奏を伝達する役目を受け持つなど天皇の秘書的役割を果たす要職である。

道真は、寛平5年(893)には参議に列せられ翌年には遣唐使の廃止を提言するなど、宇多天皇のもとで政治手腕を存分に発揮し、その後中納言、大納言と順調に出世していく。

寛平9年(897)に醍醐天皇が即位し、父親の宇多天皇は上皇となった。関白・藤原基経の子の藤原時平が左大臣に就任し、道真は宇多上皇の意向で右大臣に抜擢された。事実上朝廷のNo.2への昇格であった。

藤原時平は道真の出世を快く思っていなかったし、醍醐天皇も宇多上皇の影響力の排除を考えていた。宇多上皇は藤原氏の血を引いていなかったが、醍醐天皇の母親は傍流ではあるが藤原氏であったこともポイントである。醍醐天皇は昌泰4年(901)、時平の「道真が謀反を企てている」との讒言を聞き入れて、父の宇多上皇に相談もせず、菅原道真を太宰権帥(だざいごんのそち)として北九州に左遷してしまった。

道真は京都を去る時に
「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
と詠んだ歌を残している。

菅原道真は北九州に左遷された二年後の延喜三年(903)に大宰府で死去し同地(現大宰府天満宮)で葬られたのだが、その後、京で異変が相次いで起こっている。

まず、延喜9年(909)に道真の政敵であった藤原時平が39歳の若さで病死し、延喜13年(1573)には道真の後任の右大臣源光が死去。
延喜23年(923)には醍醐天皇の皇子で東宮の保明親王(時平の甥)が、次いで延長3年(925)その息子で皇太孫となった慶頼王(時平の外孫)が相次いで病死。
極めつけは延長8年(930)朝議中の清涼殿が落雷を受け、道真の左遷に関与したとされる大納言藤原清貫をはじめ、朝廷要人に多くの死傷者が出た清涼殿落雷事件が起こっている。この落雷がショックで醍醐天皇は病に倒れ、皇太子寛明親王(ゆたあきらしんのう:後の朱雀天皇)に譲位されて1週間後に崩御されてしまう。

道真の左遷に関係のある人々が死んだだけではなく、「扶桑略記」という書物には自然災害も京都で頻繁に起こっていることが書かれているそうだ。
延喜10年(910)洪水、延喜11年(911)洪水で多くの町屋が破損、延喜12年(912)洛中で大火、延喜13年(913)は大風で多くの町屋が倒壊、延喜14年(914)洛中で大火、延喜15年(915)水疱瘡が大流行、延喜17年(917)渇水になる、延喜18年(918)洪水が起こる、延喜22年(922)咳病が大流行、と次から次にいやなことが起こる。

北野天神縁起絵巻

朝廷はこれらはすべて菅原道真の祟りだと考えたが、確かにこれほどいやなことが続くと、誰でも自然にそう信じてしまうのではないか。一度そう信じてしまうと、祟りがますます怖くなって、心身ともに衰弱してしまうことも理解できる話だ。上の図は国宝の「北野天神縁起絵巻」の一部で、清涼殿に雷が落ちた絵が描かれている。
道真はずっと以前に死んだにもかかわらず、延喜23年(923)には道真を従二位大宰権帥から右大臣に復し、正二位を贈られたのを初めとして、正暦4年(993)には贈正一位左大臣、同年贈太政大臣となり、火雷天神が祭られていた京都の北野には、道真の祟りを鎮めようと北野天満宮が建立されたという。

以降、百年ほど大災害が起きるたびに道真の祟りとして恐れられ、道真を「天神様」として信仰する「天神信仰」が全国に広まっていったのだそうだ。今では災害の記憶が風化してしまい、今では天満宮は学問の神様から受験の神様として厚く信仰されている。

ゴールデンウィーク中に阪急電車に乗って「長岡天満宮」に行って来た。この周辺は菅原道真公の所領であったところで、生前に在原業平らと共に、しばしば詩歌管弦を楽しんだ縁のある場所だそうだ。

長岡天満宮つつじ

正面の大鳥居を抜けると参道には有名な霧島ツツジが丁度見ごろを迎えていた。このツツジの樹齢は100~150年といわれており、高さは2m以上ある。

長岡天満宮本殿

現在の御本殿は昭和16年に京都の平安神宮の御社殿を拝領し移築したもので朱塗りの拝殿は既存の拝殿を増改築したものだそうだ。(平成10年竣工)

八条が池

八条ケ池を取り入れての数寄屋造りの建物は「錦水亭」という料亭で、明治14年1881)創業の老舗だ。名物のたけのこ会席は自店の山より掘ったばかりの筍を料理することで有名なのだが、コースで12千円からの高級料亭は庶民には少し入りづらい。

錦水亭

仕方なく駅前のお店で筍ご飯を昼食にいただいてこの日は満足して帰った。
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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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