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吉備路の古社寺を訪ねて

広島県尾道に所要があり、ただ往復するだけではもったいないので、従来から行きたかった吉備路の古社寺を訪ねてから鞆の浦で一泊する旅行をしてきた。

岡山の観光地はいろいろあるのだが、有名な岡山城、後楽園や倉敷はだいぶ前にバス旅行で行ったので、今回は吉備路の古社寺を中心に廻ることにした。

最初に訪れたのは吉備津彦神社である。
社殿の創建は第十代崇神天皇の御代とされ、大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)を鎮祭する備前国の古社で、古くから備前国の一宮として崇敬を集めてきた。
崇神天皇は三世紀に実在したと考えられており、大吉備津彦命は第七代孝霊天皇の第3皇子で、崇神天皇の御代に吉備の国を平定したとされる人物である。
古代吉備地方には温羅(うら)一族がこの地方を支配し蛮行を重ねており、吉備の人々は都へ出向いて窮状を訴えたため、崇神天皇が大吉備津彦命を派遣し、温羅を征伐したとの言い伝えがあり、総社市の鬼城山(きのじょうさん)は温羅一族が拠点としていたというのだが、この場所には、どの歴史書にも記されていない古代の山城の遺構が残されているそうだ。
この大吉備津彦命の温羅一族討伐の話が日本童話「桃太郎」のモチーフとなったと言われている。

安政の大石灯篭吉備津彦神社

吉備津彦神社の随神門を抜けると、安政6年(1859)に天下泰平を祈願して建立された「安政の大灯篭」という高さ11.5mの日本一の大灯篭がある。この灯篭の上に乗せられている笠石が8畳の広さになるとか、6段づくりの石段には1670余名の奉納者の名前が刻まれているとかいうのだが、とにかくその大きさに圧倒される。

吉備津彦神社社殿

社殿は拝殿・祭文殿・渡殿・本殿が一直線に配列され、夏至の日の太陽はこれらの社殿の真上を通って、本殿に祭られた鏡に入るのだそうだ。
残念ながら昭和5年に火災が起こって、本殿、随神門、宝物殿を残して大半の殿宇を焼失してしまった。現在の拝殿、祭文殿、渡殿は昭和11年に再建されたものであるが、画像の一番奥にある本殿は渡殿からかなり近いにも関わらず、昭和5年の火災の被害を免れている。

吉備津彦神社本殿

上の画像は本殿を近くから撮影したものだが、この本殿は元禄16年(1703)に岡山藩主の池田綱政によって造営されたものである。他の社殿は銅版葺だが、本殿は檜皮葺で古式ゆかしい雰囲気だ。桁行三間・梁間二間、屋根は前側の部分が長く伸びた流造り(ながれづくり)の流麗な建築で、県指定重要文化財となっている。

次に訪れたのは、備中国一宮の吉備津神社。この神社も「桃太郎」のモデルである大吉備津彦命を祀っている神社である。
この神社がいつごろ誰によって造営されたかについては文献もなく詳しいことは分かっていないが、吉備津彦命から五代目の孫にあたる加夜臣奈留美命(カヤオミナルミ)が、祖神として吉備津彦命をお祀りしたのを起源とする説など諸説があるようだ。

吉備津神社本殿拝殿

本殿の建坪は78.3坪(約255㎡)は京都八坂神社に次ぐ大きさで、出雲大社の2倍以上あるという。二つの屋根を一つにした特異な『比翼入母屋造』で、今の建物は室町時代、将軍足利義満の時代に約25年の歳月をかけて応永32年(1425)に再建されたもので、拝殿とともに国宝に指定されている。

吉備津神社回廊

拝殿の西側に全長360mにも及ぶ回廊がある。この建物は天正7年(1579)に再建されたもので、岡山県指定の重要文化財である。また、回廊の先にある朱塗りの門は延文2年(1357)に再建された南随神門で、吉備津神社の殿宇中で最古の建物で国の重要文化財に指定されている。
回廊を最後まで歩いたが、奥の方にはツバキ園やぼたん園があるだけで、どうしてこれだけ長い回廊が必要なのかと疑問に思ったので、自宅に帰っていろいろ調べると、昔はこの神社も神仏習合の施設で、この回廊の途中で三重塔や神宮寺などの仏教施設がいくつかあったということが分かった。寺家と社家との経済的・政治的権力闘争が起こって元文2年(1737)以降に次々と仏教施設が破壊されたのだそうだ。次のURLに三重塔の描かれた境内図が掲載されている。
http://www.d1.dion.ne.jp/~s_minaga/ato_kibitu.htm

この長い回廊の中央あたりに重要文化財の御釜殿がある。吉備津神社には鳴釜神事という特殊神事があり、釜の鳴る音で祈願したことが叶えられるかどうかを占うのだそうで、今も毎週金曜日を除く午後2時からその神事が執り行われるそうだ。
この神事の起源は先ほど述べた桃太郎のモデルである大吉備津彦命の温羅退治に由来するのだが、話が長くなるので、吉備津神社のホームページの該当のURLを紹介しておこう。
http://kibitujinja.com/narukamashinji.html

次に、最上稲荷(さいじょういなり)に車を進める。ここは、京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷と並ぶ日本三大稲荷の一つとされているところで、岡山県内で唯一、明治初年の廃仏毀釈の難を免れ、今も日蓮宗系の神仏習合の祭祀形態を残していると言われており、正式名称は「最上稲荷山妙教寺」である。

