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伊那市の古い寺社と、250年以上続いた中尾歌舞伎のこと

久しぶりに信州に行きたくなって、先日伊那方面を旅行してきた。

早朝に自宅を出て、約4時間で最初の訪問地である仲仙寺(ちゅうせんじ:長野県伊那市西箕輪羽広3052 ☎0265-73-5472)に到着した。
仲仙寺は平安時代に慈覚大師によって創建されたと伝わる天台宗の名刹で、伊那路と木曽路とを結ぶ峠の麓にある。古くから「馬の観音様」として有名で、昔は田植えが終わる6月ごろに諏訪・木曽・飯田方面から多くの参拝客が愛馬を連れて訪れて賑わったという。
伊那路から仲仙寺まで続く「羽広道」には一丁(約109m)ごとに石仏が建てられて、今も三十数体が残されているのだそうだ。

仲仙寺仁王門

上の画像は仲仙寺の仁王門で、仁王像は長野県の県宝に指定されている。
この門をくぐると、左手に伊那市考古資料館があり、旧石器時代から江戸時代までの出土品が展示されていたようだが、7年ほど前に閉館となってしまった。

仲仙寺本堂

坂道と階段からなる参道を登ると本堂に至る。
毎年1月の中頃にこの本堂で、伊那市無形民俗文化財に指定されている「羽広の獅子舞」が演じられるのだそうだが、この獅子舞は江戸時代から今日まで続いているというのはすごいことである。次のURLにその動画が紹介されている。
http://www.kagakueizo.org/create/visualfolklore/477/

仲仙寺 絵馬

本堂の外陣に多くの絵馬が掛けられているが、「馬の観音様」だけに馬を描いた絵馬が数多く掲げられていた。江戸時代に描かれた十三面の絵馬が伊那市宝に指定されているのだが、どれが市宝に指定されているのかよく判らなかった。

仲仙寺石仏

本堂の内部は一般公開されていなかったのは残念だったが、鳥のさえずりを楽しみながら美しい境内を散策するのは楽しい。上の画像は本堂の裏に並べられている石仏群である。

境内は自然の宝庫で、樹齢数百年のスギ・ヒノキなどが茂り、薬草やヒカリゴケなどの群生地もあって、これらの植物群が天然記念物の指定を受けている。珍しい植物があるだけではなく、秋の紅葉が非常に美しい寺であるようだ。次のURLにこの寺の紅葉写真がでているが、こんな静かな寺で紅葉が楽しめるなら、また訪れてみたいと思う。
http://rv9084.blog38.fc2.com/blog-entry-238.html

高遠そば 壱刻

仲仙寺の散策を終えて「高遠そば」を目当てに高遠町に向かう。高遠町には蕎麦屋はいくつもあって、私は「壱刻」という店を選んだが、この町に「高遠そば」の店が出来たのは比較的最近のことのようだ。
江戸時代初期の高遠藩主・保科正之公は無類のそば好きであったと伝えられ、後に山形最上藩、福島会津藩に転封するさいに高遠のそば打ち職人を連れて行ったのだそうだ。
会津では「高遠そば」と呼ばれて地方に根付いたのだが、肝腎の高遠町では「そばの打てない女性は嫁にはいけない」と言われるほど蕎麦が日常食となっていたので、蕎麦屋は商売として成り立ちにくく、以前は町内に蕎麦屋はほとんどなかったらしい。
平成9年に、高遠町の人々が会津若松市を訪れて「高遠そば」なる蕎麦が名物として定着していることを知り、信州そばの発祥の地とも言える高遠町の活性化の為に、この地で「高遠そば」を復活させる取り組みが翌年から始まったのだそうだ。

遠照寺 山門

美味しい蕎麦で腹ごしらえをしたのち、近くの遠照寺(おんしょうじ:伊那市高遠町山室2010 ☎0265-94-3799)に向かう。
寺伝によれば弘仁11年(821)に最澄がこの地に薬師堂を立てたのがこの寺の始まりとされ、以前は天台宗の寺であったそうが、その後火災により荒廃したのち、文明5年(1473)に身延山久遠寺の11世法主の日朝がこの寺を再興し、日蓮宗に宗派を変えている。
ネットで画像を検索すると、美しいボタンの花が咲き乱れる写真が多数ヒットする。この寺は、「ぼたん寺」と呼ばれて5月中頃から6月上旬頃には多くの観光客で賑わうようだ。

遠照寺 亀島庭園

本堂と庫裏と渡り廊下に囲まれた30坪ほどの空間に、伊那市の名勝庭園に指定されている「亀島庭園」がある。誰が作庭したかは明らかではないが、小堀遠州の作風を踏襲したものと考えられており、江戸時代初期から中期にかけて造られたものと考えられている。

遠照寺 釈迦堂

釈迦堂は天文7年(1538)の建立で、和様主体の入母屋造に唐様と大仏様を組み合わせた折衷様式で、国の重要文化財に指定されている。

遠照寺 多宝塔

そしてこの釈迦堂の内部に文亀2年(1502)に制作された多宝塔が収められている。この多宝塔も国の重要文化財に指定されているのだが、保存状態は極めて良好で、制作されてから500年以上経過しているものとは思えない。

遠照寺 七面堂

この釈迦堂から続く道を進み、紫陽花の咲く階段を上ると江戸時代の元禄11年(1698)から享保3年(1718)の間に再建されたという七面堂がある。この建物の内部は一般公開されていないが、堂内の極彩色の欄間彫刻と絵天井が有名で、伊那市の指定文化財となっている。

遠照寺から熱田神社(伊那市長谷溝口宮之久保1993-1)に向かう。

今は無人の神社のようなのだが、本殿が国の重要文化財に指定されているので旅程に入れていた。カーナビでは位置が特定できなかったが、近くまで来ると杉の巨木が林立しているのでここだとわかる。

黒御影石に刻まれた案内板にはこう記されていた。
「…現在の本殿は宝暦12年(1762)溝口村百数十戸の氏子が300両という大金を出し合って建築したものである
 この建築には宮大工であった当溝口村高見善八が棟梁となり、多くの職人とともに精魂をこめて仕上げたもので、規模といい造作といい、近隣に比類のない豪華なものである。
 特に彫刻師は上州(現群馬県)勢多郡の関口文治郎、彩色は武州(現埼玉県)熊谷庄の森田清吉である。竜 象 唐獅子 花鳥などの彫刻は実に巧妙華麗で見飽きることがない。それで名声が響きわたり『伊那日光』と呼ばれるようになった。
 またこの本殿を風雨から防ぐため、明治21年(1888)天覆(かやぶき屋根)を再建し、次後幾たびかの屋根替えが行なわれ現在に至っている。」
少し補足すると、彫刻師の関口文治郎は榛名神社、妙義神社などの豪華絢爛たる彫刻を手掛け、「上州の左甚五郎」と呼ばれた名匠だという。

熱田神社社殿

上の画像が熱田神社の拝殿だが、国重要文化財の本殿はその後ろの茅葺・入母屋造の覆い屋の中にある。

熱田神社 本殿覆屋

覆い屋は本殿よりかなり大きめに作られているのだが、こんなに大きな屋根を支えるのに一本の筋交いもなく、土壁で塗りかためられている部分が全く存在しないことはすごいことだと思う。そのおかげで、柱の隙間から本殿の彫刻を覆い屋の外から隅から隅まで観賞することが可能なのである。

熱田神社 本殿彫刻

細部まで精緻に作られた本殿を観ていると、先人たちが後世に一流の社を後世に残そうとした強い熱意が伝わってくるのだが、カメラのレンズを覆い屋の柱と柱の間に入れて画像を撮ろうとすると、自由なアングルでカメラを構えることが出来なかった。上のような画像しか紹介できないのは残念だが、次のURLの画像が『伊那日光』の魅力を比較的良く伝えていると思う。
http://www.omiyasan.com/south/ina/post-7.php

熱田神社の舞台

熱田神社の境内に舞宮(伊那市文化財)がある。以前は熱田神社拝殿の前にあったのだそうだが、昭和11年(1936)に現在地に移転されたという。
ネットで調べると、この舞宮でつい最近まで中尾歌舞伎の定期公演が行われていたようだ。

熱田神社より2km程南に中尾という集落があり、江戸時代の明和7年(1767)頃に旅芸人がこの地を訪れ、上中尾の山の神様を祀ってある神社の前庭で歌舞伎を演じたのが中尾歌舞伎の始まりで、それから山の神祭りにあわせて歌舞伎が演じられるようになり、天保年間(1830~44)から明治時代がその最盛期であったという。
太平洋戦争のあと長い間中断してしまったが、先人の残した遺産を復活しようとする地元の若者たちの熱意によって昭和61年(1986)に復活を果たし、平成9年(1997)には「長谷村伝統文化等保存伝習施設――中尾座」が竣工し、翌年には伊那市の無形民俗文化財にも指定されて、それ以降その中尾座で春と秋の定期公演が行われ、他にも多くの活動を続けてきたという。
しかしながら、今年の3月に会員数の減少と役者不足と資金不足から、突然活動を中断することとなったそうだが、非常に残念なことである。
http://www.nagano-np.co.jp/articles/14071


5年前に大阪府豊中市にある「日本民家集落博物館」の香川県小豆島の農村歌舞伎舞台であった建物で、香川県の中山農村歌舞伎保存会の皆さんが演じる歌舞伎を観賞しにいったことがある。