最上八幡本殿

創建は寺伝では天平勝宝4年(752)に報恩大師に孝謙天皇の病気平癒の勅命が下り、八畳岩で本尊の最上位経王大菩薩を感得されたことに始まる。延暦4年(785)にも桓武天皇の病気平癒の勅命が下り、全快されたことから天皇は堂宇建立を命じ、現在の場所に「龍王山神宮寺」を建てた後、長らく繁栄したのだが戦国時代に焼失してしまい、慶長6年(1601)に領主花房家の庇護により「稲荷山妙教寺」として復興したという。

最上八幡仁王門

参道を進むと仁王門がある。旧仁王門は昭和25年(1950)の山火事で焼失したため昭和33年(1958)に再建されたものだが、インドの殿堂様式で建造された石造りの仁王門は珍しく、平成21年(2009)に登録文化財に指定されている。

最上八幡旧本殿

本殿の霊光殿は昭和54年築の建物で新しいが、旧本殿の霊応殿は寛保元年(1741)築の檜皮葺の建物で、岡山市の重要文化財に指定されている。旧本殿を取り囲むように、七十七末社がある。このうちのいくつかが国の登録有形文化財に指定されているのだが、旧本殿の近くにいると、とてもここがお寺の境内の中とは思えない。

最上稲荷77支社

更に車を進めて備中国分寺に行く。
長閑ななだらかな起伏の風土記の丘に建つこの五重塔の風景がどうしても見たくて岡山に来たようなものだが、晴天に恵まれて本当に良かった。冬の季節でもこれだけ美しいのだから、花の咲く時期や紅葉の時期はもっと素晴らしいと思う。

備中国分寺

国分寺は天平13年(741)聖武天皇の発願で各国に建立を命じられたもので、備中国分寺の創建当時は七重塔だったそうなのだが、南北朝の戦乱により堂宇を焼失し一時は廃寺となったのだが、江戸時代に再興されたとある。
現在の五重塔は文政4年7(1821)頃に再建されたもので、国の重要文化財に指定されている。高さは34.32mあり、岡山県で唯一の五重塔なのだそうだ。

備中国分寺五重塔

わが国で国宝や重要文化財に指定されている五重塔は22塔あるのだそうだが、備中国分寺の五重塔の良さは周辺の環境も含めて昔のままの風景を楽しめるところだ。これだけ広い地域にわたって田園風景を残しているなかに五重塔があるのというのが奇跡的でもあり、昔の風景もこのようなものであったのではないかと嬉しくなる。

塔見の茶屋

この五重塔を眺められる絶好の場所に「峠の茶屋」というお店がある。ちょうどお昼時だったので、ここで軽めの昼食をとった。幸運にも窓際の席が空いていたので、素晴らしい景色をずっと眺めながら食事ができたのが嬉しかった。

最後にどうしても行きたかったのが宝福寺。

寶福禅寺

この寺の創建の時期はよくわかっていないが、元来は天台宗の寺院であったらしい。鎌倉時代の貞永元年(1232)に禅僧・鈍庵慧總によって禅寺に改められた。その後、寺院は天皇の勅願寺となり隆盛を誇るも、戦国時代に三重塔を残し伽藍の全てを戦火で失い、江戸時代初期に復興されたという。

220px-Portrait_of_Sesshu.jpg

室町時代に活躍した水墨画で有名な雪舟は、応永27年 (1420)にこの近くに生まれ、幼いころにこの宝福寺に入っている。幼い頃の雪舟が住職に叱られて柱に縛られ、流した涙で床に鼠の絵を描いた話を子供の頃に読んだ記憶があるが、この話はこの宝福寺を舞台とする伝説なのだ。
その後、雪舟は10歳ごろに京都の相国寺に移り、禅の修行を積むとともに天章周文に絵を学び、後に大内氏の庇護のもとに周防へ移り、さらに明にわたって中国の画法を学んで日本に戻り、独自の水墨画風を確立したと評価されている。
以前このブログで雪舟の天橋立図(国宝)のことを書いたことがあるが、雪舟の作品で国宝に指定されているものが6点あり、重要文化財に指定されているのが13点もあるのだそうだ。

寶福禅寺三重塔

これが国指定重要文化財である宝福寺の三重塔である。白蟻の被害もあり昭和42年に解体修理に着手され44年に竣工したこともあり、朱塗りの色が今も鮮やかである。紅葉の時期はこの朱塗りの三重塔が美しい紅葉に映えて一段と素晴らしい景色になるそうだ。

この日に回った社寺は観光地としてそれほど有名な所ではないのか観光客も少なく、お土産を買うような場所はほとんどないし、食事をするような場所も少なかった。電車やバスで行くには本数が少なすぎるので、それぞれ近い場所にありながら、車でなければこれだけの社寺を廻ることは難しいだろう。
旅行者の立場からすれば、観光客が少ないことはかえってじっくり見学できて楽しめる面もあるのだが、社寺からすれば少ない収入で、これだけの文化財を保有し、広い境内を維持管理することは大変なことである。
多くの地方で、働く場所がないために若い世代の多くが地元を去り、これまで地元で神社仏閣を支えてきた人々が高齢化して、いずれ減っていくことは確実だ。いかに由緒正しき神社仏閣も、収入が少なくては文化財を維持・管理することが次第に厳しくなり、文化財を公開するための必要な人件費が出なければ公開すらできなくなるところも増えるのではないか。
以前にも書いたが、日本人が千年以上も護り続けてきた文化財を後世に残すためには、地元に多くの若い世代が残り、一人でも多くの観光客がこういうお寺や神社を訪れて、いくらかでもお金を落とすことが必要なのだと思う。
そろそろ東京一極集中に歯止めをかけないといずれはとんでもないことになるし、地方もこのような観光資源を活かす努力をしてほしいものである。
<つづく>
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若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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