中山農村歌舞伎
【中山農村歌舞伎2012.11.4日本民家集落博物館にて】

一流の歌舞伎役者がスポットライトを浴びて演じる都会の大きな舞台とは異なり、小さな舞台ながらも太陽の光を浴びて汗をかきながら保存会の人たちが地声で演じる歌舞伎を観て、そのすばらしさに感動してしまった。
江戸時代から人々が親しんできた歌舞伎は、聴衆の目の前で役者が演じて迫力もあったのだが、今の歌舞伎でそのような距離から観賞しようとすれば2万円近い料金を支払わねばならないし、2階席でも1万4千円程度は必要だ。正直言って、役者の顔もよく判らないような座席から観るくらいなら、農村歌舞伎の方がはるかに楽しめる。

全国にある農村歌舞伎は、地元の観客を相手に無料か少額の料金を取って活動してきたのだが、過疎化の進行とともに大半が衰退していった。
有形文化財は適宜補修する費用さえ捻出できれば、その価値を落とさずに後世に伝えることが可能だが、無形文化財は何度も練習を重ねながら若い世代にその伝統を受け継いでいかなければ、いずれその価値を失ってしまうものなのである。
伊那市の無形民俗文化財に指定された伝統ある歌舞伎をこのまま衰退させてしまうのはあまりにも惜しい。なんとか次の世代に繋げることはできないものだろうか。

中尾歌舞伎
【熱田神社の舞宮で中尾歌舞伎の開演をまつ人々】

全国には歌舞伎や伝統芸能に興味を持つ人は相当数存在するのだが、歌舞伎を観る機会が少ないのはチケットが高価であることが大きいのだと思う。ならば、全国のそういう人達を農村歌舞伎に誘って、旅行者を対象に少しでも収入を増やす方法を考えてはどうだろうかと思う。

地域の貴重な伝統文化は「無形民俗文化財」に指定されたところで、役者が喜んで演じることのできる環境が維持されなければ、伝統文化を守ることは難しいだろう。中尾歌舞伎が中断のやむなきに至った主たる理由は、演じる側の金銭的な負担が少なくなかったことにあるようなのだが、ならば旅行者を歌舞伎に誘導して、演じる人々がある程度の収入が得られるようになれば多くの問題が解決することになると思う。
伊那地方にかぎらず地方を観光する人々にとっては、その地域の伝統文化は極めて興味深いものであり、もし中尾歌舞伎を毎月1回でも2回でも観賞できる機会があるのなら、その日に合わせて舞台を訪れ、あわせてこの地をゆっくり観光したいと考える人は多いと思う。そうすることでこの地域の地域活性化にも資することになれば、伊那市にとってもいい話ではないだろうか。

会場が狭いので観客が多すぎても困ると思うが、例えば地元の旅館とタイアップして宿泊とセットしてネットで予約できるようにしてはどうだろうか。旅館の宴会場で演じるのでも悪くはないが、観光客としてはできれば地元の小さな舞台で観賞したいものである。
宣伝はそれほどコストをかけなくても、SNSなどで歌舞伎好きに情報を広めれば、はじめは少数しか集まらないとしても、評判が良ければリピーターが次第に新しい客を呼び込んでくれることになるだろう。

私も、伊那の美しい自然を背景に伝統芸能を後世に残そうと力を尽くしてきた人々の歌舞伎を、中尾座か熱田神社の舞宮で観賞したいと思う。
伊那市長谷の人々が250年もの長い間代々守ってきた貴重な伝統文化をこれからも継承されていくことを祈念し、私も微力ながらこのブログやSNSなどで応援していきたい。

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【ご参考】
このブログで無形民俗文化財のことをテーマにいくつか記事を書いてきました。興味のある方は覗いてみてください。

大阪のてっぺん 浄瑠璃の里~~地域の文化を継承するということ
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-184.html

桜の咲く古民家の風景を求めて
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-232.html

淡路人形浄瑠璃と高田屋嘉兵衛と淡路特産玉葱の「七宝大甘」~~淡路島文化探訪の旅3
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-52.html

後南朝の皇子にまつわる川上村の悲しい歴史と土倉庄三郎
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-455.html

郡上八幡の歴史と文化と古い街並みを楽しんで
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-334.html


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京都のお寺に生まれ育ち、大学の経済学部を卒業してからは普通の会社に入りました。
若いころはあまり歴史に興味を覚えなかったのですが、50歳のころに勝者が叙述する歴史が必ずしも真実ではないことに気が付き、調べているうちに日本史全般に興味が広がっていきました。

平成21年にBLOGariというブログサービスでブログを始めましたが、容量に限界がありバックアップもとれないので、しばらく新しい記事を掲載しながら、過去の主要な記事を当初の作成日にあわせて、4か月ほどかけてこちらのブログに手作業で移し替え、平成26年の1月に正式にこのブログに一本化しました。
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